
1987年のソウル/R&Bシーンといえば、Michael JacksonとPrinceの2大巨頭が幅を利かせていた。彼らが食い尽くした残りを、Jody WatleyやAlexander O'Nealらブラコン勢が分け合っていたのだけど、徐々に勢力を拡大していたのが、LL Cool JやPublic Enemyらのヒップホップ勢だった。チャート上ではまだまだ及ぶところではなかったけれど、10代を中心に強い支持を得ており、その影響力はロートルたちにとっては脅威だった。当時、UKロックが中心だったロキノンでも、彼らのインタビューやフォト・ショットが掲載されていたくらいだから、その勢いは窺い知れる。
そんな状況だったため、キャリア的にはオールド・ウェイブに属するStevieの存在感は薄れつつあった。これもまた、歴史の必然か。
『Secret Life of Plants』以来のセールス不振が響いたのかどうかはわかりかねるけど、これ以降、オリジナル・アルバムのリリースに慎重になったStevie、次作『Conversation Peace』は8年のブランクを置いてのリリースとなっている。とはいえ、その間にも傑作サントラ『Jungle Fever』を手がけたり、多数の客演やイベント出演をこなしていたため、表舞台から遠ざかっていたわけではない。八面六臂、あまりにアクティブな活動ぶりだったのだけど、アルバムという形態には、なぜか積極的ではなくなっている。
齢37歳とはいえ、芸歴の長いStevieゆえ、アルバムを作ることは、さほど難しいことではない。それほど気張らなくても、ササっとスタジオ入りして、チャチャっとエレピで弾き語れば、そこそこの作品はできてしまう。もともとのポテンシャルが段違いだから、どれだけ安直な作りでも、それなりの評価もセールスも着いてはくる。くるのだけれど、芸歴が長い分、評価基準は相当高いはずだから、没になる作品も相当あると思われる。ましてや、満を持して世に出したはずの『Characters』が、思ったほどの評価・セールスを得られなかったものだから、ますますアルバム制作に消極的になっちゃたのかもしれない。
80年代のモータウンにおいて、Stevie以外でセールスを支えていた一人が、Lionel Richieである。Earth, Wind & Fireからスピリチュアル風味を抜いたディスコ・バンドCommodoresを経てソロに転身、爽やかなAORポップ・ソウルと、圧の強い馬面とのミスマッチ感は、強いインパクトを与えた。
その対極として、「元祖Prince」と称される下世話なポップ・ファンクのRick James、80年代女性ブラコン・サウンドの牙城を築くことになるJody Watleyを輩出したShalamarらが、後に続く。
この時期になると、モータウンも明確なコーポレート・カラーを打ち出すこともなくなり、単なる独立系レーベルのひとつでしかなかった。Rockwell もDeBargeも、モータウンの看板で活動してはいたけれど、彼らが奏でる音は、別にモータウンを名乗る必要もない、そんなものだった。
そんな中、Stevie はといえば。
この頃のモータウンは、Diana Ross もいなければMarvin Gaye もいない、TemptationsもFour Topsもとうの昔にレーベルを去っていた。Stevieより年上で残っていたのはSmokey Robinsonくらいで、もう半分リタイアの状態だった。
かつて隆盛を誇った名門モータウンの栄光もはるか昔、全盛期を知っているアーティストは、数えるほどしか残っていなかった。入社した頃は一番歳下だったのに、月日を経ていつの間に、Stevieが一番の古株になってしまっていた。
10代の多感な時期から身を置いてきた彼にとって、モータウンとは単なる会社ではなく、もはや人生の一部、拡大家族のような存在だった。なので、他のアーティストらと違い、モータウンを辞めるという選択肢は、彼の中にはないのだ。
兄弟親類のように過ごしてきた諸先輩がいなくなっても、彼はモータウンに居続けた。1972年、本社機能がデトロイトからLAへ移ったことによって、かつてほど親密なムードは薄れてしまったけど、それでも家族企業的な雰囲気は残っていた。
月日を経て、ほとんどの現場スタッフは歳下ばかりになった。本社の人間も、自分より社歴が長い者は少なくなった。月曜朝恒例のシングル選定会議は続いていたけれど、生え抜きのスタッフより外部から招聘された者が多くなっていた。銀行や弁護士、会計士上がりの経営幹部が口を出すようになり、ビジネスライクな雰囲気が蔓延していた。
自転車操業ながら、会社は存続し続けている。
でも、そこにクリエイティブさはない。
Stevieの居場所は次第に狭まりつつあった。
そんな経緯もあってか、80年代に入ってからのStevie、音楽以外の課外活動に精を出すようになる。
レコーディングの主導権を握った70年代から俺様ペースの活動ぶりだったStevie だったけど、80年代に「愛と平和の人」というキャラ付けが定着してからは、それに拍車がかかる。ユニセフだ国連だエイズ救済だ、その幅広さといったらハンパない。
レーベル・オーナーであり、育ての親的存在でもあるBerry Gordyさえ、もはやStevieに強く進言することはできなかった。かつてほどの勢いはないにせよ、Stevieのニュー・アルバムといえば、それなりに大きな売り上げが見込める。経営陣からすれば、金にならないボランティアより、目先の利益を優先してほしいところだったけど、社内ではもはや敵なし、いわば影のCEO的なポジションである。そりゃ誰も物申すことなんてできない。
とはいえ、そこは愛と平和の人Stevie 、単なる傍若無人だったわけではない。レーベルの屋台骨を支えているといった自覚は誰よりも強かった。Gordyを含め、古参スタッフへの切実な想いもあったわけだし。
そんな経緯で制作されたのが、この『Characters』。やっと辿り着いた。
80年代のStevieを象徴する曲はといえば、「心の愛」と「Part-Time Lover」である。デジタル・シンセをメインに据えた、プリセット音丸出しの薄いサウンドは、時代に消費し尽されたせいもあって、やたら古臭く聴こえてしまう。
同じシンクラヴィア使いでも、まだ発展途上だったヒップホップをいち早く導入したHerbie Hancock と比べて、Stevie のアプローチは極めてオーソドックスである。カットアップやサンプリングなど、リズム主体のHerbieに対し、Stevieのサウンド・メイキングはメロディ主体であることが多い。特に「心の愛」で顕著なように、せっかくのDX7もエレクトーンに毛が生えた程度の使われ方で、お世辞にもクールさは感じられない。
『Characters』では、マシン・スペックの向上と操作性のこなれもあって、次第に初期MIDIのようなモッサリ感は軽減されている。『BAD』をリリースして間もないMichael を筆頭に、Stevie Ray Vaughan、B.B. Kingとゲストも豪華、話題性は充分なはずだった。
なのに、本国アメリカではパッとしない売り上げで終わってしまう。そんな『Characters』だったけど、日本ではオリコン最高13位にチャートインしており、そこそこ売れている。Michael とのデュエット「Get It」もリリース前から大きくフィーチャーされ、特にFMでは大量オンエアされていた。
なのに、いまだ日本でもアメリカでも、印象が薄いアルバムである。
なぜなのか。
強力なポイントゲッターの不在、併せて若手育成の遅れによって、新陳代謝が捗らなかったモータウンは、80年代に入ってから、慢性的な経営不振に悩まされることになる。
-1988年6月、Gordyはモータウンの所有権をMCAレコードとボストン・ヴェンチャーズに6100万ドルで売却し、これまで維持していた独立系レーベルとしての寿命を終えた。1989年、モータウン・プロダクションズをモータウン重役のスザンヌ・ド・パスに売却し、社名をド・パス・エンタテイメントと改名した。事実上、モータウンの消滅だった。
その売却契約の際、Gordyは条件のひとつとして、こんな一項を設けた。
「Stevie Wonder の承諾を得ること」。
「彼を説得できない限り、この契約は無効」とも。
単なる所属アーティストではなく、Stevie Wonderこそモータウンの顔であり、象徴であることをGordy自身が認めていた、というエピソードである。遅きに失した感もあるけれど、Stevieにとっては最高の栄誉だったことだろう。
そんなお家騒動の最中に作られたアルバムである。レコーディング時期は86~87年の間に断続的に行なわれている。ツアーの合間にレコーディングされたのか、いつものワンダーランド・スタジオ以外に、ロンドンやモービル・ユニット(移動式スタジオ)もクレジットされている。
まんま 『BAD』テイストの「Get It」が大きな売りとなっているけど、それ以外にも70年代ニュー・ソウル期を彷彿させるアコースティック・ナンバーも収録されており、デジタル一辺倒な構成ではない。むしろ『Key of Life』以降では、最もバラエティ色に富んだアルバムとなっている。
この時代の特徴で、アルバムからのシングル・カットは、なんと6枚。チャート的にはどれも大きなブレイクには繋がらなかったけど、モータウン営業サイドの力の尽力具合は伝わってくる。
ただ、前述の売却騒動の最中だったこともあってか、Stevie 、あまり表立ったプロモーション活動は行なっていない。すっかり代替わりしてしまったレーベル・スタッフとソリが合わなかったのか、それとも課外活動へ心が行っていたのか。
まぁ会社の存亡にかかわる微妙な時期、中途半端に関わって抗争に巻き込まれるのを避けたのか、ビジネスマンだらけの経営陣には愛想を尽かしていたのかも。どちらにせよ、モータウンと距離を置いていたのが、この時期のStevie である。
穿った見方をすると、一連の課外活動なんかも、純然たる奉仕精神だけじゃなく、モータウンの魑魅魍魎を遠ざける自衛策だったんじゃないか、とさえ思えてしまう。「愛と平和の人」とはいえ、身内のゴタゴタは聞きたくないものね。
Characters
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Stevie Wonder
Motown (1990-10-25)
売り上げランキング: 169,861
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1. You Will Know
2枚目のシングル・カットとして、US77位。たゆたう水面のようなシンクラヴィアの音色をバックに、流れるように、時に力強く導き出されるメロディ。浮遊感あふれるエフェクトやコーラスも、すべてStevie独りで創り上げたもの。これだけ人工的な響きばかり使っているのに、プラスチック感がまるでないのは、やはりポテンシャルの違い。ていうか方向性の違い。Roger Troutmanがカバーすると、もっとファンキーな感じに仕上げるんだろうな。
2. Dark 'n' Lovely
作詞でクレジットされているGary Byrdは、ニューヨークのラジオDJでありパフォーマーでありシンガーソングライターでもあるマルチプレイヤー。Stevieとは『Key of Life』からの長い付き合い。「Black Man」を書いた人として、ごくごく一部では有名である。何かしら社会的な義憤や怒りを感じた時、Stevieは彼とコラボするらしく、ここではアパルトヘイト政策を痛烈に批判している。
とはいえ、かつてのように怒りをストレートに表現するのではなく、あくまでエンタテイメントのフィールドの中で、ポップでファンキーなトラックに仕上げている。怒ってる素振りを見せることが目的ではない。遠回りながらも、伝わりやすい形で実情を訴えることが重要なのだ。
ちなみにこっそりだけど、元妻Syreetaがコーラスで参加している。ずいぶん昔に別れたはずなのに、まだ関わり合いがあったのね。
3. In Your Corner
60年代モータウン・ソングを80年代に蘇生させたような、いわゆる「Part-Time Lover」タイプのポップ・ファンク。適当にフェアライトをいじくってハミングしてるうちに出来上がっちゃったような曲なので、まぁ軽いこと。デジタル臭が強いトラックと、後付けの単調なコーラス。特筆するほどの楽曲ではない。まぁこんな肩の凝らない楽曲も、ひとつくらいはあってもいい。
4. With Each Beat of My Heart
とはいえ、そんな軽い楽曲の後に、こんな絶品バラードをぶっこんで来るStevieなのだった。油断も隙もないよな。自らの心臓の鼓動をベース・リズムに使っているせいもあって、ゆったり安心して聴ける。US・R&Bチャートで最高28位。
5. One of a Kind
で、4.のような普遍的なバラードは書こうと思えばいくらでも書ける人なので、この時期のStevieは、敢えてアルバムの楽曲ではアップテンポのエレクトロ・ファンクを志向していたんじゃないかと思う。それが顕著にあらわれているのがこれと6.で、同時代性をかなり意識したサウンドで構成されている。モデルケースとなっていたのは、もちろんMichael。ダンスはできないけど、彼のようなダンスフロア仕様のサウンド・デザインを模索している。
6. Skeletons
同じモータウンの釜の飯を食ってきた2人ではあるけれど、当然方向性は微妙に違うわけで、フィジカル面ではどうしても劣るStevieの作るアップテンポ・チューンは、どうしても密室性が強い。なので、どれだけMichaelをモチーフにしたとしても、仕上がりはむしろPrinceのテイストに近い。ただ、当時の殿下に顕著な猥雑性は薄い。なので、結局はStevieのエゴが強く反映された楽曲になってしまう。
7. Get It
それならいっそ、そのMichaelと一緒にやっちゃえばいいんじゃね?と言ったかどうかは知らないけど、がっちりコラボしたのが、これ。Stevieが望んでいた、高性能なエレクトロ・ダンス・ファンクに仕上がっている。
聴いてみれば何となくわかると思うけど、ヴォーカルは同録ではなく別録り。2人のスケジュールが合わなかったため、まずStevieがロンドンでヴォーカル録りを行ない、そのマスターテープを来日公演中だったMichaelへ送付、東京のスタジオでレコーディングした、という経緯がある。
Michaelとのデュエットということで別のスイッチが入ったのか、やたらファンキーでシャウトを繰り返すStevieがここにいる。対してMichael、当時のイケイケ状態のまんまの横綱相撲、といった具合。自分から望んで招聘したはいいけど、どうにか主役を食われないよう足掻くStevieの奮闘ぶりが見えてくる。
8. Galaxy Paradise
宇宙をテーマに何か作ろうと決め、シンクラヴィアをいじってるうちに出来上がっちゃったような曲。テープ逆回転で始まるオープニング、奔放なスキャットなど、自由に作るとStevie、だいたいこんな感じで収まってしまう。コードに縛られることのない自由な展開でありながら、どうにかまとめてしまうのも、通常営業。並みのミュージシャンならとっ散らかってしまうところを、そこは強引な力技で仕上げてしまっている。
9. Cryin' Through the Night
Stevieは基本、優秀なパフォーマーであり、ソングライターとしてのスキルはピカイチであることは、誰も否定しないだろう。先に書いたように奔放な力技の人なので、かっちり作りこんだメロディには、あまり重きを置いていない。誤解がないように言えば、聴く者を感動させるのではなく、自身が歌って気持ちいいメロディを探して歌っているのが、Stevie Wonderというシンガーである。
歌唱の快楽を突き詰め、それでいて直感に導かれて生まれたメロディは、とても美しい。なので、もっとシンプルなアレンジで聴きたくなる。
10. Free
で、その優秀なパフォーマーの側面と熱いメッセージ・シンガーのリミッターを外したのが、レコード版ラストのこの曲。「As」を思い起こさせるラテン・テイストとゴスペルの融合は、向かうところ敵なし。ある意味、最強の合わせ技なので、誰も太刀打ちできない。終盤に近付くに連れ、熱を帯びてくるヴォーカル、終始クレバーなBen Bridgesによるアコースティック・ギターの音色、すべてが名曲感を漂わせている。
11. Come Let Me Make Your Love Come Down
レコードでは容量的に収録できず、CDではボーナス・トラック的な扱いになっている。御大B.B. KingとさすらいのギタリストStevie Ray Vaughanが参加しており、十分な目玉であるはずなのだけど、なぜかおまけ扱い。なんだそれ。
ただ、実際に聴いてみると、Stevie的には『Characters』は「Free」で完結しており、営業的な要請で収録したんだろうな、というのがわかる出来栄え。彼ら向けにブルース・チューンを書き下ろしたものの、あまりにシンセで埋め尽くし過ぎて、フォーカスがぼけた仕上がりになってしまっている。当時流行ったんだよな、こういったモダン・ブルースのサウンドって。これでClaptonも一時気の迷いがあったくらいだし。
シンクラヴィアで構成されたバック・トラックに合わせ、アウトロでギター・バトルが繰り広げられているけど、まぁ騒々しくてあんまり面白くない。まぁ余興ってとこだな。
12. My Eyes Don't Cry
なので、変に既存のブルースに寄り添うより、シンクラヴィア一色で埋め尽くしたエレクトロ・ファンクのこの曲の方が潔い。コーラスの使い方なんかに、若干のストリート感が反映されているため、『Jungle Fever』への萌芽が垣間見えてくる。
At The Close Of A Century
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スティーヴィー・ワンダー ある天才の伝説
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ブルースインターアクションズ
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