folder -プロテスト・ソング(Protest Song)とは、政治的抗議のメッセージを含む歌の総称である。
 政治的な主張やスタンスからは最も遠く、むしろ抽象的な言い回しや婉曲的な表現の多いPaddy McAloonが、なんでこんなアルバム・タイトルをつけたのか。
 同名タイトル曲が入っているわけではないし、基本、日々の感情の機微やうつろい、物憂げなラブソングを歌ってる人なので、もともと過激なテーマを取り上げる人ではない。日本で言えば来生たかおや稲垣純一など、ニューミュージック寄りのポジションのアーティストであり、営業戦略的にはあまりふさわしいタイトルではない。エピックもよく、こんなミスマッチなタイトルでゴーサインを出したものだ、と思ってしまう。

 マニアックなコード進行を使ったメロディに、曖昧で意味深げなボキャブラリーを乗せたデビュー作『Swoon』でニューウェイヴ以降のネオアコ・ムーヴメントの筆頭格としてシーンに躍り出たPrefab、UK最高22位というチャート・アクションは新人としてはなかなかの実績だったけど、あくまで国内のみで知られる存在に過ぎなかった。当時はAztec CameraやOrange Juice、Housemartinsの方が人気があったのだ。
 明快なメロディを口ずさみながらアコギをメインとした演奏を繰り広げるバンドが多かったネオアコ勢の中、変に意味ありげで抽象的な言葉を無愛想なサウンドで無造作に投げ出す彼らのサウンドは、明らかに異質だった。配給元ののレーベルKitchenware自体がクセのあるアーティストを多く抱えていたこともあって、バンドの自主性を重んじることは良かれと思うけど、積極的に売り込むノウハウには欠けていたせいもある。

prefab-sprout-6-a-demain-les-chiens-sur-la-lune,M193204

 そんな彼らが一躍スターダムへと駆け上がるきっかけとなったのが、2枚目のアルバム『Steve McQueen』。ロング・セールスを記録し、USでも最高180位と下位ながら、唯一ビルボードでチャートインした、彼らの代表作である。以前のレビューでも書いたけど、ここからポップ・プロジェクトPrefab Sproutの本当の意味でのスタートとなる。
 タイトルからわかるように、アメリカでのリリースの際、遺族からクレームがつき、『Two Wheels Good』という、何とも中途半端なタイトルに変更させられた、という経緯がある。何かしら横やりが入るのもわかりそうなものなのに、アーティスト側はともかくとして、当時のエピックの担当者は何を考えていたのか。多分、たいして考えてなかったんだろうな。いきなり大ヒットするような類のジャンルじゃないし。

 世界的に見ても名盤扱いされているこのアルバム、当時「彼女はサイエンス」などの世界的ヒットで若手クリエイターとして注目されていたミュージシャン兼プロデューサーのThomas Dolbyとがっぷり四つに組んで作り込まれたポップの芸術品である。この時のレコーディング体験によってPaddyのポップ・センスが開眼、以後、長きに渡るタッグを組むことになるのだけど、それはまた別の話。

 で、ほぼDolbyとPaddyとの濃密な2人作業で練り込まれ組み上げられた『Steve McQueen』のレコーディングが終了、ミックスも何もかも終わって2週間後、ほぼ休む間もなく開始されたのが、この『Protest Songs』のレコーディング。普通ならフル・アルバム分のストックなんてなさそうだけど、もともと『Steve McQueen』用に用意された曲が相当数あり、クオリティの問題でボツになった以外にも、コンセプトが合わずに収録されなかった曲も多かったため、その辺は無問題だった。

Prefab_S_MP88292810-1253x1000

 目新しいエフェクトやMIDI機材に囲まれた中、主にスタジオ・ブースでシミュレートしながら創り上げてゆくサウンドは、もともとバンド・マジック的な連帯感とは無縁で、むしろソングライター的な気質を持つPaddyにとって、その孤独な作業は苦ではなかった。
 彼にとって音楽=作曲という作業は、勢い余った初期衝動の産物ではなく、むしろ精密に組み立てられた工芸品的なニュアンスの方が強い。ハプニングや偶然性をコンセプトとした現代美術ではなく、長い年月をかけて培われた技術によって生み出された職人の作品こそが、Paddyの志向するところなのだ。
 青年期の一時的な衝動を経て、華麗な円熟期へのベクトルが示されたのがこの時期だったと言える。

 ただ、人間はそうすぐには変われない。
 きらびやかな密室ポップへの方向性を見出したPaddy McAloonではあるけれど、ヒリヒリ叩きつけるような冬のつむじ風の如く、円熟を拒む規格外のサウンドを創り出すPaddyも、そこには同時に存在する。何しろ、この時のPrefabには彼以外、3人のメンバーがいたのだ。
 実弟Martin McAloon (b)、Neil Conti (dr)、そして紅一点、恋仲でありながら、ついにPaddyと結ばれることのなかったWendy Smith (key)。実質的にプロのミュージシャンと言えるのはNeilくらいであったため、当初からPaddyのワンマン・バンドとしての認識が強かったけど、それでも当時のPaddyはバンドという組織への理想像、運命共同体としてのあり方など持っていた。少なくともこの時期は。

4

 精緻に作り込まれたサウンドの対極、または同列として、シンプルなバンド・サウンドへの憧憬というものも残っていたPaddyがここにいる。
 ギターの音色ひとつ、またはドラムのリバーヴ加減ひとつにもいちいちこだわり、あれこれ違うエフェクトを試しながら理想の音を探る、という作業も、それはそれでひとつのやり方である。だけど、そんなモダンなやり方、機材のセッティングに何時間もかけるようなやり方じゃなく、もっと段取りを端折ったっていいんじゃね?的な。メンバー全員でスタジオに入り、アンプの電源を入れたら軽いサウンド・チェックと雑なコード進行の打ち合わせ、それだけ決めてあとは「せーの」で音を出す。間違ったっていい。まずは探り探り完奏してみよう。終わったら一度テープ・チェック。あそこをこうやって俺はここで入るからお前はあのパートをこんな感じで云々。雑談交じりの打ち合わせは休憩時間の方が長い。でも、そんな無駄な時間も含めてのバンド・レコーディングなのだ。タバコの切れのいいところでリテイク。さっきの修正点も含め別なアプローチも交えつつ、もう一度演奏してみる。さっきよりまとまりは良い。でも、ファースト・テイクほどの緊張感や勢いはちょっと薄くなる。結局、全員一致で最初のテイクが採用となる。まぁこんなもんだよね。
 -そんな風にPaddyが思ったのかどうかは不明だけど、まだ辛うじてバンドとしての形が保たれていた、そんな危うげな状態だったPrefabの瞬間をパッケージングしたのがこのアルバムである。

 で、「プロテスト・ソングス」。「プロテスト」単体の語義はそもそも「反抗」という意味合いだけど、Prefabファンなら知ってのとおり、このアルバムに限らずどの時期においても、強い負の感情を表すサウンドは存在しない。一体、何に対してアンチを表明しているのか。
 『Steve McQueen』完パケ後、ほぼ時を置かずしてレコーディングは再開された。間口の広い「陽」に対し「陰」を司る象徴として、『Protest Songs』は制作された。そして陰陽のコントラストをより鮮明に印象付けるため、あまりブランクを置かずリリースすることが、バンドとしての意向だった。
 だがしかし。シングル「When Loves Break Down」が思いのほか売れてしまったため、状況は一変する。この勢いに乗せて収録アルバムをプッシュしてゆきたいエピックの思惑の方が重視され、リリースは一旦ペンディング、近い将来に改めて仕切り直し、という事態となった。
 そうなると面白くないのがバンド側である。当初から間髪置かず、連続リリースすることに意味があったのに、ブランクを置くことは意味合いがまったく違ってくる。あれだけ入れ込んで創り上げたにもかかわらず、Paddyは一気に興味を失ってしまう。もうどうだっていいや。
 で、実際にリリースされたのはその4年後。さらにレコーディング・テクニックにこだわりまくったおかげでスケジュールが押しまくった『Jordan the Comeback』リリース遅延のつなぎとして、このアルバムはようやくリリースされた。

scan

 そんな曰くや逸話の多い『Protest Songs』。「付帯情報ばかりが多いわりには地味なアルバム」と思われがちだけど、先入観を一旦取り払って聴いてみると、また違った側面が見えてくる。
 特に具象化がちょっとだけ進んだ歌詞。基本は、あまり救いのないラブ・ソングが中心なのだけど、主人公であるPaddyの視点の先、または背後のバックボーンに存在しているのは、絶対的な神の視点である。「教会」や「祈り」など、80年代のチャラいほとんどのポップソングと比べると、明らかに異色である。冷笑に満ちた皮肉な英国人にとって、宗教を中心とした世界観は至って普通のことであり、日々の生活に根差したものである。いくら性格が悪い英国人と言ったって、ほとんどは素朴で敬虔な一般人である。ただちょっと他人の不幸に目ざといだけであって。

 俺の家系は代々無宗教なので、その辺は詳しくわからないのだけど、ローマ=バチカンを主軸としたカトリック正教に対し、ヘンリー8世の独断によって誕生したのが、英国国教会を中心としたプロテスタントである。門外漢から見れば、どっちも同じキリスト教なんじゃね?と思ってしまうけど、彼らの中では新・旧ときっぱり別れている。同じ神を奉りながら、その姿勢はまったく別物なのだ。
 レーベルに対する反逆精神と対を成す、個人的な恋愛観の隙間から見え隠れする宗教観。
 これらのダブル・ミーニングを交えたタイトル=コンセプトを持つのが『Protest Songs』だとしたら、納得が行く。彼の中ではどちらも等価なのだ。


Protest Songs
Protest Songs
posted with amazlet at 16.12.04
Prefab Sprout
Sony/Bmg Int'l (1997-02-03)
売り上げランキング: 272,413



1. The World Awake
 低音でつぶやくような「Oh, Yeah」というコーラスが耳に残る、気だるい世界の目覚めを象徴するナンバー。ベーシック・トラックもシンセのエフェクトも、あまり練られた感じではないけど、バンド・グルーヴが心地よいので最後まで飽きずに聴くことができる。
 アウトロ近くのフィル・インなど、Neilの技が光っている。やっぱ生粋のミュージシャンだな、この人は。

2. Life of Surprises
 後にリリースされたベスト・アルバムのタイトルにもなった、地味だ地味だと言われている『Protest Songs』の中では1.と並んでキャッチーなアップテンポ・ナンバー。ファンの間でも昔から人気が高い。そのベストに合わせてシングル・カットされ、UK24位という、彼らの歴史の中でも比較的高いセールスを記録した。
 ほぼ音色をいじっていないシンセのリフが気持ちいい。1.同様、ポップ・バンドにしてはグルーヴ感が強く出ている。ほんと、この路線もあったんじゃね?と改めて思ってしまう。

Prefab-sprout-1443x1000

3. Horse Chimes
 アップテンポがつづいたので、ここでペースダウン。軽やかで洒脱なアコースティック・チューン。あまり加工されていないPaddyのヴォーカルが瑞々しい。これ以降はもっとエコーも深めでフェイザーをかけ過ぎて、時に過剰になってしまう場合もあるのだけれど、ここでは曲調とマッチしたラフな仕上がりが良い方向に出ている。
 不思議なコード進行のため、Paddy以外が歌ったら支離滅裂になってしまいそうだけど、危うさを見せながらもきちんとまとまった小品に仕上げている。

4. Wicked Things
 リズム・セクションが思いのほか健闘ぶりを発揮している、ややホワイト・ソウルっぽさも感じさせるナンバー。Paddyにしては珍しく、ダルなロックンロールっぽいギター・プレイ。曲調としてはシンプルなので、逆にバンドの一体感がクローズアップされている。

5. Dublin
 A面ラストはさらにシンプルに、Paddyのアコギ弾き語りバラード。朗々と紡がれるダブリンの寓話は古色蒼然としており、80年代ポップへの反旗とも取れる。そう、チャラさばかりが強調されるネオアコ勢も、元をたどればみなパンクを通過しているのだ。

prefab-sprout

6. Tiffanys
 チャールストンっぽく古き良きアメリカを軽やかに歌い上げる、いつもの人名シリーズ。ロカビリーを連想させるギター・プレイは、Paddy自身が楽しんでいる姿が想像できる。
 そう言えば大滝詠一も晩年はプレスリーのカバーやってたよな。洋の東西問わず、突き抜けたポップ馬鹿の背骨には、シンプルなロックンロールが宿っている。

7. Diana
 シングル「When Love Breaks Down」のB面としてリリースされたのが初出で、ここで再レコーディング。シングル・ヴァージョンが『Swoon』の面影を残したアップテンポだったのに対し、ここでは『Steve McQueen』を通過した後のアダルトなポップ・チューンに仕上がっている。
 オリジナルのギクシャクした変調ポップはニューウェイヴっぽさが強く出ていて、若気の至りとして聴くにはいいのだろうけど、やはりストレートなポップに仕上げた子のヴァージョンの方が俺的には好み。

8. Talkin' Scarlet
 当時、ネオアコ界でのヒロインの座を独占していたWendyのヴォーカルがフィーチャーされた、ジャジーな雰囲気のアコースティック・チューン。取り立てて起伏もなく淡々とした曲だけど、しみじみした味わいはファンの間でも人気が高い。ここでのPaddyのヴォーカルも、青臭い童貞が初彼女の前ではっちゃけてる感じでテンションが高い。そういった時期もあったのだな。

6956381_orig

9. Till the Cows Come Home
 産業革命時代の工場地帯を思わせるSEの後、もはやプレ『Jordan the Comeback』とも形容できる作り込まれたサウンド。すでに骨格は完成されている。
 あと必要だったのは、全体を包括するコンセプト、そしてPaddyの心の中にのみ存在する、「あるはずもない良き時代のアメリカ」という世界観。

10. Pearly Gates
 ラストは天国の門をテーマとした、荘厳とした正統バラード。メロディもコード的にもほとんど小細工もなく、ただただ神への無垢な信仰。あまりに無防備なヴォーカルは癒しとか安らぎをも通り越して、単にPaddy自身の祈りとして昇華する。もはや誰が聴いていようが、大きな問題ではないのだ。それはPaddy自身のための旋律である。
 目立たず寄り添うようにハーモニーを重ねるWendyと共に、このアルバムはきれいに完結する。
 その円環構造に出口はない。いつまでも愚直に、ただ延々と回り続ける。



ア・ライフ・オブ・サプライジズ~ザ・ベスト・オブ・プリファブ・スプラウト
プリファブ・スプラウト
ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル (2016-12-21)
売り上げランキング: 173,366
Prefab Sprout (Original Album Classics)
Prefab Sprout
Sony Bmg Europe (2009-04-07)
売り上げランキング: 178,999