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 1984年リリース、15枚目のオリジナル・アルバム。大ヒット作『Let’s Dance』から、なんと1年ちょっとのブランクで、もう次。いくら売り時だったとはいえ、いくらなんでもちょっと早すぎる。この機会をもうちょっと大事にして、シングル切りまくったりワールド・ツアー回ったりして、話題を切らさずセールス伸ばせば良かったのに、と余計な心配をしてしまったけど、考えてみればシングル5枚も切ってたし、シリアス・ムーンライト・ツアーも終わってた。
 シングルは仕方ないとして、正味半年のワールド・ツアーは、いくらなんでもちょっと短かすぎる。今ならもっと細かく回って、最低2年くらいは世界中あちこち飛び回るものだけど、当時はそのクラスじゃなかったのかねボウイ。
 日本を含め、少数のアジア諸国やオーストラリア以外は、ほぼ欧米中心のツアーとなっており、世界中くまなくカバーしているとは言いがたい。『Let’s Dance』のブレイクが突発的だったため、そんな急に世界中の会場を押さえることができなかった事情もあったのだけど。

 ボウイに限らず、80年代まではどのアーティストもアルバムのリリース・ペースは短く、年に1枚は当たり前、3年も空けると現役アーティストとは呼ばれなかった。ストーンズもクイーンも、この時期はメンバー間の対立が深刻で、2〜3年程度のブランクで「復活!」とかドラマティックに煽っていたけど、今じゃ普通だもんな、そのくらいだったら。
 EMIの要請もあって新作に着手したボウイだったけど、それはちょうどシリアス・ムーンライト・ツアー真っ只中、さらに加えてこの時期は俳優活動も旺盛だったため、創作活動に充分な時間が取れずにいた。
 さらにさらに、突然訪れたスターダム。そりゃ舞い上がるよね。毎日がパーティ、酒もドラッグも女もやり放題。ますます、時間がいくらあっても足りやしない。
 『Let’s Dance』の余波もあって、UK1位ゴールド・US11位プラチナ獲得、日本でもオリコン3位と、セールス的にはキャリアでトップ・クラスの成績を収めたのだけど、まともな新曲は2曲のみという体たらく。充分練り上げる時間がなかった、という理由はあったにせよ、「手抜きしたでしょ」と問い詰められたら、多分否定できない。
 世界的なディスコ・リバイバルの流れもあって、『Let’s Dance』は近年見直されてる感もあるけど、今のところ『Tonight』の再評価の兆しは見られない。一般的に、音楽家デビッド・ボウイの復活作とされているのが『Black Tie White Noise』で、そこに至るまでの80年代作品は、スランプ期とされている。ボウイ自身も、この時代は黒歴史としていたのか、生前もあまり触れたことがない。ティン・マシーン?「あぁ、そんなのあったっけ?」てな具合で。

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 この記事を読むと、どうやらプロデューサーの手際が悪くてスタジオ・ワークが捗らず、それが作品の出来に大きく影響した、ということらしい。逆の立場だったら、また違う見解になるだろうし、どっちにしろ、責任の押しつけ合いになることは容易に想像できる。
 アーティスト側が、素材もアイディアも大して用意してなくて、しかもコンセプトも曖昧。そんな状態でスタジオに来られたら、そりゃプロデューサーだって困ってしまう。準備もなく手ぶら、しかも面識も少ないプロデューサー任せとは、一体どれだけやる気なかったのか。
 レコーディング初期のプロデューサー、デレク・ブランブルは、70年代に活動していたディスコ/ファンク・バンド、ヒートウェイブのリーダーだった人。当時はセールスも下降して、グループは活動休止中だったため、デレク・ブランブルって言われたって誰も知らなかったし、今もそんなに再評価されているわけでもない。俺はレア・グルーブを漁っていた頃に辛うじてグループ名は知ったけど、さすがにリーダーの名前までは、いちいち知らんがな。
 ボウイの扱いに不慣れな上、手際も悪かったデレク・ブランブルは途中でクビになり、当初から共同プロデューサーとして参加していたヒュー・パジャムに一任され、どうにかこうにか『Tonight』は完パケに至る。どうせならナイル・ロジャースと再び組んで、『Let’s Dance 2』って開き直っちゃても良かったんじゃないの?と思ってしまうけど、多分そこはボウイの美学、またはプライドだったんだろうな。
 同じような作品は二度と作らないことは、最期まで徹底していたし。

 俺がリアルタイムでボウイを聴き始めたのは『Let’s Dance』からで、それ以前の作品というのは、すべて後追いである。その後、つかず離れずではあるけれど、彼のアルバムはほぼリアルタイムで聴いてきている。どのアルバムも、手放しで大絶賛というわけではないけど、一番しっくり来るのは、やはり80年代の作品群であることに変わりはない。
 「80年代」やら「David Bowie」やらの括りを超えて、俺の好きなロック・アルバムのひとつが、『Ziggy Stardust』。原初的なロックンロールのフォーマットをベースとしながら、単なる「サウンドとしてのロック」を超え、ひとりのアーティストの生き様とポリシーを刻み込んだセミ・ドキュメンタリーとして、俺的にはずすことのできない作品である。そんな頻繁に聴くことはなくなったけど、ロックといえばジギー。これは変わらない。
 多分、契約関係のこじれが大きかったと思われるのだけど、80年代はボウイのアーカイブ再発が遅れていた。ロック名盤特集で紹介されることが多かった『Low』や『Heroes』も、北海道の中途半端な田舎では入手が難しかった。
 たまに輸入盤で売られているのを目にしたことがあったけど、ヨーロッパ盤は当然バカ高かったため、手に取るのはためらわれた。その後、国内盤も流通して入手しやすくなったけど、タイミングを逸したこともあって、実物を手にしたのはずっと後になってからだった。

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 正直、前評判と期待値が大きかったせいもあってか、ベルリン3部作はどれもピンと来なかった。「Suffragette City」や「Rock'N'Roll Suicide」は、初めて聴いた時からスッと身体に入ってきたのに、「Station to Station」も「Beauty and the Beast」も、俺が思ってるところのボウイとは、ちょっと別物だった。
 シングルとしての「Young Americans」や「Heroes」は好きだったけど、これがアルバムになっちゃうと、コンセプト優先の頭デッカチさばかりが目についてしまう。今まですごく言いづらかったけど、『Ziggy』以外の70年代アルバムは、どれも最後までちゃんと聴いたことがない。
 多分こういう傾向って、誰でも多かれ少なかれあるんじゃないんだろうか。ボウイに限らず、昔の名盤より、アラは目立つけどリアルタイムで聴いてきたアルバムの方が、しっくり馴染んじゃうというか。
 例えばストーンズだけど、これまでこのブログで取り上げてきたのは80年代以降の作品ばかり、名盤の宝庫とされている60〜70年代は、取り上げたことがない。だって、『Let it Bleed』も『メインストリートのならず者』も、ちゃんと最後まで聴いたことないんだもの。
 俺の中でのストーンズとは、一般的には駄作とされている『Dirty Work』であり、『Undercover』なのだ。多感な十代に得た価値観は、歳をとってもあまり変わりないものなのだ。
 一度言っておきたかった。あぁスッキリ。

 70年代ロックのカリスマではなく、80年代ポップ・スターの1人としてなら、『Tonight』 はキチンと作られたアルバムである。ボウイ自身もポップ・スターとして作ったのだから、評論家や古参ファンにあぁだこうだ言われる筋合いはない。無いはずなのだ。
 変容し続けるロックのカリスマとして70年代を駆け抜けたボウイだったけど、80年代に入る頃から、そんな自分に疲れちゃったのか、その歩みは緩慢になってゆく。孤高のカリスマとして、身内ウケする作品を作り続けていたけど、そんな行為自体が予定調和になっていたことも、また事実である。それに加えて、インパクトの強さの限界と。
 バトル漫画に「パワー・インフレ」といういう言葉がある。「ドラゴンボール」で例えると、史上最強と思われていたベジータがフリーザに簡単にあしらわれ、さらにフリーザはセル、そしてセルは魔神ブウに…、と言った具合で、これが延々と続く。
 グラム・ロックから始まったボウイ無双時代、その後はプラスチック・ソウルを経てベルリン3部作、常にシーンに強いインパクトを残してきた。
 ―じゃあ、その次は?
 そんなキリのない音楽的変遷にピリオドを打ったのが『Let’s Dance』だったと言える。

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 で、その『Let’s Dance』の余韻で作った『Tonight』は、それまでのドラスティックな変化とは無縁、肩の力の抜け具合がハンパない。ニュアンスは違えど、コンテンポラリーなヒット狙いという点において、『Let’s Dance』とベクトルは一緒である。
 特別気負わなくても、そこそこ売れることが約束された状況というのは、ボウイにとって初めてのことだった。実際、世界中ほぼどの国でもトップ10入りを果たし、セールス的には大成功だった。
 「ボウイも地に堕ちた」「商業音楽に魂を売った」という批評は、当時からあった。イノベイティブな70年代と比較して、「なんだこのチャラいサウンドは」と嘆く声もあった。
 ボウイ本人も後年になって、この時期を黒歴史扱いしていたけど、でも、リリース当時はそれがボウイの狙いだった。
 マニアだけの狭いフィールドで身内ウケを狙うのではなく、もっと広い世界で大衆に広く知れ渡り、もっともっと金を儲けることこそが、逆説的なイノベイティブじゃないんだろうか―。変容という意味合いでは、マニアと決別して大衆に飛び込むこともまた、ひとつのチャレンジではある。
 そういえばほぼ同時期、YMOも同じようなアプローチだったよな。
シンクロニシティ。


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1. Loving the Alien
 で、その80年代作品を総括したボックス・セットが昨年発売されたのだけど、そのタイトルとなったのがこの曲。ボウイ特有の浮遊感あふれるコードワークに、メランコリックなアルペジオとマリンバを掛け合わせることで、楽曲の存在感が増している。起承転結に捉われないアンサンブルは冗長になってしまうことが多いけど、不思議と7分という長尺を感じさせることがない。突出した楽曲だけに、その後もたびたびライブで披露されている。
 終盤のカルロス・アロマーのブルース・ロックっぽいギター・ソロは、やっぱりスティーヴィー・レイ・ヴォーンに対抗してなのか、迫真のプレイ。

2. Don't Look Down
 オリジナルはイギー・ポップ1979年のアルバム『New Values』収録。彼にしては珍しくストレートなルーツ・レゲエ。イギーのヴァージョンもそうなのかな、と思ってYouTubeで調べて聴いてみたら、思ってた以上にこっちの方がボウイっぽかった。
 さすがに違うアプローチじゃないと単なるパクリになっちゃうから、こうなっちゃたのもわからないではないけど、だったら最初っからこれを選ぶなよ、と言いたい。どうひいき目に見ても、イギーの方がカッコいい。
 
3. God Only Knows
 俺の中での「ちゃんと聴いたことがない名盤」のひとつの筆頭が、『Pet Sounds』。山下達郎が絶賛してライナー書いたから、最初のCD再発の時、めっちゃ期待値上げて聴いてみた。達郎が言うのだから間違いない。そう何度も自分に言い聞かせて聴いてみた。レココレ界隈で評価が高いので、また改めて聴いてみた。でも良さがわからない。いつまで経っても、俺的にはピンと来ない。そんなアルバムが『Pet Sounds』。
 当時は名曲のカバーと知らずに聴いていて、ピンと来なかった。その後、名曲ということを知って改めて聴いているけど、やっぱりピンと来ない。いや、ヴォーカルに力も入ってるし、渾身の力作というのはわかるんだけど…。多分、今後も受け入れることはないだろう。

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4. Tonight
 これもオリジナルはイギー・ポップだけど、作ったのはボウイ。1977年の『Lust for Life』では、この他にも6曲の楽曲提供、プロデュース、キーボードでも参加しており、自分のアルバム並みに入れ込んでいる。何が彼にそうさせたのかは不明だけど、オリジナルはこれまたボウイっぽい。しかも全然レゲエじゃないし。
 ティナ・ターナーがデュエット参加していることが話題になったけど、まぁ正直ただ歌ってるだけ、そこまで爪痕を残しているわけではない。当時、2人ともEMI所属だったから、その流れだろうな。

5. Neighborhood Threat
 こちらも4.同様、『Lush for Life』からのセルフ・カバー。ちなみにイギー、このアルバムではレコーディングに参加しているわけではないのだけど、ボウイの相談相手というか飲み仲間というか、とにかくずっとスタジオに常駐していた。今回、イギーの楽曲を3曲も取り上げたのも、素材が不足してせいもあるけど、当時困窮していたイギーに印税を回すためだった、という説もある。仲良きことは美しきかな。
 ここまでかなり捻じれたアプローチが多かったけど、ここに来て初めてソリッドなロック・スタイルでまとめられており、ボウイのカッコよさが映える仕上がりとなっている。そう、この程度はいつだってやれるのだ、ボウイという人は。

David Bowie and Iggy Pop in the 1970s (3)

6. Blue Jean
 US8位・UK6位を記録、日本でもノエビア化粧品のCMソングとして広く知られており、俺世代の洋楽ライト・ユーザーにとっては、「Let’s Dance」に並ぶ知名度を誇る。大衆的なヒットを記録しただけに、音だけ聴いてると、ほんとチャラくて軽い。時代のあだ花が生んだ泡沫ヒットと言えばそれまでだけど、それでもボウイ、やっつけ仕事とはいえきっちりヴォーカルで細かな技を披露している。
 当時はMTV全盛、この曲もPVが作られており、ジュリアン・テンプル監督による21分の長尺ヴァージョンはさておき、ヘビロテされていた短縮ヴァージョンを見てみると、何かと発見も多い。グラム・ロック期をもう少し薄めたメイクのダンサー・ボウイと、客席の冴えないサラリーマン・ボウイとの二役を演じ分ける、当時としても陳腐な設定なのだけど、彼のダンス・パフォーマンスについ目が行ってしまう。体のキレももちろんだけど、カメラ・ショットを意識した見栄の切り方などは、やはりエンターテイナーとしての旬を感じさせる。どの角度から見てもカッコイイんだもの。




7. Tumble and Twirl
 で、ほぼずっとスタジオで飲んだくれるかダベっていたイギーとの共作、数少ない新曲が、これ。イギーの関与がどこまでだったのかは不明だけど、ちょっとハード目のパワー・ポップとしては出来が良い。シンセによるブラス・セクションも時代性を感じさせるけど、あまりリズム性を感じさせないほかの曲と比べれば、ノリも良くボウイの意図と合ってたんじゃないかと思われる。12インチ・シングルで切れば、それなりの需要はあったと思われ。

8. I Keep Forgettin’
 オリジナルは1962年リリース、R&BシンガーChuck Jacksonによってビルボード最高55位まで上昇したソウル・チューン。ロックにおけるオリジナル信仰に囚われれば、「またカバーばっかり」という結果になっちゃうのだけど、純粋にシンガーとして、『Let’s Dance』大ヒットのご祝儀として、好きな曲を好きなスタイルで歌った結果、と考えれば、気楽で楽しいパーティ・ポップで、そんなに悪いものではない。
 目くじら立ててアラ探しするより、いい楽曲をいいパフォーマンスで聴けたら、それはそれでいいじゃない。

9. Dancing with the Big Boys
 最後はなんか付け足しのような、イギーとのデュエット。愛するイギーに印税で報いたかったのが見え見えな、あんまり中身のないナンバー。開き直って言っちゃえば、「Let’s Dance」の二匹目のドジョウを狙いました的な、そんなリフとコーラスだけでチャチャっとまとめちゃったナンバー。いっそこんなラストじゃなくって、1曲目に入れちゃえばよかったのに。さすがにそこに入れちゃうと、誰も聴いちゃくれないか。



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