1992年リリース、3枚目のオリジナル・アルバム。全英最高4位でゴールド獲得と、準メジャー的なインディー・レーベル:Go! Discs所属でありながら、充分アベレージ超えのセールスを記録している。
ちなみに、この年の全英年間トップはシンプリー・レッドで、2位が何故だかライオネル・リッチー。ピークは80年代だったはずだけど。謎だ。
以前も別レビューで書いたけど、何ゆえ英国人は、それほどライオネル・リッチー推しなのか。機会があったら深堀りしてみよう。
92年の傾向として、ジョー・コッカーやマイケル・ボルトン、クラプトンらアダルト・ロック系シンガーが結構な割合を占めている。シングルこそKLFやThe Orb、ライドやテイク・ザットと世代交代の萌芽が見られるのだけど、アルバムは全般的にアメリカ勢が強い。
2位シェール、3位シンプル・マインズときて、4位がマイコーと、中堅・ベテラン勢が上位独占していて、これじゃまるで85年あたりのチャートと大差ない。英国勢も上位はアニー・レノックスやジェネシス、シェイクスピアズ・シスターと、みんなキャリアの長いメンツばかり。
一応、ロック史的には92年、オルタナ/グランジやレイヴ系がブイブイ言わせているはずなのだけど、こうした一般総合チャート基準で見れば、所詮は小さなロック村のローカルな盛り上がりに過ぎなかった、ということなのだろう。だって、ロキノンで散々持ち上げていたマニックスもオーシャン・カラー・シーンもハッピー・マンデーズも、ここでは影も形もないし。
「ロックの救世主」「英国では大ブーム」的な見出しやキャッチフレーズを連呼していた雑誌メディアに躍らされ、しょっちゅうタワレコで新譜チェックしていたのは、多分俺だけではないはず。ネット環境もなかった頃は、音楽雑誌とショップの視聴ブースくらいしか情報がなく、それを信じるほかなかったのだ。
そんな中、しれっと地味にランクインしているのが、70位ビューティフル・サウスのこのアルバム。まぁ、この時点での彼らも若手とは言いがたいけど、イギリスのバンドとしては大健闘している方である。
ビジュアル面やバンド・ストーリーにおいて特筆することがなく、目立つ話題もなかったため、日本では大きくフィーチャーされることもなかったけど、本国では地味にメジャーな存在であったことが、データから見て取れる。だって、68位マドンナ→69位カイリー・ミノーグときて、彼らだもの。決してマニアックな存在ではない。
80年代初頭に結成されたインディーポップ・バンド:ハウスマーティンズを母体に、ポール・ヒートン中心に結成されたビューティフル・サウスは、89年にデビューした。それまでのインディー・ギターポップから路線変更、女性ヴォーカルを擁したネオアコ・ポップは、多くのライトユーザーを取り込むことに成功した。
前述チャートでも見られるように、当時の英国音楽シーンは、ブリットポップの胎動が感じられる直前の、ちょっとした過渡期だった。80年代ニュー・ウェイヴやポスト・パンクの余韻がまだ残りつつ、ストーン・ローゼスやシャーラタンズらマッドチェスターの熱狂が落ち着きを見せていた頃だった。
そういう流れとはまったく関係なく、他のバンドと積極的に絡むこともなく、サウスはすでに独自のポジションを確立していた。よく言えば天上天下唯我独尊、もしくはジャンル被りがなかったため、みんな絡みづらかったか。
活動末期を除き、ほぼデビューからずっと、シングル・チャート常連の彼らだったけど、決してトレンドセッターではなかった。マンチェスターのレイヴ・カルチャーや、後に登場するオアシスやブラーを筆頭としたブリットポップ勢とは、ほぼ接点もなく、どこかにカテゴライズしづらい存在だった。だから日本じゃ紹介しづらかったんだろうな。
政治的なスタンスを含むマクロな視点ではなく、英国地方都市のチマチマした日常や、普通の人々の小さな悲喜劇を、皮肉な視点で描写するのが、サウス≒ポール・ヒートンの特色だった。アクの強い歌詞をクセの少ない女性ヴォーカルで薄め、無難なネオアコ・ポップでシュガー・コーティングされた彼らのサウンドは、お茶の間層を含む幅広い支持を得た。
再デビュー間もなくは手探り状態だったサウス、2枚目『Choke』までは、ハウスマーティンズ時代のギターポップ風味が多めだったのだけど、3枚目ともなると確信が持てたのか、メイン・ソングライター:ヒートンのパーソナリティが色濃くなっている。絶妙なバンドアンサンブルがフィーチャーされることはほぼなくなり、ヴォーカルに重点を置くアレンジが多くなっている。
もともと演奏力が特筆されるバンドではなかったため、ヴォーカル&ソングライティング・チームがイニシアチブを取ることによって、サウスは着実に足場を固めてゆく。フリー・セッションやアドリブ・プレイなんかとは、まったく縁がなかったよな、バンドなのに。
ちなみにアルバム・タイトルの数字4桁『0898』は、当時の英国のセックス・ホットライン(ダイヤルQ2やテレクラ?)で使われていたプレミアム・レート(高額課金)番号から取られている。おそらく英国人なら、何となく知ってはいるけど、暗黙の了解で表立って口にしづらい数字なのだろう。
こういったネーミング・センス、さり気ないゲスさが、当時の英国人には静かに受け入れられた。ひとつかふたつの捻りを入れつつ、あくまでシャレのスタンスを崩さなかったことが、皮肉とペーソスをこよなく愛する国民性とシンクロした。
ブリットポップの全盛期前、いわば嵐の前の静けさとも言える英国ロック/ポップシーンの間隙において、地味だけど味わい深いポジションのサウスは、ピリリと皮肉の効いた熟練コント師のような存在だった。最先端のトレンドを追うほどではないけど、そこそこテレビに出ている現役バンドを好む層にとって、彼らはちょうどいい塩梅だったと言える。
この後も続く彼らのキャリアの中において、『0898』は初期のターニング・ポイント、青春時代の終焉と位置づけられる。バンドとしてのパーソナリティの模索が終わったことで、ひとつの確信を得、ヒートン色を強く打ち出すことが、方向性を決定づけたのが、この『0898』だ。
トラジコメディの伝統を踏襲しつつ、ひたすら英国ローカルのミクロな視点で、冷笑と自虐に満ちた世界観を、ポップなメロディに乗せて爽やかに歌う。キンクスやスパークスほど大仰ドラマティックではなく、あくまで中庸、テレビやラジオでも聴き流しやすい消費財の刹那が、奇跡的に表現されている。
1. Old Red Eyes Is Back
「アルコール依存症に苦しむ男の悲哀」という、アルバムのオープニングには適さないテーマを、軽快なカントリー・ポップ調メロディで歌い上げている。「重いテーマをポップに包む」、彼らの屈折したメソッドが確立した曲と言ってもいい。
アルバムのリードシングルとして先行カットされており、UK最高22位と、そこそこのアベレージクリア。こんなネガティヴなテーマの曲がチャートインしてしまうところに、英国人の性格が滲み出ている。
2. We Are Each Other
2枚目のシングルで、UK30位を記録。「落ち着いたハウスマーティンズ」を思わせる疾走感のあるギター・ポップで、むしろこっちの方がキャッチーで、ヒット要素が多い。わかってはいたはずだけど、敢えてはずすのも、国民性だな。
「やや被害妄想強めの共依存カップル」を主人公に据えるなんて、メジャー・レーベルではあり得ない設定。ライブでもほぼセットリスト定番で、個人的にも好きな曲。
3. The Rocking Chair
一転して、女性ヴォーカル:ブリアナ・コリガンによるアコースティック・バラード。ヒートン作だけど、ここでは出番なし。
年老いた女性の回想を、珍しく何のひねりもなくストレートに描写したのは、変な歌詞設定ばかり歌わせられていたブリアナがゴネたからか。実際、このアルバムを最後に脱退しちゃうし。
ちゃんとやれば、こういったストーリーも書けるのだけど、彼らのようにビジュアル的に何の取り柄もないバンドだと、何かひとつ引っかかりがないと、埋もれてしまうわけで。バンドの差別化としては間違ってはいないんだけど、真面目なアラサーくらいの女の子が、エログロ愛憎入り混じった曲ばかり歌わされていると、そりゃイヤになってしまう。
4. We’ll Deal With You Later
彼らにしてはやや不穏さを感じさせる、ドラマティックなオープニング。社会の底辺で生きる人々への軽い皮肉と応援とが入り混じった歌詞は、すでにこの時点でヒートンのお家芸になっている。
もともと上手さをアピールするバンドではないけど、その分、こういった抑え気味のアレンジではタイトにまとまっている。ただ正直、ヴォーカル陣も上手さが引き立っているわけではないので、結果的にちょうどいいバランスに収まっている。
5. Domino Man
ビリー・ジョエルみたいな流麗なピアノから始まる、フォーキーなポップ・ロック。もしかすると「ピアノ・マン」にかけたのか?
歌っているのは確かに、ドミノを並べ続ける孤独な男の日常なので、似てないこともない。真っ当なシンガー・ソングライターなら、特別珍しくもない主題なので、もしかするとこういう方向に向かう可能性もあったかもしれない。イヤ無理か、多分。
6. 36D
4枚目のシングル・カット、UK46位を記録した軽快なポップ・チューン。こんな風に爽やかポップ成分が多いほど、エロや下品に流れてしまう彼らの特徴で、タイトルがブラのサイズ。
イギリスのグラマー・モデルと芸能界の虚飾を皮肉っぽく描いているのだけど、前述のブリアナがゴネた直接的な要因となった楽曲でもある。そりゃ同じ女性の立場からすれば、こんな下ネタまがいの曲、歌いたくないだろうな。
7. Here It Is Again
アルバムの中盤に入り、ちょっとダークなテイストのバラード。人間関係で繰り返される失敗をテーマにした歌詞は、ヒートンの内省的な一面が垣間見えてくる。
控えめなバッキングながら、珍しくストリングスを導入しており、比較的オーソドックスを指向したサウンドに仕上がっている。単なる屈折ポップだけじゃなく、こういうのも、できることはできるバンドなのだ。あまり似合ってないけど。
8. Something That You Said
こちらもオーソドックスに徹した、メロウなポップ・バラード。ヒートン&ブリアナによるデュエットで、穏やかなユニゾンが郷愁を誘う。
「甘さと毒の同居」が存分に味わえる名曲。ちょっぴりスパイス程度の皮肉程度なら、まだ付き合ってくれるけど、調子に乗り過ぎたんだな、男性陣。
紅一点は、もっと大事にしてあげないとな。
9. I’m Your No.1 Fan
ファンとアーティストの関係を、ちょっと斜めに歪んだ視点で描いた曲。この程度ならブリアナも許容範囲なのか、ダブル・ヴォーカルまで披露している。
10. Bell Bottomed Tear
3枚目のシングルカットで、UK16位を記録した初期の名曲。抑えながらも感傷的なブリアナのヴォーカルが光る、切ないラブソング。
ストリングスとアコースティックの柔らかいサウンドに、ヒートンのシニカルな歌詞が絶妙にマッチ。サビのメロディは、一度聴いたら忘れられない中毒性がある。
11. You Play Glockenspiel, I’ll Play Drums
バンド・セッション的な空気感が漂う、やや切なさを残すポップ・チューン。肩の力を抜いてレコーディングしているような、バンドでいることの楽しさが滲み出ている。
12. When I’m 84
明らかにビートルズからインスパイアされた、老後をユーモラスに歌ったフォーキーなナンバーがラスト。歌い方もどこかポールっぽいのは、気のせいか。
歳を取っても変わらない人間の愚かさや愛らしさをストレートに描いており、サウンド含めどこかホッコリする。地味な曲だけど、ほのぼのした美メロもまた、彼らの持ち味のひとつである。

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