7c585450 1983年リリース、郷ひろみ15枚目のオリジナル・アルバム。サウンド・プロデュースを務めた坂本龍一主導のもと、YMO関連のアーティスト/ミュージシャンらが多数参加したアルバムとして知られている。
 逆に言えば、これ以外、郷ひろみの代表作と言えるアルバムはない。俺が知らないだけかもしれないけど、多分、極めて少ない。時代ごとに代表曲はあるし、ベテランながら、いま現在もコンスタントにシングルをリリースしているくらいなのに、アルバムに至っては、そこまで話題になることはない。
 リリース当時、俺が定期購読していた「FMファン」にも、レビューが載っていた。FM雑誌の中では硬派だった「FMファン」が取り上げるくらいなので、業界内でもそれなりの期待値が上がっていたのだろう。
 そんな前評判にもかかわらず、思惑ほど売れなかったのか、それともソニーがいい顔しなかったのか、プロジェクトとしては単発で終わってしまう。同様のアプローチでもう1、2枚くらいたたみかけていれば、郷ひろみファンやYMOファン以外にも浸透したかもしれない。
 ただ、この前年には「哀愁のカサブランカ」が大ヒットを記録、それに乗じて洋楽カバーアルバムを立て続けに2枚もリリースしている。ソニーとしては、AOR洋楽カバー路線で推したかったのだろう。

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 80年代前半までは、「哀愁のカサブランカ」やら「お嫁サンバ」やら、コンセプトの振り幅の大きいシングルをスマッシュ・ヒットさせていた郷ひろみだったけど、後半に入ると、松田聖子との破局 → 単身渡米しての長期休暇 → 二谷友里恵との結婚と、芸能活動は停滞してゆく。ていうか、後半は芸能ゴシップばかりで、目立った仕事は残していない。
 芸能界の世代交代がドラスティックに行なわれたこの時期、何も郷ひろみだけが特別だったわけではない。新御三家のくくりで言えば、西城秀樹もまた、デビューから所属していた事務所からの独立を経て、テレビの露出も少なくなっていた。2人と違って、もともと華やかな表舞台からは一歩引いたスタンスの野口五郎も、マイペースな活動ぶりだった。
 80年のたのきんトリオのデビューによって、男性アイドル事情は一挙にジャニーズ一色に染め上げられていった。新田純一や竹本孝之など、他事務所からも新人アイドルが続々デビューしたけれど、どれも牙城を崩すには至らなかった。
 ソロが隆盛だった女性アイドルに対し、その後のシブがき隊や少年隊など、男性アイドルはユニット形式が主流となってゆく。その煽りでか、同じくジャニーズ所属であったはずの川崎麻世も旧世代扱いとなってしまい、アイドル第一線からの撤退を余儀なくされた。
 ジャニーズOBであった郷ひろみもまた、そんなご時勢に流されて、アイドル路線から大人の歌手へと脱皮することになる。
 ―と言いたいところだけど、そう話を持っていきたいのではない。
 彼のアイドルからの脱皮は、もっと早い段階で行われていた。

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 西城秀樹のレビューでもちょっと触れたけど、ジャニーズ退所以降、いち早くマスコット的キャラクターから脱し、ザッツ芸能界的なエンターテイメント路線へシフトしていったのが、郷ひろみだった。
 演出家久世光彦は、中性的な王子様ルックスの郷ひろみのキャラクターをデフォルメして、セルフ・パロディ的な2枚目キャラ・宇崎拓郎を創出した。時にムーディに、時に体を張る、そんな貪欲な姿勢は、ローティーン以外のお茶の間層にも幅広い好感を得た。
 もともと新御三家の中において郷ひろみ、シンガーへのこだわりが最も薄かった。個性の強い声質でありながら、声域自体はそれほど広くなく、また他2人に比べると、音楽性がどうした・コンセプトがどうの、というこだわりもなかった。じゃないと、「誘われてフラメンコ」なんか正気で歌えるはずがない。
 歌一本でやってゆくほどの覚悟はなく、広く浅く何でもこなせるエンターテイナーこそ、郷ひろみにとって最もふさわしいポジションだった。そんな、何事においてもニュートラルな姿勢はマルチな才能として開花し、コメディから時代劇、トレンディ風ドラマまで、幅広く演じていった。
 本業の歌でも、「セクシー・ユー」から「How many いい顔」まで、ベスト10常連として、堂々胸を張れる実績も残している。当時のグラビアを見てみると、セックス・アピールだってハンパない。まさに何でもアリだ。アリなのだけど。

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 大抵のことは器用にこなせる。けど、どれも極める一歩手前で引いてしまう。
 芯まで熱くなれる人ではないのだ。熱く見える「郷ひろみ」を演じることはできても、熱い「原武裕美」にはなれない。そういうことだ。
 「歌」が歌いたくて歌手になったヒデキや五郎と違って、郷ひろみにとっての「歌」は、ひとつの手段に過ぎなかった。ステージに立って注目を浴びること/浴び続けることが、彼の目標であり、レーゾンデートルだった。
 ステージに立てれば、歌でも芝居でも、何でもよかった。ただ、ルックス以外で、人よりちょっと秀でていたのが「歌」だった。当時の芸能界は、歌手か俳優、どちらかの選択肢しかなかった。なので、彼は歌手としてデビューした。さして下積みを経験することもなく、彼のキャラクターはローティーン女子に広く深く受け入れられた。
 新御三家の中で、最も芸能界との親和性が高かったのが、郷ひろみだった。そりゃ人並みに苦労もしているだろうけど、生まれながらの高スペックと器用さもあって、早い段階でスターとしての萌芽を見せている。
 返して言えば、そのスターとしてのオーラが強すぎたため、純粋な音楽面での評価が問われることはなかった。いわゆるネタ的な扱いでフィーチャーされることはあれど、シンガー郷ひろみとしての、まっとうな評価・分析はいまだ成されていない。多分、今後もないだろう。

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 教授を筆頭として、クレジットには、YMO周辺のミュージシャンや糸井重里、忌野清志郎ら、俺世代ならピンと来る「ビックリハウス」人脈の面々が名を連ねている。当時のサブカルの有名どころが参加しており、これだけのメンツを揃えたのだから、さぞキレッキレのサウンド・アプローチなんだろうな、と思って聴くと肩透かしを食う。
 いわゆる歌謡曲や、ニュー・ミュージック系アーティストの作品よりは独創的だけど、あくまで商業音楽の範疇でまとめられており、そこまでの脱線ぶりではない。郷ひろみを凌駕するほどのキャラクターを誰も持ちえなかったのか、それとも、ビジネスライクに手堅くまとめちゃったのか。
 この時期のサブカル勢の多くに言えることだけど、80年代リバイバルによるノスタルジー的な再評価はあるけど、メジャーに行った途端、変に角が取れるか鋭くなるか両極端で、具体的な成果を残した者は、案外少ない。清志郎なんかはまた別枠だけど、どっぷり時代の空気に染まりすぎた者ほど、風化の度合いが激しい。
 どの時代にも言えることだけど、その時代の空気やムードを体感しないと、理解できないことってあるんだよな。シティ・ポップも一周回って再評価されてるけど、そこからこぼれ落ちてしまった流行りものの、そりゃ多いことといったらもう。

 こんな濃いメンツの中では異色のコンビ、中島みゆきと筒美京平によるシングル曲「美貌の都」が、最も普遍性が高い。常に時代を先読みしていながら、決して寄り添うことのない、それでいてヒット曲のセオリーを理解している2人がガチで組み、「美貌の都」は作られた。シングルとは別バージョンでの収録だけど、職人的アプローチで書かれた言葉とメロディは、決して古びていない。
 とはいえ、「普遍性があるから良い」といった、単純な話をしたいのではない。メジャーの潤沢な予算と設備を使い、どうしたってある程度のヒットを見込める「郷ひろみ」というポップ・イコンをネタに、友人・知人そのまた知人を巻き込んで、好き勝手にいじくり弄ぶことを目論む教授。
 そんな彼のよこしまな企みを楽しむこともまた、一興である。

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1. 比呂魅卿の犯罪
 作詞:中島みゆき・作曲:坂本龍一という組み合わせを思いついたのが、プロデューサー酒井政利。喰い合わせは悪そうだけど、楽曲としてはきちんとしたポップ・ソングとして成立している。よくこんなの思いついたよな。
 郷ひろみというヴォーカルをひとつの楽器として捉え、思ったよりテクノ・ポップ調に寄らず、メロディアスなストリングスを要所に持ってきて、基本は細野・ユキヒロによるリズム・セクションを中心としたバンド・サウンド。デジタルに移行する寸前の、80年代初頭のアナログ・レコーディングは、カラオケだけでも一聴の価値がある。
 歌詞のみというオーダーに不慣れなせいもあってか、教授のメロディにみゆきが言葉を合わせている、といった印象。「棘にからんだ 絹のドレスが ぴりり」など、光るフレーズはあるのだけど、どこかまとまりが薄い。アルバム・コンセプトを象徴するにはいいけど、シングル候補としてはちょっと印象が薄め。
 当時は気づかなかったけど、今になって歌詞に目を通してみて思ったこと。これって思わせぶりに、おねショタのことだよね?



2. 君の名はサイコ
 当時、サブカル界の大御所だった糸井重里が作詞を担当。コピーライターとして現役バリバリの頃で、インパクトのあるタイトルを思いついて、そこから広げました的な、まぁ無難な出来。本職じゃないし、あとは郷ひろみが歌ってくれりゃ、どうにでもなるでしょ、的な潔ささえ窺える。
 制作サイドが求めていた、シンセ多めのテクノ・ポップは、確かに声質との相性が良い。ネーム・バリューで教授にオファーしたのは、ある意味正解だったけど、考えてみれば彼よりも歌謡曲へのリスペクトにあふれている近田春夫にディレクションさせたら、いい意味で下世話に仕上がったんじゃないか、と思われ。

3. 愛の空中ブランコ
 再び、糸井重里。童謡で使いそうなクラリネットと、メロディとシンクロしたリズム。これって「めだかの兄弟」をリズム・アップグレードしただけだよな。これくらいわかりやすくしてやらないと、大衆歌謡曲ではないのだ、という教授のポリシーなんだろうか。
 ダブル・ヴォーカルとエフェクトを適度に交ぜた郷ひろみのヴォーカルは、無機質性が強調されて、サウンドとの親和性が高い。エキセントリックな主題を歌いこなせるのは、やはりこの人しかいない。解釈も何もないもんな。

4. 夢中
 詞・曲とも忌野清志郎+坂本龍一の共作。「い・け・な・いルージュマジック」のコンビによるもので、それをウリにすることもアリだったんだろうけど、中途半端なブルース・タッチのアレンジは、如何せん地味。頭で考えるブルース・アレンジだから、どうしてもチグハグだし、ましてや郷ひろみ、ブルース成分はまったく言っていいほど皆無だし。
 清志郎成分が強いためか、どうにかピッチは合わせているけど、歌いこなすには難しい曲。井上陽水や矢野顕子クラスじゃないと、清志郎を凌駕するのはちょっとムリなのか。

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5. 独身貴族
 で、その矢野顕子が作曲で登場。さすがに自由奔放なアッコちゃんでも、楽曲提供ということで、メロディも歌謡曲セオリーに収めているけど、教授のアレンジがとっ散らかってプラマイゼロ。ドラムはドスドス重いわシンセで変な音出しまくるわ、アウトロでトリッキーなギター・ソロでフェード・アウト。何がしたかったんだ。

6. やさしさが罪
 半分アマチュア勢が多かったこのアルバムの中で、数少ないきちんとしたプロ作詞家・三浦徳子が参加。作曲の見岳章は当時、一風堂で有名だったけど、この5年後に「川の流れのように」を書き上げた人。泡沫扱いだったサブカル勢の中では、メイン・カルチャーのフィールドで成功を収めた数少ない一人である。まぁそれが勲章かと言えば、微妙だけど。
 メロディと言葉がしっかりしてる分、最もちゃんとした歌謡曲しているのが、この曲だと言ってよい。なので、プラスチックな質感だった郷ひろみのヴォーカルも、ここでは少し熱を帯びてシンガーの面が強調されている。

 だけど この街は 暗い砂時計
 さらさらと 愛をこぼしているだけ

 教授のシンセをもっと控えめにすれば、今でも充分通用する楽曲である。古いスタイルの楽曲だけど、俺世代には充分ヒットする力を秘めている。

7. 美貌の都
 シングルのアレンジと差別化を図りたかったことはわかる。わかるのだけど、なんでこんな気の抜けたラテン・レビューっぽく仕上げちゃったのか。歌詞の世界観も骨抜きにされちゃって、イマイチ。
 何かと思うところもあったのか、結構間を置かずにみゆきもセルフ・カバーしてるけど、こちらは後藤次利アレンジによるロック・ヴァージョン。ひいき目抜きにして、こっちの方が俺的には好み。

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8. 毀(ほ)められてタンゴ
 再びプロ作詞家・三浦徳子の登場。やはり譜割りを念頭に入れた言葉を選んでいるため、教授のふざけたメロディ、アレンジにもきちんと適応して、万人向けの歌謡曲になっている。「誘われてフラメンコ」を80年代にやってみたらどうなるだろうか、という実験は、見事に換骨奪胎されて、ごく普通の歌謡曲として仕上げられている。教授の毒が、プロ作詞家とシンガーにねじ伏せられた印象。だからもう、サブカルって…。

9. 毎日僕を愛して
 ちょっと「David」っぽさも感じられる、矢野顕子作曲によるテクノ(風)ポップ。アッコちゃんのほんわか風味と無機質な郷ひろみのヴォーカルとの相性は、案外悪くない。悪くないのだけど、この曲で注目すべきは後半。デュエットで絡んでくるアッコちゃん、次第に興が乗ったのか、制御不能のスキャットまで始めてしまい、最後は主役を食ってしまう。
 それを野放しにしてしまう、教授の底意地の悪さと言ったら。

10. だからスペクタクル
 ラストは7分にも及ぶ大作で、しかも郷ひろみ作詞・作曲によるもの。非現実的かつ抽象的な、ちょっと哲学かじった言葉を散りばめながら、その実、大したことは何も言っていない歌詞世界は、ある意味、郷ひろみのアイデンティティをかなり忠実に象徴している。そう、「お嫁サンバ」も「林檎殺人事件」も、享楽的な空虚であるからこそ、彼にフィットしているのだ。
 「スペクタクルに生きよう」と言い放ちながら、「輝く世界求め 果てない宇宙へ旅立とう」と、なんか頭悪そうな言葉を歌い上げる郷ひろみ。いや冗談じゃなく最高だ、郷ひろみ。7分という時間が、あっという間。

11. 美貌の都 (single ver.) (BONUS TRACK)
 で、同じ思わせぶりな言葉だとしても、筋金入りの女が紡ぐ言葉の礫は、重みが違う。いつ・どことも知れぬ状況設定でありながら、みゆきの書く言葉は、虚飾にまみれた人々の内実を、さり気なくえぐり取っている。





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