folder 1994年リリース、殿下15枚目のオリジナル・アルバム。このアルバムのリリース当時、殿下とワーナーとの関係は、もはや修復不可能なほど悪化していた。契約消化のため、しぶしぶマスターテープを提出はしたものの、できればワーナーには一銭も儲けさせたくなかった殿下、プロモーションには一切協力しなかった。
 なので、US15位UK1位というチャート・アクションは、当然といえば当然。アーティスト側がこれじゃ、現場営業も力入らないよな。
 レジに持って行くにはめちゃめちゃ気恥ずかしい、あの『Lovesexy』以来、アメリカでは久々のトップ10陥落となった。「でもイギリスじゃ、まだトップ維持してんじゃないの?」という見方もできるけど、英米とでは、マーケットの規模が全然違う。
 アメリカのゴールド・ディスク基準は50万枚以上だけど、日本のほぼ半分程度のシェアしかないイギリスでは、10万枚でゴールドがもらえる。世界規模で活躍するアーティストとしては、なんともショボい売り上げである。
 ちなみに、イギリスのほぼ倍の市場の日本に置き換えてみると、当時、20万枚のイニシャル・オーダーだったのが、電気グルーブだった。「殿下」と「電気」か。並べてみると語呂はいいよな。ただそれだけだけど。

 殿下としては、ワーナーに利するような行為は極力避けたかったのだけど、こちらから契約破棄を申し出ても、膨大な違約金で自分の首を絞めることはわかっていたはずだった。はずだったのだけど、それでも駄々をこねるところなんて、さすが常識では計り知れないお方である。まぁ単なる子どものワガママみたいなものだけど。
 苦肉の策というか単なる自己満足というか、表ジャケットのアーティスト・クレジット「Prince」の下に、「1958ー1993」と、意味深な数字が記されている。「これを最後に、Princeとしての活動は終わりにする」という意思表示なのだろう。時代が違えば、厨二病って呼ばれてたんだろうな。
 そんな殿下のこじらせ振りにうまく乗っかったのが、日本のワーナー。なにしろ当時のキャッチコピーが「プリンス、逝く」。ロキノンでこのアルバムの広告を見た俺、「あぁこれで殿下も引退しちゃうんだな」とバカ正直にセンチになってしまったことを覚えている。ネット普及以前、情報に飢えていた洋楽ファンは、みな純粋だったのだ。
 その後の天衣無縫・やりたい放題の殿下の傍若無人っぷりを思えば、その頃まともに一喜一憂していた自分が恥ずかしくもある。バカバカ、25年前の俺のバカッ。

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 そんな音楽以外のトラブルによるストレスも手伝ってか、従来のワーカホリック振りに拍車がかかり、24時間フル稼働していたのが、当時の殿下である。
 例の紫の御殿では、夜な夜なレコーディングとメイク・ラブが繰り返されていた。ツアーに出たら出たで、緻密に構成されたライブとリハーサル、興が乗ればアフターショウを行なっていた。客席に目ぼしいグルーピーを見つけると、声をかけて夜のアフターショウに勤しんで…。なんだイチャイチャしてばっかじゃねぇか。
 無尽蔵に放出されるアドレナリンを発散する場所がSEXだったのか創作活動だったのか。多分、両方だろうな。この時期に残された膨大な未発表音源が、それを証明している。

 ペイズリー・パークはもちろんのこと、ツアー先でもひとたびインスピレーションが湧けば、即座にスタジオ機材やスタッフを揃えるのが、殿下スタッフの役割のひとつだった。とにかくアイディアを思いついたら、その場で吐き出さないと気が済まない質なので、周辺スタッフは急なオファーに即座に応えられるよう、気が休まらなかったんじゃないかと思われる。それならいっそ、適当にメイク・ラブしてくれてた方が、その間は休めるわけだし。
 ツアー以外はほぼスタジオに篭りきりだった90年代前半の殿下、それはデジタル・レコーディング技術の過渡期に当たる。
 当時のシンセ機材はインターフェースが充分でなく、初心者が手軽に取り扱えるものではなかった。ちょっとしたサウンド合成やシーケンス・リズムでも、多くはマニピュレーターの助力を必要とした。
 機材セッティングだけでも数時間を要するため、思いついたら即録音というわけにもいかない。もし時間が許したとしても、殿下のコミュ力でマニピュレーターにサウンドのイメージを伝えることなんて、できるはずがない。
 21世紀に入ってからは、パソコン上で動かせるソフト・シンセのクオリティが上がり、スタジオ・レコーディングと遜色なくなった。ただ、そんな技術革新と反比例するかのように、殿下の創作ペースはとっくの昔にピークを過ぎていた。
 21世紀を過ぎてから、オフィシャルのアルバム・リリースもそうだけど、流出音源もガクッと減ったのは、殿下の関心がレコーディングよりライブ・パフォーマンスの方に傾いたことも、ひとつの要因である。レコーディング作品だって、タダで配ったり新聞のおまけにつけたりで、売る気なさそうだったし。
 もし殿下が20年くらい遅く生まれていたら、DTM機材を使いまくって、延々終わりの見えないレコーディグを続けていたかも…。いやないな、チャチャっと自分で演奏した方が早いだろうし。

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 最近、殿下の回顧エピソードというテーマでインタビューを受けたSheila Eが、いろいろとぶっちゃけている。
 Michael Jacksonがコラボを熱望して、「BAD」のデモテープを殿下に送った話、真偽はともかく、これは結構知られている。デュエットに消極的だった殿下が首を縦に振らず、幻の企画に終わった、とされていたのだけど、Sheila 曰く、その続きがある。
 Michaelヴァージョンを一聴した殿下、普通なら倉庫にポイといったところを、何か刺激を受けたのか、突如レコーディングを開始する。「コラボはしない」と決めたにもかかわらず、独りセッションは進行する。
 できあがったのは、「BAD」。しかもリ・レコーディングされた殿下ヴァージョン。その新たなテイクをSheila に聴かせてご満悦の殿下。聴かせるだけ聴かせると、それで満足しちゃったのか、その場でテープを消去してしまった、とのこと。なんちゅうエピソードだ。
 もしこれがほんとなら、俺世代の音楽ファンにとって、驚愕のエピソードである。マスターなりコピーでも発掘されたら、そりゃあもう大騒ぎ。
 Sinead O'Connor に提供して世界的大ヒットとなった「Nothing Compares 2 U」も、長らく殿下のスタジオ・ヴァージョンは存在しないとされていたけど、今年に入ってから発掘され、発表されている。死後、残された未発表テイクの山は、まだ収拾がつかない状態が続いているため、その「BAD」も倉庫のどこかでひっそり眠っているのかもしれない。
 もしかして、もうサルベージされているのかな。権利関係が複雑そうだから、表に出すのが難しいだけで。

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 で、『Come』。
 もともとはシングル・アルバムではなく、『Dawn』という3枚組アルバムとしてリリースする構想だったらしい。さっさと契約満了したいがため、リリース枚数を稼ぐ殿下の思惑とは裏腹に、できるだけ小出しにしたい、ていうかセールス的に不利な3枚組なんてもってのほか、というワーナーの主張により、計画は却下される。そりゃ当たり前だ。
 どう交渉しても、年1枚のリリース・ペースを崩すことはできず、結局1枚だけを抜き出して『Come』としてリリースする。ダークなテイストの楽曲を『Come』に振り分け、それとは対照的な、アッパー・リズムなダンス仕様の楽曲を『Gold Experience』として再構成し、プライベート・レーベルのNPGからリリース、というところで話は落ち着く。粗さの残るもう1枚分は、のちに『Chaos and Disorder』として、ワーナーが面倒を見る、といったおまけもついて。
 オフィシャルでリリースされた、3枚組以上の殿下のアルバムといえば、『Crystal Ball』と『Emancipation』だけど、考えてみればどちらも冗長さが先立って、一気に聴き通すことは少ない。お腹一杯の内容であることは重々承知ではあるけれど、かなりの体力を要するし、胸やけ必至は避けられない。なので、このように分割してシングル・アルバムでリリースしたのは、ある意味正解だったかもしれない。
 ここら辺をもうちょっと突っ込んで考えると―、例えば確信犯で3枚組『Damn』の企画を出したとする。ワーナーに却下されることは、承知の上で。案の定、渋るワーナー、シングル・アルバムでしか許可を出さない。
 「あぁそりゃそうだよね」と、拍子抜けするほど素直に応じる殿下。ちょっと安心するワーナー。でも、そこから先が殿下の本当の目的である。
 「じゃあ『Come』だけでいいけど、ほかの残りはいらないね?」
 その辺から、雲行きがちょっと怪しくなる。さんざん振り回されてきただけあって、ワーナーも何となく察してくる。
 「残り2枚分は、別名義で他のレコード会社と契約するから」
 当然、ワーナーは契約を楯に阻止しようとする。想定通りの流れにほくそ笑みながら、さらにごねる殿下。「どうせあとは使わないんだから、どうしようと勝手だろ?」
 お互い腹の内を探りながら、丁々発止が続く。どこかで妥協点を見出さなければならない。
 最終的な落としどころとして、『Come』はワーナーから、そして『Gold Experience』をNPGからリリース、という形にまとまる。下手にメジャーへ売り込まれるより、所詮はインディー、殿下の個人レーベルであるNPGの方が、ワーナーのリスクは少ない。その辺もワーナー側としては、ある程度織り込み済みだったんじゃないかと。
 -そんな化かし合いがあったんじゃないのかな、とひとりごちる、もうすぐ49の秋の夜長。


Come [Explicit]
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Rhino/Warner Bros. (2007-07-30)
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1. Come
 トータル11分に及ぶファンク・オデッセイ。優雅でありながら猥雑な、それでいて高貴な質感を醸し出したスロウ・ファンクは、悠々たる大河のような存在感。冒頭に波のSEが入るのは、川の流れか、それとも胎内回帰をイメージしているのか。
 ほどよく抑制されたこの曲をオープニングに持ってくること自体、ただならぬ雰囲気を演出している。

2. Space
 USR&Bチャートで最高71位、2枚目のシングル・カット。ちょっとアンビエントっぽい緩いビートと、宇宙飛行士の通信記録SEが、独特の浮遊感となっている。ジャジー・ラップっぽいクールなヴォーカル・スタイルと、打ち込みのポップ・ファンク・サウンドとのコントラストは、やはり殿下独特のアイディア。地味だけど、心地よく聴いていられるので、くどくない殿下を求めるビギナーだったら、うまくはまるかもしれない。
 でも考えてみりゃ、マイルドな殿下を求めるファンなんて、いるのだろうか?いないよな、きっと。

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3. Pheromone
 ラップというより、トーキング・スタイルで始まる、パーカッシブな質感のリズムが心地よいファンク。どのトラックもそうだけど、『Come』に収録された曲のほとんどは、通常の殿下のBPMより80%くらいで鳴らされている。ユーロビート~ジャングルに慣れた耳ではゆったりし過ぎるかもしれないけど、いつものダンスフロア仕様の早いテンポより、細やかなアレンジの妙が浮き上がってくる。

4. Loose!
 キンキーなシャウトから始まるハード・ファンク。ここで一気にBPMが上がる。初めてギター・ソロが登場。そうだ、殿下と言えばやっぱりギター、それをすっかり忘れてた。ハード・テクノなシンセ、絶叫系のシャウトなど、てんこ盛り。ディープな殿下を堪能したいのなら、このアルバムではこの曲だな。

5. Papa
 静かなモノローグが延々続く、奇妙な味わいのスロウ・ファンク。時にアクセントのようにシャウトが入るので、しっかりメリハリはついている。ほぼワンコードで終わるかと思ったら、最後はスペーシーなギターをフィーチャーしたロック・チューンに変化。

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6. Race
 『Parade』のアウトテイクにヒップホップ風味のエフェクトを足したような、基本は骨格だけのワンコード・ファンク。前から言われているように、殿下のラップはあんまりラップっぽく聴こえないので、あくまでファンクの延長線上で捉えた方がよい。コンパクトにまとめてるけど、こんなのは殿下、いくらでもできる。

7. Dark
 70年代の泥臭いフィリー・ソウルを連想させる、考えてみれば殿下にしてみれば珍しいスタイル。ここまでベタなホーン・セクションを入れるのも、あんまり聴いたことがない。オールド・スタイルのエレピもゴスペル風コーラスも、案外ハマっている。もともとメロウな感性の人なので、こういうのだってできるのだ。

8. Solo
 洞窟のような深いリヴァーブがかけられた、幽玄さの漂う無常の世界。滅びの美学を体現したようなデカダンなムードは、自己陶酔の極致。聴いてると怖く感じることもあるけど、避けては通れない。殿下にとって、これまでのキャリアの幕引きを控えているのだ。

9. Letitgo
 8.で終わってたら陰鬱としたエンディングだったけど、ここでキャッチ―なサビを持つこの曲があったから、アルバムとしてはうまく閉めることができる。USR&Bチャートでは10位を記録しており、決してバカ売れするほどではないけど、きちんと先行シングルの役割を果たしている。



10. Orgasm
 9.で終わっておけばよかったものの、まとまりが良過ぎと感じたんだろうか、ていうか出したくて出したスタイルじゃないし。せっかくなら全部ぶち壊してしまえ、と言わんばかりにこっぱずかしいラスト。カーステで聴けねぇじゃねぇかこんなの。



Piano & A Microphone 1983
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Warner Bros. (2018-09-21)
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4Ever
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