folder 一気にスターダムを駆け上がる彼らの80年代を見てきた俺世代はともかく、今の若い世代にとって、U2はどんな存在なのだろうか。
 「ボノ」でググってみると、トップに出るのが、昨年話題になった「流出したパラダイス文書の顧客リストに彼の名があった」というニュース。その次に出てくるのが、「Bonoが億万長者リストに載らない理由」、「トランプ大統領を激しく非難」、「アウン・サン・スー・チー氏への辞任要求」などなど、音楽的な話題は全然引っかかってこない。
 もともとデビュー当時から、ポーランドの「連帯」をテーマに書かれた「New Year’s Day」、辛辣なIRA批判を表明した「Sunday Bloody Sunday」を発表するなど、政治的なスタンスを明確にしており、それについては一貫してブレがない。自身でも、そんな「ロックご意見番」的なスタンスを受け入れているのか、政治や人権問題なんかで動きがあれば、コメントを求められることが多く、またきちんと真面目に応えてしまう。
 まだ当選回数の少ない二世議員だったら、100人束になっても敵わないほどの洞察力、そして存在感を持つ男、それがBono である。

 そんな按配なので、彼のことをミュージシャンって知らない人も、結構いるんじゃないんだろうか、と余計な心配までしてしまう。大御所アーティストゆえ、そんなマメに活動しているわけじゃないし、来日したのはもう10年以上前なので、20代以下のライトな音楽ユーザーなら、わざわざ自分から「U2聴こう」って思わないだろうし。
 「なんかよく知らないけどスゴイ人」、または「ロックのレジェンドの人」程度の認識しかないのかもしれない。日本ではAppleのCMソングとして認知の高い「Vertigo」だって、もう15年くらい前だし。調べてみると、オレンジレンジや大塚愛の時代なんだよな。そりゃ若い子たち知らないわ。
 U2としての音楽的な話だと、近年のアルバムでは、イキのいい若手であるDanger Mouse やKendrick Lamarが参加している。話題性は充分あるのだけど、肝心の音がどうかと言えば、なんかイマイチ伝わってこない。他のレビューを読んでみても、絶賛はしていてもなんかゴニョゴニョといった感じで、安易な批判は許されない雰囲気が伝わってくる。

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 そんな圧力団体みたいになってしまった現在のU2だけど、トップギアで突っ走っていた時代を知らない若いユーザーにアピールするため、旬のアーティストとコラボしたり、何かと生き残り策を講じている。Stones同様、もはや単なるバンドではなく、多くのスタッフが関与した複合企業体みたいになっているため、あらゆる方面へ目配り気配りが必要なのだ。
 Stonesの場合、スポークスパーソンであるMick Jaggerもまた、内部活性化なのか、ライブではやたら若手をゲストに呼んだりコラボしたりしているけど、バンマスのKeith Richards があんな感じの人なので、サウンドのコアはあんまり変化がない。
 90年代以降はDust Brothersをプロデューサーにしてみたり、やたらトレンドを意識したサウンド・デザインを指向していたけど、今世紀に入ってからは落ち着いちゃったのか、リリースされた音源はどれもブルース色が濃くなっている。Mickの場合、まだヤマっ気が強いから、「せめてステージでは」と若いヤツとやったりしてるけど。

 U2の場合だと、同じく90年代にはっちゃけたテクノ路線3部作の後、世紀末に突如原点回帰、憑き物が落ちたように、オーソドックスなギター・ロック・アルバム『All That You Can't Leave Behind』をリリースした。ここからStones同様、王道ロック路線を極めてゆくのかと思われたけど、そうはならなかった。それはあくまで前へ進むための足もと確認的なモノだったようで、その後は再び、アルバムごとにサウンドが変化してゆく。
 Stonesが「深化」だとすれば、U2は「進化」することを選んだ、ということなのだろう。ベクトルがちょっと違うだけで、本質を極めてゆくという行為は、どちらも何ら変わりはない。
 ないのだけれど、でも。
 そうは言っても、いまのU2が作る音楽に俺が惹かれているか、といえば話は別である。カタルシスは感じる。でも、共感はできない。そういうことだ。

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 80年代、俺がU2に抱いていたイメージは、「垢抜けない熱血ロック・バンド」というものだった。ロキノンで紹介される彼らのビジュアルは、ニューロマ全盛期においては野暮ったく映り、目を惹くような存在ではなかった。インタビューでは、政治的発言を中心に時事問題を熱く語っていたため、すでに若年寄みたいな雰囲気が紙面からも漂っていた。政治的スタンスを明確にすることを嫌う日本人の特性もあって、U2はいまいちブレイクしきれずにいた。
 ポジション的には、Echo & the BunnymenやPsychedelic Fursなど、若手UKギター・バンドといったカテゴリでひと括りされていた。Edgeのギターは当時から一定の評価を受けてはいたけど、そこから頭ひとつ飛び抜けるには、どの項目もまんべんなくインパクト不足だった。SmithsにおけるMorrissey 、またはCureのRobert Smith のような、アクの強いキャラが不在だったことも要因だった。感覚的には、エコバニの方が評価が高かった。
 ただ彼らは、愚直なほど生真面目で、しかも努力家だった。理想主義を口だけのものにしないがため、あらゆる問題提起と並行して、サウンドでも試行錯誤を繰り返した。トレンドに流されない硬派な楽曲を世に問い、キャリアを重ねるたび、その完成度は高まっていった。
 そんな地道な努力と飽くなき探求、加えて、ファッションからは遠く離れた無骨なダンディズムが爆発したのが、『The Joshua Tree』である。

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 前作『The Unforgettable Fire』から続く「強いアメリカ」への憧憬によって、小さくまとまりがちだった初期のギター・オリエンテッドなサウンドは、徐々に変化していた。プロデューサーBrayan Eno は、緩やかなアンビエント音を通底音として使い、浮遊感漂う音響空間を創り出した。
 80年代ニューウェイヴの影響下で、いわゆるギター・ロック的な音を出していたEdgeのプレイにバイタリティが生まれてきたのが、この頃である。もともとプレイヤビリティをゴリ押しせず、冗長なソロを弾くタイプではなかったけど、トータル・サウンドを意識した引き出しの多さが、サウンドごとに彩りを添えている。
 鉄壁のリズム・セクションによって導き出されたビートは、シンプルで力強い。ヒット・シングルにありがちな、キャッチ―で複雑なリフはない。時に叩きつけるように奏でられるストロークは、楽曲のボトムをがっちり支える。
 基本、演奏陣はクレバーなプレイに徹しており、どれだけBono が熱くなろうとも、サウンドはどこまでも冷静だ。押しても動じないサウンドがあってこそ、Bonoの奔放さは際立ち、そしてギリギリのバランスで見事に成立する。そういったのはやはり、相互信頼がモノを言う。
 「古き良きアメリカ」へのリスペクトを露わにしながら、土着的なバタ臭さが少ないのは、空間コーディネーターEnoの手腕に依るところが大きい。基本この人の場合、突発的な思いつきで動くことが多いんだけど、結果的には的を射ているんだよな。俺個人的に、「口だけ番長」のイメージは拭えないけど、U2との仕事だと貢献度大きいんだよな。なんか悔しい。

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 Anton Corbijn撮影によるアルバム・アートワークは、粒子の粗いモノクロ写真が主体で、求道者的にストイックな佇まいの4人が、うつむき加減で肩を寄せ合っている。埃っぽく乾燥した砂漠の中、何を思っているのか。
 そんなフォト・セッションが象徴するかのように、『The Joshua Tree』のサウンドもまた、解像度が粗く、乾いた埃が舞うテクスチャーで統一されている。「With or Without You」のPVが、その音世界を忠実に映像化している。
 アメリカを視野にれたことによって、有象無象のギター・ロックからいち抜けしたU2。ロックがカッコいいモノである、というのを教えてくれたのが、彼らである。そんな70年代的なメンタリティを貫き、そしていまも彼らは遂行し続けている。
 その行為はある意味、奇跡だ。


 U2について語ると、どうしても長くなる。これでやっと、下書きの半分。続きはまた次回。






1. Where the Streets Have No Name
  海外の音楽誌で「壮大なイントロを持つヒット曲」として選ばれたのも納得できる、そんな曲。延々と性急なリズムを刻むEdgeのカッティング、そして案外ボトムの太いAdamのベース・ライン。
 Beatlesリスペクトのルーフトップ・ギグをドキュメンタリー・タッチで構成したPVは、いま見ても「ロックのカッコよさ」をまんま体現している。自由奔放に屋上を駆け回るBono、そしてクレバーな態度を貫こうとしながら、最後に満足しきった微笑みを見せるくらい興奮しているEdge。明らかに、ロックの世代交代が行なわれた瞬間が鮮明に記録されている。
 3枚目のシングル・カットとして、UK4位US13位を記録。



2. I Still Haven't Found What I'm Looking For
 UK6位US1位を記録した、2枚目のシングル・かっと。ギターの音色はカントリーというかブルーグラスに近く、大河の如き雄大さを思わせるコーラスやメロディは、ゴスペルからインスパイアされている。あんまり泥臭くない、ホワイト・ゴスペルの方ね。
 ラスベガスの大通りを闊歩しながら歌うPVも、アメリカン・テイストにどっぷり浸かっている。



3. With or Without You
 問答無用の代表曲。ていうか、「80年代のロックは何があったのか」と問われれば、これを挙げる同年代は数多いはず。リアルタイムでこのPVを観て、ぶっ飛んだ者は数知れず。日本でも、ここから人気が爆発した。
 楽曲自体から発せられる神々しさをそのまま移植した、演奏シーン主体のシンプルな映像である。余計な装飾をとことんはぎ取った結果、残ったのはロックのカッコよさのエッセンスが凝縮されている。
 アコギを肩に背負ったまま、結局最後まで弾かないBono、デューク更家のようなポーズを決めるBono、アウトロのソロを弾く間際、体でリズムを取るEdge。今だから言えるけど、どれだけマネしたことか。マネをする=一体化したいという感情を喚起させることは、楽曲のパワー、そしてカリスマ性の強さに比例する。
 同時代で洋楽ロックを聴いていながら、この曲に反応しなかった者、それは人生の多くを損している。それか、よほどのひねくれ者だ。



4. Bullet the Blue Sky
 冒頭3曲が神すぎて、その後の曲はどうしてもインパクトが薄れてしまうけど、イントロの演奏の重厚さには圧倒されてしまう。「Whole Lotta Love」に質感が似ている、硬派なチューン。みんなZEPみたな演奏だもの、まぁリスペクトしているnだろうな。
 ニカラグアとエルサルバドルへ旅行で訪れたBonoが、米軍の軍事介入への抗議として書き上げた歌詞は、シリアスでハードボイルド・タッチ。殺伐とした現状をリアルなタッチで歌い上げ、演奏も当然ダークな怒りを発している。全世界で2000万枚も売れたアルバムに入ってるとは思えない、陰鬱とした雰囲気が漂っている。

5. Running to Stand Still
 Robert Johnsonが憑依したような、古典ブルースっぽいギターからスタートする、即興セッションから生まれたバラード。テーマとして取り上げられたヘロイン・ジャンキーは、アイルランドでは深刻な社会問題であり、そんな現状を嘆くだけではなく、冷酷な事実として捉え、淡々と口ずさむBono。彼が取り上げるテーマは、ほんと多岐に渡る。

6. Red Hill Mining Town
 今度のテーマは炭鉱ストライキ。同名タイトルの本にインスパイアされて書き上げられた、とのこと。重いテーマながら、楽曲自体はスケール感あふれる雄大なスタジアム・ロックで、実際、シングル・カットの予定もあった、とのこと。
 発売中止の原因となった、お蔵入りPVが近年発掘されたので見てみると、ちょっとマッチョ色が強いよな。大掛かりな炭鉱のセットの中、タンクトップ姿のメンバー、そしてやたら熱く咆哮するBono。ステレオタイプなアメリカン・ロックみたいになっちゃったのが、お気に召さなかったらし。おいおい、撮る前に言えよ、そんなの

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7. In God's Country
 1.のアウトテイクのようなバッキングで、サビのメロディはちょっと甘め。初期のギターロック路線のアップグレード版と捉えればよいのかな。疾走感のある3分弱の曲だけど、味わいは意外とあっさり。タイトルが大風呂敷っぽいので、曲のインパクトがちょっと弱め。

8. Trip Through Your Wires
 wikiで見ると、Country Rock、Blues Rock両方でカテゴライズされていた。そのまんまの曲。言葉遊びも兼ねて書かれた曲のため、歌詞はこれまでの中では最も軽い。A面で気張り過ぎたのか、ラフなテイストの曲が続く印象。

9. One Tree Hill
 手数の多い変則8ビートで歌われるのは、不慮の事故で若くして亡くなった、オーストラリアのローディGreg Carrol。ちょっと民族音楽っぽさも入ったミニマル・ビートは、先住民族だったGregへの敬意を表している。徐々にテンションが上がり、最後はエモーショナルなシャウトとなるBonoの漢気といったら。

Joshua Tree Band

10. Exit
 レコーディング終盤のジャム・セッションがベースとなった、ラフでありながら緩急のある構成のナンバー。と思ってたらEnoがうまく編集した、とのこと。呪詛的なBonoとAdamのベースから始まる静かなオープニングから、突然トップギアで割り込んでくるEdgeのギターとLarryのドラム。最後は再びAdamのソロ。サイコキラーの深層心理を活写した歌詞の世界観が、剥き出しのリアルで表現されている。
 ライブ映えする曲ではあるのだけれど、リリースされて2年後、悲惨な結末となったストーカー殺人犯の「『Exit』に影響を受けた」というコメントが流布されたため、30周年アニバーサリー・ツアーまで、事実上封印されていた。

11. Mothers of the Disappeared
 前述のニカラグアとエルサルバドルへの旅行から生まれたもうひとつの曲。政権闘争に伴う内紛が多い南米諸国では、子供を誘拐して強制的に傭兵部隊に加入させる組織があり、その母親の目線から描かれた悲劇と諦念。行方知れずとなった子供たちを捜索する団体があり、Bonoもまた彼らに同行して実情を知り、言葉としてしたためた。
 握りこぶしを挙げるだけなら、事は簡単だ。ただ、その拳ひとつひとつはあまりに弱い。その握った拳を一旦下ろし、前を向きながら事実を淡々と述べる。ヒットすることによって、実情が広く知れ渡り、隠蔽されていた事実が晒される。
 曲を聴いて何か感じた者は、拳を握り、声を上げる。それがいくつにも束ねられれば、それでよい。そんな表情で、Bonoは歌い、Edgeは淡々とギターを弾く。