folder 1984年リリース、西城秀樹15枚目のオリジナル・アルバム。チャート・アクションは不明だけど、同時期にシングル・カットされた「Do You Know」がオリコン最高30位だったことから、ヒットと言えるほどの売上ではなかったことが察せられる。
 累計180万枚の大ヒットとなった「ヤングマン」をピークに、ヒデキのレコード・セールスは下降線をたどり、80年代に入ると、チャート上位に入ることは少なくなる。たのきんトリオの台頭を機に、男性アイドルも世代交代の波が押し寄せていた。
 スティーヴィー・ワンダーの「愛の園」や、オフコースのデュオ時代の隠れ名曲「眠れぬ夜」、結果的に郷ひろみとの共作(歌詞・タイトルは違うけど)となった「抱きしめてジルバ」など、80年代はクオリティの高いカバーを歌っている。この時期の楽曲では強く印象に残っている「ギャランドゥ」が最高14位だったのは、ちょっと衝撃だった。
 地道にコツコツ、こだわりを見せる楽曲は一定の支持を得てはいたのだけど、大きな爆発力には欠けていた。すでにヒデキは、アイドルというステージからは降りていた。

 同じ御三家くくりの1人である郷ひろみは、絶頂期はアイドルの王道、中性的なルックスと王子様的キャラクターで、主にティーンエイジャーの女の子中心に人気を得ていた。普通ならそのまま、若作りのオッサンとして枯れ果ててゆくところだけど、いち早く「アイドル以降」を見据えて行動に移していたのもまた、郷ひろみだった。
 久世光彦演出による前衛ホーム・ドラマ「ムー」では、端正な顔立ちを逆手に取ったコメディを演じ切り、幅広い客層の支持も得るようになった。「アイドル以降」への脱却も比較的スムーズで、80年代に入ってからは、カネボウ化粧品のCMソング「How many いい顔」や、バーティ・ヒギンズのカバー「哀愁のカサブランカ」など、AOR寄りの楽曲をヒットさせている。世紀末になって突然「GOLDFINGER '99」で覚醒するまでは、セレブ感漂う大人のバラード歌手として生き残った。

title

 俺世代の野口五郎といえば、「カックラキン大放送」の1コーナー「刑事ゴロンボ」が真っ先に思い浮かぶ。ちなみにこの「カックラキン」、郷ひろみとヒデキも持ち回りで刑事コントに出演しているのだけど、最も印象に残っているのはゴロンボ。今も変わらぬ天然ボケのセンスは、彼が際立っていた。なので、歌手としてのイメージは薄い。
 端正ではあるけれど、郷ひろみのような王子様ルックスではなかったので、楽曲も3人の中では最も歌謡曲寄りだった。考えてみれば「私鉄沿線」なんて、女の子ウケするタイトルでも曲調でもない。
 郷のようなマスコット性や、ヒデキのワイルドネスとも違う、いわばショーマン・シップを強く打ち出さなかったのが、歌手・野口五郎だったと言える。アイドル路線とは一線を画した五郎は、その後も歌謡路線と並行しながら、趣味嗜好を思いっきり反映させたギター・インストのアルバムを発表している。
 歌手なのに歌わない―、そんなアルバムの企画を通すには、単に「想い」だけで叶うものではない。レコード会社や事務所を納得させられるだけのプレゼン術、そして巧妙な駆け引きが必要となる。
 いま現在も、毀誉褒貶と魑魅魍魎が渦巻く芸能界において、独自のポジションをキープし続けている五郎。テレビで見せる、穏やかで天然な芸風の裏には、慎重かつ狡猾な戦略家の顔が潜んでいる。

9beab765e64078d780bb3178fcb4dbba

 ジャニーズ → バーニング移籍を機に、華麗なイメージ・チェンジを遂げた郷ひろみと、マイペースで自己プロデュース能力に長けた五郎。いずれも時運・機運にも恵まれたこと、そして時代の趨勢を見誤らなかったことが、その後の活動に深く影響を及ぼしている。
 で、ヒデキなのだけど、3人の中では、彼が最も路線変更に苦労したんじゃないかと思われる。
 デビュー前から洋楽ロックに深く傾倒していたヒデキの声質は、五郎のように、ドメスティックな歌謡曲のメロディには馴染まなかった。デビュー時のキャッチフレーズが「ワイルドな17歳」だったこともあって、しばらくは「傷だらけのローラ」に代表される、シャウト系のヴォーカルを多用した楽曲が多い。
 髪を振り乱し、ステージ上を駆け回るハイ・テンションのイメージが強く、しかも「ちびまる子ちゃん」の影響もあって、初期ヒデキのイメージには何かと誤解も多い。一般的なイメージとしては、「ローラ」から「ヤングマン」にすっ飛んでしまい、その間がすっぽり抜け落ちてしまっている。
 リアルタイムで聴いてきた世代から言わせてもらえば、ヒデキの「アイドル以降」戦略は、早い段階で行なわれている。大野克夫作曲によるロック・チューン「ブーツを脱いで朝食を」や、近年再評価されている正統バラード「ブルースカイブルー」など、暑苦しさを抑えた楽曲にも、果敢に挑戦しているのだ。いるのだけれど、やっぱ「ヤングマン」だな、あれが「ローラ」以降を吹っ飛ばしちゃった。

saijohideki_galantde_cover_fixw_730_hq

 俺が思うに、シンガーとしての西城秀樹は、御三家の中でも抜きん出た表現力を持っていた。本来の資質である、シンガー/コンポーザーだけに集中していれば、十分に評価されていたはずだったのだ。
 ただ、70年代はテレビがメディアの覇権を握っていた時代だった。「露出し続けること」が「存在すること」であり、「テレビに出ていない」=「人気がない」ということと同義だった。
 コンサートや雑誌取材・グラビアに加え、意に沿う・沿わないを問わず、ドラマやバラエティ出演もこなさなければならなかった。単に「歌が上手い」だけでは、周囲が許さなかったのだ。
 前述したように、ヒデキも「カックラキン」に出演していたはずなのだけど、正直、あんまり記憶にない。俳優としての代表作として「寺内貫太郎一家」があるけど、あの役柄もタレント・ヒデキのキャラクターをモチーフに作られたものなので、演じている感はあまりない。旬のアイドルとしてキャラクター映えはするけれど、演技力云々は論ずるほどのものではない。
 その後もヒデキ、80年代に入ってから映画出演や情報番組の司会など、歌手以外の分野にもチャレンジしているけど、どれも継続的に続くものではなかった。プライベートでもロックのヘヴィー・ユーザーだったヒデキにとって、歌手以外の仕事はあくまで余技、そこまで身が入るものではなかったのだろう。
 「ちびまる子ちゃん」のオープニング「走れ正直者」で再ブレイクするまでの80年代まるまる、ヒデキは地味なポジションに甘んじていた。ヒデキに限らず、70年代に活躍した男性歌謡曲歌手はこの時期、セールス的にほぼ誰もが苦戦している。

cf2056efe99805285bbd2195da1bc056

 1983年、ヒデキはデビューから長く所属していた芸映を離れ、個人事務所「アースコーポレーション」に移籍している。独立後、初のシングルがあの「ギャランドゥ」。攻めの姿勢だ。
 これまでのように、事務所から仕事が降りてくるのではなく、自ら足を使って動かなければならない。いくら好きなことができるとはいえ、スタッフを食わせてゆくためには、綺麗ごとばかりも言っていられない。
 気が進まなくても、引き受けなければならない仕事だってある。たとえ小さな仕事であったとしても、積み重ねてゆけばそれは信用となり、新たな仕事を引き寄せることになる。
 何だってそうだけど、仕事に対して受動的になるか能動的になるか、選び方次第で気分的には、だいぶ違ってくる。
 生涯現役シンガーであり続けた西城秀樹は、そんな80年代を経て、活動の基盤を築いていった。彼が最も大事にしていたのは、やはりシンガーとしての自分だった。
 自身で作詞・作曲を手がけることはそれほどなかったけど、積み重ねた信用によって得た、優秀なスタッフやブレーンが、何かと手を貸してくれた。「シンガー西城秀樹」という作品を創り上げるため、多くの人がヒデキの元に集い、そして力を注いだ。
 もしかして、彼らがヒデキから得たモノの方が、多かったのかもしれないけど。

 で、やっと登場、『GENTLE・A MAN』。後藤次利や角松敏生など、当時キレッキレだった気鋭の若手クリエイターを結集、あまりあぁだこうだ言わず、彼らに好き放題にやらせていた時期のアルバムである。
 コンセプトはただひとつ、「シンガー西城秀樹が最も映えるサウンド」。関係者コメントは聞いたことないので知らないけど、俺的には勝手にそう思っている。空白期と思われていた「ギャランドゥ」~「走れ正直者」のミッシング・リンクが、ここから始まっている。
 チャートやセールスで大きな貢献をすることはなくなったけど、時代を築いた西城秀樹に対し、レコード会社も無碍な扱いはできない。レコーディングに専念できる時間もポジションも与えられていなかったアイドル時代と違って、予算も時間も納得ゆくまで投入できるようになった。デビュー前からロック志向が強かった彼が暖めていたビジョンが、この時期のアルバムには強く反映されている。

57cfcb23ad565b33e69f776d9046fd43

 歌謡曲のアルバムという偏見もあって、ほぼまったくと言っていいほど関心がなかったのだけど、近年の昭和レア・グルーヴ~海外発シティ・ポップ再評価の流れもあって、最近になっていろいろ聴き倒している。リアルタイムで傍にあったにもかかわらず、聴き逃していたことにちょっと後悔している。あぁ俺のバカ。
 これは俺だけじゃないはずだけど、84年以降というのは日本のロック/ニュー・ミュージックが勢力を強めていた頃であり、アイドル系はほぼシングルのみ、アルバム購入までに至らなかったケースが多いのだ。聖子や明菜のような、いわゆる同時代の楽曲派のアルバムはまだ需要はあったけど、ガチのコアなファンでもない限り、アイドルのアルバムを買う者はあまりいなかった。ましてや一世代前のアイドルなんて、俺世代は見向きもしなかった。
 下手なアーティスト気取りの新人バンドと比べれば、きちんとしたプロ意識のもとで作られたサウンドなので、細かい部分も入念に仕上げられている。きちんとコストをかけて作られているので、それぞれのパーツのボトムが太く、またそれらが合わさった時の珍情感はハンパない。
 言っちゃえば、あの時期のロック/ポップス系のサウンドって、ペラペラしたミックスのものも多かった。粗製乱造って言ってしまえばそれまでだけど、「アマチュアゆえの粗削り感」って、無理やり納得してた部分もあったもんな。


Gentle A Man
Gentle A Man
posted with amazlet at 19.11.18
西城秀樹 サイジョウヒデキ
(unknown)
売り上げランキング: 56,103



1. センチメンタル・モーテル
 「エレドラとエレべ、フワっとシンセ」の80年代サウンドのコンボは、大抵軽めになりがちなのだけど、SHOGUN大谷和夫がアンサンブルを仕切っていることで、ボトムの効いたサウンドにまとまっている。女性ヴォーカル主流だったUKエレポップのフォーマットに、ロック色強い秀樹のヴォーカルを乗せるのは、大胆な発想。
 時にエモーション全開となるヴォーカルも、テンポがゆったりな分、くどさが薄れ、むしろ説得力が増す。



2. Onesided night
 この時期の後藤次利はアイドル歌謡曲の仕事が多く、コンポーザー/プロデューサーとしての側面が強調されがちだけど、実は現役ベース・プレイヤーとしても一歩も二歩も抜きん出ていた、と言わしめるデジタル・ファンク。サウンドだけ抜き出すと、「Get Wild」のパクりかインスパイアか、どっちが後でどっちが先かはちゃんと調べてないけど、シンクロニシティとしておこう。

3. 彼女は不機嫌
 ちょっとクセのあるメロディ構造を持つ、後藤次利によるソフト・レゲエ。秀樹の場合、ソフトに囁くように歌っても、ヴォーカルの圧が強いので、ちょっと制御がうまく行ってない風。多分、本人的にはこういったライト・タッチのモノも歌いたかったんだろうけど、やはりサビで歌いあげてしまうところが、ちょっとミスマッチ。
 間奏のSEがオリエンタルとインダストリアルがぶつかり合ってて、そこが次利の遊び心満載。予算もあるから遊べたんだろうな。

4. Do You Know
 オールディーズ・テイストの正統バラード、と書いた後に調べてみると、もとは1966年のナンバーだった。フランスの歌手フランツ・フリーデルのシングルで、しかも作詞が湯川れい子。謎だ。謎だけどメロディはいいし、英詞もシンプルで語感もいいので、尾崎紀世彦もカバーしている。で、次が秀樹。
 いつも力んでしまう印象があった秀樹だけど、ここでは思いっきり力を抜きつつ、それでいて、要所を押さえたムーディなバラード・ヴォーカルを披露している。ディナー・ショー仕様と言ってしまえばそれまでだけど、若いうちでは一本調子になってしまうところを、きちんとした解釈の上、情感を込めようとする姿勢が窺える。

disc2

5. 帰港
 ベース・プレイはルート音主体にとどめ、高品質AORサウンドに重点を置いた、後藤次利作による渾身のバラード。ケニーGを思わせるチャラいホーン・アレンジをものともせず、秀樹のヴォーカル・テクニックがいかんなく発揮されている。かなり強引なサビの転調も、逆に彼のポテンシャルを強く引き出している。

6. Through the night
 後年になって最も再評価されている、角松敏生によるサウンド・プロデュースが炸裂するダンス・チューン。まるっきり自分のソロ・プロジェクトと同じ熱量で構築されたサウンドは、絶妙のマッチング。角松と秀樹、2人のサウンド・キャリアのピークがシンクロした結果が、これ。
 このアルバムで角松が手掛けたのはこれ1曲だけど、そのインパクトの強さと相性の良さも手伝って、次作『TWILIGHT MADE …HIDEKI』ではさらに深く関与することになる。



7. かぎりなき夏
 全体的にフックの少ないメロディ・ラインから、サビに入って急に盛り上がる、歌謡曲タッチの強いミディアム・ナンバー。ヴォーカル・スタイルに70年代後期っぽさがうかがえるけど、コーダのフェイクがモダンさを感じる。

8. Love・Together
 秀樹には珍しい、女性ヴォーカルとのデュエット。言っちゃえば当時のブラコンR&Bなのだけど、カラオケで言うところの「しゃくり」が多い彼のヴォーカルとの相性は、案外いい。いいんだけど、小さくまとまり過ぎちゃってるのが、面白くないかね。
 デュエット相手の「チバチャカ」とは、当時のライブやレコーディングでのレギュラー・メンバーだった人。ググってもほぼヒットしなくて謎だったけど、Twitterで教えてもらってやっと判明した。

9. Winter Blue
 シングル「Do You Know」のカップリングとしてリリースされているため、統一感を持たせてリゾートAORっぽいアレンジ。ドラマティックなヴォーカルと生のストリングスが、アーバンかつゴージャス感を演出している。
 そうなんだよ、MIDIだとショボくなっちゃうんだよな、こういうのって。当時の秀樹だからこそ、そういった面にも予算を投入できたのだろう。

images

10. ポートレート
 ラストはちょっとセンチメンタルな正統バラード。間奏のハーモニカが、ちょっとスティーヴィーっぽい。ドラマの主題歌あたりでシングル・カットしてもいいくらい、キャッチ―なメロディを持っているのだけど、そこら辺の営業は難しかったのかな。個人事務所だったしね。



GOLDEN☆BEST デラックス 西城秀樹
西城秀樹
ソニー・ミュージックダイレクト (2010-04-28)
売り上げランキング: 8,091

【Amazon.co.jp 限定】生写真付き HIDEKI FOREVER blue  (ヒデキ フォーエバー ブルー)
西城 秀樹
集英社インターナショナル
売り上げランキング: 20,341