高橋幸宏 - A Day In The Next Life (2) 1991年リリース、幸宏13枚目のソロ・アルバム。本人が提唱したのかどうかは定かではないけど、前作『Broadcast from Heaven』から始まった、ファン言うところの「大人の恋愛3部作」の2枚目にあたる。
 『Broadcast from Heaven』はタイトル通り、「天国」をテーマとして構成されていたけど、今回もまんま「来世」をコンセプトとした楽曲でまとめられている。ちなみに次の『Life Time Happy Time』も、そのまんま「幸福」がテーマ。変にこじれてないところに好感を持ってしまう。基本、斜に構えてわざと複雑にする人ではないのだ。
 その前作からのリード・シングル『1%の関係』は、俺の知る限りでは当時、「ミュートマJAPAN」でやたらヘビロテされていた。幸宏ソロとしてはスマッシュ・ヒットしたおかげもあって、どうにかお茶の間への認知も上がっていった。いや、元YMOとして知名度はあったんだよな、当時も。ただ、この人がどんな歌を歌っているのか、みんな知らなかっただけで。

 1991年といえば、バブルが崩壊して間もない頃、一応世間的には、ダウ平均株価がどうたら地価がこうたらと、株式相場を中心軸とした経済活動がしっちゃかめっちゃかの状態だった。「だった」と聞いている。
 のちの史料やニュース映像では「狂乱の時代」だったと喧伝されているけれど、大部分の国民にとっては、「ちょっとした好景気」程度の認識でしかなく、のん気な受け止め方をしている者の方が多かった。特に当時俺が住んでた札幌は、東京から距離があった分、バブルの恩恵の余波もそれほどではなかった。当時の俺は専門学校生、バイト先で終電後にもらうタクシー・チケットを、束でゲットできたことを喜ぶ程度、まぁそのくらいだったかな。そんな時代が終わるとは思ってなかったし、またバブルが弾けるというのがどういうことなのか、イマイチわかってなかったのが正直なところ。津軽海峡の向こうでバブルがはじけたのは知ってたけど、その余波は緩やかで緩慢としたものだった。ほんとにヤバいと感じたのはその数年後、拓銀の破綻だ。
 で、まだバブルがはじけたというのをみんなが実感していなかった1991年、当時の幸宏の周辺では、利権目当ての事情通やら「自称」関係者やらが水面下で動き出していた。YMOの再結成話である。

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 1984年にYMOが散開してから7年。この間、幸宏はサディスティック・ミカバンドの再結成に参加、ちょうどバブル真っ盛りという好条件も手伝って、上々のセールスを記録した。そんな成功例を目の当たりにした業界人らが、数打ちゃ当たる方式でトバし記事やらガセネタやらを撒き散らしていた。
 そういったゲスい動きとは別に、シカゴ・ハウス〜デトロイト・テクノの隆盛とリンクして、Kraftwerkと並ぶテクノ・オリジネイターとしてのYMOの音楽的再評価が進んでいた。
 かつて活動期にリリースされていたライブ・アルバム『Public Pressure』の完全版『Faker Holic』は、当時オミットされたギタリスト渡辺香津美の音源が聴けることで重要な意味を果たした。ただ、そういった発掘音源も埋蔵量は限られている。ましてや、すでに活動していないのだから、新音源などあるはずもない。
 ニーズは確実にあるのに、在庫は底をついている。なので、オリジナルを素材として扱い、あとは手を変え品を変えで凌いでゆくことになる。彼らに影響を受けたとされる、ハウス/テクノ系のアーティストらによるリミックス・アルバムが乱発されたのが、この頃。
 再発見された過去の遺産に、新しい息吹を吹き込むという試み自体、志としては間違ってはいないのだけど、大抵の場合、オリジナルを超えるクオリティに達することは、皆無に等しい。コーディネーター・サイドとしては、良質の素材をカットアップしたり新しい音源を追加したり、それなりに努力のあとも窺えるのだけど、結局それらは「彼ら」の作品に過ぎない。YMOだろうが春日八郎だろうがKing Sunny Adéだろうと、彼らにとってはトラックの素材に過ぎないのだ。
 なので、彼らに純然たる「らしさ」を求めるのは、筋違いということになる。そりゃリスペクトはしてるだろうけど、方向性が違っているのだ。
 なのでこれらの作品、俺は聴いたことない。

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 多分、「YMO以降」という方向性を最も真剣に考えていたのが、そもそもの言い出しっぺだった細野さんだと思う。
 同時代性とは無関係な時間軸で動いていた環境音楽レーベル「モナド」と、YMO以降の後進アーティストらをバックアップするための「ノン・スタンダード」、2つのレーベルを同時に立ち上げた。同じ「YMO以降」というコンセプトでありながら、前者は早すぎたレトロ・フューチャー的な「細野晴臣」個人の嗜好、そして後者においてYMOチルドレンへの道筋をつけてゆく手はずだったのだけど、次第に細野さん自身の方向性の変化がレーベル方針にも影響し、またビジネス的な何やかやもあって、活動は次第にフェードアウトしてゆくことになる。
 もともと細野さんありきでスタートしたレーベルだけど、肝心の細野さんのテンションが目に見えるように下がってゆき、レーベルは自然消滅してしまう。
 細野さん自身のアーティスト・パワーが落ちていたわけではないけど、そのパワーの向かう方向は、次第に内向きのベクトルへ向かうようになる。散開近くから兆しのあったスピリチュアルな世界への関心が増し、次第に、そっち方面の発言やそっち関連の仕事が多くなってゆく。
 その流れでリリースされたのが、ソロ・アルバム『Omini Sightseeing』である。ざっくりした印象としては、アンビエント的解釈のヴァーチャルなワールド・ミュージック。解釈としては、そんなに間違ってないと思う。曲タイトルからして、「エサシ」やら「オヘンロサン」やら、きな臭い香ばしさが漂ってるのが、この時期の特徴である。
 当時、少数ながらまだ生息していたYMO=細野信者なら、あらゆる方面からの深読みを駆使して自己解釈できる音楽なのだろうけど、そこまで踏み込めない大部分のライト・ユーザーにとっては敷居が高く、ポピュラー・ミュージックからは最も離れた地点で鳴っている音楽である。いま聴いても頭でっかち感が強く出ているため、真剣に対峙して聴くと疲れちゃうので、お手軽アンビエントとして流し聴きするのが、多分入りやすいと思う。一応、コンセプト的には環境音楽だしね。

 内向きに収束していた細野さんに対して、この時期の教授はヴァージン・レコードと世界契約、「世界のサカモト」としてメジャー展開を図っていた頃である。
 混沌とした精神世界へ向かっていた細野さんとは対照的に、この時期の教授はクラブ・シーンで流されることも想定に入れた、肉体性を露わにしたフィジカルなサウンドを追求している。この年にリリースされたソロ・アルバム『Heartbeat』は、当時のトレンドだったハウス・ビートを大胆に導入、Arto LindsayやDeee-Liteなど、ニッチなジャンルでは有名なアーティストとコラボしている。
 ただ肉体性と言っても、教授思うところのそれにとどまっており、これが実際、クラブで流れていたかといえば、屁理屈とロジックでシミュレートされたビートでは踊りづらく、それほど支持されなかったのが事実。中島みゆきで言うところのご乱心期、教授のお戯れがちょっと過ぎたかな?程度にしか受け止められなかった。
 結局、ひと通りやってみてから、「自分には合わない」というのを自覚したのか、その後は自分のバックボーンである現代音楽へと回帰している。ただのオーソドックスなクラシックもどきではなく、メジャーでの活動によって獲得した大衆性をサウンドにフィードバックさせることによって、強靭な世界観を持つ音楽を展開して行くことになる。

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 で、幸宏。
 他2名がYMO的な音楽の呪縛から逃れよう、または落とし前をつけようともがき足掻いていた頃、YMOの中では異端的にポップだった音楽性を欧米レベルのサウンドで彩り、さらにそこへ私小説的な色彩をつけて発信していたのが、幸宏である。
 他2名がある意味、YMOからできるだけ遠ざかろうと試みて、消去法的なサウンドを選択していたのに対し、YMO時代から培っていたオーセンティックなポップ・サウンドを、ドメスティックな日本の環境に馴染ませるため、ペシミズム漂う「大人になり切れない大人の男」を主人公に据えていた。ウェットな土着性をさらに強調するため、盟友鈴木慶一、そしてライト・ユーザー向けに、明快な最大公約数的なストーリーを書けるプロ作詞家の森雪之丞を迎え、市井のJポップより多面性を持つ、それでいて確実に引っかき傷を残す世界観を創り上げた。
 青年期を過ぎた大人なら、誰もが抱く焦燥感。
 もう後戻りできやしないのに、
 でもどこかでそれを願ってしまう、
 そして決してかなうことはないこともわかってる。
 リアルに感じられる程度にデフォルメされた大人の諦念-。
 この路線へのニーズに確信を得たのか、このアルバムではさらに前作コンセプトを深化させ、「情けない大人の男ぶり」に磨きがかかっている。
 なんか変な表現だな、これって。


A Day in The Next Life【SHM-CD】
高橋幸宏
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1. ONLY LOVE CAN BREAK YOUR HEART
 オープニングはいきなりカバー。しかもNeil Young。俺の中でNeil Youngといえば、80年代以降のグランジのゴッドファーザー的存在の、ロック界のガンコ親父な印象が強かったため、ちょっと意外だったのだけど、オリジナル・ヴァージョンを聴いて納得。こんなきれいなメロディを素直に歌える人だったんだ、というのが正直な感想。ただの轟音オヤジじゃないんだな。
 このヴァージョンも基本、オリジナルに沿ったヴォーカルであり、サウンドもメロディを活かした構造になっている。カバーの多い人だけど、これだけハズレがないというのは、センスの良さと膨大な音楽的知識の賜物だろう。

 お前が若くて可能性に溢れてた頃 
 独りになるって、どんな感じって思ってた? 

 俺は自分のやってることでいつも頭がいっぱいで、
 人生最高の時にしてやるぞ、って考えてたよ

 日本語で歌われるとちょっとこそばゆいけど、英語なら素直に受け止められる。だから幸宏も歌えるんだな、こんな素直な歌。

2. 震える惑星
 前作収録曲の「6,000,000,000の天国」とサウンドの感触が似ているのは、アコーディオンっぽい音が入っているためか。まぁその辺で連作性を意識させているのだろうか。
 ここで登場するのは森雪之丞。もともとアイドル系やアニメ系の作詞で名前は知ってたけど、幸宏の誘いで歌謡曲畑から転身を図ったことは、今回wikiで初めて知った。このセッションをきっかけとしたのかどうかは不明だけど、ギターで参加の布袋寅泰とはその後、長い付き合いとなる。
 でも、なんで布袋なの?この人、たまに全然別ジャンルのアーティストとコラボすることがあるので、なかなか底が深い。中島みゆきのアルバムでクレジットを見た時も、ちょっとビックリした。

3. 愛はつよい stronger than iron
 シングル・カットされて俺は結構耳にしたはずだけど、売れたのかどうかはちょっと不明。ヴォーカリストとしての「高橋幸宏」のテクニックやらパッションやらがうまく表現されているのが、この曲だと思う。彼の声質が最もうまく活かされている。

 見えるかい?この傷
 痛みなら いつか消えるとわかってる
 でも君は もう僕に 微笑まない

 今のJポップからは失われてしまった文体。
 すべてを説明しているわけではなく、でもきちんした大人だったら響く言葉。
 難しい言葉じゃないのだけれど、今の人には説明不足過ぎるのかもしれない。
 でも、
 言葉のひとつひとつ、それらにいちいち説明しなけりゃならないなんて、誰が言った?

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4. 360°
 Chirs Mosdell作詞による英語ナンバー。車のCMで聴いたことがあるような気がするけど、気のせいか?まぁ、そんな雰囲気の大人のAOR。サウンドのベースがきっちり作り込まれているので、変に情緒に流されず、ソリッドなロックになっているのは、やはり彼の特性。日本語じゃ難しいよな、こういった世界観。

5. 空気吸うだけ
 発表当時から話題となった、ひたすらネガティヴなメッセージを発しながら、逆説的な僅かな希望にすがりたくなってしまう、スノッヴを通過した大人たちへのメッセージ・ソング。どこかにリンクしてるよなぁ、と思って聴いてると、
 あ、John Lennonの「God」だ、とついさっき気がついた。Lennonほどの攻撃性はないけれど、その言葉は時間をかけて浸食してゆく。

 涙あふれる 夜がある
 痛みを止める 嘘もある
 だけど 今の君は
 生きてるから 空気を吸うだけ

 ちなみにこの時期のTV出演時、パーカッション担当は鈴木さえ子。やっぱカワイイ。


 
6. BETSU-NI
 もともとは1986年にリリースされたEP「Stay Close」B面に収録されていた、結構タイムラグがあったけれど、ここではニュー・ヴァージョンで収録。JapanのSteve Jansenとのコラボ曲で、思いっきり小津安二郎にリスペクトした「Stay Close」のPVが話題になった。
 当時のヴァージョンはYMOの余波もあってか、テクノ・ポップとUKゴシックとのハイブリット的な趣きだったけど、ここではアルバム全体のタッチと親和性を図り、アコースティックなテイストにアレンジされている。こっちのトラックの方が小津タッチの映像とマッチしていそうだけど、まぁ後出しだからしゃあないか。

7. EVERYDAY LIFE
 軽妙洒脱なJポップ・テイストと共に、この時期の幸宏のサウンドは、『Ego』から確立したシンセのうねりを有機的に表現した壮大な音響感の二本柱が主となっている。
 「消し忘れたテレビに ミサイルが映って…」というクダリからわかるように、当時、真っただ中にあった湾岸戦争を取り上げている。これまで普遍的な題材を取り上げることが多く、時事的なワードはあまり用いてこなかった幸宏だけど、これまでの狭いコミュニティだけじゃなく、もっと多くのユーザーに歌を届けるため、現実と積極的にコミットしていかなければならない、その覚悟が感じられる。
 反戦がどうたらとか、そこまで深刻なものではない。普通の人が普通に思う、極めて当たり前な「Everyday Life」を描いた歌。でも主人公の生活はちょっと寂しいな。

8. X’MAS DAY IN THE NEXT LIFE
 ここから2曲は盟友鈴木慶一とのコラボ。ていうかビートニクス。正直、クリスマス時期になると、山下達郎よりこっちの方を聴くことが多い俺。それだけガツンと来たのだ。発売日と同時にシングルも買っちゃったし。
 ちょっと頼りなげながらも決して女々しくはない幸宏のヴォーカル、そしてそれを効果的に響かせるメロディとサウンド。ここまではいつも通り。ここに慶一の歌詞が加わって、ビートニクスは完成する。慶一ヴォーカルも味はあるけど、俺的には幸宏ヴォーカルの曲が惹かれている。慶一もその辺はわかっていそうだし。

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9. 神を忘れて,祝へよ X’mas time
 幸宏によるストレートなプロテスト・ソング。7.ではほんのサワリ程度でしか触れてなかった「戦争」という命題に真っ向から挑んでいる。と言っても、声高に反戦を唱えるのではなく、クリスマスをきっかけに銃を下ろし、互いに祝い合いいたわり合おうよ、という内容なのだけど。拳を振り上げれば戦争が終わるものじゃないしね。
 思えば、これまで行なわれた戦争の要因のほとんどは宗教が発端なのだけど、その神の解釈の違いによって人々が争うというのも変な話。国によって神様が違うわけではないのに。前作収録「Left Bank」において、幸宏はこう歌っている。
「最強の敵は 自分の中にいる 最高の神も 自分の中にあるはず」。
 オリエンタル・ムード溢れる無国籍アレンジは慶一の得意技のひとつ。幸宏の思うところ慶一の思うところとがひとつに混ざり合い、ちょっと辛口ながらも慈愛に溢れるクリスマス・ソングが仕上がった。これも俺の中のクリスマス・ソングのひとつ。

10. NIGHTINGALE IN HEAVEN
 エピローグ的な静かなインスト・ナンバー。変に感傷的にならず、シンプルなエンディングはこの人の照れなのか。ベタベタなバラードを入れると、もう少しはアルバム・セールスにも貢献したのだろうけど、まぁしないだろうな。一応、Jポップの狂騒に自ら飛び込んではみたけれど、玉置浩二ほどのスケベ心が足りなかった。



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