folder 帝王Milesの復活作として、CBSが総力を挙げて大々的にプロモーション展開した、およそ6年ぶりのリーダー・アルバム。
 70年代のMilesは、「狂乱の美」とも言えるカオティックなサウンドの追求によって、作品のクオリティは上がっていったのだけど、あいにくセールス面においては散々な成績だった。キャッチーさのかけらもない音の洪水が、延々2枚組に渡って続くのだから、売ることはもう二の次だったんじゃないかと思われる。

 今回はフュージョン・ブームの最中ということもあって、CBSもビジネス・チャンスの到来を逃さず、あらゆる面からバック・アップとコーディネートを施し、アーバンでスタイリッシュなMiles像を創り上げた。その甲斐あって、US最高53位という、当時のジャズ・アルバムとしては異例のセールスを記録した。他ヨーロッパ各国でも、Milesの復活は一種のイベントとして、アメリカ同様、70年代のアルバム・セールスを軽く凌駕する勢いだった。

 この長い休息期間の中、Milesは何をしていたかというと、まぁほとんど何もしていない。ていうか、アルコールやドラッグ中毒で体は蝕まれ、まともに生きてる状態ではなかったのだ。ほんのリハビリがてらに日本のTDKのCMに出演したり、ごく内輪でセッションを行なったりもしていたのだけれど、本格的な創作活動とは言い難いものばかりだった。

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 話はちょっとズレるけど、この1975年から80年代に差し掛かるまでの期間、シリアスなアーティストにとって、クリエイティブな活動を行なってゆくには困難な時代だったらしく、Milesに限らず、自らセミ・リタイアを選んだ者も多い。
 平和活動とロックンローラーとの二足のわらじに疲れたJohn Lennonも、愛息Seanの誕生を区切りとして、ミュージック・ビジネスからの引退を宣言し、その後5年に渡ってハウス・ハズバンドの途を歩むことになる。Johnの場合、表向きは子育てに専念するためということだったけど、後年になってから、エスカレートした反戦活動の絡みで、FBIやらCIAやらの圧力がかかっていたことが明らかになっている。いろいろやりづらかったんだろうね、きっと。
 ちょうどこの時期のアメリカは、ベトナム戦争がグダグダの結末に終わり、内政的にもウォーターゲート事件の余波で、国家の威信が問われていた頃。なので、有名無名を問わず、国家の意向に沿わない者はスポイルされる傾向にあった。ミュージシャンなんてのはアウトサイダーの代表格みたいな存在なので、無難なヒット・ソング・メーカー以外には風当たりが強かったご時世でもある。
 この辺の話を掘り下げるとキリがないし、俺もそこまで詳しいわけではないので、この辺で。
 そういえば、Robert Frippもこの時期の活動は地味だったのだけど、彼の場合はもっとややこしくなりそう。

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 それなりの目算があって、復帰のタイミングを見計らったのだろうけど、その想いと身体、特に演奏面においては、全盛期のフィーリングを取り戻すまでには至らず、この復帰第1作はリハビリテーション、肩慣らし程度の作品とされている。
 活動休止目前に確立した、メロディもコードもフレーズもリズムも、すべてが不定形で常に変化し続ける無調の音楽をチャラにして、ここではMiles、そのほとんどのバック/トラックをMarcus MillerやVincent Wilburnら若手に委ね、自身は悠然とトランペット・ソロを奏でている。今後続くことになる、若手への丸投げの始まりである。

 80年代を通して、Milesからのオファーを受けて、多くのバック・トラックを製作したMarcus。なにしろ親戚の叔父さんがWynton Kellyという、超優良サラブレッドの家庭環境にもかかわらず、伝統的なモダン・ジャズに執着することなく、どちらかと言えばフュージョン寄りの人である。同世代にもかかわらず、この辺りがWinton Marsalisとは違うところ。ていうか時代の流れ的には、むしろMarcusの方がまともなのだけど。
 一応お勉強的に50年代モダン・ジャズもかじってはいるのだけれど、Wintonと違ってロックやファンクも貪欲に吸収しているのが作用しているのか、今回のアルバムでは以前よりもずっと、リズムのアタックがヘヴィになっているのが特徴。
 また、70年代Milesの最終形である「アガパン」が、各プレイヤーの独創的なプレイを個別にフィーチャーするのではなく、集団で一斉に音を出すことによって生まれる不協和音のハーモニーを追求していたのに対し、このアルバムでは、基本的にジャズのスタンダードな構造を踏襲しながらも、若手プレイヤーの瑞々しい感性から出たモダン・サウンドによって、帝王復活を演出している。

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 これまで磨いてきたナチュラル・トーンを捨て、ハーマン・ミュートを装着することによって、既成のモード・ジャズからの脱却を果たした70年代のmiles。
 末期にはトランペットの生音自体に嫌気が指して、エフェクターで音色をグニャグニャに変調させたり、または電気オルガンに持ち替えたりして、従来の「Miles Davis」からも逃れようとしていた。最も肉声に近いと言われているトランペットの音は、ノイズ紛いのサウンドの中ではキャラクターが強すぎて、Milesの音だけが強く浮き出てしまう。彼が意図していた無記名の音楽の前では、あまりに記名性が強すぎるのだ。

 一転してここでのMiles、ペットの音をいじるのはやめ、できるだけ素のままの音色を、ストレートに出している。強いエゴイズムを忌避して、カオスな世界観に埋没した70年代とは違い、トップ・イノベイターとしてのMilesが新たな音色を奏でている。それは70年代のようなフレーズの細切れではないし、モードに縛られた好戦的なフレーズでもない。メロディアスでありながらアクティブでもある、今のMilesによる現在進行形の音である。

 若いバンマス主導によって作られたバック・トラックは、古い世代のジャズ・ファンからは賛否両論だったけど、Milesのビジョンが反映されていることを忘れてはいけない。
 考えてみてほしい。
 Milesはいつでもそうだった。
 どのミュージシャンも、結局はMilesの掌の上で躍らされているに過ぎないのだ。


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1. Fat Time
 70年代から一転して、すっきりした音像の配置。それぞれの楽器をフィーチャーしつつ、全編に渡って朗々とMilesが要所要所を締めてゆくスタイルは、伝統的なモード・ジャズの流れ。ただ、これまで強調されてなかったスラップ・ベースによるリズム・リードは、バンマスMarcusのキャラクター。
 中盤のMike Sternの延々と続くギター・ソロは、もう完全にハード・ロックの話法。そこに合わせる盟友Al Fosterのジャズ的リズム・アプローチとのミスマッチ感を楽しむのも一興。
 バンドのことばかり書いてるけど、正直Milesのコンディションはと言えば、まぁほんとリハビリ・レベル。なんだか音が上ずり加減で説得力が薄いのは確か。でも、Milesをメインと想定して丹念に作られたバック・トラックは絶品。



2. Back Seat Betty
 ここで言うBettyとは、かつての伴侶Betty Davisのこと。籍は入れたものの、実質的な結婚期間は1年足らずで解消している。MilesのDVが直接的な原因とされてるけど、Bettyもまたジミヘンと関係していたり他にも男の噂があったりで、まぁどっちもどっち。
 この曲でもMikeのディストーション・ギターが大きくフィーチャーされている。70年代ならこうしたソロもノイズの洪水にかき消されたミックスのため、何をどう弾いてるるのかも判別つかなかったのだけど、ここではTeo Maceroも心機一転、個々の楽器にスポットライトを当てて、メリハリのある音作りに徹している。ていうか、CBSの要請に従ってだと思うけど。
 11分の長尺だけど、ちょっと間延び気味。この辺の編集具合は、もうちょっとTeoが頑張ってもよかったんじゃないかと思う。

3. Shout
 この曲と5.のみ、Marcusのプロダクションではなく、若手キーボード・プレイヤーRobert Irving IIIの仕切り。甥っ子のVincentもドラムで参加。単調なギター・リフとリズム・パターンが続くため、当時隆盛のフュージョン的アプローチが強いところが、旧来ジャズ・ファンにとってはあまり評判が良くないのだけど、レア・グルーヴ経由の俺の耳には、逆にクールさの方が際立ってお気に入り。
 甥っ子の前でイイトコ見せたいのか、往年のモダン・ジャズ風に吹きまくってるところも好印象。

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4. Aida
 Alの手数が多いのが印象的なトラック。リズム・パターンも結構凝っており、ドラム主導のバック・トラックに乗せて、Milesと若い方のBill Evans(ss)との一騎打ち。手練れのAlの仕切りのため、Billにとってはアウェー的なフィールドだけど、それでも御大をバックアップしつつ、自分のパートではしっかり存在感を出している。
 しかし、名前にBillはダメでしょ。愛称じゃなくて、せめてWilliamにしておけば、もうちょっと正当な評価を受けられるはずなのに。何をどうしたって名前負けしてるって言われちゃうんだから。

5. The Man With The Horn
 こちらもレア・グルーヴ的に見れば、Quiet Stormの流れで良曲。「クロスオーバー・イレブン」的なシンセ・サウンドはメロウの極みで、Milesを主役と思わななければ、全然OK。
 ジャズ・ファンからは評判が悪かったため、しばらくヴォーカル・フィーチャーの曲は封印していたのだけど、晩年になってからScritti PolittiやらChaka Khanやらのバッキングも行なっているので、もともとこういったのは好きだったんじゃないかと思われる。じゃないと、MichaelやCyndi Lauperの曲だってやらないだろうしね。



6. Ursula
 最後は期待に応えたのか、スタンダードな4ビートによるジャム・セッション。シンプルなバッキングがMilesのインタープレイを見事に浮き上がらせており、スリリングな空気感が伝わってくる。
 Marcusのベースがエレクトリックなのがちょっと残念だけど、それに増して凄みを見せているのが、やはり御大Al。オールド・スタイルは久しぶりとはいえ、百戦錬磨のセッションを潜り抜けてきただけあって、ここまで叩けるとは。



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