71yOjxSvDcL._SS500_ 1996年にワーナーと決裂して以降、殿下の足取りはつかみづらくなる。配給先がコロコロ変わる不安定なリリース体制に加え、メジャーの間隙を突くような音楽性、さらに加えて、気分によって使い分けているとしか思えない名義のマルチ使用によって、情報が錯綜していた。こうやって書いてると、なんかマルチ商法の記事みたいだな。
 「この作品をリリースするために生まれてきた」と記者会見で豪語し、ワーナーへの当てつけとしか思えない、ポジティヴ感満載の3枚組『Emancipation』をリリース、その後の殿下はキャリアの再構築へ向かうことになる。独立したことで気合いが入ったのか、この時期は殿下にしては珍しく、積極的にメディア露出に励んでいる。ここ日本においても、音楽番組「Hey! Hey! Hey!」において、死んだ目つきで「マッチャンハマチャン」とコメントを寄せたのは、わりと有名な話。
 とはいえ、EMIとの契約は単発のものであり、その後、殿下に契約更新する意思はなかった。次作『Rave Un2 The Joy Fantastic』はアリスタからのリリースで、こちらもワンショット契約。さらに次の『Rainbow Children』となると、Redlineとかいう、聞いたこともない怪しげなレーベルからだったし。当時の日本の担当者、大変だったろうな。
 収益配分やプロモーション体制やら、何かとケチをつける殿下だったけど、本当のところで彼が訴えたかったのは、ワーナーの許可がなくては触れることもできない、マスターテープの処遇についてだった。
 「自分で作って自分でレコーディングしたモノを、自分の判断でいじることができないのは不当だ」。
 まぁわかる。特に殿下の場合、ほとんどのスタジオワークに精通しているため、スタッフは最小限で済むし、そのスタッフだって多くはペイズリー・パーク・スタジオ、殿下との直接契約である。なので、制作過程でワーナーが介在する余地はほぼなく、それでいてマスターの所有権を主張するのは納得いかない―。これが殿下側の主張。
 ただ、そのスタジオ設立の立ち上げにおいて、多かれ少なかれワーナーの援助があったことは事実だし、テープの管理にだって経費はかかる。ていうか、そもそも最初っから合意を得ての契約であったはずだし、法的にも道義的にも、これって殿下のご乱心/ワガママになってしまう。

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 第三者の立場から見れば、自分の作品を自由にできないのは不条理だし、アーティストからの搾取がひどいんじゃね?と思ってしまう。ただあいにく、欧米はガチガチの契約社会である。どれほど感情的に訴えたとしても、法に則って作られた契約は、ビクとも動かない。手玉に取られる方が悪なのだ。
 ワーナー、また大メジャーのやり口に翻弄され、心身ともに消耗した殿下は、自身で原盤製作会社を持つことを思いつく。それがNPGレーベルだった。
 これまでも殿下、ワーナー内にプライベート・レーベル「ペイズリー・パーク」を設けてはいた。ただそれは『Purple Rain』大ブレイクのご祝儀的なものであり、単なるロゴマーク以上の効力はなかった。
 自社一貫生産で原盤を作り、条件に適ったメジャーに配給を委託する。今までもスタジオワークはほぼ殿下主導であり、その工程が変わることはなかったけど、ワーナー以外の選択肢が増えたことによって、収益もまた増える。
 経済面も大事だけど、ワーナー以外の委託先が増えるのは、創作面のメリットも大きかった。度を超えたワーカホリックぶりによって、週刊ペースでアルバム・リリースも可能だった殿下の創作意欲に対し、ワーナーは年1枚の姿勢を崩さなかった。3枚組の『Camille』や『Crystal Ball』など、数々のマスター・テープが営業方針の影響でお蔵入りとなり、それらは数々のブートレグ素材として、地下流通していった。
 ただ今後は、自身でリリース判断の権利を握ることで、ワーナー以外にオファーすることも可能になる。条件が折り合わなければ契約しなければいいのだし、交渉次第では利益率の向上にも繋がる。それはスタジオ増強の設備投資となり、より多くのチュッパチャップス、より多くのMakeLoveに費やすことができる。

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 メジャー・レーベルとのワンショット契約スタジオ・アルバムと並行して、前述の『Crystal Ball』本体に、全篇アコギ弾き語りの『The Truth』とNPGオーケストラ名義のインスト作『Kamasutra』2枚のボーナス・ディスクをつけて再リリースしたり、「1999」のリ・レコーディング・シングルなど、独立後のNPGレーベルはアーカイブの整理にも力を入れていた。
 「1999: The New Master」のリリース前後、「ワーナー時代の音源をレコーディングし直して、NPGから再リリースする」という情報も一時流れていたけど、これはちょっとガセっぽい。多分「1999」をきっかけに思いついて何曲かやってみたけど、すぐ飽きて放り投げちゃったんじゃないかと思われる。まぁ、マスターを手放さないワーナーへの牽制かね。
 この時期の殿下はプライベートで不幸が続いており、創作活動で気を紛らわせたい状態にあったのだろう。メンタルもちょっと落ち着き、もう少し前向きな企画をやろうというところまで回復して立ち上がったのが、今で言う会員制オフィシャル・ファン・サイト「NPG Music Club」である。
 月7.77ドルを支払ってネット会員になると、専用サイトへのアクセスが可能となり、そこでは月3つ以上の新曲とMV、ポッドキャストがストリーミング配信された。さらに年間メンバーシップになると、ファイル・ダウンロードの一部許可、ライブ・チケットの優先予約、アフターショウ入場のためのVIPパスが特典として配布された。すげぇてんこ盛りの特典だな。
 ただ、あまりにも大風呂敷、あまりにいろいろ盛り込み過ぎたこと、さらに加えて、光ファイバー普及以前だった低速ネット回線では、スムーズなストリーミング配信は難しかった。そんな事情もあって、開設2年目以降は徐々にコンテンツは縮小、末期になると、単なるネット通販の紹介サイトみたいにスケールダウンしてしまう。
 多分、殿下自身が飽きちゃったのもあるけど、この時期から粗悪なMP3コピーや違法YouTube動画が社会問題化し、ネットに対しての不信感が募り始めたことも一因としてある。やたら配信差し止めやブートレグ回収訴訟起こしてたもんな、この頃って。

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 で、『Slaughterhouse』。ポッドキャスト:NPG Audio Showでは、既発・未発表織り交ぜて、大量の音源が配信されたのだけれど、その中から厳選したトラックが、これと『Chocolate Invasion』としてまとめられた。
 おおよその曲が1999~2001年にレコーディングされたものであり、『Rainbow Children』の前にリリース予定だった未発表アルバム『High』の音源がベースとなっている。『High』音源の中でファンク・テイストの強い2曲が『Slaughterhouse』へ、ポップ色の強い8曲が『Chocolate Invasion』に流用された。ザックリ言っちゃえばこの2作、「ほぼHigh」「ちょこっとHigh」に大別される。
 リリース寸前に完パケ作品をお蔵入りさせて、新たなアルバム制作に着手する所業は、普通のアーティストだったら大ごとだけど、殿下の場合は「プリンスあるあるエピソード」のひとつでしかない。なので、ファンからすれば全然気にならない。
 殿下のオフィシャル音源はほぼコンプしている俺的には、ワン・コード/ワン・アイディア、ソリッドな骨組みファンクで統一された『Slaughterhouse』が好みなのだけど、元が同じなので、優劣はない。ただ、その大元である『High』がお蔵入りしたことから察せられるように、同時期にレコーディングされた『Rave Un2 the Joy Fantastic』のようなキャッチーさはない。シェリル・クロウのような大物ゲストの参加もないので、ライト・ユーザー向けではない。
 それを想定してのネット配信限定であり、またプレミアム会員限定のCD配布だったのだろう。コンテンポラリーでもマニアックでも、それに応じたプラットフォームを使い分けられるNPGという環境が整ったことで、殿下のキャリアはその後、安定期に入るはずだった。
 だったのだけど、ネット社会の急成長と反比例するように、増え続ける違法ダウンロードへの不信感からか、殿下はネット事業への関心を急速に失ってゆく。もう15年くらい後だったら、ハイレゾやストリーミング動画の配信など、ちゃんと収益化できる技術が確立されるのだけど、ちょっと早すぎたんだよな。
 ―で、間に合わなかったし。





1. Silicon
 静かなタイトル・コールから始まる、クールなラップ・ヴォーカルに合わせるのは、無骨でソリッドなファンクのリズム。殿下の場合、ラップと言っても特別ヒップなライムがあるわけでもなく、むしろ語り口調にメロディを乗せた風のトラックが多いのだけど、変に無理にセオリーにハマらない方がサマになっている。アッパーな曲調のラップの殿下って、どこかこじつけっぽいんだもの。
 なので、こういったタイプのサウンドはコア・ユーザーにとっては大好物。時間が過ぎるのも忘れ、いつまでも聴いていられる。

2. S&M Groove
 と思ったら、ここでちょっとゴーゴー風味のヒップホップ・チューン。ボトム太めにヴォーカル・エフェクトをかけており、いつもとちょっと違うアプローチが新鮮。いつも通り、バック・トラックは殿下独りで創り上げたものだけど、女性ヴォーカル:マーヴァ・キングをフィーチャーしており、モノクロな質感に若干の彩りを与えている。
 ファンク・マナーに則ったギター・カッティングは相変わらず見事だけど、時々、制御不能なグチャグチャのギター・ソロが顔を出し、クレバーな表情に裏に潜むパッションが見えてくる。

3. Y Should I Do That When I Can Do This?
 ミニマルなドラム・ループとハイパー高速ラップ、さらにソウル・レビュー・リスペクトのホーン・セクションを一気にぶち込んだ、こうして書いてみるとまとまりなさそうだけど、なぜかまとまってしまう、殿下お得意の強引なミスマッチ・ファンク。
 決してコンテンポラリーなダンス・チューンではないし、一般ウケはしないだろうけど、ネット会員限定でリリースするのなら、逆にマニア狂喜してしまうサウンド。こういうの、もっと聴きたかったよな。

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4. Golden Parachute
 冒頭3曲はトップ・ギア全開だったけど、ここで一旦クール・ダウン。ちゃんとしたアルバム曲順のセオリーだな。音数を極力絞ったシンプルなスロウ・ファンク。
 ちなみにタイトルだけど、やっぱ殿下のことだから、なんかの暗喩なのかね。「金色」の「パラシュート」。どうしてもエロい意味でしか受け取れない。

5. Hypnoparadise
 初期のポップ・ファンクの香りも漂う、ちょっと懐かしめのダンス・チューン。この曲だけ、やたらキャッチ―でコンテンポラリーで、テイストが違っている。ドロッとした漆黒の鈍さの中にキラリと光る、アメジストの原石。そんな印象。
 それにこの曲、シンセの使い方がうまいんだよな。終盤のコーダだけずっと聴いていたい。

6. Props 'n' Pounds
 シンプルなファンク・チューンにあれこれオーバーダヴやエフェクトかましたり多重ヴォーカルにしたり、あれこれてんこ盛りのはずなのだけど、決して散漫にならず、壮大なひとつの流れをギュッと4分38秒に凝縮した、密度の高いトラック。こういうのをチャチャっと初期衝動で作っちゃうのだから、その才能と言ったらもう。
 よく言われているけど、確かにストリング・パートはMarvin Gaye 「What’s Going On」へのリスペクト。聖・俗が表裏一体という点で見れば、2人とも根っこは同じだもんな。

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7. Northside
 NPGのキーボード・プレイヤー:キップ・ブラックシャイアーとのデュエットによる、ファンキーなラップ・チューン。サックス・ソロが結構長く入っていたり、女性コーラスを入れたりで騒々しいけど、殿下によるリズム・メイキングがベースにあるので、やっぱり独特のファンクネス。
 まぁメンバーがどれだけ頑張っても、この世界観は壊せないわな。

8. Peace
 90年代前半によくやっていた、シンセと多重ヴォーカルをリズムの中心に据えた、メジャー感漂うアッパー・チューン。ちなみに大御所ラリー・グラハムがヴォーカルとベースで参加しており、もうやりたい放題。これだけ前に出てくるベース・サウンドも、なかなかない。殿下自身は一時、ベースレスのファンク・チューンをたくさん作っていたけど、グラハムと出会ってぐらいから、宗旨替えしたと思われる。
 ラストはお遊びっぽいゴスペルになってるけど、多分、元ネタでもあるのかね。アメリカ人にしかわからない身内ネタでやたら盛り上がっている。

9. 2045: Radical Man
 初出は2000年、スパイク・リー監督映画『Bamboozled』のサウンドトラック。映画は未見なので、どのシーンで使われたのか不明だけど、映像を想起させるエフェクトを織り交ぜながら、クールなヒップホップ・チューンとして仕上げられている。変にラップに走らず、こんな風にファンクの基本を押さえている方が、殿下には合っている。

Prince-2001

10. The Daisy Chain
 2001年にシングル・リリースされた、再びラリー・グラハム参加のファンク・チューンがラスト。比較的クレバーに、クールにキメていた殿下だったけど、ここではパッション全開した雄たけびに始まり、時々思い出したようにシャウトしている。
 クールにかしこまったりヒップホップに擦り寄ったり、いろいろやってみたけど、結局、「すべての音はファンクに通ず」と言わんばかりに、俺流で溢れかえったサウンドの洪水。
 そうだよ、最後はちゃぶ台ひっくり返さなくちゃ。