folder 1982年にリリースされた『Night and Day』は、Joe Jackson にとって代表作であり、セールス的にも最も成功したアルバムである。既存のロックにとって、必須であるはずのギターを使わず、ジャズやラテンなど、非ロック的な手法を駆使することによって、オンリーワンの「Joe Jackson’s Music」を確立した。ストレートなロックンロールからジャイブ・ミュージックまで、ありとあらゆるジャンルを縦横無尽、アルバムごとに実験を繰り返していたJoeにとって、その後のキャリアを決定づけるマイルストーンとなったのが、このアルバムである。

 あまりブランクを置かずにリリースされた『Body & Soul』も、同様のアプローチで制作されており、これまた渋すぎる内容であったにもかかわらず、マーケットでは好意的に受け入れられた。
 主にビジュアル先行型のニューロマ系アーティストが幅を利かせていた第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの最中において、どうひいき目に見ても見劣りするJoeが売れた背景には、もちろん本人の才覚も大きいけど、所属レコード会社A&Mの存在が無視できない。
 時代に寄り添いすぎて、アッという間に消費し尽くされてしまう流行歌ではなく、末永く鑑賞に耐えうるロング・テール型のアーティストを多く擁していたのが、A&Mの特色である。Carpenters のような鉄板スタンダードから、Tubesに代表される変態ニューウェイヴまで、ポップ/ロック以外では、Ornette Colemanを筆頭としたフリー・ジャズからMilton Nascimentoまで、節操なく幅広いジャンルを網羅しているのも、独立系レーベルの強みである。

 もともと創業者のHerb Alpert自身が、現役ミュージシャンだったこともあって、アーティストの自主性を重んじ、過度な干渉を行なったりしないのが、A&Mの企業風土だった。これも非メジャー・独立系の強みで、株主がほぼ身内で固められている小規模企業のため、収益性より芸術性を重んじることが、潔しとされていた。
 ただ、企業が継続するためには営利を追求していかなくちゃならないから、きれい事ばっか言ってるわけにはいかない。自転車操業的な局面も何度かあっただろうけど、その度にCarpentersやPeter Frampton、Policeなんかがうまくヒットしてくれて、屋台骨を支えてくれたのだった。
 普通のレコード会社だと、大ヒットが続いたら二番煎じ・三番煎じを重ねて要求するものだけど、そういった営業的な都合を無理に押しつけず、アーティストの表現の自由を優先していたことが、A&M流マネジメントだった。
 彼らの個性に変に干渉せず、有能なプロデューサーが的確な方向へ導いてゆく。結果、それが互いにwin-winな関係になるのだから、良好なパートナーシップの理想形である。
 なので、JoeにとってのA&M時代は、クリエィティヴ面において、理想的な環境だったと言える。他のメジャーだったら、いつまで経ってもポスト・パンク〜ロックンロールの路線を強いられていただろうし。

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 そんなレーベルだからして、大して制約もなかったはずである。何しろ、絶対売れそうにない『Will Power』や『Jumpin’ Jive』をリリースさせてくれる会社だもの。いくらアーティストに甘いからって、懐が深すぎる。
 そこまで庇護してくれていたにもかかわらず、Joeは集大成的なライブ・アルバムをリリース後、A&Mとは円満な形で契約満了、当時イケイケ状態だったヴァージンに移籍してしまう。
 もともとイギリスの中古レコード通販からスタートしたヴァージンは、マイナーなプログレや、アバンギャルドなジャズ・ロックを小ロットでリリースする、創業者Richard Bransonの趣味性が強いレコード会社だった。最初にヒットしたのが、映画「エクソシスト」で採用されて一気にブレイクした、Mike Oldfieldの『Tubular Bells』だもの。たまたまタイミングよくフィーチャーされたことで注目を浴びるようになったけど、もしこれがなかったら、早晩資金繰りが行き詰って短命に終わったものと思われる。
 Sex Pistolsがヒットした70年代後半くらいから、ヴァージンの良心的なアーティスト・ラインナップに変化が生じ始める。80年代の第2次ブリティシュ・インベイジョンの追い風によって、Culture Clubが大ヒットする頃には、初期とはまったく別の会社に変容していた。採算度外視のニッチなレコードを売り続けていたBransonも、ビジネス規模の拡大に伴ってヤマッ気が出てきて、アメリカや日本に進出、世界的な規模で事業所やレコード・ショップをオープンしていた。
 Rolling Stones の獲得をピークとして、その後、音楽産業としてのヴァージンは、緩やかな下降線を描くことになる。Branson の事業欲は次第に広範化、航空事業に進出した頃には、もう何が本業なのかわからない状態になっていた。もう、音楽なんてどうでもよくなってたんだろうな。

 Joeが移籍した1991年は、Stonesもまだ移籍していなかった頃、ヴァージンは音楽業界でのシェア拡大を純粋に目指している状況だった。当時、世界中に散らばったヴァージン社員は、ヒット実績のあるアーティストに片っぱしからオファーをかけていた。すでに欧米では、そこそこのポジションにいたJoeに声がかかるのは、いわば必然だった。
 Joe自身、ここらが勝負時だと感じたのだろう。A&Mとヴァージン、同じ非メジャーで比べたら、そりゃ勢いのある方へなびくのは、人間、当たり前の話。
 加えてA&M、ちょうどその80年代後半くらいから、これまでの勢いにブレーキがかかり始める。LAメタルやヒップホップ/ラップの台頭によって、得意分野であったメロディアスなAORやコンテンポラリー・ロックが押し出され、ヒットチャートでのシェアが目減りしつつあった。辛うじてJanet Jacksonが、同時代性をリードするサウンドを堅持していたけど、レーベル全体に波及するほどの影響力ではなかった。次第にA&Mのブランド力も落ちて離脱するアーティストも増え、Joeもまたその中に含まれていた。
 世界進出を視野に入れたヴァージンは、自前の新人だけじゃなく、あり余る資金を投入して、他レーベルの中堅アーティストをヘッドハンティングしまくっていた。頭数と前年対比をクリアするため、即戦力となる中途入社を、ヴァージンは諸手を挙げて歓迎した。
 勢いのある企業は、手段を選ばない。

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 そんなグローバル企業から何を求められているか。キャリア的に中堅だったJoeもその辺は察しており、これまで以上にヒット性を意識した『Blaze of Glory』 をリリースした。
 自身の半生をフィクション的に解釈し、コンパクトでありながらもトータルでの組曲形式で描写した移籍第1作は、おおむね好意的な評価を得た。幾分肩に力が入りすぎているきらいはあったけれど、インテリ御用達の洗練されたポップ・ソングは、高い完成度を維持していた。いたのだけれど。
 以前のレビューでも書いたけど、ちょっと頭でっかちなコンセプトにとらわれ過ぎて、トータルとしては良いのだけれど、個々の楽曲のインパクトが弱く、それがパンチの弱い作品になってしまったことは否定できない。いわゆる『Abbey road』のB面現象である。
 ここで変にマーケットに色目を使わず、StingやElvis Costello、Peter Gabrelのように、都会のホワイト・カラーをターゲットにした「大人のロック路線」へシフトしていれば良かったものを、それをどう勘違いしちゃったのか、「ナウいヤング層」にターゲットを合わせ、過剰なポップ路線にしちゃったのが、この『Laughter & Lust』である。
 -ほんとは、こんなガキ向けの音楽なんてやりたくないんだけど、お前らの望むモノ作ってやったぜ。コレが欲しかったんだろ?
 囚人服に足枷、その鎖の先のデカい重りを抱えて苦笑いする、アルバム・ジャケットJoe。「ポップの奴隷」に成り下がっちゃったぜ、的な自虐の笑み。

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 「下々の連中にもわかりやすいポップ・ソング」というのがJoeのコンセプトだったのだろうけど、そんな「上から目線」的な態度が露骨に出てしまったのだろう。大衆はそこまでバカじゃないことを、Joeはわかっていなかった。結果、『Laughter & Lust』は前作を下回るセールスで終わってしまう。
 クオリティは問題ない。そりゃベテランの仕事だから、体裁はきっちり整っている。でも、ほのかに漂ってくるブルジョア臭・中途半端なインテリ姿勢を、多数を大衆が占めるマーケットが歓迎するはずがなかった。
 ここには、「どんな手段を使ってでも売れるんだ」、「とにかく聴いてもらおう」とする意欲、言っちゃえば、ヒット・ソング特有の下世話さがどこにもない。売れ線を狙うことが卑賤な行為であるかのように、変に斜め上からスカした感じが、なんか腹立ってしょうがない。上品さを捨てきれなかったことで、アクも少ない無難なポップに仕上がり、結果、個性も薄~くなってしまった。
 サウンドはちゃんとしている。でも、面白くない。ワクワクもしない。

 「ここまで歩み寄ったんだから」と、多分ヒットを確信していたのだろうけど、あまりの反応の薄さ、セールス不振によって、Joeは深く深く落ち込んでしまう。ヴァージンからも契約を切られ、踏んだり蹴ったりである。
 この後しばらく、Joeは長い長い混迷期に入ることになる。



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1. Obvious Song
 ロックセレブへの痛烈な皮肉やベルリンの壁崩壊など、珍しく時事的なテーマを多く取り上げた、Joe 流のトピカル・ソング。浮世離れしたアーティストではなく、きちんと現実にもコミットしていることを、冒頭でアピールしている。サウンド自体も後期A&Mのアップグレード版となっており、冒頭のつかみはOK。



2. Goin' Downtown
 出だしのシンセ・ブラスの安っぽさが興醒め。音が多すぎなんだよな。いつもの盟友Graham Maby (b)もいるので、リズム自体は問題ないのだけど、変にマーケット意識し過ぎちゃって、シンセ周りのエフェクトがウザい。もっとシンプルな編成で聴いてみたい。

3. Stranger than Fiction
 とはいえ、楽曲そのものの力が強ければ、多少のアレンジの可否はどうでもよくなってしまう。今も時々ライブで取り上げることもある、ヴァージンのニーズとJoeのポップ職人性とがうまくシンクロしたナンバー。



4. Oh Well
 イントロでいつもDeep Purple 「Highway Star」を連想してしまう、ギター・フレーズがちょっぴり印象的なナンバー。自虐を超えて卑屈さが露わな歌詞は、この後の沈滞期の兆候がうかがえる。

5. Jamie G. 
 なので、ここで一転、躁的なラテン・ナンバーが続いたとしても、どこかやけっぱち感が漂ってしまう。これまで何度もフィーチャーしてきたから、充分手慣れているはずなのに、リズムに乗り切れていない。かつてはどんなビートもねじ伏せていたはずなのに、ここでは持ち前のクリエイティヴィティが作用せず、振り回されてしまっている。
 もっと、うまくできるはずなのに。

6. Hit Single
 タイトル通り、まぁ当然Joeだからヒット・シングルを皮肉った内容のポップ・ソング。ヴォーカルのキーも通常より少し高め、過剰にポップに寄せている。
 ヒット・ソングをみんな聴きたがり、じゃあアレもコレも、とやり出すと、「おいおい」とストップさせられる。「ヒット曲だけを聴きたいんだ、アルバムの曲はいいよ、みんなそんなヒマじゃないし」。
 Joeのようなアーティストに、ヴァージンがそこまで露骨に言ったとは思えないけど、ヒット・シングルを出さねば、というプレッシャーがあったのは確か。やっぱキャラに合わないことをやろうとすると、無理がたたってくる。

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7. It's All Too Much
 楽曲の構造としては、従来のJoeクオリティなのだけど、ライブ映えを意識したアレンジがやっぱり受け付けない。シンセを入れると途端に安っぽくなっちゃうのは、やっぱ相性なのか。

8. When You're Not Around
 なので、7.同様、ライブ映えを意識した大味なアレンジが面白くない。ていうかJoe、キー高すぎだって。

9. The Other Me
 この時期のバラードとしては特に秀逸、際立ったメロディ・ラインを持ったトラック。もったいぶったストリングス(もちろんシンセ…)がジャマだけど、それに負けないパワーを秘めている。ちょっと大袈裟なアレンジだけど、このアルバムのクライマックスとして、使命はきちんと果たしている。



10. Trying to Cry
 箸休め的な、浮遊感漂うアンビエントなバラード。ブリッジとしてコンパクトな小品としてならアリだけど、6分超もあるんだな、これ。後年のミュージカル調コラボで頻出してくるパターンだけど、ヒット・アルバムを狙うには、ちょっと尺が長すぎ。

11. My House
 『Beat Crazy』のアウトテイクっぽいナンバー。あの辺の楽曲をアップグレードしたような。10.同様、その後のコンセプチュアルな作風の予行演習的な構造。やっぱライブ映え意識してるよな、この時期って。彼ほどのポテンシャルなら、3、4ピースで充分オーケストラに匹敵するサウンドを創り出せるというのに、この時はまだそれに気づいていない。

12. The Old Songs
 ここまで聴いていると、やっぱ楽曲の出来にムラが多いこと、またヒット優先のバンド・アンサンブル先行型の楽曲がアベレージ越えしていないことが如実にはっきりする。この楽曲だって、ちょっとやそっとのアレンジで損なわれるパワーじゃないもの。
 歌詞の内容的には、「古い歌」を捨てて新たな路線を歩もうよ、という前向きなものだけど、こういった旧タイプの楽曲の方が、彼のパーソナリティがうまく表れているというのも、ちょっとした皮肉。やっぱポップ路線、やりたくなかったんだな。

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13. Drowning
 ラストは過剰にドラマティックなバラードで締めくくるのは、昔からのこの人のパターン。最後は直球勝負、主にピアノによる弾き語り。
 Joeの場合、これだけ名曲があるにもかかわらず、カバーされることは未だ持って少ない。あまりにアーティスト・エゴが強すぎるため、誰が歌っても世界観を再現できない、または新たな切り口が見いだせない、というのも要因である。
 Joe Jacksonの歌は、Joe Jackson しか歌えない。
 ほんとはそれだけやってればよかったのに、違う自分もあるんじゃないか、と光の射す方へ寄り道してしまった。
 その後、方向修正するまでには、何年もかかることになる。






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