aja 1977年発売、6枚目のアルバム。USチャート最高3位、UKチャート最高5位。
 ちなみにこの年のビルボード・アルバム年間チャートを調べてみると、1月はStevie Wonder『Song in the Key of Life』とEagles『Hotel California』とが、ほぼ1週ごとにNO.1を争奪し合っており、その後、Barbra Streisandのサントラが2か月弱独占、再びEaglesが盛り返した後、ここでモンスター・アルバムFleetwood Mac『Rumours』が登場、ひと月ごとにNO.1の座を巡っての熾烈な争い、年末のLinda Ronstadt登場まで、しばらくバトルが続く。

 StevieといいEaglesといい、そしてFleetwood Macもそうなのだけど、1977年の彼らに共通しているのは、いわゆるピーク・ハイ、アイティスト・パワーのピークに達した頃であり、どのアルバムも普遍性の高い、今でも充分評価に値するクオリティの作品であること。ちょうどパンク・ムーヴメントの波が押し寄せつつあった頃で、旧来のロックやポップスは爛熟期を迎えている。
 こうして並べてみると、取り立ててセンセーショナルな話題もなく、ルックス的にも地味で、口ずさみやすいシングル・ヒットもないSteely Danが、なぜトップ10に入ることができたのか。このラインナップと互角に争ったのは、何かの間違いなんかじゃないの?とさえ思えてしまう。
 
 決して万人に受け入れられる、わかりやすいサウンドではない。
 誰もが口ずさめる、覚えやすいメロディーがあるわけでもない。
 ただ、一度虜になってしまったが最後、正体不明の吸引力が前頭葉を刺激し、趣味嗜好までを一遍させてしまう、不思議な魔力のあるサウンドである。
 このアルバム、そして長い沈黙に入る前の『Gaucho』には、その傾向が強い。

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 1977年当時のアメリカのポピュラー・ミュージック・シーンの動向として、ディスコ・サウンドの躍進、急激な商業化に伴うオールド・ウェイヴの疲弊、水面下で台頭しつつあった、パンク~ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントの成長が挙げられる。他にも、Billy Joel、Jackson Browneらによるシンガー・ソング・ライター・ブームなどもあるのだけど、業界全体を巻き込むほどの影響力は持ち得なかった。
 高度でシステマティックな産業化によって、当初の先鋭性が失われつつあったロックもだらしなかったけど、それよりもはるか昔に没落していたはずのジャズ・シーンにて、唯一怪気炎を上げていたのが、フュージョン~クロス・オーバー界隈のミュージシャン達である。特に勢いがあったのが、旧来のジャズ・ミュージシャンではなく、これまで裏方に甘んじていたスタジオ・ミュージシャンらである。
 目新しく、革新的なアイディアが創出されたわけではない。ファンクやラテン、アフロ・ビートのエッセンスを少し加え、ロックのフォーマット・文法のみでは表現しきれないサウンド・テクスチュアを作り上げたのが、彼らの行なったことである。

 もともとNYで、売れないソング・ライター・チームとして糊口を凌いでいたDonald FagenとWalter Backerの2人のデモ・テープが、プロデューサーGary Katzの目に止まったところから、このストーリーは始まる。
 ソングライター志望の二人にとって、自ら表舞台に立つことは本意ではなかったのだけど、このチャンスを逃すことは大きな損失であることは明白だったため、多少の妥協はやむを得なかった。なので早速西海岸へ足を運び、取りあえず参加してくれそうなミュージシャンに片っ端から声をかけ、そしてどうにかかき集めたのが、急造バンドSteely Danのスタートである。
 当初こそ、普通のバンドに倣って、全米各地をくまなくツアー→アルバム制作→そしてまたツアー、のループを繰り返していたわけだけど、そもそもインドア体質だったFagen & Beckerにとって、客前に立つことはストレスでしかなく(とはいっても後年はステージ活動がメインとなってゆくのだけど)、次第にバンド・メンバーとの間には溝が生じてゆく。
 バンドの運営方針にも深く関与していたGaryにとっても他人事ではなかったので、だったら、ということで、次第にバンド体質からの脱却を図り、徐々にソング・ライター・チーム主導のバンド運営へと移行してゆく。

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 簡単なコード進行だけ決めて、テープをダラダラと長回し、延々と続く単調なセッションを繋ぎ合わせてアルバムを作り上げるという、いわゆるRolling Stonesタイプのレコーディング・スタイルは、Fagen & Becker、そしてGaryの目指すところではなかった。
 自分たちの頭の中で鳴っている、「こうあるべき」というサウンドを、完璧にコントロールした状況下で制作したい―。
 スタジオ内で奏でられる音楽とは、何よりも最上位に位置するものであり、ソングライターはもちろん、ミュージシャンでさえも、完璧なサウンド構築のための道具・奴隷に過ぎない。ましてや、そのためには純粋なスタジオ・ワークを優先すべきである。
 そう突き進めて考えると、不完全な再現行動である、ライブに時間を割くのは、もっての外だ―。
 
 というわけで、バンドを一堂に集めて一発録り、というようなシンプルなセッションは、次第に少なくなってゆく。プロデューサーとメイン・ソングライターの3人でスタジオに籠る時間が多くなり、相対的にライブは少なく、レコーディングの間隔も長くなってゆく。下手すると、レコーディングする時間より、3人がスタジオ内で音をいじる時間の方が長いのだ。よって、彼らの間では次第にフラストレーションが溜まってゆき、一人また一人と脱退を表明してゆく。言い方を変えると、非常に合法的なリストラだ。
 
 晴れて自分たちの王国を作り上げたFagen & Becker、Katzは、レコード会社より膨大な予算を引っ張り、贅を尽くした一流ミュージシャンらを次々と起用、終着駅の見えないレコーディングを開始する。
 すべては完璧なサウンドのために。

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 新鋭モデル山口美也子による、エキゾティック感漂うジャケット、ビッグ・バジェットをふんだんに使えることによって実現した、大量の有名ミュージシャンの起用が話題となったアルバムだけど、そういった予備知識を抜きにして、何の先入観もなく聴いてみたとしても、その完成度・録音レベルの高さには、納得できると思う。
 金はかけているけれど、決してわかりやすいゴージャスではない。
 たゆまない手間ヒマと細部へのこだわり、それらが結果的に予算の拡大につながっただけであり、決して予算ありき、オールスター・キャストありきで始まったプロジェクトではない。
 
 正直、万人向けのキャッチーなアルバムではない。当時最高のミュージシャン達の熟練したプレイを堪能するのも良いし、または、極上のAORとして、やや耳に残りやすいBGMとして聞き流すのも良いだろう。
 逆に返せば、そんな間口の広さが、当時も今も新たなオーディエンスを獲得し続けているのだろう。

 覚えやすいフレーズは少ないが、なぜか不思議な吸引力を持つ、そしてどこかに引っ掻き傷を残すようなサウンド。
 その傷口は深く、そして長く残る。
 傷は再び深く、そして大きく広がるのだ。


Aja
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1. Black Cow
 どの曲もそうなのだけど、この曲はFagen &Beckerではなく、Larry Carlton(G) Paul Humphrey(Dr) Chuck Rainey(Bass)らがメイン。特にリズム・セクションの独壇場。ギターやエレピの上物が適所に被さっているけど、メインはHumphreyとRaineyの2人。
 Fagenのヴォーカルも、メインを譲り、プレイを邪魔していない。
 ずっと聴いていたい曲だけれど、なぜ黒い牛?
 
 

2. Aja
 有名な、Steve Gadd(Dr)とWayne Shorter(T.Sax)のインタープレイ。久しぶりに聴いてみたが、やっぱスゲェ!! 
 プレイもさながら、この曲・このサウンドのために、コンポーザーとして、この音を要求したFagen & BeckerとKatzもまた、ナイスな選択。
 全員集めてのセッション録りではなく、セクションに分かれてのレコーディングだったのだけど、見事な一体感があるのはなぜなのか。
 どのプレイも、個々単体ではアクの強すぎるのだけど、そこをプロデュース・チームらがうまく調和させている。
 一流同士のプレイは、高いレベルで親和力をも高めるのだろう。
 Carltonも気張ってギター・ソロを決めている。
 
3. Deacon Blues
 転調に次ぐ転調など、複雑な構造を持つ曲が多いSteely Danとしては、比較的起承転結のはっきりした、このアルバムの中ではわかりやすい曲。Bernard Purdie(Dr)のおかげなのか、Gaddほど音質が重くなく、リズムが少し跳ね気味になっている。その分、倍音が少ない声質のFagenのヴォーカルが、珍しくメインとなっている。
 サウンド至上主義の弊害として、トラックの一構成要素という、シンガーとしては屈辱的な、単なる楽器的な扱いを受けていた(それに甘んじていた面もある。どうにも自信が持てなかったのだろう)ヴォーカルが、ここでは大活躍。興が乗ってソウルフルな唱法を聴かせている。
 Pete Christlieb(T.Sax)もAORっぽく、やや情緒的で良い。
 あまり目立たないけど、Carlton , Lee Ritenour(G)の地味なギター・バトルも上級者にはオススメ。
 久しぶりに聴いたけど、うん、プロの仕事だ。
 ビルボードでは最高19位まで上昇したシングル。
 
 

4. Peg
 Rick Marotta(Dr)、Raineyらリズム隊によって、さらにリズムが軽くなる。
 シングル・カットされただけあって、前曲同様、サビなども口ずさみやすい曲。
 Michael McDonaldらによるコーラス隊も、どこか楽しげ。
 Steve Khan(G)のリズム、Tom Scott(Horn)によるリフも覚えやすく、初心者にも聴きやすい。
 ビルボード最高11位、カナダでは最高7位にまでチャート・インした。
 
 

5. Home At Last
 小編成でレコーディングされた、Purdie とRainey大活躍の一曲。
 全体を引っ張るシャッフル・ビートが気持ちよく、長い時間聴いていても飽きない。
 Carltonもノリノリで引きまくっている。
 
6. I Got The News
 ここまで聴いてきて、このアルバムがRaineyの物であることに、初めて気がついた。Ed Greeneによって、さらに跳ねまくるシャッフル・ビートを、うまく要所を押さえて作り上げている。もちろんコンポーザー達の構成力の賜物なのだけれど、個々の技量レベルが高すぎる。
 特にRainey。不動のリズムを刻んでいる。
 一番Jazzに寄り添った一品。
 
7. Josie
 Carlton大爆発の一曲。ファンクとジャズとソウルの奇跡的な融合。
 Jim Keltner(Dr)の重いサウンドに負けず、Carltonがファンキーに攻める攻める。
 Fagenも”Do it Again”ばりにシャウトを聴かせる。

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 この後3年ほどかけて、彼らは最後の傑作『Gaucho』を生み出す。
 制作中、マスター・テープ紛失のトラブルに見舞われたり、私生活的にもゴタゴタがあったりなど、なにかと呪われたレコーディングには、心底うんざりしたのだろう。
 二人は一時的にコンビを解消、しばらくの間、Fagenはソロ活動、Bekkerはハワイに移住。個々にマイペースな活動、休養の後、90年代半ばになって、突如再結成、これまたマイペースでツアーを行ないながら、時々ソロ活動も並行しながら、近年ではもっぱらアメリカ中心に活動している。以前は頑なに否定し続けていた、ツアー中心の活動である。
 ライブ映像を見てみると、もはや完璧なアンサンブルを求めることはなく、もっと緩い感じのステージ内容になっている。
 もちろん、無名ながらもかなりの腕利きミュージシャンを使っているので、破綻はない。懐メロリサイタルのように、安心して聴くことができる(実際、ターゲットはその辺の年齢層だろう)。
 今頃になってライブで得られる高揚感に目覚めたのか、それとももう、スタジオに籠りっぱなしの、修行僧のように禁欲的なレコーディングには嫌気がさしたのか。
 
 いずれにせよ、Steely Danとしてのアルバム制作は、しばらくなさそうだ。



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