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 1996年リリース、ワーナーから独立後、初のオリジナル・アルバム。とにかく多作だった殿下、これで通算19枚目ということだけど、別名義や変名でリリースしているアルバムもたくさんあり、目に見えない実働は、かなりの量にのぼる。
 3枚組・36曲・3時間。しかも、1枚60分キッカリに収めるという、偏執的なこだわりを見せている。どうにか帳尻合わせるためか、尺合わせでぶった切ったり、かと思えば、いくらでも調整可能なヒップホップ・チューンがあったりして。
 普通、これだけの大作だと、いくつかのパートに分けた組曲とか、各テーマで区切ったりして、1枚ずつでも成立するコンセプトを設けそうなものだけど、殿下なので、そんなのは一切なし。
 できた曲を、入れたい順に入れただけ。ファンはただ、それを受け入れなければならないのだ。
 かつてビートルズも、ノン・コンセプトな2枚組大作『White Album』をリリースしていた。良く言えば「バラエティに富んだ楽曲群」、悪い見方で「曲によってクオリティ差があり過ぎる」このアルバム、いまだに「1枚に絞った方が聴きやすかったのでは」という意見が出ていたりする。
 サザンの場合、『Kamakura』は通しで聴いても長く感じないけど、『キラーストリート』はちょっとダレる。まぁ、これは世代的な問題だろうな。
 シングル中心のベスト・アルバムならともかく、「まぁまぁアベレージはクリアしているけど、シングルにはいま一歩足りない」レベルの曲ばかりでは、聴き通すのはちょっと難儀だ。
 ビートルズやサザン、ガンズ&ローゼスやクラッシュにも言えることだけど、中堅クラスに差し掛かったバンド/アーティストが複数枚のアルバムを制作するのは、ひとつのターニング・ポイントであることが多い。それまでのキャリアの総決算的な意味合いで、いわゆる在庫総ざらえ、リスタートを迎える契機でもある。
 なので『Emancipation』は、長年揉めに揉めたワーナーとの契約から解き放たれ、タイトル通り「解放」を謳った記念碑的作品という位置付けになる。ただ、これまで波乱万丈なキャリアを歩んできた殿下、ターニング・ポイントがあちこちにあるため、一歩引いて俯瞰で見ると、迷走しているようにも思えてしまう。

 「僕はレコード会社の奴隷なんだ」という自虐的なメッセージを込め、頬には「Slave」とペイントしていた、この時期の殿下。「プリンス」の名を捨て、いまだ正確に読めない/書けないアーティスト・ネームにて、忸怩たる思いで耐え忍んでいた。
 で、時は経ち1996年、ワーナーとの契約がようやく満了、殿下は遂に・ほんとうの自由を手に入れた。これまで封印していた「プリンス」の名前も復活させ、さらなる創作意欲を爆発させるのだったー。
 と言いたいところだ客観的けど、「プリンス」名義が使用禁止だったという客観的事実はなく、単にワーナーに儲けさせたくない殿下の嫌がらせである。そんな彼が半ば当てつけで設立したプライベート・レーベル:NPGでは、例の「the Artist Formerly Known As Prince」名義や、ほかの別名も使い分け、まったくペースが落ちていなかった。
 「何かあればすぐ訴訟」のアメリカにおいて、グレーゾーンを踏みにじる殿下の一連の挑発行為は、ワーナー側からすれば腹立たしかったはず。当時は殿下への同情論が多かったけど、いまにして思えば、メディアの誘導操作だよな。メジャー・レーベルvsジャーナリズムとのつばぜり合い・腹の探り合いっていう。

 先にいいところも書いておこう。肝心のサウンド・プロダクションについて。
 ひとことで例えると『Emancipation』とは、「プリンス全部盛り定食」。ファンク、ポップ、ロック、R&B、ソウル、ヒップホップ、ジャズ、はたまたクラシックっぽいテイストも、ちょっとずつぶち込んである。今までのもの・これからのもの、それらすべての方向性が、ギュッとダイジェストに詰め込まれている。
 何しろ3枚組・36曲・3時間。フックの効いたシングル候補もあれば、アルバム初のカバー曲、やや帳尻合わせっぽい未消化なトラックもあるにはあるけど、そこは痩せても枯れても殿下、2流ロートルの勝負曲程度では太刀打ちできないクオリティで統一されている。
 この時期の殿下は、マイテ・ガルシアと結婚したこともあり、プライベートの充実がアルバムのコンセプトに大きく影響している。なので、彼女へのストレートなラブソングや、家族愛やら慈愛やら、これまで皮肉や悪意でしか用いたことがないボキャブラリーが頻発している。
 「わかりやすい男だよな」と思いつつ、「イヤ、男っていくつになっても、みんなこんなモンだよな」って思ったりもする。古今東西どんな男だって、心の中にはチョロい中学生が棲みついている。
 また、従来の即物的なラブアフェアーとは趣きを変え、時々スピリチュアルな言葉が散見されていたりする。「The Holy River」って、まんまじゃねぇか。
 この後、ガチに向こう側へ振り切った『The Rainbow Children』を作ることになるので、そのプロトタイプの断片も、そこかしこに散らばっている。解脱を経て、達観の域に足を踏み込もうとする殿下よ、まだ煩悩のかけらは残ってはいる。それが現世との架け橋だ。
 これまで「なんかキモい」だの「エロい」だの、一面的なネガティヴ・キャンペーンを張られ続けていた80年代の殿下の不遇を知る古参ファンにとって、変態ドロドロ密室ファンク成分の少ない『Emancipation』は、少々物足りなく感じるかもしれない。ただそれと同時に、これまで「プリンスが好き」と大っぴらに口にできなかった過去を持つ者にとって、ようやく後ろめたさもなく、普通に紹介できるアルバムでもある。
 変にはみ出さず、かと言って過剰に迎合することもない、アーティスト:プリンスのエッセンスが、ほどよく残されている。かつてプリンスに影響を受けたアーティストの作品がフィードバックされたような、大衆向け・コンテンポラリー寄りのサウンドが展開されている。

 とは言っても『Emancipation』、何しろ3枚組・36曲・3時間。とにかく長い。イヤ長すぎる。
 当然だけど、ライト・ユーザーにはハードル高すぎるし、ましてやビギナーにはお勧めしづらい。いくら「大丈夫」「美味しいから」と説得したって、ラーメン・炒飯・餃子の特盛にんにくマシマシ3連発は、口にする前から、こうやって書き出すだけでも胸焼けしてしまう。
 せっかく世界各地で公聴会開くくらい気合い入っていたのだから、例えばダイジェスト版シングル・アルバムや、クラブユースな60分ノンストップ・ミックステープなどで間口を広げる方法があったはずなのだけど、この頃の殿下なら、頑なにやらないよな。
 2枚組『1999』『Sign o' the Times』で耐性のあった普通のファンでも、ぶっちゃけ1回通して聴くのも根性がいる。そう、やる気と気合いの問題なのだ。
 そりゃ30年近く前、リアタイで買った時は、「ここから殿下の新章が始まるのだ…」と感慨に更け、襟を正していざっ、コンポにCD突っ込んだのだけど…。
 
 …終わらねぇ。

 まだ半分くらい…。
 
 イヤ、いい曲・それなりの曲、いろいろあるのはわかるんだけど、わかりやすいコンセプトでまとめられているわけではないため、「アレいま何枚目だっけ?」って、落語みたいな事態に陥ったり。
 こんなこと思う時点で、アルバムの世界観に入り込めていない証拠だ。2曲前がどんなだったのか忘れてしまい、それぞれのニュアンスが掴みづらい。もはや、ただ聴き通すことだけが目的になってしまう。
 どうにかこうにか、3枚通して聴くには聴いた。ただ、達成感はあれど満足感はない。
 ていうか、何回かに分けて、細切れで聴くことはあるけど、通して聴いたのは、多分、最初の一回だけ。そういうのは、きっと俺だけじゃないはず。
 ワーナー時代は「アルバムは10曲くらいにしろ」だの「シングル向きの曲も入れろ」だの、まぁ営業サイドからすれば当然の要求なんだけど、そういうのをうざったく思っていた殿下。リミッターが外れた途端、「もう全部出しちゃえ!」ってなったのだろう。
 普通なら、10曲くらい次作に回して2枚組にまとめたりして、もっとメリハリのあるアルバムにするはずなのだけど、そういうことじゃないんだろうな。
 「こんなに充実した作品作ったんだから、お前らも満足だろ?そうに決まってるよな?」
 これに限らず、殿下の作品は、そんな俺様感で満ちあふれている。



Disc 1

1. Jam of the Year 
 重厚なドアを開けると飛び込んでくる、賑やかなクラブのざわめき。サックスとグルーヴィーなビートが絡む、ファンキーなオープニング。
 猥雑さは抑えられ、慣れ親しんだ場でのライブ感が伝わってくる。常連女性ヴォーカル:ロージー・ゲインズとのコンビネーションも絶妙。
 終盤のジャズ・テイストも、ファンク一辺倒に偏らないバランスの妙。


2. Right Back Here in My Arms 
 ほぼプリセットのリズム・トラックだけをベースに、あとは殿下いつもの多重コーラス・ダビングで構成されたスムースなR&Bバラード。これだけなら甘ったるいだけだけど、リズムに緩急つけたりフィルインしたりで、ひと癖入れてある。
 中盤のぎこちないラップは、生温かい目で見てあげる方が良い。あれだけのリズム・マイスターであるはずなのに、なんでかラップになると不自然になるのか。


3. Somebody’s Somebody 
 殿下流R&Bが続く。こちらはリズム・パターンもシンプルで、もう少しオーソドックス寄り。
 ミディアム・テンポのソウルフルなナンバーで、エロ要素は大幅に封印。俗世を経てからの達観した純愛の求道、といったところか。
 コーラス・ワークとギターの絡みが絶妙で、終盤に向かうごとにヴォーカルのテンションが上がってゆくところが、ひとつのカタルシス。


4. Get Yo Groove On 
 ここでひと休み、殿下お得意のワンコード・ファンク。ライブ映えするバンド・セットの曲で、いくらでも展開可能な万能チューン。
 ただこういう曲って、殿下ならいくらでも作れるし、これまでも似たような曲はたくさんあるしで、まぁ新鮮味はない。ただ、「プリンスといえば、こんな感じ」という名刺的な役割を果たすことはできる。

5. Courtin’ Time 
 前の曲と一転して、プリンスっぽさの少ない曲だけど、「『Parade』にこんな曲入ってなかったっけ?」と聞かれたら、「あぁそういえば」と勘違いしてしまいそうな曲。
 軽快なスウィング・ジャズっぽさはインチキ臭さハンパないけど、こういったのをシャレでやってしまう、小手先で作れてしまう器用さは殿下ならでは。あくまで余技なので、2分ちょっとでまとめるのが粋。

6. Betcha by Golly Wow! 
 こちらもレトロなフィリー・ソウルっぽい曲だな、って思ってたらスタイリスティックスのカバーだった。アレンジこそアップデートしているけど、テイストはほぼまんま。
 別アプローチを試す時間がなかったのか、単にリスペクト丸出しで直カバーにしたのか。多分、どっちもだろう。
 よほどお気に入りだったのか、この曲、『Emancipation』リリース前に先行シングルカットされている。普通なら、オリジナル曲中心のアルバムから、非オリジナル曲を第一弾シングルでリリースするなんて、あり得ない話だけど。
 おそらく、ヒット曲ばかり要求してくるメジャー・レーベルへの問題提起という側面もあるのだろう。「めんどくせぇアーティストだな」と思う反面、「それでこそ殿下」と称えてしまう古参ファンよ。

7. We Gets Up 
 そんな古参ファンならホイホイ尻尾振ってしまう、従来型殿下謹製ハード・ファンク。キンキーなヴォーカルと伝統的なホーン・セクションとの絡みも絶妙。
 真っ向から過去を否定するのではなく、こういった猥雑なファンクもまた、これまでの殿下を培ってきた要素のひとつであり、自己紹介的なチューンもまた必要なわけで。
 ただ80年代ほどのネガティブな密室性は少ない。そこがまだ救いなわけで成長なわけで。


8. White Mansion 
 さらに一転して、ファンク成分はほぼ抜きのR&B調ポップ。ビトウィーン・ザ・シーツ的なシンセ・バラードは、これまでにはあまり例の少ない曲調。
 充分サウンドを練る時間がなかったのか、殿下の声質とフィットしているとは言い難く、ちょっと消化不良気味。まぁ事後検証するタイプの人ではないので、これはこれで完成形なのかね。
 それとも、他のアーティストへ提供するつもりのデモ・テイクだったのかも。アウトロは全然別の曲調だし。


9. Damned If I Do 
 ロック・テイストのギターをサウンドの中心に据えた、これも『Sign o' the Times』にこんな曲なかったっけ?と聞かれたら、あぁと答えてしまいそうな、そんな曲。
 中盤の寸劇っぽい男女の語り入れてしまうのが、「殿下の幅の広さ」という人もいれば、「イヤ余計だし」と思う人も。俺は後者だな、正直。
 ソリッドにロック・テイストでまとめてしまえばよかったのに、変にラグタイム・ピアノ入れて多彩さアピールするのは、やっぱちょっと一言多い。


10. I Can’t Make U Love Me 
 オリジナルはボニー・レイット。ジョージ・マイケルはじめ、ボーイズⅡメンからアデルまで、幅広いジャンルでカバーされている鉄板バラード。
 ファルセットを効果的に使いつつ、ほぼオリジナルに忠実にカバーしている。ヴォーカルを引き立たせるピアノ&ストリングスは、極力シンプルに抑えられ、哀愁をベタに表現している。

11. Mr. Happy 
 ヘヴィなシンセ・ベースとヒップホップ感がアクセントとして効いた、重心の低い正統ファンク。90年代サウンドをうまく消化しており、まだ現場感がある。
 何でもかんでも自分でやってしまうのではなく、専業ラッパーを入れることで、ダサさを回避している。「俺が俺が」と出しゃばるのを抑え、トータル・サウンドの調和を目指したことで、クールに仕上がっている。
 ところで、ラッパーScrap Dって誰?普通だったら殿下の変名という予想だけど、こんなにラップうまいはずないし。

12. In This Bed I Scream 
 かつてのバンド・メンバーであり、愛憎いろいろ入り混じった関係だったウェンディ&リサに捧げられた曲が、CD1枚目ラスト。「捧げられた」とされる本人たちからのリアクションはなかったらしい。
 おそらく、かつての彼女たちを想定して書かれた、またはいま歌ってほしかったのか、内省的な歌詞とドラマティックなアレンジが融合した、重厚なアレンジ。通常とはまた違うテンションのギターとヴォーカルは、どこか未練がましいけど、男なら、ただ黙って頷くしかない。

Disc 2

1. Sex in the Summer 
 SEXというワードをはずせば、爽やかなミドル・バラードとして充分成立するはずだけど、でも入れずにはいられない、そんな曲で2枚目スタート。このアルバム以降、ファンクが中軸だった殿下のサウンドは、年を追うにつれ多様化してゆくのだけど、これもいわば新境地的なアプローチ。
 マイテとの間に生まれるはずだった胎児の心音を基底ビートに、ファンカデリックからドラム・フィルインをサンプリングするなど、いろいろ手をかけた曲でもある。言われなきゃ気づかないし、それを売りにしてるはずでもないけど、普通にトップ40ラジオでも違和感ない。
 SEXさえなければ。

2. One Kiss at a Time 
 空耳でお馴染み「髪切っちゃうかも」の語りで始まる、スロウでメロウなR&B。全編通してシンプルなアレンジと構成で、オーソドックスな楽曲に対して、変に小技を使わず、まっ正面からのアプローチは、やはり新境地ゆえの成長か。
 まだテクニック的には稚拙だった、デビュー当時の殿下を想起したりもする。あのままワーナーの意のままに進めば、こんな路線/サウンド・アプローチもあったんじゃないか、と。

3. Soul Sanctuary
 直訳「魂の安息地」というタイトル通り、穏やかで静謐としたアコースティック調バラード。彼が敬愛するジョニ・ミッチェルをもう少しメジャーに寄せた、安らぎの調べ。
 原曲は、ルーサー・ヴァンドロスやチャカ・カーンのバック・ヴォーカルを務めていた実力派シンガー:サンドラ・セイント・ビクターがソロデビュー・アルバムのために制作したもの。それが何かの都合でお蔵入りとなったのだけど、たまたま殿下が耳にする機会があって気に入り、このアルバム収録によって陽の目を見た、と少々ややこしい経緯を持つ。
 繊細さの裏側に、おそらくドロドロした大人の事情が蠢めく、一筋縄では行かない曲。

4. Emale
 エレクトロとスロウ・ファンクのハイブリットを指向した、殿下としては90年代リアタイを意識した実験的サウンド。タイトルはE-mailをもじったもので、コーラス部分では「www.emale.com」というURLが使わている、今にしてみれば黒歴史なアプローチ。
 もう半世紀くらい経てば、レトロフューチャー的な視点で見れるんだろうけど、ちょっと早過ぎたか。この頃の殿下、インターネットに過剰に入れ込んでたしな。
 90年代から現在まで活動しているアーティスト:ミシェル・ンデゲオチェロとのセッションを基に製作されたらしいけど、どこがどの辺だか、よぉわからん。まぁ、知らなくても聴くのにまったく影響のないトリビア。

5. Curious Child
 全編アコースティック・タッチの、静謐な美しさが際立つバラード。家族ができると、人はこんなにも変わるのか、というくらい、流麗なメロディと慈愛に満ちたささやき。
 あまりの変容ぶりに、メインで歌われるとなんか腹立つけど、アルバムで一曲くらいなら「まぁいいか」と聴き流せる。いい曲なのはわかるけど、殿下に求める要素ではない。そういうことだ。

6. Dreamin’ About U
 同じくアコースティック・タッチなんだけど、これはもう少しひねって、メロウR&B+ジャジー・テイストが入り混じった、浮遊感漂う不思議な曲。
 いつもならウザい殿下の語りもサウンドに溶け込んでおり、説得力が増している。ファンクっぽさはまるでないけど、ギター・プレイにジョニ・ミッチェルっぽさがあって、夜に聴くとクセになる。

7. Joint 2 Joint
 殿下のアキレス腱的存在である、ヒップホップ成分を多めにしたファンク・チューン。女性ラッパー:Ninety-9とのコラボがうまく作用している。
 時折ループされる「Sex Me」がいいアクセントとなって、ダサくなりそうなところで歯止めをかけている。7分もある大作ゆえ、大まかに3つのパートに分かれているのだけど、後半に向かうにつれ、モノローグ多めのクールなファンクに回帰してゆく。

8. The Holy River
 このアルバムのコアとなる、壮大なバラード。タイトルといい歌詞といい、スピリチュアルな宗教観に満ちあふれているのだけど、英語ネイティヴでない我々は、美しいメロディとパッショナブルなプレイを純粋に堪能できる。
 5分過ぎから突然インサートされるエモーショナルなギタープレイは、歴代ベスト3に入ること間違いない。過度に感傷的にならず、適宜に熱意を込めた演奏は、もちろんマイテと家族に捧げられているのだけど、多くのユーザーの心をも激しく揺さぶる。

9. Let’s Have a Baby
 この後に訪れる悲劇を思えば、あまりに悲しすぎるピアノ・バラード。顔を合わせること叶わなかった愛息、そしてマイテへの純な愛をストレートに表現している。

10. Saviour 殿下のレコーディングとしては珍しく、ホーン・セクションも交えたバンド・セットによるセッション。こういう曲は宅録より「せーの」でやった方がいいと判断したのか。
 タイトル「救世主」が示す通り、これも宗教テイストの濃い曲で、ゴスペル・タッチのコーラスと相まって、ドライブしまくるロック・ギターが沸騰寸前。過小評価されるギタリストの筆頭として挙げられることの多い殿下だけど、この曲で聴かれるようなプレイは、探せばまだいっぱいある。
 ザッパみたいに、ギター・ソロだけピックアップしたアルバム作ったら、また評価も変わりそうなんだけどな。

11. The Plan いわゆるインタールード的なインストゥルメンタル。1分ちょっとの小品なので、次の曲に入る前の序奏みたいなものと思えばわかりやすい。
 さすがに殿下でも、36曲すべてをヴォーカル・トラックで埋めるのは、ちょっと無理ゲー過ぎたか。はたまた、これでも構成のこと、ちょっとは頭にあったのか。
 BGM的なフュージョンなので、プラネタリウム感が漂っている。

12. Friend, Lover, Sister, Mother/Wife
 東京公演の際、ホテルでマイテの寝顔を横目に着想を得、帰国してから一気に仕上げたとされる、ラブ感あふれるスウィートなバラード。ここまで来てやっと理解できたけど、要は殿下のノロけ話だよな、ほぼ全編。
 思えば、世間を驚かせたり怒りに任せたり、感情の起伏をまんまダイレクトに表現した作品が多かった殿下。紆余曲折を経て、ようやくここに来て、混じり気なしの愛情をテーマに歌うことを受け入れた、ということか。
 長かったな、ここまで。

Disc 3

1. Slave
 ついにCD3枚目に突入。さっきまで崇高な愛を高らかに歌っていた姿から一転、お得意のダークなスロウ・ファンク。
 タイトル通り、ワーナーとの確執と憎悪と皮肉を混在させた、静かな怒りが全編に繰り広げられる。めちゃめちゃカッコいいチューンなんだけど、アルバムのコンセプトからは、明らかに超絶浮いている。
 どうしても入れたかったらしいけど、一曲目に入れることはなかったよな。もうちょっと地味なポジションに入れるか、別にシングル切った方が良かったんじゃね?と勝手に思ってしまう。この場所に入れるのは、あまりにもったいない。

2. New World
 殿下としては珍しく、かなり大胆にEDMを導入したエレクトロ・ファンク。レトロ・シンセの響きがザップを連想させるけど、ユーモア・センスは劣る殿下、ちょっと真面目過ぎ。

3. The Human Body
 これもザップ/ロジャーっぽいエレクトロ・ファンクに、少しハウス感・テクノ感を振りかけたダンス・チューン。お遊びなのか実験的なのか、どちらにせよ殿下っぽさは薄め。
 さすがに3枚目、ややネタ切れ気味なのか、コンセプトからはずれた習作レベル、アベレージギリギリなレベルの曲が目立ってくる。

4. Face Down
 やや投げやりっぽい殿下のラップが全編流れる、ヒップホップ寄りのファンク。逆に変な力が抜けているためか、トラックとの相性も案外良い。
 さすがに3枚目だと、「ここまでたどり着けるはずねぇよな」と思っているのか、ラップ同様、脱力気味の曲がここまで続く。

5. La, La, La Means I Love U
 デルフォニックスの、というより、フィリー・ソウル全体を代表した、永遠の絶品キラー・チューン。古今東西、いろいろな人がカバーしているので、今さら説明することも特別ない。
 以前、どこかで書いたけど、オリジナルを知る前に俺が聴いたのは、トッド・ラングレンのヴァージョン。多くの人は山下達郎のライブ・ヴァージョンだと思う。

6. Style
 殿下の得意技のワンコード・ファンクだけど、ここではテンポをグッと落としたスロウ・スタイル。ダークさは少なく、グルーヴ感の方が引き立っているため、殿下エキスはほどほど。
 シンプルなリズム・トラックとコール&レスポンス、程よくブロウするサックス。これだけあれば延々と、しかも無限に作れてしまう殿下の才能。

7. Sleep Around
 テレンス・トレント・ダービーっぽい疾走感にあふれる、ライトめのポップ・ファンク。3枚目ともなると、全体のアルバム・コンセプトもだいぶ薄くなり、いい意味でサウンドのバラエティ感、次回作への実験性が垣間見えてくる。

8. Da, Da, Da
 バンド・メンバーのラップが延々続く、このアルバムでの必然性を感じないヴァージョン。ファミリー総出演の『Graffiti Bridge』ならともかく、ソロ・アルバムでここまで歌わせる必要あるか?
 終盤になって、やっと殿下登場、でも短いヴォーカルとギター・ソロで出番終了。ライブ構成的には、衣装替えや水分補給のタイミング挿入のため、こんな曲も必要なのかもしれない。
 って、心にもない擁護を入れてみる。

9. My Computer
 インターネット時代を先取りした、当時としてはユニークな、今となっては風化してしまったテーマの曲。先取りするの早かった殿下だけど、飽きるのも人一倍早かったよな。
 なぜかケイト・ブッシュがコーラス参加しているのだけど、そんな必然性も感じないし、特別インパクトを残しているわけでもない。何がしたかったんだ、この不安定なエレポップで。

10. One of Us
 90年代にブレイクした女性アーティスト:ジョーン・オズボーン代表曲のカバー。『Emancipation』リリース前年のヒット曲なので、思ってたより殿下、ヒットチャートもチェックしてるんだな、と改めて思う。
 アラニス・モリセットに代表される、ルーツ・ロックを通過したオルタナ・カントリーを選曲するのも意外っちゃ意外だけど、こういったウェットなメンタリティもまた、殿下の持ち味。野生味あふれるワイルドなギター・プレイが映える曲調でもあるし。

11. The Love We Make
 ヘロインの過剰摂取で夭折した元バンド・メンバー:ジョナサン・メルヴォワンに捧げられたスピリチュアルなバラード。やっとアルバム主題に回帰したな。
 殿下らしからぬ、まっすぐで誠実なヴォーカル・スタイル、それに呼応してエモーショナルに絡むギター・プレイ。いい曲なんだけど、2枚目に入れておいた方が、もっと知られていたかもしれない。やっぱ3枚は苦行だ。

12. Emancipation 
 ラストは案外あっさりと、従来型の密室ファンク。それでもトラックメイクは気合い入れているのか、様々な技がてんこ盛り。
 ファンカデリックみたいなベース・トラックは終始クールに、そして確実に全体のテンションを上げる。徐々に沸点に達したところで、殿下のキンキーなシャウトが爆発し、そして引きずらず、あっさりエンディング。幕の引き際も妙を得ている。