家にいることが多くなったため、ここ最近はノスタルジー・モード、もっぱら80〜90年代の洋楽中心に在庫を漁っている。そんな中、「そういえば、こんなユニットいたよな」と思い出した。調べてみると、まだやっていたことにちょっと驚いたよThey Might Be Giants、略してTMBG。 もともとがバカ売れするタイプの音楽ではなく、シニカルなDIYポップの、さらにニッチなところを狙う音楽だったけど、どうやら今も同じ按配らしい。多分、今後もおんなじペース・おんなじ趣向で、未来永劫続けてゆくと思われるので、万が一にも、バカ売れする可能性はない。「ない」って言い切っちゃったけど、多分、本人たちもそう思ってるはず。
アーティスト写真を見れば察しがつくように、普段からそれほど生活費もかけてなさそうな見栄えのため、活動維持にお金がかかることもない。一応、活動歴も長いベテランではあるけれど、業界内で偉ぶることもなければ、徒党を組むことも、ほぼない。極力マイペースを保ち、身の丈に合った生活を望んでいるのだろう。
永遠の大学院生みたいなビジュアルのため、ミーハーな女性ファンがつくことは、まずあり得ないけど、パリピとは縁遠い文化系男子・女子からの支持は熱い。ファンの新陳代謝は少ないけど、一度ハマると抜け出せない、
新譜を見たら何となく買ってしまう。この「見たら」というのがミソで、わざわざ新譜チェックして買うほどじゃないことが、ファン層の拡大を阻んでいる。まぁこの先、増えることもなければ減ることもなさそうだし、それはそれでアリか。
近年は日本盤が出ることも少ないので、CDショップでついで買いされることも少なくなった。俺もそのひとりである。
―こんな風に書いてると、なんか小バカにしてるように思われそうだけど、全然違う。あくまで愛情があってのイジリであり、悪意が先立っているのなら、そもそも取り上げることもない。
こんな視点で語られることを、何となく許してくれるんじゃね?というムードが彼らにはあるので、多分そんなに怒られることは、ない。ないと思う。

マサチューセッツ州リンカーンで育ち、地元の高校で顔見知りだったジョン・フランズバーグとジョン・リンネルは、別々の大学を卒業後、ブルックリンの同じアパートで再合流する。似たモノ同士がくっつき合って結成されたユニットなので、いわゆるバンド・ストーリー的な展開とは無縁である。
ドラム・マシンを用いたデュオ形式のライブは、ポスト・パンク以降、大きな動きがなかったニューヨークのライブ・シーンで注目を浴び、あれよあれよとメジャー・デビューするに至る。ヒップホップの台頭に押され、ニュー・ウェイヴの残骸が鬱積する中、定型的なロックやフォークとは一線を画した彼らの登場は、ある意味、歴史の必然だった―、ちょっと大げさすぎるな、そこまで大層なもんじゃない。
彼らのスタンスなりサウンド傾向といい、ロックの時間軸で捉えるより、ニューヨークのアート・シーンという視点で見た方が、いろいろと見えてきやすい。ポエトリー・リーディングやパントマイム、シンプルな弾き語りからハードコア・パンクまで、何でもありのアンダーグラウンド・シーンから輩出された、パフォーミング・アートの一端と捉えれば、その特異性も納得がゆく。
既存のロックのフォーマットを使わず、ちょっと斜め上の目線から、シニカルなパロディや実験を行なうことで、TMBGは独自のスタンスを貫いている。明確なフォロワーもいなければ熱烈なリスペクトもない、いわば一代年寄みたいな存在である。まぁ今後も、継承者になろうって強者、いねぇだろうな。
パソコンおたくみたいなルックスのジョン×2がTMBGを始めるにあたり、髪を立てたり染めたり中指立てたり革ジャン羽織ったりしても、サマにならないのは、わざわざ自己分析しなくても明らかだった。ていうか、当初からサブカルなスタンスだった彼らにとって、自由度の少ない、「いかにも」なロックのフォーマットは、むしろ鼻で笑っちゃう枠組みだった。
ちゃんとしたロック・バンド・スタイルもあれば、チャチなシーケンスに乗せてくっだらねぇコトをつぶやいたり。敢えてスタイルを限定せず、脱力してしまうことを脱力したまま、飄々としてやってのける彼らが存在できることは、それこそアメリカ、ニューヨークのオルタナ・シーンの数少ない良心と言える。
メジャー・デビュー前の1985年、彼らは「Dial-A-Song」というプロジェクトをスタートさせた。それは度重なる偶然から生まれた、小さな思いつきだった。
コツコツ地道なライブ活動を続けていた矢先、リンネルが自転車の事故に遭い、手首に怪我を負ってしまう。さらに追い討ちをかけるように、フランズバーグのアパートに泥棒が入り、その後処理のゴタゴタもあって、TMBGはライブ活動を中断、事実上の活動休止に追い込まれてしまう。
楽曲制作には支障はなかったし、時間はたっぷりあり余るくらいだったため、新作はいくらでもできた。まぁ正直、練り上げるタイプの楽曲じゃないし。
ライブができる環境もなければ、レコードを作る資金もない。そんな彼らが新曲発表の手段として選んだのが、留守番電話だった。
彼らはまず、「ヴィレッジ・ヴォイス」をはじめ、ニューヨークの新聞やタウン誌に、電話番号を書いた広告を出した。その電話番号にアクセスすると、1分前後の楽曲を聴くことができるシステムだった。
ラインナップは、ほぼ週1ペースで更新された。当時から、事務的なメッセージと合わせて、自分の好みの曲をBGMとして流すケースはあったけど、情報発信のツールとして使う発想は画期的と言えた。
言ってしまえばイレギュラーな手段であるけれど、いまだアングラ・カルチャーの発信地である、ニューヨークという特殊な地域性を思えば、これもパフォーミング・アートのひとつとして、附に落ちたりする。
通算3枚目のアルバムとなる『Flood』は、彼らにとってメジャー初リリースとなる彼らの代表作であり、その界隈では広く知られている。あくまで「界隈」だよ、一般的には知られてないけど。
19曲も収録されているにもかかわらず、ほとんどの曲が2分台という、まるで大瀧詠一のデビュー・アルバムみたいな構成だけど、これに限らず、ほぼすべてのアルバムがこんな感じ。ジャンルは全然違うけど、TMBG同様、ニューヨークをホームグラウンドとしたラモーンズも、短い曲ばっかだったな。
デビューから一貫して、「しょうもないテーマを低コストで表現する」芸風は変わっていないのだけど、ここは初メジャーということもあって、前2作よりスタジオのランクはアップ、ゲスト・ミュージシャンもちょっと多く投入されている。
さらにエレクトラ、本気で売れ線狙いをコーディネートしようとしてか、当時、第一線で活躍していたクライブ・ランガー&アラン・ウィンスタンレーにプロデュースを依頼している。もしかして、ティアーズ・フォー・フィアーズやペット・ショップ・ボーイズ路線を狙っていたのかね。
バジェットが大きくなったことは、彼らもちょっとは意識したのだろうけど、収録された楽曲はどれも相変わらずのとっ散らかり具合であり、結局のところ大きな変化はない。売れっ子だったランガー&ウィンスタンレーのスケジュールを長期間押さえることができなかったため、実際のサウンド・プロデュースはごく一部、あとはTMBGのセルフ・プロデュースとなったため、結局は彼らの好き放題となっている。
以前からレビューしているビューティフル・サウス同様、彼らもまた、どのアルバムを聴いてもそんなに変化はない。「当たりはずれがほぼない」という言い方もあるし、「どの作品もオススメ」と言い切っちゃってもよい。
逆に言えば、この『Flood』もTMBGの中で際立った名作ではないのだけれど、日本ではロキノンやクロスビート界隈で好意的に取り上げられたこともあって、知名度的にはちょっとだけ頭抜けている。本国アメリカでも、なんとプラチナを獲得するほど売れたため、今年はリリース30年を記念して、『Flood』再現ツアーが企画されている。
タイミング悪く、新型コロナによるロックダウンの影響で、開催予定が続々延期になっているけど、チケットはほぼ半分の地域でソールド・アウトとなっている。アリーナ・クラスが似合うサウンドではないため、ホール・クラスが中心ではあるけれど、根強い人気があることは窺える。
バカらしくて、くっだらない。シニカルではあるけれど、どこかヌケてて「プッ」と吹き出しちゃう。
そんな楽曲を長年に渡って、大量に制作し続ける気力・体力を維持するのは、並大抵のことではない。常にメインストリートの端っこを横足跳びで闊歩し、斜め上を見ながら、たまによろけたり、ドブに足突っ込んだりして。
そんな彼らが活動し続けていられるという状況というのは、案外、世の中も平和である証拠である。エンタメ業界全般が今後どうなるか、先行きが見えない状況が続いているけど、フットワークの軽い彼らなら、「どうにかするんじゃね?」という気がするので、あんまり心配にならない。
1. Theme from Flood
そのまんま、「TMBGの『Flood』、これから始まるよ」と告げるオープニング。なんか仰々しいコーラスだけど、いつものように、言ってることは大したことない。
2. Birdhouse in Your Soul
ビルボードのモダン・ロック・チャートで3位、なんとUKでも最高6位、なぜかアイルランドでも12位にチャート・インしちゃった、TMBG最大のヒット曲。
ちゃんとしたファズ・ギターと、シンプルだけどちゃんとしているドラム・プログラミング。ホーン・エフェクトなど、そこかしこで遊んでるパートもなくはないけど、彼らとしてはまっとうなポップ・チューン。なので、別な角度で見れば、彼らとしては異端の楽曲でもある。
頭でっかちなアイディアを可視化するため、飛び跳ねたり変なサングラス作ったりチャリンコ周回させたりなどなど、いろいろ奇をてらった趣向は凝らしているけど、大学生の実験映画みたいになっちゃってるPVも、今にしてみれば微笑ましい。
3. Lucky Ball & Chain
オーソドックスなカントリー&ウエスタンだけど、どこかで聴いたことがありそうで、やっぱTMBGだなと思わせてしまう、これもポップ性高いチューン。案外、こっち方面へ進むのもアリだったんじゃないかと思われるくらい、デキはいい。まぁ絶対やんなそうだけど。
4. Istanbul (Not Constantinople)
『Flood』制作にあたり、時間的な制約やら予算の都合やらで、ランガー&ウィンスタンレーのプロデュース・ワークは4曲にとどまり、2.に続き、これも彼らの手によるもので、そういうこともあってか、ちゃんとしている。
いま初めて知ったのだけど、彼らのオリジナルではなく、1953年に発表されたノベルティ・ソングのカバーである、とのこと。YouTubeにオリジナルがあったので聴いてみたけど、なんだこれ。白人ドゥーワップ?TVドラマの挿入歌っぽいけど、よく知らん。
よくこんなの見つけてきたよな、と思ってしまうけど、彼ら世代のアメリカ人には、もしかしてお馴染みの曲なのかもしれない。
5. Dead
安いピアノと適当なコーラスに彩られた、リズミカルなポップ・バラード。親しみやすいメロディと肩の力が抜けたセッション具合はいいのだけれど、歌ってる内容が「食料品の袋として生まれ変わる物語」という、何ともしょうもねぇ。
何かの比喩なのかどうかは不明だけど、敢えてラフなセッション風に演じることは、多分、「死」を真正面から語ることへの気恥ずかしさから来るのだろうか。
6. Your Racist Friend
これもランガー&ウィンスタンレー:プロデュースによるもので、なのでやはりちゃんとしている。逆回転ギターやホルン、シンセ・ドラムなど、ユニットお得意のガジェット使用を尊重しつつ、きちんとCMJチャートに並べても恥ずかしくないサウンド・コーディネートになっている。
レイシストとタイトルに入っているように、サウンドに反して歌詞は結構硬派。彼らのスタンスとしては、「すっごいくっだらねぇことを、フル・コーディネートしたサウンドで歌う」ことが定番なのだけど、プロデューサー的には「イケる」って思っちゃったんだろうな。
7. Particle Man
で、そんな風にきっちり仕上げられたサウンドではなく、彼らの魅力が最も如何なく発揮された楽曲というのが、これ。その後の「大人も聴ける童謡」路線にも連なる、まぁくっだらねぇ歌。単なる語呂合わせの鼻歌から発展したような、それでいてクセになって耳から離れない。多分、俺が彼らの曲でも最も好きなのが、これ。「内容なんてないよう」っていうダジャレが最も合う、まぁホント適当な歌。
8. Twisting
ゴーゴー・ダンスが始まりそうなオルガンで始まる、サイケな60年代テイストのポップ・ロック。ファースト・テイク完成寸前、プログラマーの凡ミスでリズム・トラックが全消去され、また最初からやり直した、というエピソードが残されている。
9. We Want a Rock
「ロックを欲している」と歌っているのに、全然ロックっぽくない、ていうかポップなフォーク(民謡)・ソング、といった風情。「ポップなウォーターボーイズ」って言ったら、どっちに失礼かね。
10. Someone Keeps Moving My Chair
ジョン×2によるセルフ・プロデュースと言われて信じられない、っていうかあんまり信じたくない、それくらい「ちゃんとした」ポップ・ロック・チューン。UKニュー・ウェイヴっぽいギターやサビメロなど、「やればできるじゃん」って言ってやりたいけど、アルバム1枚この調子だったら、多分つまんねぇんだろうな。彼らにコレばっかり求めるファンなんて、そもそもいないから。
11. Hearing Aid
ぎこちないシーケンス・レゲエという、彼らにしては珍しいリズム・トラック。もうちょっとダブっぽくやればUB40みたいになりそうだけど、あくまで「~風」っていうのが、彼らの味である。やればできなくはないけど、これでフル・アルバム作るのは、ちょっとムリっぽいし、第一、そこまでのめり込むほどじゃなさそうだし。
12. Minimum Wage
2流のイタリア映画のサントラみたいなインタールード。まぁ「なんかゴージャスに、「最低賃金」って言ってみたかっただけ」だろうから、深く追求するのは野暮。
13. Letterbox
UKネオアコ・ポップの意匠を借りた、実は真っ当なラブ・ソング。いつもふざけた楽曲ばっかり作ってる2人だけど、案外こっちの方にも静かなシンパシーを感じていたりするところが、文科系っぽい。
14. Whistling in the Dark
モンティ・パイソンにも通ずる、「なに歌ってるかは不明だけど、多分にくっだらねぇことを大仰に歌ってる」曲。ビートルズがもし活動継続していて、もしかしてポールとジョージが2人でスタジオに籠ったら、こんな感じに仕上がるんじゃなかろうか、と。
15. Hot Cha
ボード・ゲームに登場する馬のキャラクターをテーマにした、架空のCMソングみたいな位置づけの楽曲。おもちゃっぽいドラムやホーンで埋め尽くし、要は「Hot Cha!」って歌ってみたかっただけ。多分、それだけ。なので、意味を求めるなよ。
16. Women & Men
タイトルからして、もしかして崇高なテーマなのかもしれないけど、ふたを開けてみると、気の抜けたようなポルカ、というのがやはり彼ららしい。ランガー&ウィンスタンレーに任せたら、もうちょっとイケた感じで仕上がったのかもしれない。これはこれで脱力感があって、俺は好きだけど。
17. Sapphire Bullets of Pure Love
チープなシンセによるリズム・トラックを効果的に使った、すごく広義な意味でのダンス・チューン。彼らの曲で踊れる自信はないけど、まぁまぁダンサブル。シンディ・ローパーあたりに歌ってもらえれば、もうちょっとアクティヴだったかもしれない。まぁねぇな。
18. They Might Be Giants
「モンキーズのテーマ」にインスパイアされて作られたらしい、ポップなカントリー・チューン。間奏のギターもそうだけど、ニュー・ウェイヴに由来する批評的な第三者視点が常にあるため、いい意味で言えば「フェイクっぽさ」が彼らの魅力であることが、ここに凝縮されている。悪く言っちゃえば「インチキ臭い」とも言えるけど。
19. Road Movie to Berlin
ラストは彼らがヨーロッパ・ツアー中に訪れた、統一前のベルリンの壁から着想を得て書かれたバラード。さすがに最後は「ちゃんとしよう」と思ったのか、茶化すこともなく、比較的まともなナンバー。
―と思っていたのだけど、考えてみれば、ここまでずっと、オープニング・テーマ以外、Flood(洪水)に触れてない。コンセプト・アルバムっぽくまとめているけど、肝心のコンセプトがないがしろにされている。
最後まできちんとプロデュースされていたら、ちゃんとストーリー仕立てになっていたのかもしれないけど、結局、やりたい放題好き放題。まぁ、こんなんでいいんだろうな、TMBG。






コメント
コメント一覧 (1)
大滝詠一の新譜「Happy Ending」に「イスタンブール・マンボ」名義で収録されてる楽曲ですね。
江利チエミ('55年)、ムーンライダース('77年)などで同名義のカバーがあるんで、当時はそれなりに知られていたのではないかと。