folder -60年代終わり、大学でDonald Fagenと出会い、Steely Danを結成したWalter Beckerが、日曜日(9月3日)亡くなった。67歳だった。
 Beckerは体調不良のため、7月にアメリカで開かれた2つのフェスティバル<Classic West><Classic East>でのSteely Danのパフォーマンスに参加していなかった。
 Fagenは先月初め、『Billboard』誌のインタビューで、病名などには触れなかったが、「Walterは回復しつつあり、すぐに元気になることを願ってる」と話していた。
 その願いは届かず、長年の友人、相棒を失ったFagenは、Beckerとの思い出を振り返り、「僕らは永遠に彼を恋しく思う」との追悼文をFacebookに寄せている。
 Walter Becker が亡くなった。事実上、Steely Danは永遠の活動休止状態となった。
 そんなFagenが独り、日本にやって来る。これまでのソロ活動をまとめたアンソロジー『Cheap Christmas』 がリリースされるため、そのプロモーションが目的なのだろうけど、Becker の体調が思わしくないことは、以前から織り込み済みだったのだろう。近年はほぼ毎年、Danのツアーを行なっていたのに、ここに来てBeckerは帯同しなかったのだから。

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 途中、長い休止期間はあったけれど、デビューからずっと2トップでDanを引っ張ってきた2人である。腐れ縁だろうと何だろうと、互いに必要不可欠な存在だったことはわかる。でも、Danに対する彼の貢献度がどれだけのものだったのか、具体的に語れる人は少ない。実際、俺もそうだし。
 作詞・作曲・メインヴォーカルまで務めるFagenに対し、彼の仕事はなかなかつかみづらい。Steely Danのサウンド・メイキングのプロセスにおいて、メロディとはあくまで素材の一部に過ぎず、作業の多くを占めるのは、途方もない時間をかけたスタジオ・ワークである。あまり目だったプレイを見せないギター担当のBecker が担っていたのは、多くの楽曲でひねり出したアレンジのアイディアであり、今では考えられない豪華メンツらによる録音テイクの取捨選択である。
 それらは主に裏方の仕事であり、目に見えてわかりやすい作業ではない。Steely Danにとって彼が、「Fagenじゃない方」、または「宮崎駿似のオッさん」というイメージは、なかなか拭えない。

 もともとSteely Danというユニットは、Fagen & Beckerによるソングライター・チームとして発足したもので、表舞台で脚光を浴びることを目的としたプロジェクトではない。レコード会社へ送るデモ・テープ作成のため、一応バンドという形態を取ってはいたけれど、Fagen とBecker以外のメンバーは、いずれもかりそめの頭数合わせ程度の存在でしかなかった。
 よく言う運命共同体的なバンド・ストーリーとは、無縁の存在である。

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 「自ら歌い演じることは想定せず、どうにも収まりの悪い曖昧な、良く言えばルーティンを外した浮遊感漂うメロディと、思わせぶりな暗喩だらけのように思えるけど、実際は大して意味のない言葉の羅列を、あんまり頭のよろしくないシンガーに歌わせてシングル・ヒットを狙う」といった、あまりに無謀な皮算用。
 もちろん、そんな歌がヒットするはずもなく、進んで歌いたがる者もそんなにいなかった。そりゃ嫌がるよね、こんな歌いづらい曲ばっか。
 誰も歌ってくれないので、仕方なく自分たちでプレイする他なく、取り敢えずやっつけで作ったデモ・テープが、彼ら以上に斜め上だったGary Katzに認められ、「いいからまずLAに来い」と引っ張られ、取り急ぎ目ぼしいメンツをかき集めて結成されたのが、Steely Danである。

 で、話はずっと飛んで活動休止後、ソロになったFagenの作品を聴いて思うのは、案外まともな感性を持つ彼のパーソナリティである。
 カマキリのまっ正面どアップというポートレートの『Katy Lied』や、悪意と皮肉の塊だった『Can’t Buy a Thrill』のジャケット・デザインから察せられるように、Danの作風は基本、非日常性を基点とした奇抜な題材やシチュエーションを取り上げることが多い。2人とも、生粋のアメリカ人であるにもかかわらず、作風やユーモアのセンスは英国人的に屈折度が強い。EU圏内での根強い人気が、それを証明している。
 対してソロでのFagenは、多分、Danとはキャラかぶりしないよう配慮しているのだろうか、基本、少年時代の実体験や中年期の鬱屈や葛藤など、極私的なテーマの作品が目立つ。9.11同時多発テロがモチーフの一部となった『Morph the Cat』も、Fagen自身がNY在住であるからこそリアリティが増しているわけで、彼にとっては絵空事ではない。それは「特別な日常」だ。

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 基本、等身大のテーマを取り上げることによって、Dan時代との差別化を図っていたFagenだったけど、「エコロジカルなカマキリ型のハイテク・カー」なんて突飛なコンセプトを、クソ真面目な態度で語りながらも実は壮大な冗談だった『Kamakiriado』なんてアルバムは、Fagen単独では作れない。Beckerによるプロデュースだったからこそ成せる業だったわけで。
 もちろん、Fagenの中にもBecker 的なエキセントリック性はあるのだけど、ソロになると、作家性や内面性を優先してしまって、曖昧さと不条理さというのは副次的なものになってしまう。やっぱかしこまっちゃうんだろうな。
 そんな彼のSteely Dan性を引き出してしまうのがBecker であり、かつてはそこにKatzとの化学反応が加わっていた。そして、そんなFagenを尻目に、単独でその不条理性を表現できていたのがBecker だったわけで。
 彼のソロ・アルバムなんて、そんな不可解さ・不条理性だけで構成されてるもんだから、まぁアクの強いこと。やっぱ、スパイスだけの料理はちょっとキツいよね。まず、味わい方からわかんないんだもの。

 そんなことは2人とも、とっくの昔にわかっていたのだろう。
 Fagen独りで『Nightfly』はできるけど、「リキの電話番号』はできない。万人向け(とは言っても、単純に一般受けするような代物じゃないけど)する精巧なAORはできるけど、Becker がいとも簡単に放ついびつな感触は再現できないのだ。Fagen、Becker、Katz三者三様による絶妙なバランスのもと、全盛期のSteely Danは成立していた。70年代という空気もまた、彼らに味方していた。
 ただ、そういった緊張関係は長く続くものではない。年がら年中、顔を突き合わせていると、互いの顔さえ見るのもイヤになるのは、普通の会社勤めでもよくある話であって。特にエゴの強い人間が集まると、その感情はさらに助長される。
 何年かに1度、顔を合わせてツアーを回る程度の気楽さがあれば、バンドの寿命はもう少し延びていたことだろう。過剰なスタジオ・ワークは、払う犠牲があまりに多すぎる。

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 で、そんなBecker の貢献度が最もわかりやすいDanのアルバムといえば何なのか。
 これを機に、ちょっと真剣に考えてみた。
 基本、どの曲もFagen のキャラクターが強いのだけれど、まぁほとんどの曲でメインで歌っているのだから、これはどうにも致し方ない。そんな彼のパーソナリティが目立たない時期はどの辺りなのか―。というわけで、行き着いたのがデビュー・アルバムだった、という結論。
 楽曲こそ、ほぼすべてFagen / Becker の共作で占められているけれど、ここでは後年と違って、Fagenがすべてヴォーカルを取っているわけではなく、David Palmer という人と半分ずつ分け合っている。まだフロントマンとして立つことに吹っ切れてなかったのか、はたまたソングライターとしてはともかく、ヴォーカリストとしての適性に疑問を抱いていたKatzの横やりだったのか。
 まぁそんなのは不明だけど、まだデビューしてポッと出の急造バンドであるからして、どこかチグハグ感は否めない。Fagenメインの楽曲でも、カリスマ性の薄い彼のパフォーマンスより、突飛なアレンジ技を繰り出すBecker の奇矯さの方が目立ってしまうことが多い。そのミスマッチ感こそが初期Danの魅力であり、ヴァーチャル感あふれるバンド・サウンドは、「どうにか商品として成立させるんだ」というKatzの意地が見え隠れしている。

 『Can’t Buy a Thrill』以降は、ほぼFagenがメイン・ヴォーカルを取るようになり、Beckerのプレイヤビリティは、時々見せる変なギター・ワークのみとなってしまう。ただそれは、徐々にメンバーが脱退してユニット形態へ移行してゆく過渡期であり、目に見えぬトータル・サウンドへの貢献度は、むしろ高まってゆく。
 最後には、オリメンはFagen とBecker の2人だけになり、運命共同体的バンド・マジックを捨てた『Aja』『Gaucho』では、クレバーなサウンド・メイキングの魔力が顕在化してゆく。


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1. Do It Again
 1972年のリリースでラテン・リズムの導入ということで、Santanaを意識してたのかと思ったけど、多分違うと思う。「Do It Again」という楽曲がラテン・テイストを希求しただけで、最初からラテンありきではなかったと思われる。だってこんな曲調、彼らはこれしか作ってないし。
 エレクトリック・シタールのインパクトが強くて影に隠れがちだけど、Jeff Baxterのドブロなギター・ソロも印象深く、初期のDanが案外バンド・アンサンブルのひらめきに頼っていたことが窺える。そりゃそうだよな、デビュー作だもの。後半から地味にテンポアップするJim Hodderのプレイも堅実かつスクエアで、もしこのまま民主的なバンドになったとしたら、それはそれで面白かったと思うのだけど。



2. Dirty Work
 ここでヴォーカルがPalmerに後退。序盤は気の抜けたカントリー・ロックな風情。生真面目なNeil Youngといった感じかな。サビのコーラス・ワークは後年のDanを思わせるけど、間奏のあんまり芸のないサックス・ソロは、ちょっといらなかったと思う。
 復活後のライブでも、Fagenはヴォーカルを取らず、主に女性シンガーに投げっぱなしなので、あんまり歌いたくないんだろうな。だったらセットリストに入れなきゃいいのに。

3. Kings
 なんだかユルい2.の後、再びFagen登場。やっぱヴォーカルが締まって聴こえるんだな。ヴォーカルだけ取り出して聴けば、疾走感あふれるロック・チューンなのだけど、間奏の神経症なギター・ソロといい、従来のロック的尺度で測れば奇妙な味わい。オーソドックスなロッカバラードのはずなのに、帰着点の曖昧なメロディを創り上げたことで、彼らの目論見は達成されている。

4. Midnite Cruiser
 なぜかヴォーカルがドラムJim Hodder。コーラスのかぶせ方やロック的なリズム・パターンからして、見事なカントリー・ロック。こういうのを聴くと、バンド・アンサンブルの偶然性に頼ったグルーヴ感というのは、ソングライター・チームの本意ではなかったことがうかがい知れる。プレイヤー側ではなく、ブレーン側の主導によってアンサンブルを構築することが、本来の彼らの構想だったのだろう。Katzから吹き込まれた部分もあるんだろうけど。

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5. Only a Fool Would Say That
 ここではボサノヴァっぽいギター・プレイを見せるBaxter。カントリー・ロック性から遠く離れて無国籍性こそが、初期Danの持ち味であったことを証明している。3分程度の小品で、スタジオ内の会話でフェードアウトという、肩の力の抜けた楽曲。ただこのアルバム以降は、5.のような曲調がメインとなってゆく。

6. Reelin' In the Years
 ベストやブートのタイトルになったりで、何かと人気の高い初期の代表作。ロック・マナーに沿ったギター・プレイと、洗練されたカントリー・ロック風のコーラスが、一般的なロック・ユーザーからも好評を得た。シングルとしてUS最高11位。

7. Fire in the Hole
 ジャズ・ヴォーカル色の濃いFagenヴォーカル・ナンバー。すでに後期の味わいを感じさせる楽曲となっており、無国籍感漂う彼らの作風がすでに固まっていることを証明している。Fagen自身が弾くピアノ・ソロは正直拙く、その後はあまりレコーディングでは弾かなくなってしまう。ヴォーカルとアレンジに専念することによって、楽曲としての完成度は高まってゆくのだけど。

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8. Brooklyn (Owes the Charmer Under Me) 
 Palmer登場。歌い方自体はFagenに似せようとしているのだけど、その素直な性質ゆえ、凡庸なミディアム・バラードに落ち着いてしまっているのが惜しい。
 考えてみればDanのカバーで真っ向から勝負したものって、あまり見当たらない。De La Soulがトラックを使ったことで再評価が高まったこともあったけど、あれはまぁカバーっていうかサンプリング・ネタとしての評価だし。
 逆説的に、Donald Fagenという声はSteely Danの楽曲にとって不可分である、ということなのだろう。

9. Change of the Guard
 ブギウギっぽいピアノとリズム・パターン、ラララというベタなコーラスといい、非常に西海岸ロック的。まぁたまにこういったのも一曲入れといた方がウケもいいし、ライブ映えもするだろうし。カッチリしたプレイが多くなるバンドのフラストレーション発散のためには、こういったセッション的な楽曲も必要なのだろう。ソングライター・チーム思うところの「ロック的」なメソッドに沿って書かれた曲。

10. Turn That Heartbeat Over Again
 最後はFagen 、Palmer、そしてBeckerも登場してのトリプル・ヴォーカル。大団円といったムードで締めくくるはずが、ちっとも盛り上がるような曲ではない。ていうか、別にFagenだけでよかったんじゃない?
 楽曲自体は変則コード進行による、居心地の悪さが目立つ作り。ナチュラル・トーンのギターの音色もどこか場違いだし。でも、その違和感こそがSteely Danである、と言ってもよい。まだデビュー作なだけあって未消化の部分もあるけど、目指すベクトルだけは伝わってくる。




 -私は我々が一緒に作り出した音楽を、私ができる限り、Steely Danと一緒に生き続けるようにしておくつもりです。
 
 Donald Fagen
 2017/09/03



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