Folder 1980年リリース、旧友Donny Hathaway との2枚目、前回より7年ぶりのデュエット・アルバム。前年のDonnyの急逝を受けた追悼盤として、ビルボード総合で最高25位、ゴールド・ディスクを獲得している。
 Roberta といえば、なんと言っても1973〜74年にリリースされた大ヒット・シングル「Killing Me Softly」「Feel Like Making Love」が広く知られており、他の曲はあまり知られていない。ていうか俺もそんなに知らない。もともとDonnyつながりで入手したアルバムだし。
 その時期をピークとして、チャート的には緩やかに下降線をたどり、70年代末になると、アルバム・トップ40も危ういポジションにまで落ち込んでいる。とはいえ、もともと人目を派手に惹くルックスや作風ではないことから、「落ち目になった」というよりむしろ、「然るべき場所に収まった」という印象の方が強い。
 ソウルのディーヴァといえば、関西のおばちゃんみたいに「どやさどやさ」と前に出て行きたがる印象が強いけど、彼女の場合、そこまでエゴをむき出しにした印象はない。あまり黒さを前面に出さず、白人ポピュラー層へのウケの良さなど、表層的な部分だけ見ると、Diana Rossとの共通点が多い。あの人はもっと野心家だけどね。
 表立った活動からはしばらく身を引いていたけど、70年代初頭のニュー・ソウル・ムーヴメントにおいて、大きな役割を担ったDonnyの死によって、Robertaはどこにもぶつけようのない怒りと悲しみ、そして無常観に苛まれた。再び立ち上がるには、相応の期間を要した。

hqdefault

 以前、Leroy Hutsonのレビューで、大学の同窓としてDonnyとRobertaがおり、メジャー・デビュー以前はキャンバスで共作したり、日毎セッションを行なっていた、と書いた。
 3人に共通しているのは、いわゆる労働者階級からの叩き上げではなく、大学というアカデミックな教育機関で音楽理論を学んでいること、泥くささの拭えなかった既存のソウル・ミュージックとは別のベクトルの、都会風にソフィスティケイトされた音楽性にある。いくら才能ある若者たちとはいえ、人種差別や公民権問題で騒がしかった60年代末のアメリカにおいて、彼らの肩身が狭かったことは、想像に難くない。どうしたって少数派なため、一緒にいることが多くなる。

 DonnyとLeroy は共に1945年生まれ、同じ年にハワード大学に入っている。一時はシェアハウスしていたくらい親密な仲であり、その時期に共作もよく行なっていた。そのうちのひとつが名曲「The Ghetto」だったというのは、ファンの間ではよく知られた話。
 当然、Robertaも同年代くらいかと思いきや、wikiを見ると1939年生まれ、なんと6歳差である。学生と社会人が友達付き合いするようなもので、世代間の開きはわりと大きい。音楽という共通項がなかったら、話題にも事欠くくらいである。
 結構な年齢まで大学に居残っていたくらいだから、よほどの苦学生か、それとも院でモラトリアム期間を満喫しているだけかと思ってたら…。
 いやいや、全然思い違いでした。

 幼少期からクラシック英才教育を受け、当時の黒人層としてはかなり恵まれた環境で育ったRoberta 、なんと15歳でスカラシップを獲得、大幅な飛び級でハワード大学に入学している。スタートから並みの才能ではなかったということだ。もちろん、「努力し続ける才能」というのも併せて。
 もともとピアノ専攻で入学したRoberta、その後も貪欲な向学心と好奇心が後押しして、声楽も本格的にマスター、後のポピュラー・シンガーとしての基盤がここで培われた。卒業後は黒人女性としては初めて、白人主体の学校で教鞭を取り、後進への指導もしっかr行なっている。

4f59e01ece2244edc4362a678a3d445a

 メロウな作風とは対照的に、音楽に関しては貪欲で唯我独尊なRobertaの周りには、才能あるニュー・ソウル世代のアーティストが集まっていた。彼らよりひと世代上に属する彼女は、そんな中では面倒見の良い姉御肌的存在だった。Roberta からすれば、Donny もLeroy も小生意気な弟程度にしか見えなかったのだろう。
 同世代アーティストの中では芸歴も長く、自主レーベル・カートムを設立するなど、親分風をブイブイ吹かせていたCurtis Mayfieldでさえ、彼女より2歳年下だったため、逆らえるはずもなかった。デビューして間もなく、野郎3人をスタジオに呼びつけてレコーディングを手伝わせるくらいだから、彼女の手綱さばき具合が窺える。
 ま、何にせよ、女が強い方が集団はうまく回るもので。

 そんなRobertaを中心としたコミュニティの中で、最も彼女と親交が深く、寵愛を受けたのがDonny だった。男女の関係があったかどうかは不明だけど、純粋に音楽性がフィットしていたのだろう。
 1973年、彼女はDonny と組んで、珠玉のバラードを揃えたアルバムを作った。当時の彼らの作風である、Carole King的にシンプルかつシュアなバッキング、あまり黒さを感じさせないシンガー・ソングライター的サウンドは、後のR&Bのルーツとなった。それぞれ単体でも素晴らしい楽曲を創り上げてはいたけど、2人揃ってピアノの前に座り、いくつかコードを押さえるだけで、独特のマジックが生まれた。
 そのマジックの結晶として、もっとも純度の高い「You've Got a Friend」は、永遠のスタンダードになった。

740full-roberta-flack

 その後間もなくして、Hathawayは体調を崩し、表舞台から身を引くことになる。彼が抱く心の闇は想像以上に深く重く、強い自己嫌悪と厭世観とが歩みを妨げた。光の見えぬ深淵を克服するには、とてつもなく長い時間と周囲の手厚いケアを必要とした。
 家族以外では、公私ともに彼の支えとなったのが、Robertaだった。シングル「The Closer I Get to You」のパートナーとして、RobertaはDonnyの声を欲した。しばらく人前に出なくなってから久しく、腰を上げるまでには躊躇したけれど、彼女の細やかな気遣いやパワーに触発され、どうにか力を振り絞って相手を務めた。
 ビルボード総合2位という好成績をマークできたのは、それだけ彼の復活を待ち望むファンが多かったこと、皆が彼の声を欲していたということだ。
 そして、その成功を誰よりも喜んでいたのがRoberta だった、ということも併せて。

 エキシビジョン的な復活ではあったけれど、取り敢えず健在ぶりはアピールしたDonny、これを機に本格的な復活を果たすはずだった。何よりも、彼自身がそう思っていたはずだから。
 全盛期のテンションはまだ完全に取り戻せていないけど、ゆっくりと慎重に、徐々にギアを上げて、再度ファンの前に姿を現わすはずだった。幸い、Roberta がまた一緒にアルバムを作ろう、と呼びかけてくれていた。
 急ぐことはない。ゆっくりと、慎重に。

 前回のアルバムは、荘厳なムードの漂うバラード中心の選曲だったが、この2枚目は比較的アップテンポ、前向きな未来を予想させる同時代的なアレンジが多い。シリアスなニュー・ソウル真っ只中で製作された72年とは時代が変わり、もっとライトな感触のアーバン・ソウル風の楽曲が多くなった。70年代は終わろうとしていたのだ。
 70年代末のアップテンポなソウルといえば、大抵は下世話なファンクかディスコのどちらかだけど、そこは才女であるRoberta、安易なシーケンスは用いずバカテク・プレイヤーをズラリと並べ、生音主体のサウンド・デザインで統一している。
 強靭なメロディがビートを支配し、伸びの良いヴォーカルを前面に出したミックスも、アナログ・レコーディングの最終進化形の特徴である。リズムを抑えることによって、凡庸なダンス・チューンとして消費されてしまうのを回避したのだろう。

donny-hathaway_roberta-flack

 社会批判や内的自己の深化を主題としたニュー・ソウルは、一時の刹那的なムーヴメントで終わったが、既存ソウルに捉われぬ音楽性の間口の広さは、ジャズ〜フュージョンの要素も貪欲に取り込み、その後の80年代R&Bの礎となった。
 安定したサウンドとメソッドを創り上げたことによって、Robertaの音楽性もまた安定期に入る。根幹のメロディや言葉こそ大きく変わらないけど、時代のトレンドに応じてアップデートしてきたアレンジは、成長することをやめて、普遍的なものに変化していった。

 じゃあ、Donny はどこへ行こうとしていたのか?
 その中間報告となったのが、ここに収録されている2曲であり、それはRobertaにとってもひとつのマイルストーンになるはずだった。
 でも、その先が示されることはなく、Donnyの死によって中途半端な形で終わってしまった。まるで自ら成長するのを放棄したかのように。
 2人のハーモニー、2人の成長はこれが最期となった。

Roberta Flack Featuring Donny Hathaway
Roberta Flack Donny Hathaway
Atlantic / Wea (1996-06-06)
売り上げランキング: 243,814



1. Only Heaven Can Wait (For Love) 
 今日共作者としてクレジットされているEric Mercuryとのデュエットというかたちになっているけど、ほぼRobertaの独壇場。このアルバムでほぼ出ずっぱりで女性コーラスを担当しているのがGwen Guthrieだけど、Roberta以外にもAretha FranklinやMadonnaまで、あらゆるヴォーカリストから絶大な信頼を得ている、いわば「プロのバック・コーラス」。Ericの出番は後半になってからほんの少しだけである。
 一聴する限りでは、オーソドックスなバラードなのだけど、やたらリズム・セクションの音が深い。特にベース。「え、ここで?」といった場面でスラップを入れてきたりで、メリハリのあるサウンドを演出している。

2. God Don't Like Ugly
 Gwen作によるボトムの効いたディスコ・チューン。後に本人によってセルフ・カバーされている。もともとアップテンポ・ナンバーではいまいち印象の薄いRobertaなので、ここでは比較的無難に歌いこなしている。ちょっと洗練され過ぎてアクが少ないのも、彼女の場合は欠点でもあるけれど、大きな利点でもある。
 対してGwenヴァージョンも聴いてみたけど、こちらはテンポを落としたバラード調のアレンジ。俺個人としては、Gwenヴァージョンの方が、ベタな感情移入が強くて好み。このわかりやすいセンチさが好きなのだけど、でもこれってライト・ユーザーにはアクが強いんだろうな。
 多少、薄めた方が万人受けするという好例。

3. You Are My Heaven
 やっとここでDonny登場。そして、なんとStevie Wonder作曲。この時期のStevieは『Songs in the Key of Life』リリース後の虚脱感によって、いわば自作の方向性ン迷っていた時期。デビューから付き合いの深かったMinnie Ripertonにも手を貸したりしている。
 実際に彼が演奏しているわけではないのだけど、イントロから歌い出しから、まんまStevieの色が濃く出ている。ただ彼の曲って、メロディがポピュラーのセオリーから大きく外れて歌いこなすのが難しいはずなのだけど、そこは2人とも音楽理論がしっかりしているだけあって、きちんと世間に流通するポップスとして消化している。
 ビルボード最高47位まで上昇。



4. Disguises
 60年代のソフト・ロック・グループSpanky And Our Gangのプロデュースを手掛けたギタリスト、Stuart Scharf唯一のアルバムの収録曲。まんまDiana Rossなんだよな、俺からすれば。もしかして向こうが真似たのかもしれないけど。流麗ではあるけれど、俺的にはただそれだけ。ムーディだけど引っかかりがない。ライト・ユーザー向けだな。

5. Don't Make Me Wait Too Long
 なので、作曲だけにとどまらず、演奏にも全面的に参加しているStevie作のこの曲が、ひどく良く聴こえてしまう。80年代のバラード時代を予感させる、通り過ぎてしまいそうなメロディ・ラインは、それでも十分4.の凡庸さを凌駕している。ドラムも叩いているだけあって、リズム・パターンはすでに『In Square Circle』の音になっている。
 実は7分超という長尺で、中盤はRobertaによるラップ(ていうかモノローグ)が延々と展開されている。普通ならダレてしまうところを、構成がしっかりしているおかげで飽きさせない展開となっているのは、やはりStevieだからこそ。どうせなら、シャッフルしてこれをトップに持ってゆくのも、ひとつの聴き方である。

6. Back Together Again
 再度、Donny登場。これまでにないファンキーなエフェクトとシーケンスによる、地味なサウンドが多い2人にとっては、これまであまり縁のなかったサウンドである。楽曲製作チームのReggie Lucas & James Mtumeに乗せられたんだろうけど、Robertaは器用な人なので、それなりにアップテンポにも対応できるスキルはある。Donnyもどうにかゴージャス・サウンドに着いてきてはいるけれど、これが生前最後の録音だった、という事実を耳にしてしまうと、何だか複雑である。
 ちなみに、俺がこのアルバムに引き込まれたのはこの曲がきっかけだけど、聴いたのは彼らのヴァージョンではない。何年か前、Soundcloudを使ってレアグルーヴ系のDJミックスを漁ることに夢中になった。その中のラヴァーズ・ロック・ミックスの中に、この曲のレゲエ・ヴァージョンが収録されていた。若い女性ヴォーカリストが歌うこの曲に取りつかれ、オリジナルを探し求めたところ、ここにぶち当たった次第。答えは案外、近いところにあったのだ。



7. Stay with Me
 なんと作詞がGerry Goffin書き下ろし。この時代でもまだ現役でやってたんだ、と思ってから、そういえばCarole Kingは現役バリバリだったんだよな、と思い直した。作曲はDiana Ross 「Touch Me in the Morning」Whitney Houston「Saving All My Love for You」を手掛けたMichael Masserと来てる。プロのソングライターが気合を入れて書いているだけあって、詞曲・アレンジ・ヴォーカルとも完璧な仕上がり。無難なバラードでは収まらないスケール感を思わせるのは、やはりDonnyへのはなむけのためだったのか。


The Very Best of Roberta Flack
Roberta Flack
Atlantic / Wea (2006-02-06)
売り上げランキング: 8,144
ベスト・コレクション<ヨウガクベスト1300 SHM-CD>
ダニー・ハサウェイ
ワーナーミュージック・ジャパン (2017-05-31)
売り上げランキング: 69,388