folder 1981年リリース、元春2枚目のアルバム。デビュー作『Back to the Street』からほぼ1年のインターバルを経てリリースされたこの作品、前作同様、チャート的には苦戦した。

 当時のオリコン・アルバム年間チャートを見てみると、1位が寺尾聰、2位が大滝詠一ロンバケ、3位がなぜかアラベスクといった布陣。上位2つを見ればわかるように、既存のフォークやロックから脱却してソフィスティケートされたAOR的シティ・ポップのニーズが高まっていることがわかる。50位以内ギリギリに南佳孝もランクインしており、徐々にではあるけれど、難しい顔をして考え込む音楽だけでなく、享楽的な80年代を象徴した、新世代によるライト感覚のサウンドが若い世代に受け入れられつつあった。
 ただこれも極端な例で、他のメンツを見てみると、松山千春やオフコース、中島みゆきがベストテンに食い込んでおり、まだまだフォークの流れを汲んだニュー・ミュージック勢が強いことも事実。
 これがもう少しすると、尾崎豊や渡辺美里など、さらに新世代の躍進が始まって、チャート上での世代交代も行なわれてゆくのだけど、それはもう少し後の話。

 元春の出世作と言えるのがタイトル曲収録の3枚目『Someday』であり、その前哨戦であったのがナイアガラ・トライアングルだとすると、この時期はまだ「期待のニュー・カマー」というポジション。まだまだ影響力が云々といったレベルではない。
 で、その『Someday』と『Back to the Street』に挟まれたこの『Heart Beat』、雑誌やメディアでの紹介では、いわゆる過渡的な作品、本格的なブレイク前の習作扱いになっていることが多い。その後の作品と比べると、統一感が少ないため、バラエティに富んではいるけど、ターゲットが定まらない印象なのと、わかりやすいシングル・ヒットが収録されていないため、どうしても地味な扱いになってしまう。
 新規ユーザーにはアピールしづらいアルバムだけど、その反面、年季の入ったファンにとってはそのセールス・ポイントの弱さゆえ、逆に愛着が湧いている人が多い。実際、マス以外のメディア、個人ブログやアマゾン・レビューなどでの熱い書き込みは多い。そのポジションの地味さゆえ、何か力を入れて語りたくなってしまう魅力を秘めている。

佐野元春

 初期の元春のサウンドのベースは、アメリカの70年代シンガー・ソングライターに端を発する、ストリート感覚あふれるロックが主体となっている。既存のフォークやニュー・ミュージックと違って、メロディと譜割りのバランスにこだわらず、横文字言葉を1音節に詰め込むことによって、洋楽テイストの強いサウンドを創り出した。
 小節という決まりごとに捉われず、語感とリズムを重視することによって、その響きはその後の日本のロック/ポップスに大きな影響をもたらした。時にウェットなメロディに流れながらも、ドライな質感を失わずにいるのは、デビュー当時から確立したスタイルに拠るものである。
 決して美声とは言えないハスキーな声質もまた、ニュー・ミュージック勢との差別化に寄与している。情緒的な日本のメロディとはマッチしづらいため、逆にそれがベタなバラードでも過度に感情的にならずに済んでいる。

 そのシンガー・ソングライター的側面でも、デビュー・シングル”アンジェリーナ”がBruce Springsteen への強いオマージュだったのに対し、この『Heart Beat』ではむしろBilly Joel的、ピアノからインスパイアされたようなナンバーが多い。『Back to the Street』がE Street Bandサウンドをモチーフとした曲が多かったのに対し、ここではソロ・スタイル、ピアノの弾き語りだけで成立するナンバーが多く占められている。もちろん”ガラスのジェネレーション”のようにアッパーなナンバーも含まれているけど、特にレコードB面にあたるトラックでは、バラードが集中している。

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 なので、どこかプライベートな空気感を持ったアルバムである。アッパー・チューンであるはずのナンバーも、よく聴いてみるとエコー成分が少なく、狭いスタジオで作り込まれたような、デッドな音の響きである。その平板さを自身のダブル・ヴォーカルで埋め合わせているのだけれど、やはりどこか密室的な雰囲気が漂っている。
 その内輪的ムード、親密な仲間たちが集って演奏したトラックを、カセット・テープに録音して独り枕元で聴いている―、そんな情景がよく思い浮かぶ。

 ただ当然だけど、そんな個人的な色彩の強いアルバムが不特定多数のユーザーにアピールできるかといえば、それはちょっと難しい。収録されている個々の曲は、その後の元春のキャリアにおいても重要な位置を占めており、ライブでもいまだ重要なポイントでプレイされている。ライブを重ねることによって、それらの曲は洗練され、次第にブロウ・アップされてゆくのだけど、ことアルバム全体では地味な印象であることは拭えない。

 実際、俺もこのアルバムを聴いたのは『No Damage』の後、リアルタイムでこれがリリースされたとしても、多分手を出さなかったんじゃないかと思う。多分そう思ったのは俺だけじゃないはずで、最初の元春のアルバムとしてこれを選ぶ人は少ないと思う。
 ただ、『Back to the Street』で見せた荒削りなロックンロール・フォーマットや、次作『Someday』において著しく開花したポップ・センスではなく、純粋な楽曲クオリティを求めるのなら、初期においてはこのアルバムが最も秀でている。
 よそ行きではないプライベートな元春の実像が最も色濃く現れているので、完成度という面においてはちょっと劣るけど、長く追いかけてきたファンにほど人気の高いアルバムである。


Heart Beat
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1. ガラスのジェネレーション
 アルバム発売前にリリースされた、元春2枚目のシングル。今でも初期の元春の最高傑作と言えばコレ、というファンも数多いけど、当時はほとんどと言っていいくらい話題にならなかった。
 軽快なリズム、ちょっとハスキーで母性本能をくすぐる、少年のまんまのヴォーカル、Phil Spectorを意識した広がりを感じるサウンド。これだけのモノがたった3分間のポップ・シンフォニーの中に凝縮されている。

  ガラスのジェネレーション
  さよならレボリューション
  つまらない大人にには なりたくない

 これから先もずっと永遠に語り継がれるこの一節。
 ちなみにこれは2番の最後なのだけど、実は俺、ここよりも冒頭の「見せかけの恋ならいらない」にシンパシーを感じていた。これを聴いた時はまだ十代で、大人という存在に自分がなってゆくことに、いまいち実感が湧かなかった。また、「見せかけでもいいから振り向いてほしいんだ」という逆説的な思いこそ、まだヘタレだった十代のリアルでもあった。



2. NIGHT LIFE
 で、これは3枚目のシングルとして、アルバムと同時発売された。スロー・テンポのゴキゲンなロックンロールといった、当時の元春のパブリック・イメージと寸分違わないナンバー。あまりにハマり過ぎるため、ちょっとインパクトには欠ける。『Back to the Street』で獲得したわずかなファンへ向けて、期待に応えたようなサウンドなので、後追いで聴く分にはちょっと物足りない。あまりに優等生的ロックンローラーなのだ。

3. バルセロナの夜
 マッタリしたムードでありながら、リズムがタイトなため、ベタに流されないバラード・ナンバー。テナー・サックスがちょっと頑張りすぎる部分はあるけど、ミドル・テンポに設定したこと、また歌詞もほとんど英語が含まれておらず、普段着のシンガー・ソングライター的スタイルのため、スッと言葉が入って来る。

  時々2人は 言葉が足りなくて
  確かなものを 失いそうになるけど
  愛してる気持ちは いつも変わらない

 こういった言い回しって、やっぱり大人にならないとわからない。

4. IT`S ALRIGHT
 シングル1.のB面収録。タイトなロックンロール・ナンバーで、やはり『Back to the Street』の延長線上のサウンド。
 と、否定的になりかけたのだけど、考えてみれば81年当時、日本でのロックンロール状況は決して活況ではなかった。懐古的なオールディーズ・バンドか自虐的なパロディが主流で、こうしたベーシック・タイプのロックンロールをプレイする新規アーティストは皆無だった。ロックンロールを延命させるためには、彼のような新しい血が必要だったのだ。

Night20Life

5. 彼女
 レコードで言えばA面ラスト、王道のバラード。小細工も仕掛けも何もない、言い訳不要のピアノ・メイン、壮大なストリングス。ベタといえばベタだけど、けれどそれがちっとも陳腐に聴こえないのは、やはり楽曲の持つ力か。
 「彼女」とは、かつて公私を共にしたパートナー佐藤奈々子のことかと思われるけど、まぁ断定はできない。奈々子をモチーフとして、それまでの女性像を重ね合わせて凝縮した結果が、この曲の「彼女」なのだろう。
 ここでの元春は彼女への変わらぬ想いを胸に秘めながら、それでも前に進んでいこうとしている。時にペシミスティックな瞬間もあるけど、そう自分に言い聞かせないことには、前に進めないのだ。

6. 悲しきレイディオ
 『Back to the Street』で世間に提示した「ロックンロールの復権」を、見事に形にしたのが、これ。ヴォーカル・スタイル、サウンドから、現在進行形のロックンロールである。過去の模倣ではない。過去のロックンロール・レジェンドらをリスペクトしつつ、敬意を表しながらも、そこから新しいスタイルを確立した。
 俺がこのアルバムで最も食いついたのがこれで、長年俺のフェイバリットだった。今では3.と同着になっているけど、最初に聴いた時のインパクトはこれが一番。何から何まで、すべてが理想形。そしてまた、ここからさらにロックンロールを進化させていった元春もすごい。



7. GOOD VIBRATION
 シングル2.のB面曲。う~ん、実はこれ、ほとんど思い入れがない。当時のアメリカ西海岸的AORサウンドの意匠を借りたポップ・ソングなのだけど、どうにもインパクトが薄い。元春の声も心なしか気が入っておらず、突然挿入される女性コーラスもちょっと違和感あり。このレビューを書くため、久し振りに通して聴いてみたけど、やっぱダメだ、どこかしっくりしない。

8. 君をさがしている(朝が来るまで) 
 で、その8.と同じ方向性ながら、ちょっとやる気が出てきたのか、Byrds的フォーク・ロックのフォーマットを使いながら、かなりぶっ飛んだ内容の歌詞を乗せている。
 かなりストーリー性を強調しているため、元春のヴォーカルもどこかドラマティックで、時にモノローグ的なシャウトが漏れている。でもサックス、ちょっと響きが軽すぎ。

9. INTERLUDE

10. HEART BEAT(小さなカサノバと街のナイチンケールのバラッド)
 今もライブで重要な位置を占める、8分にも及ぶ大作。時期によってピアノ・メインになったりギターがリードしたりなど、ライブによってあらゆるアプローチが試された曲である。といってもこの曲に限らず、ライブでがらりとアレンジが変わった曲は数多くあるのだけれど。
 ほぼ独白、弾き語りのような世界は、熱狂的なファンには受け入れられたけど、やはり長尺過ぎるため一般に広がる機会が少なく、『No Damege』でも収録は見送られた。特別なストーリーはなく、ある種ナルシスティックな世界観が終始流れているため、受け入れる側もある程度、心してかからないとちょっとキツイ。

  訳もなく にじんでくる
  涙を拭い
  車のエンジン・キーに ゆっくり
  手を伸ばしたのさ

 




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