Through The Storm 00
 8月31日に催されたAretha Franklin の葬儀に出席し、彼はこうコメントを残した。
 -神の恩寵がなければ、こんな素敵なクイーンと出会うことはなかっただろうし、彼女が与えてくれた喜びを感じることもなかっただろう。
 -生命に与えられた最高の贈り物は、愛だ。間違っていることばかり話すこともできるし、そういうことは本当にたくさんある。しかし、私たちを自由にする唯一のものが、愛だ。
 再び愛を偉大なものにする必要がある。
 大物ミュージシャンの追悼コメントでは、ほぼ高確率で駆り出されるStevie、ウェットになり過ぎず不謹慎にもならず、感動的に場を盛り上げてくれる。
 「そりゃ悲しいことは悲しいけど、喪に服してるだけじゃ、何も始まらない。常に前を向いて、歩き続けなきゃダメなんだ」と、ポジティブな方向へ導いてくれる、そんな人である。
 ゴスペル・コーラス隊をバックに朗々と歌われる「As」は、間違いなく近年のベスト・パフォーマンスとして、多くの人々の記憶に残った。

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 ずいぶん前から容態が思わしくないという報道が流れており、いよいよ重篤か、というインフォメーションから訃報が届くまで、それほど時間はかからなかった。2010年代に入ってからは手術とツアー・キャンセルの繰り返しで、最後のアルバムを出す・出さないで二転三転していたけど、それもこれも体調不安から来るものだったのだろう。
 晩年は独立レーベルを興し、過去曲のリ・アレンジや単発的なコンサートや客演、断続的ながらマイペースな活動ぶりだったけど、度重なる手術や治療によって体力は奪われ、思うような活動はできていなかったんじゃないかと思われる。いよいよ最期となって、Stevie を始め、ごく親しい友人・知人のみを病床に招き、静かに看取られながら、76年の生涯を終えた。
 その後、世界中の有名無名のアーティストからミュージシャン、シンガー、リスナーらが思いのたけをツイートし、何らかのコメントを残した。8月16日は、「R.I.P.」のタグがネット上に入り乱れ、音楽を愛する者すべてが敬意を表し、喪に服した。
 ただ、日本では。

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 -「ソウルの女王」と呼ばれた、米音楽界を代表する黒人女性歌手、アレサ・フランクリンさんが16日、中西部ミシガン州デトロイトの自宅で死去した。76歳だった。米メディアが伝えた。がんを患い、数日前から危篤状態とされていた。今春には音楽フェスティバルの出演やコンサートが、直前になって医師の診断でキャンセルされていた。
 1942年、南部テネシー州メンフィスで生まれ、デトロイトで育った。美声で有名な牧師を父親に持ち、幼少時から教会でゴスペルを歌って過ごした。61年にデビュー。66年にアトランティック・レコードに移籍し「貴方だけを愛して」「リスペクト」「ナチュラル・ウーマン」「小さな願い」などが大ヒットした。
 グラミー賞を計18回受賞したほか、女性アーティストとして初めて「ロックの殿堂」入りを果たした。米政府が文民に与える最も名誉ある「大統領自由勲章」を受章した。(共同通信)

 単に海外プレスの記事を事務的に翻訳しただけ。思い入れもへったくれもない、取ってつけたようなベタ記事である。葬儀の模様が全米で生中継されるくらい、本国ではそれほどVIPな取り上げられ方であるにもかかわらず、日本での扱いといったらもう。
 ただこれ、共同通信だけが一方的に悪いわけではない。正直、日本でArethaの人気がそれほど高かったわけではない。
 誤解を恐れながら言ってしまうと、多くの日本人はAretha Franklin というシンガーをほぼ知らない。なので、なんで彼女の死が世界中でそんなに騒がれているのか、ピンと来ない者が多くを占めている。
 そう、われわれ日本人は、この偉大なシンガーの功績や魅力を、ほとんど知らない。
 かく言う俺もそうだ。

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 欧米での人気との大きな温度差の要因として、一度も来日を果たさなかったことが、よく取り沙汰されている。
 例えば、近年の例だとAdele。もともとライブ・パフォーマンスには消極的で、欧米でもそれほど回数はこなしていないのだけど、今どき珍しいほどCDが売れているアーティストである。対して日本では、これまで来日していないせいか、いつまで経っても扱われ方は地味である。本国イギリスでは、一家に1枚、彼女のCDがあるほどだというのに、日本では「なんか向こうでメチャメチャ売れてる歌手」以上の印象が伝わってこない。まぁAdele自身も、日本のマーケットなんて、大して重視していないんだろうけどさ。
 共同通信のインフォメーションにあるように、Aretha の全盛期は60年代後半とされている。ジャズ/ポピュラー色が強かったコロンビア時代は芸風が合わなくてパッとせず、アトランティックに移籍してからは、持ち前のゴスペル・フィーリングが全開となった、力強くソウルフルな作風が人気を呼んだ。
 この時期に来日を果たしていれば、今ごろ日本でも、Diana Ross程度の人気はあったかもしれない。ただAretha、日本に限らず世界進出自体、あまり積極的ではなかった。当時、人気を二分していたOtis Redding が、飛行機事故による不慮の死を遂げた事によって、極度の飛行機嫌いになってしまう。ライバルであったとはいえ、公私で親交もあったため、ショックも大きかったのだろう。

BluesBrothers

 多くの日本人が抱くAretha のイメージは、残念ながらアトランティック時代ではない。
 少なくとも俺世代に限って言えば、「Aretha Franklin」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、曲じゃなくて映画のはずである。
 そう、「ブルース・ブラザーズ」。
 3年の刑期を終えて出所したジェイクは、生まれ育った孤児院閉鎖の危機を救うため、弟エルウッドと共に、往年の人気バンド「ブルース・ブラザーズ」の再編に動く。こういうプロットって、多分「七人の侍」に影響されているよな。アメリカの映画人って、クロサワ大好きだし。
 不慮の解散後、メンバーはそれぞれの道を歩んでいた。すでに音楽から足を洗い、安定した生活を営んでいる者もいた。
 キーボード担当だったマーフもまた、今では下町のダイナーのオーナー・シェフとして、平穏な毎日を送っていた。かつては随分泣かされたけど、夫の更生に献身した妻アレサも、ささやかな幸せを噛み締めていたはずだった。
 そんな日常をぶち壊すような、かつてのバンド仲間、しかも不良白人たちの誘い。あやふやな態度のマーフに怒り心頭、アレサは彼に強く詰め寄る。
 「この先どうするのか、バンドを取るのか私を取るのか、はっきりしろ!」
 マーフ同様、更生したはずのトム・マローンも食事客のドナ・サマーも巻き込んだ、白熱のパフォーマンスが繰り広げられる。
 当時、そこまでのベテランと知らなかった俺は、この映画でアレサというシンガーを知った。当時は盛りを過ぎており、すでにとうが立ってもいたけど、その圧倒的な歌唱力と豪快さには、ただただ引き込まれた。なんだこのオバちゃん、何モノだ?メチャメチャカッコいいじゃん。
 -話が逸れた。「ブルース・ブラザーズ」について書くと、キリがない。この映画については、かなり前にあらすじも含めて書いてるので、詳細はそっちで。

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 俺世代を中心に盛り上がった「ブルース・ブラザーズ」だったけど、あいにく映画自体がカルト的な雰囲気だったため、当時はそれほど大きな盛り上がりを見せなかった。当然、Aretha の本業に反映されることもなく、もう少しだけ不遇の時代を過ごすことになる。前にもちょっと書いたけど、同じく出演していたJBもまた、この頃はパッとしなかったしね。
 70年代後半のディスコ・ブームには目をくれなかったのか、はたまた時流に乗れなかったAretha。原点回帰のゴスペル・アルバム『Amazing Grace』も、当時はそれほど注目されず、評価されるのは、ずっと後のことだった。
 潮目が変わったのは、80年代にアリスタに移籍してからだった。ソウル特有の泥臭さやもっさり感を漂白脱臭するため、職人Arif Mardin やLuther Vandross をサウンド・プロデューサーに迎えた。ヴォーカル・スタイルもDiana Rossみたいなソフト・タッチに変え、時流に即したブラコン路線で第一線に復帰することになる。
 でも俺、この時期はそんなに惹かれないんだよな、なんか守りの姿勢だし。同時期に復活したDionne Warwickのサウンド・フォーマットをまんま移植したようなサウンドなので、Aretha ならではの必然性を感じない。
 なんでArethaがRoberta Flackのモノマネしなくちゃなんないの?誰もそこら辺は求めていないはずなのに。

 俺の中のAretha 歴代ベスト・パフォーマンスとして、「ブルース・ブラザーズ」と双璧を成すのが、これ。



 2015年に行なわれたケネディ・センター名誉賞の祝賀公演。受賞者であるCarole Kingを讃えるステージにて、スペシャル・ゲストとして登場したAretha は、ピアノ弾き語りで「(You Make Me Feel Like) A Natural Woman」を披露した。途中からコーラスが入り。終盤に連れて盛り上がる編成だったけど、もうそんなの関係ない。強烈なエゴの放射、そして吸引力で自分の世界に引き込み、「いいから黙って聴けや」と強要するそのプレイは、誰も制御できない。観衆の首根っこをつかみ、強引に耳の穴かっぽじって音を流し込む。
 そんなパフォーマンスを目の当たりにして、狂喜乱舞するKing、そして熱い目頭を抑えるオバマ大統領。いやほんと、すごいんだからコレ。

 いつ何時でも、圧倒的な力の差を見せつけるドヤ顔のAretha。年を追うごとに増長する傲慢ぶりは、すでにアリスタ時代にも現れている。
 で、『Through the Storm』。これまでもKeith RichardsやGeorge Michaelなどビッグ・ネームを投入し続けてきたアリスタ、ここでもElton JohnやFour Topsなど、豪華で多彩なゲストで華を添えている。前作『One Lord, One Faith, One Baptism』がゴスペル・ライブ・アルバムだったため、チャート的にはパッとせず、その反動もあってか、営業の踏ん張り具合が察せられる。大きな目玉として、公私ともに面倒を見続けてきたWhitney Houstonが参加している。当時、アリスタの屋台骨を支えていた彼女の参加は、話題を集めるには充分だった。
 ただ、これだけのキラ星なメンツも、アリスタのコネクションあってこその人選だったという事実。いわゆる「お仕事」的な感覚か、もしくは「ガキの頃からの憧れの人との共演」といった、リスペクトまる出しのパフォーマンスばかりなので、Arethaを喰ってしまうほどの勢いには欠けている。まともに立ち向かって勝てるはずがないし、だったら変にかき回したりせず、盛り上げ役に徹する方が賢いのは確かだし。
 そんな中でただ1人。
 クイーンだリスペクトだ、そんなの関係ねぇ、と我が道を貫く者がいた。
 稀代のソウル・クイーンに対抗するには、同等の強いキャラ、ゴッドファーザーを持ってして、毒を制するほかない。
 その名は、James Brown 、ゴッドファーザー・オブ・ソウル。
 「やっぱJB」。これが言いたかった。


Through the Storm (Expanded)
Through the Storm (Expanded)
posted with amazlet at 18.09.18
Arista/Legacy (2016-03-04)



1. Gimme Your Love (duet with James Brown) 
 もうお腹いっぱい。これ一曲だけでそんな印象。なんたってArethaとJBだもの、カツカレーとラーメン二郎の食べ合わせみたいなもの。のっけからカマすために1曲目に入れたんだろうけど、なのになんでシングル・カットされたのが4枚目と遅かったのか。あまりに印象が強いため、アリスタ営業も、とっくの昔にシングル切っちゃってる勘違いしちゃったのか。
 デュエットとはいえ、実際のレコーディングでは顔を合わせなかったらしいけど、もうそんなの関係ない。エゴとエゴのぶつかり合い。プロデューサー Narada Michael Waldenがどうにかバランス良さげにまとめてるけど、まぁ2人ともやりたい放題。ゴジラとガメラがガチでぶつかり合ったら、こんな感じなんだろうな。
 で、アルバム・ヴァージョンとは別に、シングルでは別ミックスが収録されているのだけど、リミックスを担当したのが、なんとPrince。この2大怪獣のせめぎ合いを素材として、「Purple Mix」の名のもと、「殿下の理想とするハイパー・ファンク」を構築しようとしながら、結局はJBリスペクトになってしまっている。
 やっぱJB。そして、彼ら2人を掌の上で操るソウル・クイーン。



2. Mercy
 大仰なプリセット音シンセとオーケストラ・ヒット、いま聴けばチープなシンセ・ブラスが時代性を感じさせるけど、そんなの関係ない。この時期くらいからArethaのヴォーカルはドスが効き始め、若い頃のパッション全開のスタイルより幅が増している。いわゆる横綱相撲だな。
 上辺のサウンド・デコレーションに惑わされてはいけない。確実にArethaは進化している。

3. He's the Boy
 「Think」のリメイクを除けば、このアルバム中、唯一のAretha書き下ろしナンバー。この曲のみNarada Michael Waldenは絡んでおらず、彼女自身のプロデュースとなっている。こういったジャジーなピアノ弾き語りブルースなら、多分いくらでも書けるんだろうけど、この時期にここまでストレートなアコースティック・タッチは貴重。なので、2.で触れたヴォーカルの妙は、この曲の方がわかりやすい。

4. It Isn't, It Wasn't, It Ain't Never Gonna Be (duet with Whitney Houston)
 FMでもさんざん流れまくった、このアルバムの目玉トラック。クレジット序列的にはJBが上だけど、当時アリスタの稼ぎ頭筆頭だったWhitneyをフィーチャーした方が、営業戦略的には好都合だった。とはいえUS・R&Bチャートでは最高41位と、思ってたほどではない。日本のラジオではよく聴いたんだけどな。
 Arethaとしては、その格下であるWhitneyの人気に便乗する形に見られてしまうのがイヤで、このデュエット企画もさんざんごねたらしいのだけど、説得された挙句、個別にレコーディングするという妥協案に落ち着く。アリスタ社長Clive Davisに拝み倒されてしまったとはいえ、お局様を怒らせたくないもの。
 なので、迫真の掛け合いやアウトロ近くのコール&レスポンスも、すべては編集の賜物。大人の風格で胸を貸す余裕かと思ってたけど、やっぱArethaも女だったのね。



5. Through the Storm (duet with Elton John) 
 ちなみにこれと4.、作曲でクレジットされているのがAlbert Hammond。どっかで聞いたことある名前だよな、と思ってたら、70年代に活躍していたシンガー・ソングライターだった。代表曲は「カリフォルニアの青い空」。ごめん、名前は知ってたけど、興味ないのであんまり知らない。
 タイトル・トラックにして、シングル・カット第1弾、当然営業的にも力が入り、US16位にチャートイン。まぁでもそれだけかな。あまりに守りに入ってる曲なので、Eltonはともかく、Arethaが歌う必然性が薄い。

6. Think (1989) 
 言わずと知れたリメイク。猫も杓子も冗長なダンス・ミックスに手を出していたご時勢だけど、いま聴くと…、まぁしゃあねぇか。
 どうせなら殿下にまかせてドロドロのファンクに仕上げるか、または4.のリミックスで参加しているTeddy Rileyにヒップホップ・タッチで仕上げてもらえばよかったのに、というのは余計なお世話か。

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7. Come to Me
 80年代の悪しきブラコン臭漂う、毒にも薬にもならないナンバー。あまりに無難すぎるため、一瞬、Arethaのアルバムであることを忘れてしまうくらい。なんだこの「Endless Love」もどきは。ArethaもArethaだよな、もっとぶち壊すくらいの勢いでやれよ。

8. If Ever a Love There Was (with the Four Tops and Kenny G)
 とはいえプロデューサーとしては、アリスタ側から「Endless Love」の拡大再生産的なサウンドをオファーされていたのだろう、と察せられる。そう考えると、ArethaもLevi Stubbsも、ある意味、被害者である。こういったサウンドが持てはやされた時代であり、当時、パワー・ダウン気味で自信が持てなかった彼らは、時代の趨勢に従わざるを得なかったのだ。懸命にブラコンを演じているその姿は、涙なしには語れない。
 でもKenny G、お前には同情できない。



ベスト・オブ・アレサ・フランクリン:アリスタ・イヤーズ
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