Folder 1985年リリース、西城秀樹16枚目のオリジナル・アルバム。前作『GENTLE・A MAN』からは1年3ヶ月ぶり、じっくり時間をかけて作られたアルバムとなっている。
 前作に続くアーティスティック路線はさらに顕著となり、アルバム・ジャケットには「西城秀樹」のクレジットもなければ、ポートレートもない。「歌謡曲の西城秀樹」というフィルターをはずし、アーティスト「HIDEKI」で勝負したい意向が、強く反映されている。濱田金吾や南佳孝のアルバムとシャッフルしちゃうと、もう誰が誰だか。
 前作収録の角松敏生作「THROUGH THE NIGHT」のサウンド・メイキングに感銘を受けた秀樹、ここでは4曲を彼に依頼、加えてアーティストとしては開店休業中だった吉田美奈子にも、4曲の作詞をオファーしている。アーバンでシャレオツな音空間構築にターゲットを絞ったキャスティングは、30歳という年齢に応じたイメージ・チェンジには不可欠だったのだろう。
 さらに旧知のSHOGUNギタリスト芳野藤丸は順当として、まだこの時点では作家デビュー間もなく、実力・実績とも未知数だった堀川まゆみ(MAYUMI)の起用は、なかなかの慧眼だった。過去の実績や評判に囚われず、「良いものは良い」という当たり前の感覚を最優先した、秀樹のセンスと直感が強く反映されている。

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 80年代シティ・ポップとして見れば、サウンド・プロダクションもしっかりしており、アートワーク含め、アーティスティック路線のコンセプトも一貫しているため、クオリティはかなり高い。高いのだけど、当時はこのアルバム、ヒデキファン以外にはほぼ知られていなかった。俺も知ったのは、つい最近。
 ティーン・アイドルを卒業してからも、ヒデキは歌謡曲の王道を全力疾走していたため、基本はシングル中心の営業戦略に沿って活動していた。アイドルの世代交代によって、シングル・チャートの常連というポジションではなくなっていたけど、80年代前半は、ロックからバラードまで幅広く歌いこなす本格派シンガーとしての活動を続けている。
 さすがに「オールスター水泳大会」なんかには出なくなっていたけど、毎年恒例の「新春かくし芸大会」や「ハウス・バーモント・カレー」のCMなどで、お茶の間との接点は続いていた。ただデータを見ると、拘束時間が長期に渡る映画や連続ドラマの仕事は、ライブやレコーディングの妨げとなるため、極力受けないようにしていたことが窺える。
 当時、NHK大河ドラマで「独眼竜政宗」の企画が立ち上がり、主役候補としてヒデキにオファーが来たのだけど、事務所サイドで断わった、というエピソードが残っている。これには、「歌手活動に専念したいと」いう理由に加え、独立して間もなかったため、拘束時間が長くギャラの安い大河では、運転資金がまかなえなかった、という切実な事情もある。

 テレビに雑誌に多く露出する、お茶の間ヴァージョンの「ヒデキ」と、サウンドにこだわりを持つ、コンセプト志向のシンガー「西城秀樹」。さらに、プライベートの顔・木本龍雄が存在する。このトライアングルは、彼にとってどれも不可欠な要素であり、どれも疎かにはできない。
 様々な事情が折り重なっていたため、アーティスティック路線と並行しながら、「みんなのヒデキ」としての活動も続けていた。偶然の一致で郷ひろみとの競作となったワム!「ケアレス・ウィスパー」のカバー「抱きしめてジルバ」がオリコン最高18位、通算50枚目の記念シングル「一万光年の愛」が12位と、表舞台でもきちんと実績を残している。
 『GENTLE・A MAN』~『TWILIGHT MADE …HIDEKI』までの間には、デビューからほぼ毎年欠かさず製作されているライブ・アルバムが2枚。それと、これは多分RVCの意向が強かったと思われるのだけど、ベスト・アルバムが2枚リリースされている。いやライブはまだわかるけど、ベスト乱発し過ぎだって。
 こういったリリース・スケジュールに、秀樹サイドの意向がどれだけ反映されていたかは不明だけど、当時は楽曲の二次使用契約が曖昧だったため、よくあることだった。サザンや中島みゆき、井上陽水クラスでさえも、レコード会社主導のベスト・アルバムやカセットが乱発されていたし。
 本人のあずかり知らないところで、そんな風にレコード会社への利益貢献も行ないつつ、アーティスト「西城秀樹」としての表現活動を着々と進めていたのだった。

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 10年くらい前から80年代のシティ・ポップが再評価される風潮が生まれ、リアルタイム世代の俺でも知らなかったアルバムが再発されるようになった。発売当時は生まれてもいない、若い世代がレア・グルーヴ的な受け止め方で影響を受け、インスパイアやらレコメンドやらオマージュしたユニットやバンドを結成した。
 いや俺も一応、聴いてみたのよ、流線型やら一十三十一やらを。オカズてんこ盛りの生演奏を主体としながら、DTM生成ビートでアップ・トゥ・デイトなサウンド空間を演出した、清涼感あふれる爽やかなポップス。近年の音圧MAXのサウンドに疲れた耳には、心地よいのかもしれない。しれないのだけれど、でも―。
 なんかちょっとヌルい。俺が求めていたのは、そういうものじゃないのだ。
 癒しやノスタルジー、追体験じゃなくて、当時のクリエイターが真剣になって、高いクオリティを求めて創り上げた作品が聴きたくて、それでいろいろ漁ったが末、たまたまたどり着いたのが、80年代の歌謡曲アルバム群だった、ということであって。
 なので、気づいたのだ。
 俺は特別、シティ・ポップというジャンルが好きなわけではない。

 アイドル・歌謡曲のアルバムの作りが丁寧になったのは、松田聖子を起点とする80年代デビュー組からで、70年代にデビューした歌手のアルバムの多くは、安直な粗製乱造が当たり前だった。シングル曲をいくつかまとめて洋楽カバーを少し、あとは適当なモノローグや埋め草的な楽曲を少々。シングル3か月・アルバム6か月ごと、という当時のリリース・ペースでは、極力手をかけず、手早く仕上げることが、優秀なディレクターの条件とされていた時代の話である。
 歌謡曲が勝負するフィールドは、シングルのレコード売上、またはブロマイドの売上だった。週に何本も製作されていた歌番組の露出度合いが、それらのセールスと深くリンクしていたため、芸能事務所やレコード会社はこぞってテレビ局に日参し、所属タレントの出演をねじ込んでいった。それが当たり前の時代だった。
 ヒデキがデビューした頃の歌謡曲アルバムは、内容について語られることは、ほぼなかった。ファンからすれば、既発表曲ばかりで目新しさはないのだけど、グッズとしてコレクションの対象であったし、レコード会社にしても、新規で手がけるのはアートワーク程度、肝心の音は適当にまとめるだけ。それでいて、シングルよりも単価は高いしで、いわばおいしい商売だったと言える。

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 ヒデキ世代の歌謡曲歌手の不幸な点が、ここにある。シングルの知名度は80年代組を凌ぐほどだけど、70年代当時はレコード会社の方針もあって、アルバム製作への投資はあまり行なわれなかった。
 それでもヒデキや野口五郎らが意気揚々として製作した70年代のアルバム群は、海外録音やロック・サウンドへの強いリスペクトに溢れていたりして、他のアイドルと比べて差別化が顕著だったりする。するのだけれど、プロモーション自体がシングル中心で行なわれていたこともあって、ほぼ話題に上らなかった。
 80年代前夜となる、1979年のオリコン・アルバム年間チャートを見てみると、ほぼ半分がニュー・ミュージック、もう半分が洋楽勢で占められており、歌謡曲は山口百恵とピンク・レディーが入っている程度。それだけニーズがなかったことの証でもある。
 年が明けて80年代に入ると、レコード会社の方針も変わり、歌謡曲のアルバム制作に力を入れるようになって来る。単なるシングルの寄せ集めではなく、きちんとした成長戦略に則って、人的・時間的コストをかけたアイドルのアルバムが作られるようになった。
 ただその世代の前、西城秀樹の世代がアルバムで注目されることは、その後もなかった。

 中途半端なアーティスト崩れや、拙い技術の新人バンドよりも音楽的素養に長け、ヴォーカル技術も表現力も、多くの80年代組より上回っていた西城秀樹の再評価は、いまだ一面的なものでしかない。やっと「ブルースカイブルー」が少しだけ脚光を浴びたけど、やはり「ヒデキといえばヤングマン」のイメージが強く張り付いている。クド過ぎるんだよ、Yモバイル。
 いやホント、ヘタなテクノ・ポップや歌謡ロックより、ずっと丁寧に作られてるから、ちゃんと聴いてみてほしい。

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1. SWEET SURRENDER
 まんま角松敏生のプロダクションで作られた、デジタル・ガジェット感満載、疾走感あふれるナンバー。歌謡曲テイストはまるでない。大抵のシティ・ポップはヴォーカルが弱い分だけBGMっぽくなりがちなのだけど、秀樹のヴォーカルは聴き流すことを許さぬ説得力を持っている。

2. BEAT STREET
 アルバム発売後にシングル・カット、通算52枚目のシングル。オリコン最高51位と、セールス的には厳しかったけど、コンポーザー角松敏生を業界内に印象付けた点では、大きな功績があった。
 いま聴いてみると、ビジュアルを想起させる、映像との親和性が高い歌詞といいサウンドといい、案外アニメ主題歌としてプレゼンするのもアリだったんじゃないかと思われる。「シティー・ハンター」なんかだと、ストーリーや世界観のリズムとうまくシンクロしていると思うのだけど。
 中盤になって唐突に入り込んでくる女性コーラス&デュエットは、作詞担当の吉田美奈子。インパクトの強さは、ヒデキとタメを張る。



3. HALATION
 シュガー・ベイブみたいなギター・カッティングのオープニングから、角松作と思ってたけど、クレジットを見ると盟友芳野藤丸によるものだった。ちょっと前まで「達郎のコピー」って囁かれてたくらいだから、あからさまなアレンジするわけないか。
 秀樹の通常のキーよりちょっと高めに設定されており、時々苦し気な部分もあるのだけど、逆にそれがシャウトを抑える効果となり、ソフト・サウンディングにうまくフィットしている。藤丸自身もAORっぽさを意識しているのか、いつもの泣きのギター・ソロは抑え目、達郎っぽくリズム・キープに徹している。
 
4. ワインカラーの衝撃
 やたらエレドラが前に出たアレンジ。メロディックなバラードなのに、妙にニュー・ウェイヴ寄り、しかもゴシック・パンク寄りのアレンジがミスマッチ感を誘っている。ミステリアスなムードを狙ったのかな。タイトルからどうしても安全地帯=玉置浩二を連想してしまうのだけど、明らかに狙ってるよな、曲調といいトレンディな歌詞といい。

5. PLATINUMの雨
 ブラコン寄りのリズム抑え目、柔らかなフリューゲル・ホーンをフィーチャーしたソフト・バラード。角松のアレンジの特徴として、スラップ・ベースや16ビートをベースとして、細かなエフェクトなどのオカズを積み重ねてゆく手法が多かったのだけど、正統バラードにもその手法を持ち込むことによって、サウンドの幅が広がった。その成果のひとつが、中山美穂に提供した「You're My Only Shinin' Star」として結実する。

6. リアル・タイム
 ちょっと演歌テイストも入ったメロディだけど、歌謡曲ヒデキが好きな従来ファンにもアピールする、キャッチ―で明快なサビが印象的なナンバー。イントロのシンセ・リフが時代性を感じさせるけど、当時ならシングル候補としても良かったんじゃないか、とは俺の私見。ただ、アーティスト面を強調するのなら、ちょっと歌謡曲っぽ過ぎるよな。俺は好きだけど。



7. オリーブのウェンズディ
 「シティ・ポップ」のアルバムで、「オリーブ(の午后)」「(雨の)ウェンズディ」とくれば、ナイアガラ的なリゾート・ポップを連想していたのだけど、中身は全然違って、なんとラップ・パートから始まるリズム主導のダンス・チューンだった。
 こう言っちゃ悪いけど、シティ・ポップ「ぽく」、角松「っぽく」寄せようとする大谷和夫のアレンジは、やっぱどこか泥臭く思えてしまう。大谷が悪いんじゃない、角松のセンスが切れすぎているのだ、というのがわかるアレンジ。
 しかし、どんな曲でも存在感を見せつける吉田美奈子のヴォーカルの強さといったら。硬軟使い分けたコーラス・アレンジは、天性のカンに基づくものなのだ、きっと。

8. BEAUTIFUL RHAPSODY
 シティ・ポップとはちょっとはずれた、オールディーズ風味の明るめのチューン。箸休めとして、肩の凝らない曲もアルバムには必要。手を抜いてるわけではないけど、力を抜いて楽しいのも、たまにはいい。藤丸のギター・ソロもほどほどにエモーショナルで、コンパクトにまとめられている。

9. TELEVISION
 角松作曲だけど、アレンジは藤丸という、レアなコラボ。ここは角松プロダクションに沿ったサウンドでまとめている。ギターの音だけは、やっぱ藤丸のキャラクターが強いけど。
 秀樹のヴォーカルがなければ角松っぽい、という見方もあるけど、逆に秀樹のヴォーカルが角松の潜在性を引き出してこんな感じに仕上がった、という見方もできる。このレコーディングのメンツでヴォーカルで勝てるのって、考えてみれば吉田美奈子くらいだよな。彼女も今回は極力脇に徹してるけど。
 コラボするクリエイターの才能をさらに引き出すヴォーカルの力が、西城秀樹最大の魅力だったと言える。

10. レイク・サイド
 「クルマの中で黄昏時に掛かっていて、男性が助手席の彼女に、言葉で言わなくても口説いていけるもの」というサウンド・コンセプトで作られた『TWILIGHT MADE …HIDEKI』、ラストを飾るのはこの時期の隠れ名曲とも言える正統派バラード。
 アーバンな最先端サウンドもシティ・ポップもない、丁寧に作られたシンプルなバッキングで歌うヴォーカリスト西城秀樹の真骨頂が、ここにある。



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