
その後も断続的に世界ツアーを行なったりBeckerがソロ・アルバムを製作したり、マイペースな活動は行なっていたのだけど、ファンなら誰もが待ち望んでいたオリジナル・アルバムの噂はまったく立たず、レコーディングする気配すら見えなかった。このまま新作を作ることもなく、懐が寂しくなってきた時だけ集まって集金活動に励む、Beach BoysやVenturesのようなドサ回りバンドとしての余生を過ごしてゆくんじゃないか、と誰もが思ってた矢先、突然のニュー・アイテムの登場だった。
当然、伝説的バンドの本格的な復活にはファンもレコード会社も揃って色めき立ち、US6位UK11位という好成績をマークした。レコード会社的にも久々の大型リリースで気張ったのか、全世界レベルでのプロモーション攻勢は類を見ないもので、それに便乗した各メディアでの取り上げ方も広範囲に渡った。
『Aja』以降の彼ら関連のリリースはひとつの大きなイベントになっていたけど、それらはあくまで音楽ファンへ向けてのものだった。そこから年月を経て、今回はかつて彼らの音楽を好んで聴いていた30〜40代へ向けてのプロモーション訴求に力を入れていたため、一般誌などお堅いメディアへの出稿が多かった。
もはやロックは若者の音楽ではない。金と時間に余裕を持ったヤッピーたちに向けられるものなのだ。
2000年のビルボード・アルバム・チャートを見てみると、圧倒的にSantana 『Supernatural』が強い。Dan同様、彼も久々の前線復帰作で怪気炎を吐いていた頃である。他にはJay-ZやD'Angeloなどのヒップホップ/ネオ・ソウル系、中盤もEminemが強く、年末商戦はBeatlesのベスト『1』で締めるという流れ。そうか、Radiohead 『Kid A』もこの年だったか。
チャート上位の大方がギャングスタ・ラップやビッグ・ビート/ダンス系で占められているのは、いま現在も延々と続いている世界的な傾向であって、多分今後もこのその流れは続くんじゃないかと思う。同時に、オーソドックスなベテラン・ロック勢の肩身が狭くなっているのも、90年代から続く流れである。
そんな中、かつてヘヴィーなロック・ユーザーだったミドル・アダルト層へ向けてピンポイントにアピールした彼らの健闘振りは特筆に値する。StonesやPaul McCartneyさえ切り崩せなかった世紀末のアメリカ・マーケットにここまで食い込んだのだから、それはもうすごいこと。同時代を生き抜いてきたベテラン勢で彼らに匹敵するのは、Rod Stewartくらいなんじゃないかと思う。まぁRodの場合はちょっとアメリカに媚び過ぎだけど。
グラミー賞でもアルバム・オブ・ザ・イヤーを始め4部門を受賞、各国でも上位にチャート・インした。ちなみに日本ではオリコン最高24位をマーク。宇多田ヒカルと浜崎あゆみがバカ売れしていた中ではかなり頑張ったんじゃないかと思う。
リリース時にそれほど大絶賛され、セールスだって活動休止前を凌ぐほどだというのに、この『Two Against Nature』、その次の『Everything Must Go』の2枚はあまり評判がよろしくない。特にリアルタイムで聴いてた世代など、一応絶賛してはいるものの、もろ手を挙げての感じではない。どうしても全盛期の名作『Aja』『Gaucho』を引き合いに出しての判断となってしまい、なのでどうしても分が悪い。
Danの新作であることを抜きにすれば、非常に良くできた硬派なAORなのだけど、権威主義的な古参ロック・ファンほどその辺は頑固になり、「やっぱ昔の方が良かった」的に後ろ向きな評価になってしまう。もう少し暖かい目で見てあげればいいのに、といつも思ってしまう。
最新機材を揃えたスタジオと有能なエンジニアを年単位で押さえ、数々の著名プレイヤー達を長時間拘束、同じフレーズを何十回もプレイさせてはリテイクを繰り返すレコーディング・スタイルを作り上げたのは、かつて第3のDanと称されたこともあるプロデューサーGary Katzである。
以前も別のレビューで述べたのだけどこのKatz、Danのレコーディングという大義名分のもと、実はまるっきり自分本位、自らが思い描く理想のサウンドを追求していた節が強かった。そんな野望遂行のためにあらゆるスタッフを道具のようにこき使い、スタジオ・ワークの頂点を極めた作業を繰り返した。それほど大差ないフレーズのニュアンスにこだわって精巧なガラス細工のようなサウンドを構築していったのだけど、Katzについて最も評価しなければいけないのはむしろ、その理想のサウンドをより引き立たせるためにこだわり抜いた録音テクニック、音質である。
すべてに当てはまるわけではないけれど、往々にしてスタジオ・ワークに凝るタイプのアーティストはトラック数が多く、分厚い音の壁を作りたがる。特に複数の楽器を操れるマルチ・ミュージシャンなら、思いついたアイディア、録った音は全部入れてしまわないと気が済まないため、あればあるだけのトラックを音で埋めてしまう。今のようにDTMでの作業ならそれほど問題ではないのだけど、ハード・ディスク・レコーディング以前の環境だと、音を詰め込みすぎるとテープにコンプがかかって潰れてしまい、SN比の狭いダンゴ状態になってしまう。
そう考えると、余計な音は容赦なくとことん削ぎ落とし、必要な音のみを収受選択して残すKatzのプロデュース能力は、もっと評価されてもいい。
で、今回はそのKatzがいない。基本的なサウンドは後期Danのサウンドを継承しているし、無論録音だってめちゃめちゃ良い。ただ、以前のような偏執狂的なサウンドへのこだわりはない。
再始動後のDanがもっぱらライブ・バンドとして活動しているのは、もうあれほどのスタジオ・ワークに注ぐほどのパッションを失っているからだと思われる。あの理想のサウンドは、あの時期・あのタイミングであの3人が揃ったから可能だったのであって、もしまた集結したとしても、同じマジックが生まれるはずがない。そんなことは3人とも承知の上なのだろう。
なので、この再始動後のDan、以前とは別物と捉えられることがとても多い。そりゃそうだ、そもそものコンセプトが違ってるんだし。
これまで往年のSteely Danナンバーを演奏していたライブ・バンドが、コンディション的に脂が乗ってきたのを機に、Danのサウンド・フォーマットをベースにレコーディングしたのが、この『Two Against Nature』である。一聴した印象は限りなくDanに近いけど、限りなく微妙に違っているのは、これまでプロデュース・サイドで編集していたインタープレイやアドリブを、ほぼ各プレイヤー主導にシフトさせたことによるのが大きい。
また、これまではそれぞれがバンマス的存在の著名プレイヤーばかりを起用していたのが、ここで主にプレイしているのは、ほぼ無名のミュージシャンが多い。その辺が以前より型落ち感が漂うのは否めないのだけど、あれだけめんどくさいDanの楽曲をライブでプレイしていたくらいだから、どのプレイヤーも演奏スキルは折り紙つきである。
リズム&ブルースをルーツとしたミュージシャンの起用が多いせいもあって、以前はジャズ/フュージョン色の強いインタープレイが印象的だったのに対し、ここではオーソドックスなリズム・アレンジに乗せた簡潔なオブリガードやオカズが前面に出ている。こういったマイナー・チェンジはFagenの音楽的ルーツとリンクしており、彼の本来の資質に沿ったサウンドではあるのだけれど、後期Danのファンからすれば、フレーズやリフの物足りなさとかFagenのヴォーカル圧の弱さ(まぁこれは加齢によるものだから仕方ないとして)など、何かと薄味で物足りなかったのは事実。
とは言ってもDanのブランドで出すわけだから、すべてのアベレージは難なくクリアしている。決して駄作ではないのだ。
拡大再生産のループにはまり込んだ軟弱AORバンドとは違って新たな試みにチャレンジしているし、トータルとしての完成度はむしろ後期Danより高い。高いのだけれど、以前のような独裁的に築き上げられた作品と比べると、小さくまとまり過ぎてインパクトは弱い。
どこか聴き流せてしまうそのサウンドは物足りないのかもしれないけど、長く聴き続けられる証でもある。刺激が強い作品は、飽きられるのも速い。
そう考えると、シャレオツで意識高い系の環境音楽としては最適なんじゃないかと思う。悪い意味じゃないよ。
トゥ・アゲインスト・ネイチャー
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スティーリー・ダン
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1. Gaslighting Abbie
単純にガス灯のことを歌ってるのかと思って調べてみると、”Gaslight”というのは心理学用語として使われている言葉。相手に間違った情報を伝えて正気を疑い、混乱に陥れる行為を指す。往年のハリウッド女優Ingrid Bergman主演映画『ガス灯』のストーリーから名付けられており、その映画からインスパイアを受けてのナンバー。冒頭からマニアックな題材で、相変わらずひねくれ具合は健在。
ジャストなリズムを基調としたスロー・ファンクだけど、ドラム・アタックが跳ねててグルーブ感を強調している。
2. What A Shame About Me
Larry Carltonを彷彿とさせるギター・ソロから始まるオープニングだけど、当然別人。でもうまいよね。サビの転調具合なんて、往年のファンも思わず腰を浮かせてしまう運び。
ちょっと気になるのがFagenのヴォーカル。もともと綺麗な声の人ではないけど、枯れ具合が円熟というよりは後退を感じさせる。声質に合わせるとなると、サウンドのインパクトをマイルドに抑えるのは必然だったか。とは言っても、レベルはめちゃめちゃ高いんだけどね。
女性コーラスが入ってる分、ヴォーカル・トラックの厚みをうまく補っている。そういう意味で、バランス感覚はやっぱり絶妙。
3. Two Against Nature
喧騒の中の静けさを演出するラテン・ビートを導入してるけど、Fagenが歌い始めた途端に特有の無国籍感が漂うタイトル・トラック。思えばデビュー曲”Do it Again”も妖しさてんこ盛りだった。それでも中盤に差し掛かると、テンポ・アップした大人のロック・ナンバーに変化する。
そこかしこに登場するサックスは、完全にジャズの音色。こういったテイストを自然と導入してしまえるのが、彼等の懐の深さ。
4. Janie Runaway
アルバムから3枚目のシングル・カット。ちなみにチャート・インせず。もともとシングル・ヒット狙いの人たちではないので、まぁそこはあまり突っ込まず。
どのトラックもそうだけど、こちらも小ぢんまりしたメンバーでのセッションをベースに音作りがされている。俺的に注目は、サックスのLou Marini。もちろんBlues Brothers Bandの一員だった人である。どっかで聞いたことある名前だよなぁと思ってたら、やっぱりそうだった。あそこではもっとファンキー・スタイルのプレイだったし、大人数のホーン・セクションの一人だったため、こうしたオーソドックスなソロを聴くのは初めて。やっぱり根っこはジャズの人だよね。
5. Almost Gothic
『Aja』っぽいコード進行でプレイされるスロー・ナンバー。ホーン・セクションなんてモロそのまんま。新しいサウンドではないけど、ついまったり落ち着いて聴いてしまうのは、やはり手練れの技。
最後のギターのストロークには、ちょっとブルッと来てしまう。
6. Jack Of Speed
2枚目のシングルだけど、これもチャート・インせず。すでにシングルは売れない時代に差しかかっていたのに、よく3枚も切ったもんだと思う。基本、後期Danのサウンドを踏襲してるけど、ブルース色が濃いのが新機軸と言えば新機軸。でも単体でヒットするような曲だとはどうしても思えない。アルバムの流れで聴くのならすごくはまっているのだけど。
もしかして、来たるべきダウンロード販売に備えた実験だったのか?まさかねぇ。
7. Cousin Dupree
で、これがアルバムより先にリリースされた先行シングル。ビルボードAORチャートでは30位にランク・イン。日本でもFMでそこそこオンエアされていたので、ちょっと馴染み深いナンバー。
これまでのDanよりソウル色が強いのが特徴で、この辺に新たな方向性を見出せばよかったのだけど、反応が薄かったのか、あまり深く掘り下げられることはなかった。
どちらかと言えばFagenソロのテイストに近い。オブリガードバリバリの手クセの強いギター・ソロが好きな人にはオススメ。俺的にはちょっとポップ過ぎるけど。
8. Negative Girl
静かなシャッフル・ビートがジャジー・テイストを印象づけている。細かく刻まれるナチュラル・トーンのギターがリードしている。この起伏のないメロディは、やはり後期Dan のテイストが強い。
9. West Of Hollywood
ラストは8分という長尺。ソリッドなファンク・テイストのロック・ナンバー。アーバンでトレンディなサウンドには、ニューヨークの夜景がよく似合う。要するにそんなシャレこいた曲である。
ラストを意識してるのか、Fagenも声を張って強い音圧のヴォーカルを聴かせている。とは言っても前半4分はギターのオブリガードがヴォーカルを引き立てているのだけど、後半になると曲本体は終わってしまい、残りは延々と続くサックス・ソロ。まるでライブのセット・チェンジのような演奏が続く。
どこで終わるのか知れない、永遠に続くDanの世界の幕開けと終焉。
いつまで続くのか、それともかつてのセッションも、こんな感じでずっとプレイし続け、Katzがうまいこと編集していたのか。
それは誰にもわからない。
Very Best of Steely Dan
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