folder 1983年リリース、Talking Headsの5枚目のアルバム。問題作呼ばわりされた『Remain in Light』から2年ぶりに制作されたアルバムのため、ちょっと影は薄い。しかも、この後に今でも名作として語り継がれているライブ・アルバム『Stop Making Sense』があり、そこではオリジナルを凌駕したと評されるダイナミズムあふれるライブ・ヴァージョンが披露されているため、ますます分が悪い。そこで前期のキャリアに一旦区切りをつけてからの『Little Creatures』なので、ほんと存在感は薄い。
 その『Little Creatures』がまたセールスを大きく伸ばしたので、あんまり売れてないんじゃないかと思われがちだけど、チャート的にはUS15位UK21位と、中堅ニュー・ウェイヴ・バンドとしてはまずまずの成績を収めている。
 ここ日本においても、「ミュージック・マガジン」界隈で強くプッシュされていたのが功を奏したのか、オリコン最高72位と微妙にチラッと顔を出している。シャレオツでトレンディなカフェ・バー文化の片棒の端っこくらいは担っていたおかげもある。

 大方のHeadsファンの認識通り、この『Speaking in Tongues』、3作に渡って続けられたプロデューサーBryan Enoとのコラボ解消を経ての作品なので、サウンド的にも過渡期的な位置付けで受け止めてる人が多い。前作で極めつくしたアフロ・ファンクのテイストを残しつつ、メロディに比重を置いたホワイト・ファンクは、彼らのオリジナルなアイディアにあふれているのだけれど、熱心なファンでさえ前作の勢いで売れただけと思ってる人も多い。実際、俺もそんな風に思っていた。
 ニューヨークの文化系ガレージ・バンドからスタートして、歌メロに光るものがあったのにもかかわらず、コンセプチュアル・アートへの憧憬が深いByrneと、イギリスの変態グラム・バンド出身の楽器のできないプロデューサーEnoとの出会いは、当初から強烈な化学反応を起こし、次第にアフロ、ファンク色が強くなり、現代アートの様相すら帯びてくるようになる。次第に基本リズムはカオティックに暴力的になり、サポート・メンバーの方が多くなって、バンドとしてのアイデンティティは霞んでゆくようになる。
 そんな経緯をリアルタイムで見てきた現役世代なら、このアルバムのサウンドは聴きやすいけどどこか物足りなく感じてしまうのも事実。俺のように『Little Creatures』や『Stop Making Sense』から注目し始めた後追い世代的には、『Naked』の前、最後から2番目くらいに聴けばいいんじゃね?的なスタンスのアルバムである。

Heads

 以前『Little Creatures』のレビューで、David Byrneの本質は「どこにでもいる普通の人である」と書いたけど、そこにもうひとつ付け加えて、「傍観者的なスタンスの人」なんじゃないかと思うようになってきた。
 これまでもアフロを始めとしたワールド・ミュージック関連、または現代音楽など様々なジャンルを渡り歩いてきたByrne。どの作品もそれなりに器用に演じているように見える。Heads解散後にコラボしたアーティストは数知れず、そのどれもが評価は高く、そつなくこなしてるように映る。映るのだけど、どこか不定形、どんな色にもすぐ染まるけど、元の色が何なのか、ていうかこの人、自分の主張やらメッセージなんてのは果たしてあるのかどうか―。
 彼としては、自分の異質な部分が他者とのかかわり合いに齟齬をきたし、そういった自分に馴染めずにいる期間が長かった。エキセントリックなパフォーマンスに身を投じたりアーティスティックな活動に専念したりなどして、すべてが好評というわけではなかったけど、そのうちの幾つかは高い評価を得て、坂本龍一と共にアカデミー賞を授賞したりもした。
 それでもどこか違和感は拭えない。完全にアバンギャルドの方面に足を突っ込むのにも抵抗がある。時々はギター1本の弾き語りスタイルでステージに立つのも、その表れだ。

 結局のところこの人、根っこは至って「普通の人」である。ちょっとめんどくさい表現だけど、「アバンギャルドに憧れてる普通の人だけど、そういった面もちょっとは持ってる人」というのがByrneを評するのには正しいんじゃないかと思う。
 実際、Enoを始めとしたその筋の人たちにも評判は良いし、最近ではポップのフィールドであるSt. Vincentとのコラボも記憶に新しい。Byrneとコラボしたがる誰もが、ちょっとエキセントリックなポップ・スターとしてのDavid Byrneをイメージしており、筋金入りの前衛音楽家としてのByrneを求めているわけではない。異質な中の普通の要素、オーソドックスな中の前衛的な部分に惹かれるからこそ、世界中のアーティストがこぞってオファーするのだ。
 見た目からして飄々とした趣きなので、小手先でなんでも器用にできちゃいそうに思われがちだけど、基本どの作品においても共通するのは微かな違和感、ここじゃない感だ。アフロ・ビートにもブラジル・ミュージックにも映画音楽にも現代音楽にも普通に溶け込んでいそうだけど、そのアクの強いヴォーカルは確実にどのサウンドからも浮いており、一聴して「あ、Byrneが歌ってる」とバレてしまう。匿名性とは極めて無縁の人なのだ。
 なので時々、ヴォーカルを入れないインストに走ってしまう時もあるのだけれど、これがまた総じてつまらない。基本は至って「普通の人」なので、記名性が薄いサウンドだと、存在そのものが消えてしまう。「ラスト・エンペラー」だって、騒がれたのはほとんど坂本龍一だったし。

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 そうなると、Byrneにとって一番しっくり馴染むサウンドは何なのかと言えば、今でも時々行なっているギター1本による弾き語りスタイル、またはシンプルな3〜4ピース構成のバンド・スタイルということになる。なんだ、それじゃただのHeadsじゃん、ということになってしまうのだけど、結局はそこに行きついてしまう。できるだけ過剰なアレンジは施さず、楽曲の基本構造をむき出しにし、その特異性のあるヴォーカルを最大限活かせるスタイルが、彼の音楽性を最もダイレクトに伝える手段である。
 旧来のシンガー・ソングライター的に、流麗で整ったメロディ・ラインを書くわけではないけど、今でもレパートリーの定番である”Heaven”はわかりやすい名曲だし、実際このアルバムの中にも、強力なリズム中心のアレンジに隠されてはいるけど、ギター1本で成立する楽曲は含まれている。
 そのアレンジを引っぺがして残るのは、それこそByrne特有のオリジナリティあふれる楽曲たちである。時系列に捉われないライブのセット・リストは新旧様々な配列であれど、ほとんど違和感がない。
 結局のところ、この人は何も変わってない。どれだけ周囲の環境が変化しようとも、確実に変わることのない表現衝動の硬いコアがあるのだ。

 で、このアルバム、これまでとサウンドは似てるけど、Enoの不在ということが大きく影響している。前回同様、サポート・ミュージシャンは多く、特にBernie Worrellなんかは相変わらずドヤ顔で弾きまくってるけど、これまでよりは大きくフィーチャーされておらず、バンドのシンプルな構成がわかりやすいセッティングになっている。
 これまでEnoの仕切りだと、すべてのパートがサウンド構成のパーツとして扱われ、彼主導によるカオティックなミックスによって、大きなグルーブ感を演出していた。そうなるとテクニック的には分が悪いHeadsらのプレイは埋没してしまい、バンドとしてのアイデンティティが希薄になってしまう弊害があった。ここではバンドによるセルフ・プロデュースになっているので、方法論的には一緒だけど、ベクトルは全然違っている。
 これまでは大まかなコード進行だけ決めたジャム・セッションを行ない、延々と回し続けたテープの中からおいしいところをつまんで編集技で仕上げるという手法だったのが、今回はByrneがある程度しっかり楽曲の骨子を作ってからスタジオ入りするやり方に変わっている。まずは基本メンバーのみでベーシック・トラックを作り、そこにサポート・メンバーのエフェクト・プレイを足してゆくプロセスを経ているので、仕上がりが違うのも当然である。

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 呪術的なグルーブ感を想起させるポリリズミックなアフロ・ビートは、特にミニマル傾向の強いEnoにとっては狙い通りのサウンドだったのだけど、それはあまりにアクが強すぎて、ポップ・ミュージックとしては冗長すぎる面があった。なので、そこら辺を改善して、今回はもっとソリッドにコンパクトにまとまったホワイト、ファンクが展開されている。
 ニュー・ウェイヴの流れから生まれたHeadsメンバーのチープな音色と、手練れのセッション・ミュージシャンらによる太く安定したサウンドとのギャップが激しかったのがEno時代だとしたら、ここでのHeadsのメンバー達は地にしっかり足をつけてプレイしている。
 なので、強いリズムに流されない、独自のホワイト・ファンクの発展形がここにはある。Enoでもサポート・メンバーでもなく、ここでしっかりイニシアチブを握っているのはHeads達自身である。

 このセッションでアイデンティティを取り戻したHeads達、Enoと創り上げたフォーマットでの完成形は取り敢えず見えたので、次は新たなフォーマットを独自で見つけ出すこと。極力サポートも入れず、DIY精神に基づいたサウンドの構築。
 そこで生まれたのが『Little Creatures』である。


Speaking in Tongues
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1. Burning Down The House
 ビルボード最高9位にランクインしたHeads最高のヒット曲。え、これが一番なの?と思ってしまうけど、データとしてはこれが最高位をマークしている。シングル・ヒットにしては渋すぎる感触。
 ここでシンセで参加してるWally Badarouはイギリスのジャズ・ファンク・ポップ・バンドLevel 42のメンバー。白人でここまでシンセをファンキーに弾きこなす人はなかなかいない。セッション自体はHeads中心の仕切りだったけど、Badarouの参加はかなり刺激になったんじゃないかと思われる。Jerry Harrisonはあんまりいい顔しなかったと思うけど。



2. Making Flippy Floppy
 どこか未来的、フューチャー・ファンクを思わせる、ほとんどワン・コードで押し通すHeads流ホワイト・ファンクの完成形。かつてJBが”Ifeelgood”で提起したファンクの原型は時を経て様々な傍流に枝分かれし、ここにたどり着いた。
 予測不能なジャム・セッションではなく、きちんと隅々までシミュレートして構築された、冷たい汗がほとばしる頭脳型ファンク。間奏のギター・シンセの音色は遠いアフリカの漆黒の夜、猛り狂う猛獣達の雄叫びを連想させる。

3. Girlfriend Is Better
 ここでのTina Weymouthのベース・プレイはもっと評価されてもいいんじゃないかと思う。女性ベースでここまでボトムの太いビートをかませる人はなかなかいない。何しろTom Tom Clubの一翼を担った人なので、独特のリズム感については知られているけど、この曲の重厚感に一役買っているのは、間違いなく彼女。
 後半アウトロの延々続くシンセ・エフェクトも、ドロッとしたグルーブ感の塊が無造作に投げ出されている。



4. Slippery People
 『Remain in Light』のサウンド・フォーマットでありながら、そこからアクの強いサポート陣を抜いた構成のナンバー。その名残りなのか、ミニマル・コーラスに呪術的なアフロ・テイストが残っている。
 強力なサポートを抜いたベーシックなバンド・セッションにおいても、これだけグルーヴィーなスロー・ファンクをプレイできるのだから、当時のバンドの成長が窺えると共に、アマチュアリズム漂うニュー・ウェイヴの香りがすっかり消し飛んでしまっているのも事実。
 彼らはもう、立ち上がった頃よりもずっと遠いところまで来てしまったのだ。

5. I Get Wild/Wild Gravity
 これまでよりもメロディの力がが強くなり、次作『Little Creatures』路線の萌芽が垣間見えてくるナンバー。強靭で揺るがないリズムに紛れてしまっているけど、こういったセンチメンタルな作風もまた、Byrneの別の側面である。マイナー・コードを多用しながらもウェットにならず、ドライな質感を保っているのは、人よりフォーカスがちょっとズレている彼の声質によるもの。
 ベタにならないというのは、それだけでひとつの個性だし、他人が歌ったHeadsのカバーがどれもしっくり来ないのは、やはりオンリーワンの人だから。

6. Swamp
 タイトル通り、泥臭いブルースが基本構造なのだけど、それが全然泥の香りがせず、むしろスタイリッシュに聴こえてしまうのがByrneの持ち味。Chris Frantzのドラムはアタック音が強いけど響きが軽いのが特徴で、コッテコテのファンクやブルースが苦手な人にとっては、そこがいい感じに聴きやすくなっている。
 Byrne自身もまた、もともとソウル成分の少ない人なので、ある程度の完成形をシミュレートして作られたサウンドは非難されることも多いけど、文科系視線での研究成果として、ベタなファンクよりは面白く聴ける。予定調和だけが完成形ではないのだ。

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7. Moon Rocks
 わかりやすいギター・カッティングから始まるライトなファンク・チューン。このアルバムの中では軽いタッチだけど、ミニマルなナチュラル・トーンのギターがファンクの真髄を象徴している。
 後半に進むにつれ、バンドのプレイが熱くなってゆくのがわかる。基本はみんなクレバーだけど。

8. Pull Up The Roots
 ここで再びTinaのベースが全体をリードしている。Chrisのプレイは基本ジャストなリズムなので、こうして聴いてみると、土台のリズムが磐石であるがゆえに、エキセントリックなByrneの奔放なプレイが光るのがわかる。
 素人くささが売りであるニュー・ウェイヴ系バンドが多い中、Headsというのはオーソドックスな部分でも頭ひとつ抜きん出ている。やっぱ売れてるバンドは違うよな。

9. This Must Be The Place (Naive Melody)
 第2弾のシングル・カット。US62位UK51位はまぁこんなところ。次作の予告編とも言える、歌心にあふれたメロディ・ラインとシンプルなバッキングが展開されている。ギター・プレイもファンクというよりはすでにロックのリズムに移行している。
 これまでのディープなリズムに食傷気味になっていたのか、それともシングル向けにキャッチーなラインを考えたのか、ボーナス・トラック的にポップ・チューンに仕上げており、このアルバムのテイストと微妙に違っている。なので、ラストに持ってきたのは正解。






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