比較的、王道スタンダードな方針のCBSに対し、80年代のエピック・ソニーは、その幅広いアーティスト・ラインナップから、恐ろしく懐の深い企業であったことで知られている。ほぼ同時代に、佐野元春とラッツ&スターと一風堂とモッズとが、同じレーベルでひとくくりにされていたのだから、考えてみればポリシーのない組み合わせだよな、これって。
当時のレコード会社のディレクターは、一応会社員ではあるけれど、それぞれが独立した独り親方のようなものだった。それぞれ、自分の好みと感性に合ったアーティストを探し出し、それぞれ独自の戦略やコネクションで営業戦略を立ててこそ、一人前とされていた。特に、レコード会社としては新興だったソニーは社員の平均年齢も若く、業界の慣例やしきたりに縛られることも少なかったため、何かにつけしがらみの多い老舗では、思いもつかない手法を次々と編み出していた。
それまで他社があまり力を入れてなかったビジュアル面の充実を図るため、若手カメラマンやスタイリストを積極的に起用して、スタイリッシュなグラビアやPVに予算を割いたのは、ソニーが最初である。それだけならまだしも、そのグラビアを広く世に広めるため、雑誌まで作ってしまったところに、80年代ソニーの凄さがある。宣伝媒体のインフラまで整備しちゃうのは、なかなかの大ばくちだよな。でも売れてたんだよ、パチパチ。
そんな風に、何でもかんでもスタイリッシュに染め上げてしまうソニー・メソッドにうまくフィットしたのが、バービーボーイズである。
ロック・バンド特有の泥くささを感じさせない男女ツイン・ヴォーカルと、スタイリッシュなバンドマンの理想像だったギタリスト、エキゾチックなラテン系風貌のベース、ドラムは…、この人だけは普通だったかな。
ビジュアル映えする個性的なルックスの集合体は、新進気鋭の映像ディレクターやカメラマンにとって絶好の素材であり、バービーの登場は、従来の汗くさいロック・バンドのイメージをガラッと変えた。
ギターのいまみちともたかは、番長タイプとは真逆の知性派不良のイコンとしてカテゴライズしやすく、当時の少年漫画のモデルとしてよく使用されていた。コンタの首から下げたソプラノ・サックス、フレアスカートをはためかせながら激しく踊る杏子など、記号化しやすいキャラクターは、個性派がそろうソニー系アーティストの中でも群を抜いており、早いうちからビジュアルの認知度は高かった。
近年も、RGと鬼奴のモノマネによって、リアルタイムでは知らない世代への認知度も高まっている。もともとアラフォー以上の年代からの支持は高値安定しており、アンチの少ないバンドである。
ただバービー、いわゆるロックの歴史の流れにおいては、相当軽んじられた存在である。決して本流ではなく、常に傍流を走ってきた彼ら、通常のロック・バンドのフォーマットからは、ことごとく逸脱した存在である。
シングル・ヒットも多いため、その逸脱加減は見えづらいけど、姿勢としてはかなりプログレッシブである。
日本人には馴染みの深いマイナー・メロディと、U2やPoliceをルーツとしたUKギター・ロックのバタ臭いサウンド、コンタが高音を歌い、杏子は低音パートという前代未聞のヴォーカル、ハイポジションでやたら手数の多いベース、ドラムは…、まぁ堅実だよな。しかも、ギターというリード楽器があるにもかかわらず、さらにソプラノ・サックスまでぶち込んでしまうごった煮感。
本来ならうまく混じり合わず、やたらテンションだけが高いフリーフォームになってしまうところが、いや実際にバラバラなのだけど、「普通のロックに収まりたくねぇ」という想いによってベクトルがひとつになって、何だかいつの間にまとまってしまう、という摩訶不思議さ。
こうやって文章にすると、何だか支離滅裂なサウンドを連想してしまうけど、そんな力技感が感じられないのは、メンバーそれぞれの技術的ポテンシャルの高さ、そしてリーダーいまみちのプロデュース能力に拠るところが大きい。
ビジュアル的にも十分キャラ立ちしてるしUKニューウェイヴの加工輸入サウンド+深いリヴァーブのギターは独自性が強かったし、「ふしだら」「よこしま」「悪徳」など、Jポップではあまり使われないけど英語的な語感の言葉に光を当てて新たな価値観を生み出したり、アーティストとしてのバービー=いまみちの功績は大きい。
一歩間違えれば、斜め上のイタいサブカル・バンドで終わっちゃってたはずなのに、奇跡的なキャラクター・バランスの均衡と、80年代イケイケだったソニー戦略とうまくフィットしたことによって、後世まで語り継がれ愛されるバンドとなった。
でも、時代を先導してたわけじゃないんだよな。あくまで脇道を独り全力疾走してた感が強いのが、バービーの特異性である。
GS~はっぴいえんどをルーツとした「正調」ロックの歴史と、アングラ~ニューウェイヴから連なる「裏街道」ロックの歴史という2本の縦軸があったとして、その時系列とは違うベクトルで活動してきたのが、バービーである。ていうか、80年代ソニーそのものが独自の時系列を形成していたこともあって、一般的なロックのルーティンとは微妙にずれたアーティストの多いこと。米米や爆風スランプだって、ソニーがなかったら決して表に出てこれなかった連中だ。逆に言えば、一般的なロックのフォーマットとは距離を置いてきたこと、その距離感こそが彼らの確固たるオリジナリティの形成に役立ったとも言える。
たまに雑誌やネットの企画で出てくる「日本のロックの歴史」において、バービーが大きくフィーチャーされることは、あんまりない。同時代の代表的バンドとして連想するのが、レベッカやBOOWY、ブルーハーツといったところだけど、バービーの扱いといえば「その他大勢」、メインで取り上げられることはほぼない。記号化されたキャラクターと、音楽以外に起伏の乏しいバンド・ストーリーは、いわゆるロック村の住人にとっては感情移入しづらいのだ。
劇的なサクセス・ストーリーとかメンバー・チェンジとか恋愛スキャンダルでもあれば、いい意味での生臭さが出たのかもしれないけど、そういった人間臭さが出た後期、バンドはすでに修復不可能、活動休止に入ってしまっていた。日本人的なウェット感を表に出さず、あっさり解散の道を選んだあたりにも、つかず離れずの距離感を保ち続けていたバンド内のパワー・バランスが窺える。
で、彼らにとって2枚目のアルバムとなったのが、1985年リリースの『Freebee』。デビュー作からわずか8か月でリリースされ、オリコン最高18位をマークしている。
ソニーのアーティストによくありがちなパターンだけど、デビューして間もなくの彼らはキワモノ扱いの枠に組み込まれていた。ロックの通常パターンにはない男女ツイン・ヴォーカルというスタイルが「ロック版ヒロシ&キーボー」と称され、しかもロックの常套句にはない言語感覚のタイトルや歌詞がまた、いわゆる「本格派」のロック村からは敬遠されていた。
かつて70年代、「日本語でロックは可能か?」という命題があって、有名無名も含めて業界内では一大論争となったらしいけど、80年代に入ると躊躇なく英語を自在に操る佐野元春が現れ、そして桑田佳祐がさらに一歩踏み込んで、「英語っぽく聴こえる日本語」の多用によって、そんなしちめんどくさい垣根を取り払ってしまった。
そこからは「英語でも日本語でも、メロディに乗ってればどっちでもいいんじゃね?」的にユルいムードに移行してゆくのだけど、85年はまだその過渡期にあたっており、70年代の残党がまだ幅を利かせていた。なので、バービーのファンはもっぱら、過去のしきたりや先入観とは無縁なティーンエイジャーが多くを占めていた。
で、そんなイロモノ枠の先入観が取り払われるようになったのが、ここからだったんじゃないかと、今になって思う。その決定打となったのが、U2~Steve Lillywhiteへのリスペクトとなった「チャンス到来」、そしてソニー的人生応援歌の源流のひとつとなった「負けるもんか」の2曲。
どちらもいまみちによる強烈にクセの強いサウンド・デザインによって、既存の意匠を使いながら、結局はオリジナリティの方が勝る仕上がりになっている。アルバムの主軸となる2曲の存在によって、ティーンエイジャーへの認知度は一気に広まることになる。
バービーボーイズ
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1. midnight peepin'
ミディアム・スローに聴こえるのに、タイトなドラム・プレイと地表をうねるベース・ラインがスピード感を演出している。ギターとヴォーカルを取っ払っても十分成立してしまうところに、バービーの奥深さがある。ギター・フレーズ自体はオーソドックスだけど、サスティンの効いた響きはほどよく空間を埋める。この奥行き感も、バービー・サウンドの魅力である。
2. 負けるもんか
12インチ・シングルで発売された、バービー初期の代表曲のひとつ。1.はほぼコンタのソロだったけど、ここでは杏子が大きくフィーチャーされる。ハスキーでハスッパな女を演じさせたら、彼女の右に出る者はいなかった。コンタもまたハスキーな性質であったけれど、杏子のような「憂い」がなかったため、時に一本調子になってしまうところを、勢いの良さでカバーしている。いい意味だよ、これって。
3. チャンス到来
こちらも先行でシングル・カットされたミディアム・バラード。俺がバービーを知るきっかけになった曲。PoliceとJesus and Mary Chainの奇跡的な融合を軽々と実現するいまみちのコンポーザー能力は、同世代の中でも抜きん出ていた。考えてみればバービー、ほとんどシンセって使ってないんだよな。ほぼギターだけでメロディ・パートやっちゃうんだから、そのアレンジ能力はずば抜けている。
「チャンス到来 転がり込んで 秘密のジェスチャー」
長い友達で気心も知れあって、お互い気があるのもわかっているはずなのに、きっかけがつかめずあと一歩が踏み出せない。そんな距離感の詰まり具合と曲の進行がうまくシンクロしている。
4. マイティウーマン
ほとんどワンコードで進行する、ライブ映えするノリ一発のロック・チューン。間奏のコンタのサックス・ソロがPoliceへのオマージュっぽいのと、カッティング・ギタリストいまみちの迫真のプレイが堪能できる。
5. でも!?しょうがない(Riverside Mix)
冒頭の杏子の「バカバカバカ」が強烈な印象を残す、歌謡曲テイストの濃いロック・チューン。こちらもシングル・カットされており、初期の代表曲として安定した人気を保っている。こうして聴いていると、ギター・ソロにそれほどこだわりのないいまみちのスタイルは、同じくリフ勝負のPete Townsendを連想させる。彼もまた、コンポーザー気質だったしね。
6. 悪徳なんか怖くない
こちらも杏子の「なんてウソつきなの!!」という絶叫フレーズが頭に残るナンバー。こうして書いてると、なんだか一発芸扱いだよな。でも、当初はその破天荒さこそが彼女の魅力だったのだ。ひらつくスカートからのぞく美脚とあわせて。
7. ドンマイ ドンマイ
基本、自分で歌わないいまみちが作曲しているため、一応、2人のキーには合わせているんだろうけど、バービーの曲は総じてどれもフラット気味なケースが多い。循環コードをわざと外すようなサビを持つこの曲は、そのフラットさがうまく作用して、男の子の複雑な心境をうまく表現している。気のある女友達が彼氏とうまく行かなくなって、愛憎半ばでその相談に乗る男の感情の揺れが、妙にリアル。よく書けたよな、こんな歌詞。
8. ラストキッス
この曲のみ、ヴォーカル・作詞作曲ともコンタの手によるもの。サビの突然の転調具合や着地点の見えないコード進行といい、不思議な感触のナンバー。でも考えてみれば、バービーとしてデビュー前、いまみちと組んで間もない頃、2人で目指していたのはこんなメロディだったのかもしれない。
9. タイムリミット
続いて杏子のソロ。普通なら、デュエットと好対照に、女性としての弱さを表現するようなサウンドになりそうなところを、相変わらずいまみち、好き放題にフリーキーなギターでサウンドを染めている。メロディ自体は歌謡曲の系譜にあるロッカバラードなだけに、いい意味でのいびつさが際立つ。
10. ダメージ
ラストを飾るのは、コアなバービー・ファンの間では人気の高い、いわば隠れ名曲。「もとどおりにランデブー」。このフレーズを冒頭に持ってきた時点で、当時のいまみちが最高の作詞家であったことを証明している。
サウンドメイカーとしての評価はもともと高かったいまみち、ただ四半世紀以上経っている今だからこそ、バブル以前の普通の男女の憂いを切り取るコピーライト力は、もっと評価されてほしい。
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