1985年にリリースされた、CBSソニー時代の大滝詠一が歩んだ4年をまとめたベスト・アルバム。単純に曲を並べるのではなく、それぞれの曲間をストリングス・アンサンブルでつなぐ、ちょっと変わった構成になっている。とはいえ、これらのインストもほとんど既発『Niagara Song Book』で発表済なので、新味はない。 唯一の新曲と言えるのが「バチェラー・ガール」。これまでのナイアガラ人脈とは全然かかわりのない、稲垣潤一に提供したシングル曲のセルフ・カバー。初リリース時は特別ヒットしたわけではないので、この曲の収録がウリになったわけではないけど、まともな新録音源が入ってることだけで、当時のナイアガラーは狂喜乱舞した。多分したよな、俺も。
CDとカセットのみの発売だったにもかかわらず、当時はオリコン最高2位にチャートイン、とにかく「大滝詠一」の名前と永井博のアートワークがあれば、何でも売れちゃった時代の産物である。
ずいぶん後になってから「『Each Time』を最後にやめるつもりだった」と発言しているけど、当時はまだ30代半ば、あまり表には出さないけど、色気や野心もそこそこはあったはずだし、次回作も作る意欲がまだちょっとは残っていたと思うのだ。不定期なアーカイヴのリリースと、何年かに一度のオリジナル・アルバムとを行き来しながら、セミ・リタイア的なポジションで活動してゆくのが、大滝にとっては最良のペースだった。まさか本人も、当時は、ここまでリタイアしちゃうとは思ってなかっただろうし。
ただ、実作業に取り掛かるにも、リスペクトしていた先人たちのアーカイヴ整理や楽曲提供に時間を取られたりで集中できず、盟友松本隆とのコラボも発展的解消に至ったせいもあって、なかなか腰が上げられずにいたのも、この時期である。
はっぴいえんど再編やラジオ出演など、マイペースながら表立った活動は行なっていた。毎年恒例の山下達郎との新春放談で生存確認ができ、次回作に淡い期待を抱いていたのは、俺だけじゃないはず。
そのラジオで聴いてても、新作の目途が立たないことは察せられた。あぁ今年もやっぱダメかぁ。その無限ループが28年。長かったよな。
アーティストの性として、創作で煮詰まるのは避けられない事態だけど、レーベル・オーナーとしては、そうも言っていられない。リリース契約は守らなければならない。
どう逆立ちしても、完全オリジナルを出すのは無理だと判断したソニー、ひとつの案として打診したのが、夏・冬テーマ別に分けたベスト・アルバムのリリースだった。キャリアの区切りにしては早すぎるように思えるけど、展望の見えない新録を待つよりはずっと現実的だ。どうせリミックスだマスタリングで、普通のアルバム制作と同等の手間ヒマかけるんだろうけど、素材は揃ってる。まさか『Each Time』のような3回発売延期の事態にはならないだろうし。
その素材だけど、おおよそアルバム2枚半のマテリアルしかないので、凝った選曲にはしようがない。言ってしまえば、『ロンバケ』と『Each Time』と『Niagara Triangle Vol.2』をシャッフルして、スムーズな流れ重視でピックアップして並べると、だいだいこんな感じになる。よほど偏屈なファンでもない限り、異論が出ることはないだろう。「あの曲が入ってない」と叫ぶマニアも、当時はいなかったし。
85年当時は、CDとレコードとのシフト・チェンジが急速に進行していた。翌年に販売枚数でCDがレコードを抜くのだけど、俺個人の印象として、85年のレコード店はまだレコード7:CD3といった比率だった記憶がある。それが翌年には逆転しちゃうのだから、CDの勢いが強かったのだろう。
85年の俺は、高校の入学祝で買ってもらったソニーD-50をアナログ・コンポに繋いで使っていた。最初に買ったCDが尾崎豊『十七歳の地図』だったのは余談だけど、そんな最初のCDに大滝詠一を選んだ人も少なくないだろう。何しろ日本で最初のCDアーティストだし。
そのCDの特性を活かし、60分ぴったりノンストップで繰り広げられるナイアガラ・シンフォニーは、軽やかかつ流麗、初心者にも親しみやすく優しい選曲・構成になっている。いるのだけれど、ただ実際聴いてみると、曲間のつなぎは結構雑。クロスフェードでつなげれば、もっとスムーズな流れだったんじゃないか、と余計な心配までしてしまう。何としても60分ジャストにまとめるためなのか、インスト・テイクは時にバッサリ潔くぶった切られている。
逆に考えれば、単に聴き流すだけでは終わらせないぞ、というアーティスト大滝の意地だったのかもしれない。いやそう思いたい。単なるやっつけ仕事とは思いたくないんだよ。
事あるごとに、アーティストである以上に、プロデューサー多羅尾伴内を強調していた大滝、レコーディングには相当のこだわりを持つことで知られていた。まだ駆け出しだった頃から、30秒程度のCMソングのレコーディングで、まる一日スタジオを押さえてしまうくらいである。
コロンビア時代は、決して満足ではない設備環境と、超過密なリリース・スケジュールに振り回されていたため、録って出しすることで精いっぱいだった。クオリティの追求なんて夢のまた夢、とにかく目の前のスケジュールをこなすだけの徒労によって、数々の珍盤・奇盤を生み出す事態となった。
ソニー時代になると、そんな劣悪な環境から改善される。予算は潤沢となり、リリース・ペースも意向が通るようになった。福生スタジオではエンジニアも兼任していたため、あれもこれもすべて自分で行なわなければならなかったけど、ソニー信濃町スタジオは専属エンジニアがおり、設備も充実していた。
純粋に音楽面に集中できる環境が整い、ここからナイアガラ・セッションの伝説が幕を開ける。
まず、レコーディングで招集されるミュージシャンの人数がハンパない。普通のバンド・スタイルでも20人前後がキャスティングされる。そこにホーンやストリングス、コーラスまで呼んじゃうと、さらに倍増する。
以前、NHK 「Songs」で大滝の追悼特集が行なわれ、その中の企画で、当時のセッションの様子が再現されていた。ギターやピアノなどのメロディ楽器だと、せいぜい1~2人が普通だけど、ここではアコギだけで4人、エレキも3人配置されていた。他のパートもそんな感じなので、総勢約20人の大所帯セッションとなる。さすがにドラムだけは林立夫1人で固定されていたらしい。
特別、一流どころを指名しているわけではないけど、主にこれまでの人脈、はっぴいえんど〜キャラメル・ママ周辺のミュージシャンが中心なので、結果的に一流どころばかりになってしまう。なので、ナイアガラ・セッションが行われるとなると、ソニー・スタジオの駐車場は、売れっ子ミュージシャンらの車でいっぱいになってしまう。しかも、それらの高級外車率が高く、モーターショーさながらだった、というのは、ちょっとしたこぼれ話。
すでに日本ポップス界の重鎮とされていた大滝から声がかかるというのは、ミュージシャンにとっては一種のステイタスなので、無理やりスケジュールを空けてスタジオに日参することになる。インペグ屋からイキのいい若手を紹介されたり、または自ら売り込んできたりで、日本中のスタジオ・ミュージシャンが噂を聞きつけて終結する。予定を蹴って馳せ参じる者も少なくなかったため、他のアーティストのレコーディングが予定通り進まない事態まで引き起こしてしまったりする。いい迷惑だよな。
メンバーが揃い、楽器のセッティングも終わって、さてそこから音合わせやリハーサルに入るのが普通のレコーディングだけど、ナイアガラの場合はちょっと違っている。
まずギターなりピアノなり、各セクションごとに大滝が出向き、雑談が始まる。「最近どう?」てな挨拶から他愛のない話が始まり、野球やらお笑いやら相撲やら、音楽とは関係のない話題へ脱線することもちょいちょい。
場の空気が和んだところで、やっと本題。音符やコード譜だけでは伝わらない、楽曲の大まかなビジョンを口伝えで行なう。「こんな感じでやってほしい」「こんな感じ?」と、フレーズや音色でのキャッチボールを繰り返し、徐々に形作ってゆく。
ギターが終わったらピアノへ、それからホーン・セクションへと、この一連のやり取りが繰り返される。なので、実際に音を合わせるまでに1時間以上かかるのはザラだし、手間もかかる。でもこのプロセスは、アンサンブル構築のため、どうしてもはしょれないのだ。
大方の段取りが済んで、やっとリハーサルがスタートする。実際に各セクションのサウンドが合わさり、アンサンブルになってからわかる微調整を行なうため、再度大滝があっちこっちへ動き回る。その様は、アーティストやプロデューサーというより、むしろ現場監督だ。
膨大なレコーディング時間を費やすことで知られている大滝だけど、セッション自体はそれほど時間をかけているわけではない。大部分の演奏テイクは1、2回程度で録り終えてしまう。基本スペックの高いミュージシャン揃いのため、ミステイクはほとんどないし、またテイクを重ねることで生じるマンネリ感回避も、その理由だ。何でもそうだけど、段取り8割ってよく言うもんな。
むしろここから先が、プロデューサー大滝詠一の本領発揮、実作業開始となる。膨大なヴォーカル・テイクからのピックアップ作業、そして、ミリセコンド単位のミックスダウン・ワークが延々と続く。
ミュージシャンのギャラだけで1日400万かかった、という豪快な逸話を残したナイアガラ・セッションだけど、『Each Time』以降、まとまったセッションは行なわれなくなってゆく。80年代のバンド・スタイルでのレコーディングといえば、『Snow Time』に収録されたエレキ・インストのセッションがあるけど、あれをカウントに入れてはいけない。最初から歌入れする気もなさそうだし、アレをありがたがるのは古参ナイアガラーくらいだもの。
小林旭や小泉今日子への楽曲提供に伴うサウンド・プロデュースは、ストリングス中心のサウンドとなっており、いやアレはアレでいいんだけど、でもアレって井上鑑や服部克久の仕事であって、本流のナイアガラ・セッションとは意味合いが違っている。
90年代の「幸せな結末」に至るまでは「創作意欲の高まりが充分でなかったから」というのが、ナイアガラー界隈での定説となっている。ダブル・オー・レコードの立ち上げ時には、本人もちょっと前向きになってたらしいけど、体調を崩したことと相まって、なんか自然消滅しちゃったみたいだし。
80年代後半の隠遁振りと後ろ向きな姿勢は、そんなこんなの複合的な要因が合わさったものなのだろうけど、これまで発表されたエピソードやインタビュー記事を読むと、まったく何もしてなかった時期というのは、案外少ない。恐ろしくマイペースではあるけれど、何かしら作業なり下準備はしていたようなのだ。ただそれが、思うような形にはならなかっただけで。
思っていたより長くなりそうなので、一旦ここで区切り。続きは『Snow Time』で。
B-each Time L-ong
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大瀧詠一 オオタキエイイチ
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1. カナリア諸島にて
「君を天然色」はそれこそロンバケの象徴だったし、ストリングスを導入部とするコンセプトを前提とすると、やっぱりこの曲がオープニングになってしまう。「夏」成分の強いタイトル、サウンドといい、俺がプレイリストを作っても、こうなってしまう。
限りなく現実感の薄い歌詞がリゾート感を煽るけど、リズム・トラックは案外重厚。ナイアガラ・セッションの常連ドラマーだった上原裕が繰り出すリズム・パターンは、一筋縄でいかないくらい複雑奇妙。よくこんなの叩けるな。
2. オリーブの午后
本人いわく、リバプールっぽくやりたかった、とのことだけど、いわゆるBeatlesっぽさ、世間一般が思うところのマージー・ビートっぽさは全然感じられないところは、さすがのマニアっぷりを発揮している。Beatles以前のオールディーズがベースらしい。
結果的にロックンロールっぽさがなくなってリゾート感が歌詞との相乗効果で倍増している。でもこれも、入ってる音、めっちゃ多いよな。アコギも4人以上ユニゾンで確実に入ってるし、そこにマンドリンも合奏してるしで、ミックスダウンの苦労がしのばれる。
3分40秒あたりのリズム・ブレイクでドキッとさせられるので、単純なBGMには終わらせない気概も感じさせる。
3. 夏のペーパーバック
再リリースされるたび、ヴァージョン違いが生まれた『Each Time』収録曲、これは初期ヴァージョン。俺的に最も長く聴きなじんだイントロでもある。結構強引なストリングスのフェードアウトが昔から気になっちゃうのだけど、曲に入れば、そんなのも気にならなくなる。
「明らかに好きな気持ちが伝わっているのにもかかわらず、肝心の一言が言い出せず、ウダウダ彼女の周りをうろつき回ってる男」は、主に大滝というフィルターを通した松本隆の恋愛観なのだろうけど、今の人にはわかりづらいんだろうな。俺世代が聴くとこそばゆくなってしまう、そんな80年代の男女感が、なんとなくクリスタルに活写されている。
4. 恋するカレン
俺的にこの曲、今まで秋っぽいんじゃないかと思ってたのだけど、よく考えてみれば「浜辺の濡れた砂の上で」ってフレーズが入ってたのを、いま思い出した。『ロンバケ』の曲順的に、何となく秋の歌じゃね?と思っていたのだった。
「恋人以上友達未満」の関係だった3.のカップルが、恋愛対象ですらなかったことを嘆く男の淡い悲哀、といった流れだった、とは俺の私見。長年トライ&エラーを繰り返してきたスペクター・サウンドの最終形とも言われているアンサンブルは、ストリングスとの相性も抜群。でもね、これもバッサリ繋いでるんだよな。
5. 白い港
これでもか、というくらいのストリングスの嵐、そんなハイソなサウンドを支えているのは、なぜか泥臭いセカンド・ライン。手数の多いスラップ・ベース、ニューオーリンズっぽさ漂うギター・ソロ。こうやって書き出してみると、支離滅裂だな。ここに大滝の朗々としたクルーナー・ヴォイスが乗っかると、なぜだかまぁるく収まってしまう。
これらを強引にまとめてしまう、井上鑑の剛腕ぶりを堪能する楽曲。
6. ペパーミント・ブルー
イントロの多重コーラスだけで、音圧は相当。基本、ナイアガラ・サウンドはヴォーカルも楽器の一部であり、絡み合うアンサンブルのニュアンスが強い個性を生み出しているのだけど、ここではほぼ声が主役。これまで発表されたどの楽曲よりも、ヴォーカルの主張が強い曲である。『大瀧詠一』に「おもい」というアカペラ楽曲があるけど、あれよりも濃度は濃い。
いま思えば、これで「歌は歌い切った」と達観しちゃったのかもしれない。
7. 雨のウェンズデイ
当時のナイアガラ・セッションとしては、少人数編成で知られている。メンツは細野晴臣、林立夫、鈴木茂、松任谷正隆とめっちゃ豪華。敢えて拙い小刻みなプレイを見せるマンタのピアノが、全体のムードを支配し、郷愁を誘う。シンプルながらコクのある、いつまでも聴ける曲。思わせぶりながら、いつもの散文タッチと違って、映像的な情景を想起させる松本の歌詞も併せて必読。
8. Water Color
リゾートとはいえ、雨も降るし切ない気持ちになることだってあるのだ。いつもパリピではいられない。外に出られず、ホテルのロビーで悶々と過ごすこともある。そういういつもうまくはいかない。
80年代の初めが70年代と地続きだったことを思えば、そんなペシミズムも納得がゆく。30半ばにしては、ちょっとカッコつけすぎだけど。
9. 銀色のジェット
珍しく歌謡曲タッチのメロディで進行する、メロウなナンバー。心なしかヴォーカルにも熱が入っている。後年、『Each Time』が「歌」のアルバムであるとコメントを残していた大滝、こういった唱法もバリエーションのひとつだったのだろうけど、「どう聴かせるか」にこだわった、結構ハードルの高い楽曲だったんじゃないか、と俺的な感想。
考えてみればこれ、夏っぽさはほぼないな。
10. Velvet Motel
アコギとチェンバロの組み合わせって、なかなか思いつかない。こういうのも幅広い音楽知識の賜物だったんだろうな。思いついたはいいけど、それを効果的にアンサンブルにするのは、さらに難しい。明確なビジョンとイメージ伝達力がないと、ここまではできない。
50年代アメリカ、夜のドライブ・イン・シアターに止まる車。映画の音声を消して、FMを適当なチャンネルに合わせる。そこで流れてきたのが、「Velvet Motel」。俺的にはそんなイメージ。
11. Bachelor Girl
『Each Time』レコーディング時にすでに完成していたけど、どういう経緯か稲垣潤一に提供されて引っ込められ、のちにシングルとしてリリース。その『Each Time』では、ヴァージョンごとに正規曲扱いされたりされなかったり、何だかポジションのはっきりしない曲である。
シングル・カットのなかった『Each Time』楽曲の中では、メジャー展開で輪郭がくっきりしている方なので、逆に組み込むのに苦労したんじゃないかと推察される。
ちなみにシングルのジャケット、これがまたダサい。最後のアナログ・シングルで、なんでここまで適当だったんだろうか。
12. 夢で逢えたら
エンディングにもオープニングにも、どの曲順に入れても違和感の少ない、永遠のマスターピース。リリース当時は、大滝ヴォーカルは夢のまた夢とされており、このようなインストでも納得はできたけど、まさか発掘されるとは、夢にも思ってなかった。
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