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  1984年リリース3枚目のスタジオ・アルバム。世界中でバカ売れしたカラー・ミー・ポップな前作『Colour By Numbers』からシフトチェンジ、よりバンド・アンサンブルを重視した ブルーアイド・ソウル路線が強調されている。
 第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの先陣を切ってワールドワイドな活動を展開した結果、地位も名誉もその他もろもろ、思いつくものはあらかた手に入れてしまっていた。短期集中で売り逃げるのなら、「君は完璧さ」「カーマは気まぐれ」路線を反復し続けるところだけど、敢えて王道路線を外れたことが、バンドの結束力を高めた、という見方もできる。
 リリース当時から珍曲扱いされていた「The War Song」以外は覚えやすいサビメロも少ない、要は手堅くまとめられた楽曲は多いこのアルバム、きらびやかだった前作の余韻もあって、本国UKでは最高2位にチャートインしている。チャート首位が当たり前だった当時の状況からすれば、やや陰りが見えてきた頃でもある。
 83年くらいまではこの世の春を謳歌していたUKニュー・ロマンティック勢、デュラン・デュランやヒューマン・リーグ、スパンダー・バレエもまた、メンバーチェンジしたり解散したり路線変更したりなど、ブームの終焉特有のゴタゴタ感が見え隠れしている。それに取って代わるように、ザ・スミスで一旗上げたラフトレードや、主にネオアコ系アーティストを擁していたチェリーレッドらインディー・レーベルが台頭してくる。
 UKローカルという、世界レベルではまだコップの中の嵐程度ではあったけれど、そのさざなみは徐々に揺れ幅を強めてゆく。時代を彩る徒花は、その萌芽と衰退の時に妖しい眩さを放つ。

 主に海外の芸能ゴシップや美麗なピンナップ、音楽性にはほぼ触れない、他愛のないインタビュー記事で占められていた音楽雑誌、それが『ミュージック・ライフ』。そこでほぼレギュラーで取り上げられていたのが、デュラン・デュランとジャパンだった。
 「ルネッサンス期の王子様」としか喩えようがないコスチューム、アイラインとチークを強調した立体メイク、綺麗に根元までブリーチされた金髪が基本形の彼らは、70年代少女漫画の美少年キャラとシンクロして、アイドル的な人気を得ていた。YMOに触発されて以降のジャパンは、次第に独自のサウンドへ変容してゆくのだけど、『ミュージック・ライフ』は一貫してビジュアル面だけにフォーカスし続けた。それはそれで、潔い。
 そんな中、一応ビジュアル系にカテゴライズされていたカルチャー・クラブも、頻繁にフィーチャーされてはいた。いたのだけれど、いわゆるイロモノ枠/引き立て役的な、デビシルやロジャー・テイラー目当てのメイン読者には一貫して軽んじられていた。
 そのコミカライズしやすいビジュアルゆえ、洋楽アーティストとしては珍しく、日本のお茶の間でもよく知られた顔だった。おそらく名前は知らなくても、「カーマカマカマカマ…」という覚えやすいフレーズは、意味もわからず口ずさむ小学生も多かった。
 なので、この『House on Fire』がオリコン最高4位だったのも納得できる。ワム!やマドンナが、邦楽アーティストを押しのけて年間トップ10に入っていた時代だったから、何の不思議もない。
 洋楽に力があった時代の話だ。それこそまだ『ミュージック・ライフ』も健在だったし。
 英語圏アーティストが万国共通だった時代なので、ほぼどの国でもトップ10入りを果たしているのだけど、最大のマーケットであるアメリカでは、最高26位と微妙。この年はスプリングスティーンとマドンナ、ブライアン・アダムスが無双状態で、UK勢の出る幕がなかったせいもあるけど。

 80年代のUK音楽シーンで特筆されるのが、いわゆるサウンド面だけではなく、社会的/政治的メッセージを強く打ち出したアーティストの出現が挙げられる。「鉄の女」と称されたサッチャー政権の強引な政策に対する反発やら切実な失業問題、反核運動など、歌詞だけではなく発言・コメントを通して世間に訴えかけることが、一種のトレンドとなっていた。
 デビュー後もストリートでの弾き語りを続けていたビリー・ブラッグは、労働者階級の視点から社会の不条理を歌い上げ、多くの若者の共感を呼んだ。ザ・スミスのモリッシーも、「Meat Is Murder」「Queen is Dead」など、独特の厭世観と社会批評を織り交ぜた歌詞で、孤高の存在感を放っていた。
 シリアスなメッセージを切実に、歌う/語る行為は、先進的なアーティストの素養とされた時代だった。堂々と「打倒サッチャー」を掲げたポール・ウェラーは、政治団体レッド・ウェッジの支持を表明、政権交代を積極的に訴えた。ブームラウン・ラッツの活動が低迷していたボブ・ゲルドフは、エチオピアの飢饉を広く世に知らしめるため、「Do They Know It's Christmas?」を書いた。それは多くのミュージシャン/アーティストの賛同を得て、のちのバンド・エイド→ライブ・エイドと発展するきっかけとなる。

 そのバンド・エイドにて、新進ヒットメイカーとして知名度も高かったカルチャー・クラブに声がかかるのは、当然っちゃ当然の流れだった。ゲルドフ側からすれば、粋のいい若手も入れることでの話題作り、バンド側としても未曾有のプロジェクトに参加できる功名心が満たされるし。
 もともと彼ら、あからさまな政治的なメッセージを出すバンドではなかった。それなりのイデオロギーやポリシーはあるにはあったろうけど、それを作品に反映させることはなかった。
 いま思えばだいぶ時代を先取りした、ボーイ・ジョージのジェンダーレスなスタイルそのものが、ある種の社会的なメッセージを帯びていた。ちょっとこじつけっぽいけど。
 デビシルの耽美かつ刹那なビジュアルにシンパシーを感じたのは、女性だけではなかったはずだ。マッチョイズムが幅を利かせていた昭和において、男はそんな素振りを見せることも致命的だった。
 今では考えられないほど異性愛以外の嗜好を持つ者への偏見は凄まじく、男の化粧=オカマ≒変態という図式が、ごく当たり前に受け取られていた。コンプライアンスという概念すらなかった時代、彼らに人権はなかった。
 ちょっと仄めかすものなら、嘲笑されたり罵倒されても耐え忍ぶしかない。そんな時代だった。
 多くのミュージシャン同様、英国の労働者階級出身だった彼らにとっても、政情不安や経済格差への不満は、確かに身近な問題だった。ただボーイ・ジョージ個人として、ゲイとして生きることへの迫害や嘲笑と向き合うこともまた、等価の問題だった。
 タブロイド誌の引き写しに過ぎない、借りものの社会派メッセージより、身を切るような想いに駆られていた彼の存在そのものこそ、既成概念を揺るがす主張を発していた。

 延々と続くワールドツアーの合間を縫って、充分にアイディアを練る時間もない中で製作された『House on Fire』は、結果的に演奏陣がイニシアチブを取ったことによって、サウンド面でまとまりを見せている。ボーイ・ジョージがスタジオに入る時間が少なかったこともあって、ベーシックなオケを作り込む時間が確保できたのだろう。
 なので、『Colour By Numbers』よりキャッチーなメロディは減っているけど、リズム・アレンジの多彩さは、バンド総体の進化と受け取れる。フロントマンとして忙殺されていたボーイ・ジョージもまた、曲ごとにアプローチを微妙に変え、ソウルフルなヴォーカルを響かせている。
 『House on Fire』は、カルチャー・クラブにとって、音楽的なターニング・ポイントとなったアルバムと言えるかもしれない。これまでのポップなイメージを大切にしながらも、より深みのあるサウンド、そしてよりパーソナルな歌詞を通して、彼らは新たな表現の可能性を切り開こうとしていた。
 カルチャー・クラブという予備知識を取っ払って、一介のホワイト・ソウルとして向き合うと、当時の彼らが抱えていたであろう葛藤や、新たな音楽性を模索する意欲が伝わってくる。燃え盛る情熱を内に秘めながら、静かに時代と向き合おうとしていた彼らの姿が、このアルバムには刻まれていると思うのだ。


1. Dangerous Man
 「Time」っぽいソリッドなギターリフが心地よいオープニングナンバー。このペースで最後まで行ってくれればよかったのだけど、中盤2分くらいのブリッジで、変なコール&レスポンスに入ったあたりから、とっ散らかった構成になってくる。
 前から思っていたのだけど、久しぶりに聴き直してもやっぱ要らないパートだったと再確認してしまった。変に凝らなくてよかったのに。

2. The War Song
 直訳「戦争のうた」という日本語バージョンもリリースされた、ほぼ失笑混じりの反応が多かった先行シングル。「センソーハンターイ」と連呼するサビフレーズは、当時の洋楽ファンにも、そこそこインパクトを残している。
 当時、アメリカに次ぐ巨大マーケットだった日本向けに作られた企画モノと思っていたのだけど、日・英のほかフランス・ドイツ・スペイン語バージョンも製作されていたことを、いま知った。
 ファンカラティーナ・タッチのお気楽サウンドで巧妙にコーティングされてはいるけど、歌ってる内容は至極まっとうで地に足がついている。大上段から振りかざすような主張ではなく、ボーイ・ジョージ個人が思うこと感じることを、素直にわかりやすく吐き出している。
「戦争なんて馬鹿げてるし人類は愚かなんだ。おかしな場所では、愛なんて何の意味も持ちやしない」

3. Unfortunate Thing
 ストレートなブルーアイド・ソウル調の、憂いを帯びたメロディとアレンジで手堅くまとめられている。
 中盤のブリッジで、バンドがアクセント的に凝った転調を差し込んでくるのだけど、イヤこれもちょっと要らない。普通にもっと堂々とやればいいのに。

5. Crime Time
 初期から徐々に存在感を強め、前作からほぼ準メンバーのポジションを獲得した女性ヴォーカル、ヘレン・テリーとのデュエット。変に凝らず、シンプルなポップソウル調の明るいナンバーで、ひとつの清涼剤的ポイントとなっている。

5. Mistake No. 3
 しっとりとしたピアノの旋律と、ボーイ・ジョージの情感豊かなボーカルが際立つバラード。80年代R&B/クワイエット・ストームなアレンジとメロディは秀逸で、普通に聴き流せる。
 いい曲なんだけど、カルチャー・クラブである必要はまるでない。もっとソウルフルなタッチの方が彼ららしい。

6. The Dive
 リズム・セクションが先行した、地味だけど味の深いホワイト・ファンク。ドラムの音が古くさいけど、それ以外はアベレージを優にクリアしている。
 こういうグルーヴ・チューンだとボーイ・ジョージのヴォーカルも熱を帯び、相乗効果を発揮している。シングル・カットには向かないけど、アルバムにはこういった曲も必要だ、という典型。

7. The Medal Song
 一応、アルバムから2枚目のシングル・カットだったらしいけど、全然記憶にない。
 落ち着いた曲調の多いこのアルバムの中では、比較的シンセ・ポップ色が強いのだけど、おそらくバンド側としてはあまり乗り気じゃなかったのか、過去ヒット曲の焼き直し感が強い。ボーイ・ジョージのヴォーカルもやや陰を帯びており、あんまり楽しくなさそう。
 本国UKですら、最高32位だったのも納得できる。

8. Don't Talk About It
 やはりヘレン・テリーが絡んでくると、途端にソウルテイストが増してくる。キャラ濃いヴォーカルが2人揃うと、変にアレンジに凝らなくても成立してしまう。
 唐突にロックっぽいギターソロが挿入されているけど、まぁバンドだからこういった見せ場もアリか。日本でもノエビア化粧品のCMで使われていたらしいけど、あんまり覚えてない。

9. Mannequin
 モータウン・テイストを織り交ぜたお手軽なシンセ・ポップだけど、その軽さがいい。9曲目という地味なところに配置されているため、聴き流してしまうところだけど、コアなファンにも密かに人気の高い曲でもある。

10 Hello Goodbye
 彼らなりにアメリカン・テイストを解釈した、あまり類例のないロック・チューン。マイコーみたいな雄叫びから始まり、大味なロック・ギターやデカいドラム・アタックといい、パロディなのか新境地なのか掴みようがない。
 バラエティ感を持たせるためにはいいんだろうけど、こういったアプローチの楽曲がこれっきりだったってことは、まぁそういうことなんだろう。