folder PSY・Sの代表的なアルバムといえば、フェアライトCMIを全面的に使用した初期のテクノ・ポップか、Live PSY・Sに象徴される、Jポップ・テイストを導入した中期の作品に人気が集中している。ざっくり分類すると、『Collection』までが初期で、『Mint Electric』から『Signal』 までが中期といった感じ。あくまで俺の独断なので、異論があればどうぞ。
 で、中堅ポップ・バンドとしてのスタンスを確立して以降、後期の作品にスポットが当てられることは少ない。中期のシングル・ヒットの影響もあって、名前はそこそこ知られていたため、タイアップ付きのシングル・カットも多いのだけど、大きなヒットに結びついたわけでもない。アンサンブルやメロディ・センスもこなれてきており、全体のクオリティは上がっている。
 けれど、90年代を象徴するビーイングやTKサウンドと比べると、ヒットの条件である明快な下世話さが足りず、「センスが良い音楽」というレベルにとどまっている。中堅という立場上、ニッチな隙間を狙ってゆくというポジションではなかったため、ザバダックのようなマニアック路線という選択肢もなかった。
 コンポーザーである松浦の意向と、ソニーの方向性とがどれだけ噛み合っていたのかはわかりかねるけど、幸福な相互理解が失われつつあったのがこの時期である。

 そんなわけで『Emotional Engine』、一応音源は持ってはいるけど、長らくきちんと聴いてなかったアルバムである。そもそも購入したのも「これまでも聴いてたから」という惰性によるものであって、すっごく聴きたくて発売日に並んだものでもない。多分2、3度聴いてそのまんまになって、すぐに売っぱらってしまった記憶がある。
 近年になって俺の中でPSY・Sの再評価の機運が高まり、まとめてブックオフで購入したのだけど、やっぱり初〜中期の作品ばかり聴いていたので、ちゃんと聴いてみたのはコレが初めてである。
 当初は時系列に沿って、初期の作品から順を追って聴き進め、それに則ってレビューしてゆくつもりだったのだけど、初っぱなの『Different View』から行き詰まってしまった。どうにも文章が進まない。
 なので視点を変え、最終作から逆に追って聴いてみようと思い立ち、これを聴いてみた。理由なんてない。なんとなくだ。
 すると―。
 いいじゃないの、これ。
 思ってた以上に引き込まれる作品だった。

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 冨田勲によって開眼したシンセ少年が、紆余曲折を経て宅録上等のシンセ青年へと成長し、当時はめちゃめちゃ高価だったフェアライトCMIを個人購入、そこから導き出される緻密に構築されたアンサンブルが、初期PSY・Sの基本コンセプトである。
 ユニットとして最小単位の2名体制は、すっごく単純に分けると「歌担当」と「それ以外の音担当」と、きっちりした分業体制が確立されていた。互いの仕事を尊重するため、また効率的なバンド運営を志向する彼らの共同作業は、至極システマティックに行なわれた。
 初期のPSY・Sは主に松浦がイニシアチブを取っており、彼の意向がそのままコンセプトとして反映されることが多かった。デビュー前から関西方面でのライブ活動で実績を積んでいたチャカはといえば、キャリアは上にもかかわらず、逆に「まな板の鯉」的な状況を面白がっており、どんな具合に料理されるのかを楽しんでいた。
 ここではヴォーカリストとしてのエゴは必要ない。声もまた、構成パーツの一部でしかない。中途半端にプライドの高いアーティストならありえない扱いだけど、それだけ自分のヴォーカル・スキルに自信があった証でもある。
 チャカが引くことでバランスが維持されていた、平和な時代のエピソードである。

 ライブ活動を並行して行なうようになって、関わるミュージシャンも増えてゆき、次第に生音比率が多くなっていったのが、中期のPSY・Sである。
 コラボレーション・アルバム『Collection』 にて、他者との共同作業に目覚めた松浦。それまでは単独で作り込んで完結させる「個」の作業が中心だったけど、予測不能なアクシデントも多いセッション作業を重ねることによって、これまでになかったバンド・グルーヴへのカタルシスを得ることになる。
 すべての音を自分のコントロール下に置き、制御しないと気が済まなかったため、孤独な打ち込み作業に没頭していた松浦。そんな彼がエンジニアからミュージシャンへと成長して行く過程を赤裸々に記録しているのが、この時期である。

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 いわゆる80年代ソニーを象徴する「インパクト重視のサビ」、「MIDIシンセをメインとした耳触りの良いアレンジ」。それをPSY・Sサウンドの定義とするならば、ここで鳴っているサウンドは明らかに逸脱している。
 ブリッジ的なインスト小品もあれば、全編英語で歌われている楽曲もある。オリコン・チャートを意識したポップ・チューンもあるにはあるけど、全体を支配しているのはいびつで実験的、それでいて商業ベースのアベレージもクリアしたサウンドだ。クオリティは高いけど、これまでのキャッチーなPSY・Sを求めるユーザーからすれば、期待はずれ感は強い。
 しかし、その中期をすっ飛ばして、2枚目の『Pic-Nic』からの地続きとして考えると、流れはスッキリする。
 メンバー構成としては最小限の2人ユニット、やれることは限られてしまうけど、その限定された条件の中でやりたい放題ができる。前述したように、唯一のフィジカル要素であるチャカの肉声をサウンド構成パーツの一部として捉え、他者の介在を許さぬ閉じたサウンドが本来の資質だと考えれば、初期のヴァージョン・アップとしてのPSY・S像が見えてくる。

 PSY・S解散後、松浦は大ヒット作「パラッパラッパー」に代表される、いわゆる音ゲーのフロンティアとして独自路線を邁進するわけだけど、そこに肉声のヴォーカルはない。近年になって久しぶりに現場復帰して、マイペースでライブやSoundcloudへの音源アップを行なっているけど、使用されているのはヴォーカロイド機材であり、フィジカルな要素を導入する気持ちはさらさらなさそうだ。
 彼にとってヴォーカルとはサウンドの一部であって、それ以上のものではない。それは長く活動を共にしたチャカでさえも同様であり、逆に言えば中・後期PSY・Sで展開されたサウンドの方が、彼のキャリアの中では異色だったと言える。
 敢えて道具として扱われることに逆説的な快感を見出していた初期のチャカだったけど、次第にヴォーカリストとしてのエゴが表出するようになり、それは松浦が提唱した初期コンセプトを揺らがせるようになる。ライブやセッションにおけるバンド・マジックは、チャカにとっては経験済みのものだったけど、宅録少年として青春を過ごした松浦にとっては未知の体験であり、それは確実にフィジカルな要素への憧憬を掻き立てた。
 主にチャカによるフィジカル・テイストの導入は、初期のゴツゴツしたテクノ・ポップに彩りを与え、人工的な質感を払底させることによって、より多くのユーザーを獲得した。ただし、キャリアを重ねるに連れて初期の尖ったテイストが薄くなり、凡庸なJポップ・ユニットに変容していったこともまた事実である。

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 多勢のJポップ・サウンドと同化しつつあるのに危機感を抱いていた反面、PSY・Sというプロジェクトが大きくなり過ぎて、もはや2人の同意だけでは操縦できなくなっていた。アコースティックのセルフ・カバーなんて、もともと松浦の資質にはないものだし、ある意味やけっぱち感も垣間見えてくる。
 後期のインタビューや、解散後それぞれの動向を見ると、肝心の2人の意思疎通ですら困難になっていたことがわかる。惰性でルーティンをこなして行くことを潔しとせず、すべてをリセットしないと、互いのメンタルが持たなかったのだろう。
 そんな反動もあってなのか『Emotional Engine』、これまでに培われた「アコースティックとデジタルとの程よいミクスチュア」はどこへやら、同時代性の強いハイパー・デジタルなサウンドが展開されている。90年代中盤のJポップの流れに倣って、音圧は強くピーク・レベルも高い。だけど、基本構造は初期を彷彿させるハイパー・テクノ・ポップだ。使用機材のスペックがアップデートしたおかげで、トータルとしてのダイナミクスが増した。
 でも、チャカのヴォーカルは変わらない。彼女の立ち位置はそのまんまだ。彼女はいつもそうだった。ただ、純正テクノ・ポップを追求した松浦のディレクションによって、人工的な響きに加工されている。
 そこに中途半端なJポップの響きはない。あるのは、サウンドの一部としてパーツに徹したチャカそのものだ。

 『Emotional Engine』の音は、これまでのファンには優しくない。
 松浦とチャカはもう、彼らへの想いを叶えることはない。もっと先を見ることを選んだのだ。

 そのもっと先が何なのか?
 彼らにもわかってないのかもしれない。
 けれど、
 「いるべきなのはここじゃない」。
 それははっきりしている。


EMOTIONAL ENGINE
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1. Power Stone 
 いきなりハイテンションなヴォーカルとハードなシーケンス・サウンドにのけ反らされる。基本構造は初期そのものだけど、マシンが違うとここまで違うのか。全編、アコースティックな雰囲気はさらさらない。例えるなら、再結成したYazooといったところか。
 惜しいのは、作詞が松本隆。ここでのドライなサウンドに彼のウェットなリリックは似合わない。まぁチャカのヴォーカルのパワーなら、言葉なんてなんでもいいんだけどね。イメージ優先の内容のない歌詞、そういうのはサエキけんぞうの独壇場だ。

2. Believe in Music
 ひねったコード進行はPrefab Sproutを連想させるところも。タイトル自体、Paddy McAloonが選びそうなテーマだし。松浦が作るシーケンス・ドラムの音色は、生音ともマシン音のそれぞれよいところを組み合わせた響き。これだけでも聴く価値がある。
 前回レビューした山下達郎『Pocket Music』からわずか10年。デジタル・レコーディングはここまで進化した。 

3. be with YOU [ALBUM MIX]
 ウェット感を払底したハードなテクノ・サウンドが支配する、暴力的とも形容できる音世界。これがシングルだったんだなぁ。辛うじてチャカのヴォーカルによってJポップとして踏みとどまっているけど、バック・トラックだけだったらかなり乱暴な作り。
 でも、そのギャップ感こそがPSY・Sの初期コンセプトだったことを思い出させてくれるナンバー。
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4. sign
 ブリッジとして挿入された1分程度のインスト・ナンバー。作り込まれた雰囲気重視のシンセ・サウンドに、ディストーションの効いたギター・ソロが少しだけ。不穏なムードはエピローグか、それともプロローグなのか?
 
5. 魔法のひとみ [ALBUM MIX]
 このアルバムの中では比較的ポップな感触のナンバー。3.のB面としてシングル・カットされている。こっちがA面でも良かったんじゃないか、とは俺の個人的感想。
 中期を彷彿とさせるメロディ・ラインを持ち、凡庸なJポップ・チューンになってしまうところを、ハモンドを模した金属的な鍵盤系がスパイスを添えている。この辺が一筋縄では行かない時期である。

6. 花のように [EDIT VERSION]
 PSY・Sとしてはほぼ初めてとも言える、ベタなバラードで始まるミディアム・スロー。逆説的に考えると、ここまで大衆におもねったナンバーは今までなかった分、彼らとしてはアバンギャルドの類に入る。
 う~ん、聴けば聴くほどつまんねぇな、この曲。前半のインパクトが強かった分だけ、なおさら。

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7. もうちょっとだね 
 こちらものどかなポップ・チューンなのだけど、こちらの方が彼らの本質に近い。ベタなバラードだと、せっかくのチャカの幅広い声域を活かしきれないのだ。
 ハモンドとナチュラルなスネアが心地よく聴けるのだけど、これさえも松浦の完璧なシミュレートの賜物だと考えると、なかなか感慨深い。でも、こればっかりだとユル過ぎてつまんないんだろうな。

8. 月夜のドルフィン 
 サイバー感あふれるブレイクビーツ仕様のテクノ・ポップ・チューン。ダンス・チューンに仕上がっているのに踊れない、それがPSY・Sナンバーである。やはりどこかで肉体性を信じ切っていない男によるサウンドである。その性急なビートは躍動感ではなく、強迫観念から来るものである。

9. 雨のように透明に 
 かなり屈折したレゲエ・ビートを効果的に使ったバラード・ナンバー。8.同様、レゲエなのに踊れない。そして熱くない。そのサウンドのコアはあくまで冷静だ。肉体の幸福な偶然を排除し、緻密にミリセコンド・レベルに調整されたリズムは芸術品でさえある。
 チャカのヴォーカルは無色透明で、決して熱くなることはない。メインであるはずなのに匿名性を貫くように、その声はサウンドに埋没している。

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10. Seeds
  英語詞で歌うのは、おそらくデビュー・アルバム以来。最後はほぼギミックも使わず、ピアノをメインとした王道バラード。この辺はチャカに敬意を表したものと思われる。
 と思ったのだけど、中盤を過ぎて突然のブレイク、リズミカルなストリングスとドラムをバックにしたハイパー英語ラップ、というよりはポエトリー・リーディングが挿入される。ほんと脈絡のないところで登場するので、ドキッとさせられる。
 最後は再びピアノ・バラードに戻り、終焉。

11. Lotus
 アルバム全体をトータル・アートとして捉え、そしてPSY・Sというプロジェクトのラストを飾るのは、壮大なストーリーのエピローグ的なインスト・バラード。こういう展開って、やっぱりプログレだな。特別コンセプトを掲げていたわけではないけど、雰囲気重視のサウンドはPink Floydを連想させる。



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