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 2007年を最後にビューティフル・サウスは解散し、メンバーそれぞれの道を歩むこととなった。どの家庭にもアルバム一枚はあると言われていた、そんな絶頂期の90年代もいまは昔、21世紀に入ると、彼らは急速に忘れられた存在になっていった。
 時代の最先端とはひと味違う、ていうかメインストリームの時間軸の狭間でチョロチョロやっていた彼らの音楽は、派手な売れ方ではなかったけれど、多くの平均的な英国人の感性にうまくシンクロしていた。皮肉と自虐と悲哀と嫉妬その他もろもろが入り乱れ、傷口に塩を塗りたくる彼らの言葉は、聴き心地の良いアコースティック・ポップでコーティングすることによって、逆説的に多くの英国民に愛された。
 当時のシーンを席巻していたブリット・ポップとは何の関係もない彼らの音楽は、その凡庸さによって、地に足のついた普遍性を保ち続けた。屈折しまくった歌詞とひねりのないメロディとのコントラストは、案外競合も少なく、結構長い間、チャート常連のポジションを維持し続けた。
 本人たちがどこまで意識していたかは不明だけど、オーディオ的なクオリティ云々を問われる音楽性じゃなかったことは確かである。初期のアルバムを聴いても「ちょっとピーク・レベルが抑え気味かな?」と思うくらいで、ヴォリュームを上げると、初期も末期も見分けがつかなくなる。なので、どのアルバムから聴いてもまったく問題ない、ビギナーにもすごく優しいバンドである。

 もう一度繰り返し。2007年、「音楽の類似性」というコメントを残し、ビューティフル・サウスは解散した。
 わかるようでわからない、でも言い得て妙な、生粋の英国人らしいコメントである。前身バンド:ハウスマーティンズから四半世紀、長いこと同じ釜の飯を食い続けたメンバーシップは、なんともフワッとした理由で幕を閉じた。
 メインのソングライターの2名:ポール・ヒートンとデイヴ・ロザレイ、確かにパッと聴いてどっちが書いた曲か、見分けるのはすごく難しい。本人たちも同じテイストの曲ばっかり書いてるうち、ゲシュタルト崩壊しちゃったことが、解散の引き金になったんじゃないか、っていうのは、ちょっと大袈裟か。
 なので、「音楽性の衝突」といった、バンドあるある的なシチュエーションとは無縁の人たちだった。「その他大勢」と分類される演奏メンバーたちも、「ミュージシャン・エゴ?何それ」的な連中だったため、解散が決まっても単純に右ならえしちゃったんじゃないかと思われる。
 一言で例えると熟年離婚みたいなもので、取り立てて決定的な要因があるわけじゃない。何となくぼんやり続いていって、次第にフェードアウトしてゆく人生。そんなゆっくり腐ってゆく展望にぼんやり不安を感じたのが、主要メンバー2名だった、と。
 別に一蓮托生を約束したわけじゃないけど、でも区切りをつけるタイミングは、ずっと窺っていた。メジャー契約もなくなりそうだし、この辺がちょうどいい頃合いなんじゃないだろうか―。
 まぁ当事者じゃない限り、本当のところはわからない。もしかして、フロントマンであるヒートンに野心が芽生えたことがきっかけだったのかもしれないし。
 「ヒートンの野心」か。似合わねぇな、なんか。

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 で、本題だけど、そんなサウスが解散して以降、各メンバーはいま何をしてるのか。多分、日本でそんなの気にするのは俺くらいしかいないだろうけど、でも気になったので調べてみた。
 まずはフロントマンであり、メインのヴォーカリスト兼ソングライターでもあったヒートンから。
 ハウスマーティンズ時代から多くの楽曲を書き、リード・ヴォーカルを務めていたこともあって、ソロ活動に入るのも早かった。サウス在籍時から「ビスケット・ボーイ」名義で活動していたことから、ある程度、心の準備はしていたんじゃないかと思われる。
 ある意味、満を辞しての本格ソロ・デビューだったにもかかわらず、しばらくの間、思うようにセールスは伸びなかった。これがサウス絶好調時代だったら、また事情は違ったんだろうけど、人気低迷してからの解散→ソロ・デビューだったため、ソロ3作目まではパッとしなかった。パッとしないのは見た目だけで充分、っていうのは余計なお世話か。
 転機となったのは、元2代目女性ヴォーカリスト:ジャクリーン・アボットとの再会だった。サウス絶好調時代のピークを迎えていたにもかかわらず、自閉症と診断された息子の看病のため、忸怩たる想いを残しての引退から10年。表立った活動から身を引いていた彼女に声をかけたのが、ヒートンだった。
 何をやってもうまくいかない、そんな迷走期のヒートンが手がけたミュージカル・スコア『The 8th』のキャストとして、アボットは久しぶりに活動を再開した。その後、意気投合した2人は、共に活動することが多くなる。
 それまでパッとしなかったアルバム・セールスも、デュオ・スタイルになると、みるみる復活した。サウスの音楽を求めていた潜在的ファンが、それだけ多かったということなのだろうけど、まぁエルトン・ジョンやフィル・コリンズのパクりみたいなコンテンポラリー・ポップより、ずっと分相応だ。
 昨年末にリリースしたデュオ4枚目のアルバム『Manchester Calling』は、なんとUK1位。もう「完全復活っ」って言い切っちゃってよい。時節柄、目立ったライブ活動ができるわけではないけど、2人のポジションは安定期に入ったと思われる。

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 もう一人の中核メンバーであり、ソングライター兼ギター担当だったのがロザレイ。ヒートン同様、彼もまたバンド末期からソロ・プロジェクトHomespunを始動させており、セカンド・キャリアへの移行はスムーズだったと言える。
 YouTubeにテレビ出演時の映像がアップされているのだけど、女性ヴォーカルをメインとしたゆったりカントリー・ポップ。要は、まんまサウス。
 サウス・サウンドの要であった歌詞がどうなっているのか、その辺はちょっと不明だけど、サウンドはほぼそのまんま。ただ「Unfortunately Young」や「My Sorrows Learned To Swim」といった曲タイトルから察するに、サウス時代からそれほどコンセプトが変わったようには思えない。
 何でわざわざソロになってまで、バンドでもできる音楽をやるのか。おそらく、サウスの人気低迷に伴い、レーベル側から路線変更を強いられたことが、ライター陣の反発を招き、解散に繋がったんじゃね?というのが、俺の推察。
 「せっかく独りになったんだから、サウスとは違う路線を」と、似合わねぇコンテンポラリー路線に走ったヒートンに対し、大きな変化を望まなかったのがロザレイだった。もともと在籍時から、ヴォーカル・チームと演奏チーム双方に対し、適度な距離を置いていた人だっただけに、誰の力も借りず、独りで純正サウス・サウンドを引き継ぐ決意を固めていたのかもしれない。
 とはいえそんなHomespanも、サウス解散後間もなく解散している。その後、2010年にソロ・アルバムをひっそり1枚リリースして以降は、目立った活動はしていないっぽい。
 もう少し突っ込んで調べてみると、その初ソロ・アルバム『The Life of Birds』を最後に音楽業界から引退、現在は故郷ハルでパブを営んでいるらしい。でも、この情報も10年近く前の話なので、今はどうなってるやら。

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 もう1人の中核メンバー:デイヴ・ヘミングウェイ。ヒートンと並んで、メイン・ヴォーカルを務める機会は多かったけど、正直、サウスのクリエイティブ面においてでは、彼の貢献度はそこまでのものではなかった。オリメンであること以外、特筆すべきことが、実はほとんどない。
 一応ディスコグラフィーを総ざらいしてみたんだけど、彼がメインで書いた楽曲って、ほとんどないんだよな。「ヘミングウェイ」っていう仰々しいラスト・ネームで勘違いしてしまいがちだけど、ヒートン:ロザレイに比べれば、存在感は圧倒的に薄い。
 ただ、バンド運営においては重要なキーマンだったと思われ、解散が決まってからのヘミングウェイはアクティヴに動き始める。演奏チームのその他3名を取り込み、さらにサウス最後の女性ヴォーカリストとなったアリソン・ウィーラーも引っ張り込んで、新バンドNew Beautiful Southを結成する。
 なんとなく察せられるように、サウス解散で路頭に迷った連中への救済措置、いわば「その他大勢」のみで結成されたバンドである。例えると、桑田夫婦の抜けたサザン、ミックとキースのいないストーンズのようなもので、ハッキリ言っちゃえばもう別のバンドなのだけど、一応オリメンが半数以上を占めていることもあって、かなりグレー・ゾーンではある。
 楽曲制作のできるオリメンが抜けたことによって、まともに曲を書けるメンバーがいなくなり、苦肉の策として、サウスのレパートリーをライブ演奏する懐メロバンドとして生き残る道を選んだ彼らだったけど、どの方面から横ヤリが入ったか、活動間もなくバンド名はThe Southに変更される。そんな紆余曲折のあった定冠詞つきのザ・サウスだったけど、その後は順調かつ地道に、ライブ中心に活動を行なっている。
 よく言えば「サウスのトリビュート」、悪く言っちゃえば「サウスの劣化コピー」であるザ・サウスは、どうにかこうにか活動を継続し、2012年にはオリジナル書き下ろし楽曲によるスタジオ・アルバムのリリースにまで漕ぎ着けた。スタートは「その他大勢」の寄せ集めだったとはいえ、ここまでやれたんだったら、もう胸を張ったっていい。
 ただもちろん、旧サウス組はソングライティングに関わっていない。新メンバーたちがサウスっぽい新曲を書き下ろしただけであって。
 なので、そんな由緒正しい旧サウス組の存在感は薄くなり、ていうか存在意義そのものが危うくなってゆく。一応、旧サウス組ではあるけれど、末期に加入したため、全盛期を知らないウィーラーがイニシアチブを握るようになっていった。フロントマンが実権を握るのは、自然の流れだもんな。
 そうなると面白くないのが、ヘミングウェイ。他3名はそこまで思っていないにせよ、母家を乗っ取られた感がプライドを傷つけたのか、2017年、遂にザ・サウスを脱退、新バンド:サンバーズを結成する。
 身ひとつで飛び出したため、それなりに苦労はあったと思われ、どうにかこうにかアルバム:シングル・デビューに至ったのが、2020年。そこからライブ・ツアーで本格始動、と行くはずだったのだけど、あいにくコロナ禍とぶち当たってしまい、現在は宙ぶらりんの状態となっている。
 なので、今後どこまで続けるかは、リーダーのヘミングウェイ次第。ちなみにPVを見てみると、これまたサウスそのまんま。そんなにみんな、サウスが大好きなのか、それともコレしかできないのか。

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 そんな感じで、元メンバーの多くが何らかの形でサウスに関わっている、また、サウスの呪縛から抜け出せないでいる中、唯一ほぼ無関係、独自路線を歩んでいるのが、初代女性ヴォーカルのブリアナ・コリガン。1992年にバンドを去って以降、メジャー・シーンで活躍することはなくなったけど、いまだに新たな音源をBandcampにアップし続けている。つい最近も、地元ダブリンのミュージシャンとコラボしたクリスマス・ソングがリリースされた。
 音源を聴いてみればわかるように、そもそも彼女、敬虔なクリスチャンであり、至って真面目な人である。下世話で悪趣味で露悪的なヒートンの歌詞を歌うことに嫌気が刺したのが脱退のきっかけになったくらいなので、サウスのコンセプトとは真逆の人なのだ。
 そんなモラリストなコリガンが抜け、サウス全盛期に入るターニング・ポイントとなったのが、アボットの加入。ある意味、サウスの良心を担っていたコリガンというタガがはずれ、どんな下ネタでもNGなしのアボットによって、下世話さは増した。ただ、そんな作風が大衆のニーズにドンピシャだった、という事実。
 で、アボットにメンバー・チェンジして最初のアルバムが、この『Miaow』。どんな意味なのか、つい最近まで謎だったのだけど、要は猫の鳴き声だってさ。
 …なるほど。ふざけ具合にも拍車がかかったってことか。
 くっだらねぇ。でも、嫌いじゃない。





1. Hold On to What? 
 彼らにしては珍しく、長尺6分のナンバーがーオープニング。普通のバンド/アーティストなら、こういった壮大な曲の場合、普遍的かつドラマティックな展開のテーマを取り上げるものだけど、そこは当然サウスなので、そんなのはありえない。
 
2. Good as Gold (Stupid as Mud)
 同様に、軽快なポップ・ナンバーであるけれど、サブ・タイトルにStupidって入ってるくらいだから、あとは推して知るべし。

3. Especially for You
 なので、彼らがこんなストレートなタイトルをつけても、どっかひと捻りもねじりもあるんじゃね?と勘ぐってしまう。ただ結構真に迫ったバラードで、ざっくりしたGoogle翻訳を読んでみても、そこまでおちょくった感は見られない。
 たまにやるんだよ、こういった真面目なやつ。でも、たまにだからいいんだよな。

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4. Everybody's Talkin'
 さわやかな涼風が差し込んだ、カントリー・フォーク・タッチ。新メンバー:アボットがメインとなった『Miaow』2枚目のシングル・カット。UK最高12位は、当時の彼らのアベレージをクリア。幸先のよいスタートってとこ。
 でもこれ、ニルソンの「うわさの男」のカバーなんだよな。せっかくならオリジナルでシングル切ってほしかった。

5. Prettiest Eyes
 こちらは3枚目のシングル・カットで、UK最高37位。3枚目ともなると、こんなもんか。
 端正なアコースティック・ポップだけど、翻訳の雰囲気を見る限り、多分、コレも大したことは言っていない。でも、そんなどうでもいいことを丹念に拾い上げて捻じれさせるのが、彼らの持ち味なのだ。



6. Worthless Lie
 「他愛ない嘘」っていうくらいだから、彼らのキャラクターを言い表しているようなタイトル。こういった甘いメロディと陳腐なドラマを絡ませるのは、彼らの真骨頂。
 でも、これもそんなに大したことは言ってない。

7. Hooligans Don't Fall in Love
 すっげぇファンキーなカッティングで始まる不穏なオープニングだけど、「フーリガンは恋に落ちない」って、なんだそりゃ。まぁ言ってることはともかく、サウンドはカッコいい。ビスケット・ボーイもこんな感じだったもんな。

8. Hidden Jukebox
 人種や差別を超えて、音楽を楽しもうっていう前向きなメッセージっぽいけど、彼らが歌うと「なんか裏があるんじゃね?」って、つい思ってしまう。こうやって聴いてると、案外演奏チームも手を変え品を変え、似たような主題に彩を添えているのが窺える。

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9. Hold Me Close (Underground)
 そんな演奏チームの工夫の成果なのか、珍しく浮遊感のあるギター・ロックっぽいトラック。でも、ヴォーカルは相変わらずリズム感とは縁遠いんだよな。
 
10. Tattoo
 タトゥーの針の痛みをモチーフとした、辛い恋愛の機微をめずらしくストレートに表現したトラック。すごい深みがあるわけじゃないんだろうけど、さりとてサラッと表面をなぞっただけでもない。このさじ加減こそが、英国人の多くに愛されるポイントなんだろうか。

11. Mini-Correct
 冒頭からコンドームや鞭やら下関係のワードが頻出し、その後は昼ドラのような下世話なストーリー展開といった、ブリアナ・コリガンなら絶対歌わなさそうなナンバー。実際、レコーディング前にこの曲の歌詞を渡されたことが、脱退のきっかけとなったらしいし。
 拒否られることをわかっていながら、それでもひたすら下世話な歌詞を送り続けるヒートン。「屈折した愛情表現だったのかも」という想いが頭をよぎる。

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12. Poppy
 ラストは壮大っぽく聴こえるバラード。戦争にまつわる悲劇を主に描いている。ここはあまり茶化しちゃいけないところ。
 でも、普段は下ネタやゴシップが大好きな人なんだよな。そんなギャップがまた魅力的なのかも…、って、ねぇよ。