folder 1988年リリース、ヘッズ最期のオリジナル・アルバム。シンプルで親しみやすいバンド・サウンド2作から一転、250度くらい斜めを向いたエスニック・サウンドは、それまで振り回されながらもしがみついてきた固定ファンを混乱に導いた。俺も混乱した。何じゃこの音、それにジャケット。
 既存のロックやポップのフォーマットとは、装いも中身もあまりに違っていたため、大して売れなかったんじゃね?と思っていたけど、調べてみればUS19位・UK3位と、案外堂々とした成績。西欧ポピュラー音楽が自家中毒にはまっていた80年代後半という時節柄もあって、スノッブなロック・ユーザー中心に評価は高かった。
 当時、スティングやピーター・ガブリエルを代表とするロック・セレブらが、民族音楽専門のレーベルを設立したり、その流れでアフリカ勢のサリフ・ケイタやユッスー・ンドゥールが大きくフィーチャーされたりして、『Naked』が受け入れられる下地は、ある程度整っていた。リーダーのデビッド・バーンからすれば、「いやいや、ボクはもっと前から『Bush of Ghosts』作ってたし」とでも言いそうだけど。

 一般的なロック史観でヘッズが取り上げられる際、紹介されるのは、大抵『Remain in Light』である。当時、非ロックの急先鋒だったプロデューサー、ブライアン・イーノが、精神的な師弟関係にあったバーンをそそのかして創り上げた、頭でっかちで踊りづらいダンス・ビート・アルバムが、これ。
 黒人のサポート・ミュージシャン中心で演奏されたベーシック・トラックを素材に、2人で思いつくままままに、テープを切り貼りしたりエフェクトかけたり、ある意味コンセプト・アートの延長線上で『Remain In Light』は製作された。ポスト・ロック以降の方向性のひとつである、ホワイト・ファンク~ミクスチャーの源流として、今も確固たる地位を築いている。
 いるのだけれど、ほぼ主役と言っちゃってもいいくらい、サポート・ミュージシャンをフィーチャーし過ぎたため、結果的に他メンバー3名の影が薄くなり、バンド内の人間関係は悪化してしまう。「バーンがそういう態度なら、俺たちだって勝手にやるさ」となかばヤケクソな動機でトム・トム・クラブを始めるが、思いのほかこれが大ヒットしてしまう。アカデミックな視点では『Remain in Light』が圧倒的に支持が高いけど、一般的な80年代ヒットとしては、「Once in a Lifetime」より「おしゃべり魔女」の方がよく知られている皮肉。
 バンドとイーノ、どっちを選ぶか岐路に立たされたバーンは、最終的にイーノとのコラボを解消、一旦仕切り直しの意味も含めて、総決算となるライブ・アルバムをリリースする。これが『Stop Making Sense』。バーンのコンセプチュアル・アート趣味が炸裂する映画の方が有名かもしれない。これもロック史では、よく取り上げられている。

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 俺がリアルタイムで知ったヘッズはその後、シンプルなバンド・サウンドに回帰した『Little Creatures』と『True Stories』。このブログでも開設初期にレビューしているくらいなので、個人的な思い入れは深い。実際、いまも年に一度は聴いている。
 頭でっかちなスノッブさが取れ、カジュアルなヘッズのアルバムとして、こちらも根強い人気を保っている。チャート上位に入ったシングル曲も多い時代で、日本での認知度が高いのは、むしろこのあたりなのかもしれない。
 で、これらのアルバムは大方語り尽くされちゃったせいもあるのか、近年はデビュー前後、まだイーノが絡む前の荒削りな時期の評価が高い。アート・スクール出身特有のアイディア一発勝負、頭脳と体とが噛み合ってないアンバランスさによって、唯一無二の奇妙なアンサンブルを生み出している。
 イーノにかどわかされて洗脳される前、コンセプトとテクニックとが整理されていないサウンドは、当時のニューヨーク・シーン、ガレージ・パンクのルーツとして貴重な記録である。本人たちにしてみれば黒歴史だろうけど、実際、この時期のライブは人気が高く、ネットやブートでも大量に転がっている。興味があればぜひ。

 と、だいたいこの辺が、ヘッズの代表的なアルバムとされている。かい摘んで代表作3枚となれば、この5枚から選ばれることが多い。なので、『Naked』が紹介されることは、まずない。ていうか見たことない。
 ポスト・ロックと称するには、ちょっと突き抜けすぎるサウンド・アプローチだった『Naked』。業界内での反応は、まんざらではなかった。中村とうようがどう評価していたかは忘れちゃったけど、この手のサウンドは容認しないといけないんじゃね?的なムードが漂っていたよね、ミュージック・マガジン。
 圧倒的な絶賛もなければ批判もない、周りがどう扱っていいのか困ってしまうアルバム、それが『Naked』である。どんなスタイルであれ、次回作がリリースされていたら、一時の気の迷いだったということで、表立った批判、または擁護する声も出てきたんだろうけど、何しろこれが最終作なので、如何ともしがたい。
 かつて『Remain in Light』リリースの際、あからさまなアフロ・リズムの引用・借用で批判の矢面に立たされたヘッズだったけど、『Naked』では、そんな声もあまり上がらなかった。だって、バンドの実体がもうないんだもの。
 リリース以降、いくつかのインタビューを受けただけで、解散ツアーも行なわれず、ヘッズは自然消滅する。すでにバーンの心は、ソロ・プロジェクトへ向いていた。

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 前回のボウイのレビューでもちょっと書いたけど、いわゆる過去の名盤より、ちょっと完成度は劣るけど、リアルタイムで聴いてきた作品の方にシンパシーを感じることは、ままある。俺の中でのヘッズは、現在進行形で聴いていた『Little Creatures』から『Naked』までであり、それ以前のアルバムは後追いのため、イマイチ愛着は薄い。
 特にイーノ時代だけど、あのあたりは前述のミュージック・マガジン臭、これを認めないと、意識的なロック・ユーザーとは言えない、そんな選民思想がジャマして云々…。
 いや、何度もトライしたのよイーノ時代も。入れ込み具合はどうあれ、どのアルバムも満遍なく聴いてはいる。いるのだけれど、ピンと来ない。来ないから書けない。愛情もないのに書いたって、言葉は上滑りするだけだ。

 非ロックとしてのエッセンス的な使い方ではなく、真っ向から取り組んだアフロ・キューバン/ラテン・サウンドは、当時のバーンの志向が大きく反映された結果である。ワールド・ミュージック専門のレーベル「ルアカ・バップ」を設立するくらい入れ込んでいたバーン主導のもと、『Naked』は多くのゲストミュージシャンを招いてレコーディングされた。
 ポスト・ロック的アプローチと、多くのサポート・ミュージシャンが参加しているという2点において、『Remain in Right』との相似点も多いけど、決して頭でっかちなサウンドにはなっていない。結局のところ、やはりこれはバンドのアルバムである。
 暴力的なバンド・グルーヴが渦巻く『Remain in Right』のコアは、強力なリズム・セクションが生み出すミニマル・ビートだ。サウンドの中心にどっしり構えたビートは、呪術的な求心力でアンサンブルを支配する。
 それに抗うが如く、エキセントリックな奇声を放つバーン。リズムをねじ伏せるため、ヒステリックなパフォーマンスで対抗する。その背中は、冷たい汗でじっとり濡れている。切迫した緊張感は、バンドの基礎体力を日増しに削り取ってゆく。
 『Naked』もサポート・ミュージシャンの割合は多いけど、演奏でのメンバー4人の貢献度は高い。背中を伝う汗も冷えていない。
 職人プロデューサー、スティーブ・リリーホワイトはイーノと違い、バンドの基本グルーヴを尊重した上で、サポート・ミュージシャンのエッセンスを加えていった。単なる思いつきやサウンド偏重に陥らず、レコーディングのプロとして、バランスを重視したサウンドを創り上げた。

David-Byrne

 バンドとは、一回こっきりのプロジェクトではない。完成形を重視するがあまり、近視眼的な独裁ぶりでは、メンバーの相互不信が内部崩壊の引き金を引く結果となる。スティーリー・ダンのスタイルを続けるには、相応の覚悟とスキルが必要なのだ。
 やっぱイーノなんだよな。良し悪しはあれど、センスだけじゃ長くは続かない。


Naked [Explicit]
Naked [Explicit]
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Parlophone UK (2006-02-13)



1. Blind
 CDをセットして、いきなりこのイントロが流れてきた時のことだけは覚えている。「あれ、中身違ってね?」サンバ/ラテンの狂騒的なリズムの洪水は、当時、ロック・オンリーの俺の耳には、強烈な違和感が先立った。ただ聴き続けるたびに違和感は薄れ、次第に馴染んでしまう俺がいた。メロディはよくできてるんだよな、バーンの曲って。
 ビルボードのメインストリーム・ロック・チャートでは39位、UKでも59位とまずまずの成績。まったくカスらなかったわけではない。ロックにこだわらず、コンテンポラリー・ポップとして幅広い支持を得た楽曲。ちなみにPVは、アメリカ大統領選を皮肉った設定のもと、なぜか凶暴なモンキー・レンチがその座を奪おうと暴れ回る、といったまるでモンティ・パイソン的なネタ。エイリアンとターミネーターが憑依した顔つき(?)のモンキー・レンチの演技は必見(?)。



2. Mr. Jones
 リゾート・ホテルのディナー・ショーを連想してしまう、ややゆったり目のラテン、ていうかマンボ。1.同様、バーンのメロディのクセが良い方向に作用して、単なる享楽的なラテンに陥ってはいない。その辺が非ラテン・ミュージシャン的なアプローチであり、スティーリー・ダンと同じテイストを思わせる。

3. Totally Nude
 カリビアン・テイストなスティール・ギターが心地よいナンバー。肩の力の抜けたゆったりしたリズムは、まどろみを誘う。何となく、マラカスを振りながらダラダラ歌うバーンの姿を想像してしまう。

4. Ruby Dear 
 あまりサポート勢も入らず、こじんまりとしたバンド・スタイルでレコーディングされた小品。なので、このアルバムの中では従来ヘッズ・テイストが最も強い。ドラム・パターンこそアフロっぽいけど、借り物のリズムではなく、バンドが訴求したうえでのビートとなっている点が、アンサンブルの充実を示している。この線のサウンドで、もう1枚くらい作って欲しかったよな。

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5. (Nothing But) Flowers
 イントロのベース・ラインが特徴的な、様々なアイディアが詰め込まれてほどほどに整理されたナンバー。フォーマットこそラテンだけど、ヘッズ独自のサウンドとリズムに昇華されている。
 当時、モリッシーと仲違いして課外活動に明け暮れていたジョニー・マーが参加。リズムに囚われず、持ち味であるネオアコ風味の音色で拮抗しているのは、好感が持てる。参加するからには、自分の痕跡を残しておきたいし。



6. The Democratic Circus
 あまりコード感を感じさせない、ゆったり流れるメロディとリズムは、この後のバーンのソロ作でも強く反映されている。思えばヘッズが純粋なロック・バンドであったのはごく初期だけであり、ほとんどの時期は傍流を走っていた。たまたまロックのフィールドに入れられただけであって、バーンの音楽性のコアはあまり変わっていない。
 ここでもドブロをフィーチャーしているけど、ロック的な使い方はされていない。やっぱアートの人なんだよな。

7. The Facts of Life
 と思っていたら、急にロックっぽいビートが。エコーが深く、エフェクト臭が強いドラムの音とシンセ・エフェクトは、ストレートなポスト・ロックを感じさせる。直球ど真ん中の次世代ロックっていうのも、なんか変な例えだな。
 ほぼバンド4人でのセッションのため、むしろ実験的な色彩が強い。ボーナス・トラックの12.みたいに、なんか別のプロジェクトのアウトテイクに聴こえてしまう。曲単体としては好きだけど、アルバム・コンセプトからはちょっと浮き気味。

8. Mommy Daddy You and I
 トラディショナル楽器であるはずのアコーディオンを、こういった使い方でフィーチャーするのは、ヘッズならでは。実験精神こそが本領であることを示したナンバー。『True Stories』に入ってても違和感ない、オーセンティックな味わいのメロディ。そこにバーンのヴォーカルがスパイスとして加わる。他のシンガーなら流麗に歌い流してしまうところを、強いクセとアクセントでもって、一家団欒をひと捻りする。
 

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9. Big Daddy
 ホーン・セクションのメンツから見て、「Blind」と同じセッションでレコーディングされたナンバー。性急なビートでせっつかれる「Blind」より、こっちの方が好きな人も多いはず。リゾート・ホテルっぽさが無駄にゴージャス感を演出しているけど、そのフェイク感こそが、まさしくヘッズ。アフロやラテン・ビートだって、本気で体得しようと思っているわけじゃないし。

10. Bill
 呪術っぽいドラム・パターンが既視感を思わせる。『Remain in Light』のアップグレード版的な。サポートがなくても、ここまでできる。すでにそういったエッセンスは取り込んでしまった。なので、もうやる必要はない。そりゃ解散って選択肢になるわな。
 コーラスとして参加しているカースティ・マッコールだけど、どんな経緯で参加してるのか長年不思議だったけど、考えてみれば当時の彼女、リリーホワイトの奥さんだったことに、さっき気がついた。すごい小さなレベルだけど、点と線とがつながった。

11. Cool Water
 初期ガレージ・パンク期のサウンドをリブートすると、こんな感じになる。レコーディング環境や演奏テクニックが洗練され、先走った勢いが追い付かず、実現できなかったアイディアもじっくり熟成されている。
 基本的なスタンスは変わっていない。ただ見せ方が違うだけで。ただそれも、ヘッズの不定形を象徴しているのかもしれない。バーンのソングライティングを軸に、ヘッズは常に変容してきた。そして、その行為は幕を閉じる。
 
12. Sax and Violins
 初回オリジナルは11.で終わっており、これはいわばボーナス・トラック。初出は1991年、ウィム・ヴェンダース監督による映画『夢の涯てまでも』サウンドトラック。後にベスト・アルバム『Sand in the Vaseline: Popular Favorites』と『Once in a Lifetime』に収録された。
 俺が最初に聴いたのは前者ベストで、ヘッズの新たな局面が見られたことで、当時微かな期待をしたけど、遂に果たされることはなかった。当時の未発表セッション「Lifetime Piling Up」と併せて、一時はヘビロテ状態だった。
「まだできるのに」という反面、無様な末期を見せず、「ここでおしまい」と言い切ってしまう潔さもまた、アーティスト=デヴィッド・バーンのプライドだと思う。





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