folder 「新しいアルバムを製作中」というインフォメーションからもう数年、これが事実上のラスト・アルバムになるとは思いたくないけど、2020年時点では、これが最新作。ガンズ&ローゼスやXジャパンよりはまだ望みがありそうだけど、去年の秋、腎臓移植の手術を受けてから休養中のため、今のところ、次回作が出る気配はない。
 80年代に入ったあたりからその傾向はあったけど、特に90年代に入ってから、パッタリ創作ペースが落ちたスティーヴィー、この『A Time to Love』も、前作『Conversation Peace』から10年振りのリリースだった。さらにそこから15年経っているので、30年でたった3枚しかリリースしていない計算になる。そのうち1枚はサントラだったため、純粋なオリジナル・アルバムはたった2枚。
 1年で2〜3枚のアルバム制作に加え、ライブ活動も積極的だった全盛期とは、時代背景も制作環境も違ってきているので、単純に比較することはできないけど、でももうちょっとペース上げてもいいんじゃね?と言いたくなってしまう。あんまりブランク空けられても、モータウン的にも売り出しづらそうだし。

 とはいえスティーヴィー、この15年の間、何もしていなかったわけではない。他アーティストへの客演やゲスト参加に加え、自身名義でもいくつかシングルをリリースしている。
 数少なくなった存命中のレジェンドとして、多くのチャリティ・イベントや追悼ライブでは欠かさぬ存在である。近年のアレサや殿下の際も、悲しみに暮れる中、気丈なパフォーマンスを見せていた。ちょっと古いけど、森繁的なポジションだな。
 アルバムというまとまった形ではないけど、そんな感じで割と話題が途切れることもなく、むしろリタイア気味の同世代アーティストより、ずっとアクティブな方である。ニーズはあるはずなのに、ダイアナ・ロスなんて、とんとご無沙汰だし。
 70年代初頭ほどの創作意欲までは求めないにしても、アルバム制作へ向かう気力・体力の衰えは否めないのが、近年のスティーヴィーの置かれた現状である。また、そんな彼へのフォローアップ、制作環境をコーディネートできるブレーンがいないことも、また事実。
 幼いうちから「天才」と持ち上げられていたこともあり、また事実その通りなのだけど、年齢を経てくると、それが悪い方向へ作用し、他人の意見に耳を傾けなくなっていることは、何となく想像できる。「愛と平和の人」という仮面の裏側が傲慢な自己中であるのは、何もスティーヴィーに限ったことではない。
 ベリー・ゴーディもマイケルも鬼籍に入り、助言なりアドバイスなり、心を開いて語り合える相手がいなくなった現在、スティーヴィーは孤独である。長期療養中の身であるため、私人としては家族が支えとなってはいるけれど、アーティストとしての彼は、とても孤独だ。

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 で、『A Time to Love』、リリースまで10年かかったこともあって、完パケに至るまで、それなりの紆余曲折やコンセプト変更があったことは伝えられている。小品を集めた組曲形式のコンセプト・アルバムも検討されたようだけど、最終的には特別コンセプトは設けず、バラエティに富んだ曲構成で落ち着いた。下手にメッセージ性のバイアスが強かったりすると、エンタメ性も薄くシリアスなモノになっちゃいそうなので、適切な判断だったんじゃないかと思われる。
 サウンドのトーンのバラつきやセッション・データから、短期集中で行なわれたものではなく、複数のセッションからベスト・テイクを厳選したことが察せられる。娘アイシャとのデュエットなんかは、まぁご愛嬌として、インディア・アリーやアン・ヴォーグら新世代シンガーからのインスパイアを受け、結果的に時代に即したサウンド・アプローチで仕上げられている。
 バックトラックは、いつものスティーヴィー節満載だし、誰とコラボしても結局スティーヴィーのサウンドになっちゃうのは、記名性の強さが衰えていない証拠でもある。「時代を超えた普遍性」というのはちょっと持ち上げ過ぎだけど、ここまで強いキャラを保ち続けているアーティストは、彼以外、ほんの数えるくらいしかいない。
 同様にキャラが強い殿下とのコラボも収録されているのだけど、芸歴では格上のスティーヴィーが、殿下のフィールドに歩み寄っているのと、さすがの殿下も「スティーヴィーは別格」と認めているのか、前に出過ぎることもなく、もっぱらフォローに徹している。
 なので、スティーヴィーの固定ファンにはあまり馴染みのない、新進のインディア・アリーとのコラボの方が、スティーヴィーの漢気が垣間見えてたりする。ポール・マッカートニーとスティーヴィー、大御所2人が余裕シャクシャクで胸を貸してみたはいいけど、思っていたより相手に地力があって、勢いで押しまかされそうなところを踏みとどまる本気さ、そこから生まれるケミストリーは、まだレジェンドに祭り上げられるのを拒む現役感が表れている。

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 天賦の才と熟練に裏づけされたエンタテイメント性と、新たな才能からインスパイアされた知己とスキルによって、21世紀現在進行形のビジョンを示した『A Time to Love』は、US5位・UK24位、日本でもオリコン12位と好成績をマークした。やっぱ日本人って、スティーヴィー大好きなんだな。
 若手とレジェンド・クラスを織り交ぜた他アーティストとのコラボと、スティーヴィー流デジタル・ファンクと鉄板バラードという構成は、ここで必勝パターンとして確立した。曲調やコンセプトに統一性を持たせるのは難しいけど、トータル感よりバラエティ性を優先させる方が、iTunes対応としては正解だった。
 で、それから今年で15年。重い腰は上がらず、いまに至る。
 「その気になれば、勢いでチャチャっと作れる」とタカを括っていたのかもしれないし、実際、それができるだけの地力はあるのだけど、なんかテンションが上がらない。「やればできる子」は、背中を押しても動くものではない。
 この記事によれば、デヴィッド・フォスターとのコラボや、亡き母に捧げるゴスペル・アルバムなど、いろいろな企画が同時進行中になっているらしい。でもこういうのって、肩慣らし的なセッション1回でフェードアウトしちゃってるか、スケジュール調整が折り合わなくて自然消滅しちゃったり、はたまた企画書段階で本人自体が忘れちゃってるケースも多い。Xジャパン同様、可及的速やかに完成させる気はなさそうである。
 次回作がどうなるのかは気になるところだけど、いまのところはまず、体調回復を祈るばかりだ。
 生きてさえいてくれれば、必ず次はある。そういうことだ。


A Time 2 Love
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posted with amachazl at 2020.04.20
WONDER, STEVIE
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1. If Your Love Cannot Be Moved
 日本ではほぼ知名度はないけど、本国アメリカではチャカ・カーンやホイットニーまで敬意を表する、大御所ゴスペル・シンガー:キム・ヴァレルとのデュエット。ポピュラー界ではともかく、実力的にはほぼタメのため、ぶつかり合うオーラが拮抗し合い、オープニングとしてはなかなかスリリングで挑戦的。
 この曲で着想を得て、前述のゴスペル・アルバムのアイディアに発展していったのかも、と想像してしまうけど、この感じだったらもっと聴きたいな。メッセージ性が前面に出ながら、サウンドの主張もしっかりしてるし。



2. Sweetest Somebody I Know
 音質こそモダンながら、全体的なテイストは70年代の密室サウンドを想起させる、ボサノヴァとデジタル・ファンクのハイブリッドという、なかなか難易度の高い曲。こういうサウンドになるとスティーヴィー、やはり興が乗るのか、メロディの自由度がハンパなくなる。他の人が歌えば支離滅裂になっちゃうところを、強引ともいえる力技で曲として成立させてしまう。

3. Moon Blue
 で、次はジャズ・ヴォーカル。まるでスタンダードのように聴こえるけど、まぎれもないスティーヴィーのオリジナル。いつものようにメジャーで作った曲を、無理やりマイナーに丸ごと転調しちゃったような、そんな印象。
 ただ歌うだけ、ただ演奏するだけじゃつまらない。世に出すためには、何かひとつミッションを設けることを課しているのか。ただ終盤になるとちょっと飽きてきたのか、フェイクもなんか適当っぽいのは、人間らしさが垣間見えてくる。

4. From the Bottom of My Heart
 どこかで聴いたようで懐かしい、そんなハーモニカのフレーズ。よく考えてみたら、シングルだったため、当時、FMでパワー・プレイされてたんだよな。US:AORチャート最高6位だって。
 楽曲的にはスティーヴィーとしては平均点レベルだけど、鉄板のハーモニカが入ってくると、それだけで確実にギアが一段上がる。取り敢えず、彼がハーモニカ吹いてる曲がいくつかあれば、みんな納得してしまう。

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5. Please Don't Hurt My Baby
 「Superstition」からインスパイアされたような、ノリも良くハード&ポップなデジタル・ファンク。自己模倣というかセルフ・パロディという受け止め方もあるけど、「自分で作ったネタ使い回して何が悪い?」という開き直りが見えて心地よい。

6. How Will I Know
 さすがに実娘とのデュエットでは、あんまり変なこともできないのか、ここは落ち着いたジャジー・バラード。最大公約数的なオーソドックスなバラードなので、まぁ安心しては聴ける。

7. My Love Is on Fire
 ジャズでは珍しいフルート・プレイヤー:ヒューバート・ロウズをフィーチャーした、こちらも70年代テイストの強い、ややAORテイストのナンバー。ジャズともファンクともポップとも形容しがたい、敢えて例えるならドナルド・バードっぽいのかな。
 フルートもそうだけど、ストリングスの入れ方なんて、やはり真似しようのないセンスの塊。

8. Passionate Raindrops
 静かでいながら、熱い想いを強く封じ込めた、腰の座ったラブ・ソング。単に耳障りが良く流麗なメロディだけでは、心に響かないし、そんなのを歌えるシンガーはいくらでもいる。多少クセはあれど、引っかき傷を残すインパクト。スティーヴィー自身も求めるパッションが、むき出しで投げ出されている。

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9. Tell Your Heart I Love You
 『Innnervisions』のアウトテイクをレストアしたような、やはり攻撃的なデジタル・ファンク。こうやって客観的に聴いてみると、今回のスティーヴィー、なかなか攻撃的だな。
 あまり多くの音を使わず、極力デモ・ヴァージョンの鮮度を落とさずに仕上げると、多分こんな感じになる。この勢いでもう1枚くらいは余裕で作れそうだけど、そこまでテンションが上がり切らないのか、それとも「今度仕上げる」がずっと先延ばしになっているのか。
 ちなみに何故かボニー・レイットがギターで参加している。よくわからんけどこの2人、そこまで関連性あったっけ?曲調からして、ジェフ・ベックと再演しても良かったんじゃね?と思ってしまう。

10. True Love
 もし鉄板バラードをジャズ・コンボと共演してみたら…、という思いつきを実際にやってみたら、なかなか面白い仕上がりになった好例。これって、新曲だからうまく行ったけど、セルフ・カバーだったらつまんねぇんだろうな、聴く方もスティーヴィー自身も。
 ライブでちょっとアレンジいじることはよくあるけど、考えてみればこの人、キャリア長い割には、セルフ・カバーって手を付けてないな。あんまり興味ないんだろうか。
 セルフ・カバーのバラード集なんて結構需要ありそうだし、多分、これまでも企画書くらい上がってるんだろうけど、全部鼻で笑って却下してるんだろうな。そういう意味では前向きな人だ、スティーヴィーって。

11. Shelter in the Rain
 アルバム・リリース直前、アメリカ南東部を襲った大型ハリケーン:カトリーナは、ミシシッピ・ルイジアナ州に甚大な被害を巻き起こした。被災者への経済・メンタル支援のため、多くのアーティストがチャリティ・イベントやコンサート開催に動いた。
 殿下も「ルイジアナ」って、そのまんまストレートなタイトルのシングルをリリースし、他にもモトリー・クルーからドクター・ドレーに至るまで、広範なジャンルから様々な手法によって、傷む彼らの心の平穏を支えた。
 「愛と平和の人」として、スティーヴィーもまた、3枚目のシングル・カットとしてこの曲をリリース、収益をすべて被災者支援に捧げた。スティーヴィーのこのタイプの楽曲は、時代を問わず普遍的なメッセージ性を有しているので、こういった有事の際、いい意味で汎用性が高い。
 特に2020年現在、我々はそんなスティーヴィーを、最も欲している。



12. So What the Fuss
 リリース前から話題になっていた、殿下とがっぷり4つに組んだコラボ。コーラス参加しているのが、再結成と分裂をたびたび繰り返しているアン・ヴォーグ。まぁ全員ピン張れるレベルの女性3人組だから、そりゃ割れるわな。
 本文でも書いたけど、ベーシック・トラックは殿下が作っているのだけど、かなりスティーヴィーに寄った作りになっており、一ファンとして楽しそうにギターを刻んでいる様が思い浮かぶ。

13. Can't Imagine Love Without You
 定番であり鉄板である、壮大かつパーソナルなバラード。単体で聴くと「Ribbon in the Sky」タイプのベタな曲なのだけど、このアルバム終盤近くに据えたのは正解。「何だかんだ言っても、結局こういうのが好きなんだろ?オイ」と見透かされてるようで、確かにその通りだ。

14. Positivity
 かつてかなり親しい関係にあったミニー・リパートンと過ごした日々のことを歌った、リズミカルなポップ・チューン。再びアイシャ・モリスとの父娘デュエット。
 ちなみにこの曲、シングル・カットされているのだけど、カップリングが元妻シリータとのこちらもデュエット。アイシャ的には、親父の愛人(?)や元妻も入り乱れて、もう何が何だか。フェミニズム的にはめっちゃ叩かれそうだけど、何もかも受け入れて、しかも納得させてしまうスティーヴィーの器の大きさゆえなのかね。

15. A Time to Love
 9分を超える壮大なバラード。ポールが参加していると言っても、もっぱら裏方に徹しているというか、ちょっと手を貸した程度の印象。本文にも書いたけど、むしろインディア・アリーの堂々とした佇まいが印象深い。
 このアルバムの根幹テーマとなるべく、ゴスペルからアフリカン・リズムからバラードまで、あらゆる要素を盛り込んで組曲となっているのだけど、冗長な印象はない。エンディングを飾る曲として相応しく、また今後、スティーヴィーが模索する新たなサウンドへの可能性も示唆していたと思うのだけど。



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