1993年にリリースされた5枚目のオリジナル・アルバム。UK最高21位という、何とも微妙なセールスで終わってしまった作品である。まぁ最大の売りが「世界のサカモトがプロデュース!」っていうくらいだもの。多分、どっちのファンにもアピールしなさそうなセールス・ポイントである。地味な作品なので、これくらいしかなかったんだろうな。
もともと教授のファンだったRoddyからのオファーにより、ちょうどタイミングが合ったことで、コラボレーションが実現した。したのだけれど、2人でデュエットしてるわけでもなく、迫真のインタープレイが火花を散らしたって感じではもちろんない。2人とも、そんなアグレッシブな作風じゃないし。
この時期の教授は、今となっては伝説のレーベルになってしまった「ヴァージン・ジャパン」に所属していた頃である。わかりやすく言っちゃえば、最もワールドワイドに活動しており、現在の大御所ピアノ・コンチェルト中心のサウンドではなく、グローバルなポップのフィールドに接近していた時期である。
文科系が無理してクラブデビューするかのごとく、ロジカルに予習したリズム感とノウハウでもって、ハウス・ビートをねじ伏せようと奮起した意欲作「Heartbeat」は、頭でっかちな場違い感が漂ってきて、ユーザーにとっても教授にとっても、ちょっとこそばゆくなってくる作品だった。
そういった実験作とは対照的に、同時進行でバルセロナ五輪の開会式テーマの作曲と指揮、ある意味黒歴史だったYMO再生という巨大プロジェクトを成し遂げている。さらにさらに、単発的なコラボとして、Arto LindsayやBill LaswellといったNYアンダーグラウンド勢との親交も深めているのだから、支離滅裂な活躍ぶりである。
「戦メリ」以降、国内での活動が多く、ちょっと鳴りを潜めていた教授のグローバル展開は、「ラスト・エンペラー」でのアカデミー賞受賞によって注目を集めた。世界中の有名無名アーティストからのオファーが殺到し、いわゆる「世界のサカモト」というブランディングが確立された時期である。
そんな教授が、事前にどれだけRoddyの存在を知っていたかは疑問だし、当時のポジションから見て、もっと大物からのオファーも入っていたと思われる。なのに、それがどうしてUKローカルのポップアーティスト(悪意はないよ、教授と比べると、事実そんなポジションだし)とのコラボを選んだのか。
思えば過去にも、YMO人気がピークだった頃、なぜか当時インディーズのフリクションやphewのプロデュースに手を出しているくらいなので、そう考えると不思議ではない。恐らく、「メジャーとマイナーとの間を自由に行き来する、カッコいいオレ」が好きなのだろう。多分、『No New York』をプロデュースしたBryan Enoが頭にあったんじゃないかと思われる。
Enoか。途端に胡散臭く見えてきちゃったな。
レコーディング作業における、教授からの具体的なアドバイスがどれだけあったのかは不明だけど、Roddyからすれば、憧れのサカモトがブースにいるだけで充分満足しちゃっていただろうし、リスペクト感の方が勝ってしまい、かしこまった感じになってしまうのは致し方ない。
そんな「ちゃんとしなくちゃ」感が強く出て、『Dreamland』は大人の90年代AORサウンドで統一されている。「バラエティに富んだ」というより、「とっ散らかった」印象の強い前作『Stray』から一転して、アルバムとしてのトータリティは強固となった。
センチメンタルな淡い色彩を思わせるRoddyのメロディとヴォーカルを、最も素直な形で表現するメソッドとして、ここに収められた楽曲はマイルドに、仕事帰りのビジネスマンがカーステレオで流しても違和感のないサウンド・プロダクションで統一された。結果、ピークレベルを超えるディストーションや、偶発性を含んだニューウェイヴ要素は一掃された。
きちんと整えられたサウンドは、隙がない。アラが見えない分、引っかかりもない。右から左へ流れてしまっても気づかないので、言葉も残らない。
サウンドは落ち着いたトーンで統一され、しっかりまとまっている。
でも、この時Roddy29歳。老成するには、まだ早すぎる。
経歴の浅い新人アーティストでもないので、教授自身があれこれ手を焼く必要もなく、『Dreamland』はほぼRoddy主導でレコーディングされている。UKバークシャーにある、18世紀に建てられた赤レンガ造りのスタジオで、Roddyはデモテープを作製、その後、ニューヨークのスタジオで教授と合流した。
本レコーディングは4週間かけられたけど、下準備に充分時間をかけられた分、骨格は練り上げられており、教授が手を貸す余地はあまり残されてなかった。なので、教授のパーソナリティが強く出ているわけではない。
「教授とコラボしたら、こんな感じになるんだろうな」というRoddyのシミュレーションのもと、できあがったのは大人びた、ていうか不必要に背伸びしすぎたサウンドだった。
破綻はない。でも、教授ならではのプラスアルファがあるかと言えば、そんなんでもない。
「お手を煩わせないように」といった忖度のもと、きちんと整えた楽曲を書いてデモを作り、万全の態勢でスタジオに来ていただく。多忙だった教授もまた、ザッとデモテイクを聴いてみる。
「うん、まぁこれでイイんじゃない?好きにやるのが一番だよ」とか言いながら。
時々、思いもよらぬ突拍子もないアイディアを、思いつきでつぶやく。「ここでスパニッシュっぽいギター入れたら?きみ弾ける?」てな感じで。
金言をいただいて、さらに張り切るRoddy 。アーティストを奮起させたのだから、プロデューサーとしての責務は果たしている。アーティストにとって、一番の理解者でなkればならない。
でも、極端なダメ出しやリテイクを命じることはない。だって、そこまで彼の音楽に関心がないんだもの。
教授とRoddyとでは、ジャンルがまったく違うので、音楽的センスの優劣は計れないけど、少なくともこれまでの実績を比較すれば、その差は歴然としている。このポジションの差異が、良い方向へ向けば有機的な化学反応として結実するのだけど、ここでRoddyが教授に忖度し過ぎたことによって、目に見えた結果は残せなかった。できあがったのは、「肩ひじ張った自然体」のAORサウンドだった。
そこに教授のオリジナリティが表れているかといえば、全然そんなこともない。「あぁRoddyも大人になって、落ち着いたサウンドを指向するようになったんだねぇ」といった程度の印象だ。
有能なアーティスト同士がコラボしても、そこに腹を割った意思の疎通と衝突がなければ、どっちつかずの無難な結果に落ち着いてしまう。1+1が必ずしも2にはなるとは限らないのだ。変に譲りあって、2にも及ばない場合の方がずっと多い。
別の見方をすれば、もし教授じゃなかったとしても、Aztec Cameraのコンテンポラリー・サウンド化への傾倒は、避けられなかったんじゃないかと思われる。『Dreamland』には、いわゆるロック・アレンジの楽曲は収められておらず、その後も激しいディストーションや、強いバスドラの響きを聴くことはなくなった。
これ以降の彼が書く楽曲から、青年期の迷いは見られなくなる。あるのは中年に差し掛かった、「かつて熱き想いを秘めた青年だった」一人の男の日常である。
そんな日常に、非日常な歪みは必要ない。もっと身の丈に合った落ち着いた音、耳に馴染みやすく、しっとり手頃なアコースティックの響きを、メロディは希求した。
そんな経緯をたどって、Roddyの迷走期は終わる。ここにたどり着くまで、いろいろ寄り道はしたけれど、教授という触媒を契機として、どうにか自分のスタイルを手に入れることはできた。
キャリアを通して、一生自分のスタイルを手に入れられずに終わるアーティストも多い中、彼はまだ幸せだ。
いまだ「ネオアコ」という括りでしか語られることのないAztec Cameraという制約を捨てて、Roddy Frameというただの一個人として、時々自分の身の丈に合った歌を、ごく親しい友人たちへ語りかけるかのように歌う。
それはひどくこじんまりとした空間ではあるけれど、でもそれが彼の選択だったのだ。そんな彼を、誰もとやかく言うことはできない。
焦らずじっくり、マイペースに。美味いコーヒーを落とすかのように。
Aztec Camera
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1. Birds
3枚目のシングルとしてリリースされ、チャートインはせず。1年以上経ってからのシングル・カットだから、それもまぁ当たり前か。
教授からインスピレーションを得て作られた打ち込みのバッキングは、ずっと聴いてても気持ちいい。案外複雑に練られたリズムをベースに、効果的に絡むRoddyのソフトなギターソロ。ここでのRoddyの声に迷いは見られない。シンセ主体ではあるけれど、どんな可能性をも受け止めるサウンドに支えられ、しっかり足を据えたヴォーカルを聴かせている。
2. Safe in Sorrow
これまでだったら、もっとテンポを速くしたパワー・ポップ的なアレンジでまとめたのだろうけど、ここでは立ち上がらずに腰を落ち着け、ゆったりしたポップ・バラードに仕上げている。でも足ではせわしなくリズムを刻んでいる。そんな感じの若さが垣間見える歌。後半の女性コーラスは『Love』っぽい。そっちに入ってても違和感ないな。
3. Black Lucia
ライブで取り上げられることも多い、日本のファンの間でも人気の高いロッカバラード。でもシングルにはなってなんだよな。今回調べてみて、初めて知った事実。
Roddyのギター・プレイは定評のあるところだけど、その魅力のひとつに「弾きすぎない」点が大きなウェイトを占めている。これ以上長いとしつこ過ぎるところまで行かず、ちょっと長めのオブリガード程度のサイズに効果的に収めてしまうところが、センスの良さを思わせる。ここでもそのセンスは発揮されている。
4. Let Your Love Decide
眠くなるほど心地よいバラード。ほんとに眠っちゃうわけじゃないけど、ゆったりした16ビートをベースとして、アダルティなホーンと軽くサスティンのかかったギターで彩られると、そこにあるのは微睡みの世界。終盤のストリングスがとどめを刺す
5. Spanish Horses
第1弾シングルというより、ここから教授とのコラボが始まった記念すべき楽曲。まだ『Dreamland』のコンセプトが固まる前にレコーディングされているので、まったり感は少ない。4.でかなり微睡んでしまうので、アタック音の強いスパニッシュ・ギターは効果的である。こういったプレイもできるんだ、ということでリリース当時、ちょっと話題になった。UK最高52位。
6. Dream Sweet Dreams
あまり教授の影響を感じさせないパワー・ポップ・チューン。アルバム・リリースとほぼ同時にシングル・カットされ、UK最高67位。あれ、「Spanish Horses」よりランク低かったんだな。リード・トラックとしてはパンチが弱かったのか。間奏では、ロック寄りのギターソロが聴けるけど、こういったのはこれが最後になる。
7. Pianos and Clocks
タイトル通り、ピアノと時計の秒針の響き、それにアコギ。このアレンジは教授へのリスペクトが窺える。多分、教授ならここまでベタなアレンジを提案しないだろう。マイナーで統一されたメロディは、過剰にならない程度のセンチメンタルを喚起させる。もうちょっと楽器を増やせば彩りが華やかになるけど、そうするとメロディの良さが薄まってしまう。さじ加減の微妙なところだな。
8. Sister Ann
そのさじ加減がうまく行ってるのが、この曲。単調なAメロによって、サビの「Sister Ann」が引き立っている。ピアノのユニゾンと女性コーラスがサウンドを引き締めており、きちんとまとまったポップ・ソングになっている。こっちをシングルにしてもよかったのに。
9. Vertigo
多くの洋楽リスナーがこのタイトルで真っ先に思い浮かべるのがU2だと思うけど、俺もそう。まぁタイプはまったく違うけど。
リズム・エフェクトに教授の影がちらほら。後半に進むにつれての盛り上がりは、迷走期を思わせる。でもヴォーカルはそこまで浮かれていない。あくまで枠の中に収めようとしている。
10. Valium Summer
「バリウムの夏」というタイトルが何を暗示しているのか、いろいろ調べてみたけど結局わからなかった。ただ単に「V・A・L・I・U・M」って語呂が良くて歌いたかっただけなのか。教えて英語に詳しい人。
アレンジは相当に凝っており、特に中盤のピアノ・ソロは、ポップのフィールドにいるだけでは思いつかないフレーズが頻発している。ちょっとネオアコ期を彷彿させるギターの音色も効果的。
11. The Belle of the Ball
恐らく35歳以上には、最も知名度の高いAztec Cameraナンバー。TBSで放送していた「ガチンコ」内コーナー「ガチンコ・ファイトクラブ」で使用されていたことによって、曲名は知らないけど聴いたことがある人は多い。
ストレート直球勝負のアレンジと、徐々に熱を帯びるRoddyのヴォーカル、ほどよく抑制されたバンド・アンサンブルは、悩み苦しみ葛藤する若者の背中越しを経て、効果的にシーンを「演出」した。楽曲自体に罪はないけど、いい意味でも悪い意味でも、「感動」を盛り立て過ぎちゃったことは事実である。
ほんとはここで終わるはずだったのだけど、Roddyの近況についても書いたので、次回へ続く。
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