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  1976年リリース、2枚目のオリジナル・アルバム。前年のデビュー作『私の声が聞こえますか』は、ポプコン・グランプリ受賞によって、新人としてはよいスタートを切ったが、2枚目は大きな話題になることもなく、オリコン最高23位、年間チャートにも顔を出すことはなく、セールス的には大幅に苦戦した。
 70年代初頭、若い世代から支持されていた叙情派/四畳半フォーク・ブームも、この頃はピークを過ぎていた。時代に振り回されることなく、スタイルを貫く者もいるにはいたけど、それもごくわずかだった。ブームを牽引していたガロやかぐや姫は解散し、吉田拓郎は井上陽水・泉谷しげるらとフォーライフ・レコードを設立、フォークに囚われない表現手段を進めていた。上の世代の岡林信康は、雲隠れしたり演歌に傾倒したり、こちらの方が業が深かったのかもしれない。
 ギター1本で、社会批判めいたメッセージや素朴な心象風景を訥々と弾き語るスタイルは、メジャーでは支持を得なくなっていた。「もっと多くの人に聴かれたい」または「売れたい」と思うのなら、弾き語りフォークは分が悪くなっていた。
 今でも路上で弾き語るパフォーマーがいないわけではないけど、それもごく少数になっちゃったよな。30年くらい前なら、深夜の狸小路にもそこそこいたんだけど。
 70年代後半の時点では、少数派になったとはいえ、フォークを好む層は確実にいた。まだ新人フォーク・シンガーのひとりに過ぎなかったみゆきもまた、そんなコミュニティの中では期待株として存在できていた。
 当時は同じ括りで語られていた山崎ハコや、少し前後するけど、ふきのとうや松山千春もまた、フォーク創成期の素朴なスタイルを用いつつ、クリティカルなテーマを避けたメッセージは共通していた。ユーザーと距離の近い、穏やかな共感を得られる彼らの世界観は、深夜ラジオや有線で根強い支持を得た。
 まだ大きなヒット曲も知名度もない、この時点でのみゆきは、フォークの世界ではポプコン優勝で知られてはいたけど、日本の音楽界全体では、小さな存在だった。「フォークが金になる」という時代はとうに過ぎ去り、目先の利いた者は、すでに別の鉱脈を求めて旅立っていた。
 閉鎖的なフォーク村に抱く不満のくすぶり。かと言って、どこへどう向かえばいいのか。
 自問自答し模索する、まだ20代前半だったみゆきの声を拾う者は現れなかった。
 自ら動き出さなければ、何も始まらない。
 それすらわからないのは、若さではなく、弱さだ。

 1969年から開催されたポプコンは、当初、「作曲コンクール」として、主にプロのクリエイターを対象にしていた。1972年から「ポピュラーソング・コンテスト」として、アマチュアに門戸が開かれるようになる。
 一般的に知られたポプコンの形になったのは、この第4回から。ここからフォーク/ニューミュージック中心の自作自演アーティストの登竜門として、広く知られるようになる。


 公式HPは受賞者に加え、本選に参加したアーティストも記録されており、細かく見てゆくと、「あ、この人も」というが出場していたりする。佐野元春や杉真理、安全地帯ら80年代にデビューしたアーティストも、70年代ポプコンに複数回出場しており、意外な下積みがあったことが見受けられる。
 これは余談だけど、みゆきがグランプリを受賞した1975年:第7回には、なぜか演歌歌手の冠二郎が本戦出場している。そりゃ歌唱力は群を抜いているはずだけど、でもなんで?
 っていうか、どうやって予選通ったんだ?誰かのコネか?などなど、いろいろ疑問が湧いてくる人選である。しかも曲のタイトルが「函館の女」って、サブちゃんの歌?のど自慢じゃないんだし、なんでカバーなんだ?
 調べてみると、同名異曲だった。まぎらわしいな。
 っていうか冠二郎、広島地区代表で出場しているのけれど、出身は埼玉だし、函館とは何の関係もない。サブちゃんファミリーだった様子もないし、まぁ、いろいろユルい時代だったのだろうな。
 話を戻すと、70年代のポプコン出身者で注目されたのは、谷山浩子や渡辺真知子、八神純子など、女性シンガー・ソングライターが多くを占めていた。この3人とも、ブレイクしたのは純粋なフォークではない。出発点はフォークかもしれないけど、三者三様、わかりやすいくらいに強いアーティスト・エゴが共通している。
 この時代、すでにフォークは「若者の叫び」から「懐かしき青春のサウンドトラック」へと変容し、代わりに「ニューミュージック」という新たな潮流が台頭していた。古い水夫が乗れる船は、ノスタルジーの霞の中にあった。
 ポプコンで入賞したからと言って、必ず売れるわけではない。むしろ、ポプコン/フォークの枠組みにとらわれ過ぎて、小さくまとまったままフェードアウトしてしまう場合の方が多かった。
 まだ何者でもない。この時点では、みゆきもそんな、その他大勢候補のひとりに過ぎなかった。
 「時代」「アザミ嬢のララバイ」は、叙情フォークの枠を超えた普遍性と、大人びた比喩・暗喩を用いた詩的な魅力で一瞬注目されたけど、大きなセールスに直結するほどではなかった。フォークの泥臭さと歌謡曲のメロドラマ性を併せ持つみゆきの歌う世界には、まだ時代をねじ伏せる力がなかった。


 1976年のオリコン・アルバムランキングを見てみると、ベスト20に荒井由実が4枚もランクインしている。この年の音楽界は、シングル・アルバムとも「およげ!たいやきくん」の圧勝なのだけど、その裏では第一次ユーミン無双が発動している。
 生まれも育ちも東京の地の利を活かし、デビュー前からはっぴいえんど〜ティン・パン・アレー周辺との親交があったユーミンのシティ感覚サウンドは、土着的な日本のフォークとは一線を画していた。細野晴臣やマンタら多彩な表現力とテクニックを併せ持ったバッキングに支えられた、非日常で浮世離れしたハイソな歌詞と洋楽由来なメロディは、当時の日本の音楽シーンをリードしていた。
 ある種の選民性と意識の高さを強く打ち出した彼らのコミュニティは、その後、80年代のYMO/松田聖子プロジェクトの二本柱によって、商業的に大きな成功を治めるのだけど、この時点ではまだポッと出の扱いでしかなかった。まだ歌謡曲の売り上げが圧倒的だったご時世ゆえ、どのジャンルも歌謡曲のメソッドを無理やり当てはめて制作されていた。
 みゆきの所属していたヤマハ/ポニー・キャニオンもまた、主に歌謡曲を手がけるスタッフ中心だったため、時代を先取りしたアプローチは、望むべくもなかった。レコードの針飛び防止のため、ピーク・レベルは小さめに抑えられた。モコモコして平板なサウンド・メイキングが多いのも、この時代の特徴だ。
 職人肌の多いスタジオ・エンジニアが絶対的だった70年代のレコーディング事情ゆえ、経験の少ない新米女性シンガーが、容易に口出しできる環境ではなかったことは、想像に難くない。どこかシックリ来ないことはわかるけど、それを具体的に指摘できるほどの蓄積がない。
 拙い弾き語りを吹き込んだデモテープをディレクターに渡し、しばらくすると、なんとなくオケが仕上がっている。スタジオに呼ばれて、歌を吹き込む。
 自分で作詞・作曲しているはずだし、確かに自分で歌っているはずなのに、レコードを聴いてみても、自分の作品という感じがしない。心動かされない流れ作業の中で、モヤモヤが少しずつ溜まる。
 -このままじゃ、何もできないまま埋もれてしまう。フォーク・シンガーとしてデビューはしたけれど、ブームの終焉を肌感覚で知ることで、焦燥感は日に日に膨れ上がっていた。
 一方で、ヤマハやポニー・キャニオンのディレクションは、彼女を「売れる歌謡曲歌手」に仕立てようとする傾向があった。「時代」のムード歌謡的なアレンジに、みゆき自身が不満を抱いていたことは、後のインタビューで明らかになっている。

 そんな事情もあって、『みんな去ってしまった』は、決して完成度の高いアルバムではない。フォークと歌謡曲の間で揺れ、アレンジの保守性に縛られ、みゆきの意図が十分に反映されていない部分も多い。
 荒々しい原石感を想起させるデビュー作に比べ、体裁良く整えられた印象が強い。みゆきの個性を「売れる形」に仕立てようとしたスタッフの思惑が、随所に現れている。
 逆に言えば、その不完全さこそが、このアルバムの魅力でもある。フォークからニューミュージックへの転換期の狭間、自分なりのスタイルを模索しつつ、でもどうにもできない諦念のかけらが赤裸々に刻み込まれている。
 アルバム全体の通低音として流れているのは、壮絶な孤独と喪失、そして人とのつながりへの飢餓感だ。それこそ24歳の女性:中島美雪のリアルで静かな叫びである。
 ただその悲痛さは、いくらリアルに発しようとも、思うようには届かない。大人びた才気とは裏腹に、伝えようとする技術はまだおぼつかない。
 フォークの内省性と歌謡曲のメロドラマ性は、容易に相入れるものではない。両者は協調することなく、いびつにせめぎ合っている。
 そんな中途半端さが、アルバムの統一感を欠く要因となっているのだけれど、それは同時に、みゆきの模索の過程を映し出す鏡でもある。
 当時の音楽シーンを振り返れば、ユーミンやサザンのような新しい波が押し寄せる中で、みゆきはまだ「フォークの残響」を背負っていた。だが、その残響の中に、彼女独特の孤独と詩情が宿っている。
 このアルバムは、時代の狭間で彷徨う一人のシンガー・ソングライターの肖像であり、後の大輪の花を咲かせるための土壌でもある。


1. 雨が空を捨てる日は
 久しぶりに聴いてみた。3回聴いてみた。
 ファン歴も長い俺がすごく言いづらいのだけど、正直、何を伝えたいのか、何を描写しているのか、みゆきの真意が伝わってこない。
 初期のみゆき作品の特徴で、特別難しい言葉を使ってるわけではないけど、それぞれのフレーズがとっ散らかって、モヤっとした印象。
 「雨が空を捨てる日は」という一節は、使いようによっては強力な暗喩になるはずだけど、陳腐なメロドラマに織り交ぜることで、魅力が半減している。
 ムード歌謡丸出しの演奏は、みゆきも合わせづらそう。

2. 彼女の生き方
 デビュー前から歌い続けてきた、自由奔放な女性像をテーマとした曲。テーマと主張が一貫しているため、落ち着いたカントリー・タッチのアレンジがマッチしている。
 みゆき自身のことではなく、むしろ「こうありたい」願望を描いているっぽく、なのでテーマとは裏腹に、歌声は諦めたような疲れたような、淡々と客観的な印象。
 「思い通りには動かない、世の中なんて何もかも。だけど私だって世の中の、思い通りなんか動かない」。
 信頼できる同志も友人も少ない、ビジネスライクな大人の世界に足を踏み入れた頃のみゆきのリアルが、ここにはストレートに刻まれている。

3. トラックに乗せて
 ブルース・ロック調の演奏に乗せて、アバズレ風にルーズに歌うみゆきとの相性が、そこそこマッチしている。浅川マキかちあきなおみをイメージしたようなアレンジだけど、こういうのはちあきの方が上手いな。
 土砂降りの雨の中、ずぶ濡れの女が次の街まで乗せてトラックの運ちゃんにせがみ、乗せたら乗せたで喋りっぱなしで、コロコロ話題も変わるし、リアルに遭遇したら相当めんどくさい話なのだけど、そんな振られ女の葛藤と自己嫌悪が巧みに描かれている。ドラマのワンシーンの切り取りとしては、悪くない。
 悪くはないけど、そのドラマ性はまだステレオタイプで、この時点でのみゆきの視点は、まだ発展途上の段階だ。

4. 流浪の詩
 プログレッシヴな長いインタープレイのオープニングに続くのは、軽快なカントリー・ポップ。なんかチグハグだけど、バックバンドが好き放題にアレンジしただけか。
 アメリカ南部の黒人労働者をモチーフに書かれたらしく、どこか刹那な享楽さが言葉の端々に滲んでいる。
 「いつか東風の夜は あたしの歌を聴くだろう 死んでも旅を続ける 女の歌を聴くだろう」
 のちの恨み節にも通ずるフレーズをサラッと歌えるところ、それに付随するストーリーテリングも、24歳にしては上手い。24歳にしては。
 この時点でのみゆきの視点は、まだ第三者/傍観者的な視点だ。ストーリーの体裁を整えるのは上手いけど、「じゃあ、みゆきはどう思うの?」という主観がほしいのだ。

5. 真直な線
 改めて聴き直してみると、昭和レアグルーヴっぽさが強い、ファンキーなブルース・ロック。みゆきの興味がリズム・アプローチに向いていたら、もしかしてこの路線もあったかもしれない。イヤないか。
 ただ、エジソンと発明王(当時のバックバンド)のくせに、セッションっぽい白熱したライブ感は、案外拾いもの。アウトロのみゆきの高らかなスキャットも、ほぼここでしか聴くことができない。

6. 五才の頃
 「時代」に似たヴォーカル・タッチの、回想的なバラード。ここまでのバンド・スタイルと違って、バリバリエコーの効いた女性コーラスやストリングスなど、いろいろ大仰だけど、逆にこういうテーマだと、ムード歌謡的なアレンジもシックリくる。
 フォーク・シンガーの延長線上で書かれた歌詞は、ちゃんとはしてるけど、そこまで特筆するほどではない。

7. 冬を待つ季節
 序盤はほぼアルペジオのみ、中盤に入ってから少しずつ音が増えてゆく、少し構成の凝ったフォーク・ロック。シンプルだけど手をかけたアンサンブルによって、みゆきのヴォーカルの調子も良い。
 別れた男への想いを断ち切れず、楽しかった思い出を反芻する自分に対する自虐を描いているのだけど、若い頃ってそんなもんだよな、グズグズ未練引きずったりして。別れて(捨てられて)以降のグダグダな女性を辛辣に描くアーティストはまだ少なかった時代だ。
 ユーミンだったら、次の恋への明るい希望を描く。そっちの方が多くの女性から共感得られるし。

8. 夜風の中から
 4枚目のシングルとして先行リリースされ、オリコン最高151位。もう無かったことにしてほしいくらいの売り上げに終わった。
 長渕みたいなハーモニカで始まるフォーク・ロックは、まぁみゆきに合わないわけではないけど、シングルで売れるとは思えない地味さ。初期甲斐バンドのような、「あばずれ女と飲んだくれ男」が織りなすラブ・ストーリーは、古めの歌謡ロックっぽい。そこを狙ってたのかもしれないな。
 ちなみにこのシングル、ジャケットが2種類あるのだけど、初回盤の方はブルーを基調にした、肩出しワンピースのショット。ダルそうにやる気なさそうに、こわばった表情のみゆきがいる。やらされてる感がハンパない。

9. 03時
 イントロから最後まで、時々脈絡なく挿入されるシンセのフレーズが印象的な、ある意味、プログレッシヴな演奏。最初はウザいエフェクトだと思ってたけど、でもこのアクセントがないと、これってほんとムード歌謡だな。
 同世代でユーミンが謳歌している裏で、「あたい」なんてワードを使うのは、果たして本人の意思だったのか。研ナオコや日吉ミミなら堂に入っているけど、やっぱり背伸びしてる感が拭えない。
 ここまで結構辛辣に書いてきたけど、歌謡曲シンガーへの提供曲集/サンプル集として見ると、また違ってくる。自分で歌う前提ではなく、歌謡曲のフォーマットを用いた楽曲が溜まったので、誰々提供用という想定でレコーディングしたものだ、と。
 そう考えると、歌謡曲側のニーズに沿った作品集にはなっている。そんなわけで、みゆき本人のエゴは少なめ、という具合に。

10. うそつきが好きよ
 なので、中途半端じゃなくて思いっきり歌謡曲に振り切ると、逆に清々しい。初期の夜会でも、コミカルなパートで効果的に使われてたよな。
 のちに日吉ミミがカバーするくらいだから、歌謡界向けの楽曲カタログという役割はきちんと果たしている。そりゃ自作自演で売れることが正道だけど、楽曲提供で食い扶持を確保することは、誰も否定できない。

11. 妬いてる訳じゃないけれど
 アマチュア時代に書かれた曲で、やはり主人公はあばずれ女。技巧的なところがない分、素直なストーリーテリングに徹しており、なのでスッキリ聴きやすい。
 「あたしを乗せない船が 今日も港を出るところ」と言いながら、そもそも乗るつもりがないのだ。「どこにも行けない/誰か迎えに来てほしい」、ただ待ち望むだけの、思い悩む70年代女性のリアルな横顔が見え隠れする。

12. 忘れられるものならば
 このアルバムの中では比較的シンプルに、みゆきのヴォーカルに沿って編まれたアレンジのフォーク・ロックがラスト。メロディ・ラインがジョン・レノン「ジェラス・ガイ」に似てるせいか、俺的には覚えやすく親しみやすい曲でもある。
 歌詞も同様、シンプルに過去の別離をテーマとしているのだけど、ストーリーより心象風景を中心に描写しているため、変な情景説明がないことが、わかりやすい世界観となっている。歌謡曲とは違う文体・話法のため、お仕着せのアレンジには当てはまらない、いわば作家性の強い楽曲でもある。
 そういう意味で言えば、次作へのブリッジとしても機能している。っていうのは、後付けいくらでも言えるよな。自分で言うのもなんだけど。