marvin_gaye_1973_-_lets_get_it_on_a-scaled10001 で、Stevie同様、モータウン特有のヒット・ソング製造システムになじめず、ニュー・ソウル・ムーヴメントの時流に乗って、大傑作『What's Going On』をリリース、これまでのソウル・ミュージック界に革命を起こすほどの好評、そしてアーティストとしての絶対的なスタンスを確立したにもかかわらず、それでもまだスタンダード・ジャズへの憧れが断ち切れず、コンプレックスでウジウジしていたのが、このMarvinである。

 Stevieの場合はまだ未成年だった事もあって、まぁ若気の至りで少々はっちゃけても、周囲の大人たちが生温かく見守ることによって許される部分もあったけど、この時のMarvinはすでに32歳、それなりに分別のある大人の年齢である。普通の会社でいけば働きざかり、主任程度になっていてもおかしくないポジションである。
 モータウンの中でも中堅クラスのトップに位置し、当然それなりのセールス実績を要求される立場のため、表立っては言われはしないけど、いろいろとプレッシャーや重圧もあったんじゃないかと思う。

 シングル・チャートでブイブイ言わせてた絶頂期にもかかわらず、Nat King Coleのカバー・アルバムを強行リリースするなど、「俺はほんとはこんなチャラいポップシンガーじゃないんだホントはシナトラみたいなスタンダード・ナンバーを歌いたいんだ」というコンプレックスに苛まれ苦しみ続けたのが、Marvinの素顔である。どれだけヒット・ソングを連発し、ポップ・アーティストとしてのステイタスが上がったとしても、ストレスは比例して募るばかりだった。

 だったのだけど、やはりMarvinもショー・ビジネスの世界に生きる男、清廉潔白な理想とは裏腹に、かなり俗っぽい一面もあったらしい。口では何かとボヤきながらも、環境に適応して、いろいろゴニョゴニョしてたらしく、そこはやっぱりただの男である。

marvin

 そこそこ器用だったおかげもあって、作詞・作曲・演奏もひと通りこなすことができ、モータウンにも重宝されることによって、表舞台に出るチャンスも多かったことが、Marvinの持って生まれた幸運であり、才能でもあった。それにつけ加えて、シュッとしたスマートな見映えもまた、Marvinにとっては都合の良い方向に働いた。モータウンのセックス・シンボル担当として、ティーンエイジャーを含む女性らへのアピールは絶大で、その官能的な美声も相乗効果となって、多くのファンを獲得した。

 社長Berry Gordyの姉Annaと結婚したのが、純粋な理由だったのか政略的なものだったのかどうか、この時点では何とも分かりかねるけど、後のアルバム『Hear My Dear』において、延々2枚組ほぼすべてを使い切って、離婚にいたる想いやら泣き言やらを収録しているくらいだから、まぁ政略半分愛情半分くらいはあったんじゃないかと思う。
 そういった経緯もあって、レーベルの中ではかなり経営陣にも近い立場となり、このままコンスタントに活動していれば順風満帆だったはずなのだけど、やっぱNat King Coleへの憧憬は捨て難かったらしい。

b71ad2f6
 
 なので Marvin、多忙を極めている間にも時間を作って、コッソリとスタンダード・ナンバーを録音しており、そのうちの幾つかは実際にリリースされている。いるのだけれど、モータウン的には別路線をあまり好ましく思ってなかったため、まともにプロモーションもせず、最低限の枚数だけプレスして、ほんとただ流通させただけ。なので、セールス的には惨敗している。
 内容的にも、まぁ自慢のクルーナー・ヴォイスを最大限に活かしたカクテル・ムード満載、大人のラウンジ・ミュージックめいたもので、とうぜんレベルは高いのだろうけど、これって別にMarvinじゃなくてもいいんじゃね?的な仕上がり。誰も彼にその方向性は求めていなかったのだ。

 Marvinの没後、便乗商法で過去の音源が発掘され、この辺の未発表トラックもまとめてリリースされているのだけれど、あまり評判は芳しくないようである。俺自身、この辺の音源はほんとサラッと聞き流しただけ、何の印象も残っていない。

 こうして書いてみて、「これって似たような人いたよな」って思ったのが、EXILEのATSUSHI。俺的認識としては、EXILEが増殖して、そこからtribeが派生、最近では3代目が人気を上回りつつある、ってところなのだけど、合ってるかな?
 で、その激動の流れから独りはずれ、現在独自路線を貫いているその姿は、かつてのMarvinとダブって見えてしまう時がある。彼の場合、EXILEの時は常にサングラスを外さず、見た目オラオラ系のリア充御用達アンちゃん的風貌にもかかわらず、ソロ活動ではサングラスを外し、するとそこにはEXILEとはかけ離れたつぶらな瞳、という往年の少女マンガ的パターン。オフコースや尾崎豊をこよなく愛し、もっぱらアコースティックなバラード系がレパートリー。
 これもEXILE的にはガス抜きの一つだと思われる。ダンス系の彼らのイメージとして、線の細いニュー・ミュージック的な側面はあまり受け入れられるものではない。EXILEグループも最近では世代交代の波が押し寄せ、3代目の方に人気がシフトしているため、以前より負担も少なくなっただろうけど、まぁこれからどうなるか。少なくともATSUSHIに『Let’s Get It On』は作れそうにない。その辺を求められるキャラでもないしね。

getiton 3

 で、Marvin、前作『What's Going On』ではベトナム戦争などの社会問題を題材に選ぶことによって、ジャケットもなんだか聖人君子的な佇まいだったのだけど、ここでは一転、「お前とやりたいんだぜベイベェ」と、まるで正反対の顔を見せている。リリース当時なら、そのあまりのイメチェンに驚いたと思うけど、当然俺が初めて聴いたのは、リリースからもう20年近く経ってから、別に時系列に沿って聴いてたわけじゃないので、ただ単に訳詞を読んで、何だかエロい曲と思っただけ。ただ、そのあまりに直接的な内容から、モータウンの営業スタッフらの苦労が偲ばれる。

 一見、それぞれのテーマ設定が極端過ぎるため、この2枚のアルバムは接点がなさそうだけど、ものすごくこじつけて言えば、結局のところ、どちらのメッセージも人間の根源に基づくものであるし、彼にとっては、どちらも本質的には同じものなのだろう。


Let's Get It on
Let's Get It on
posted with amazlet at 16.02.02
Marvin Gaye
Motown (2003-01-14)
売り上げランキング: 16,387




1. Let's Get It On
 USでは2週連続1位だったにもかかわらず、なぜかUKでは最高31位までしか上がらなかった。やはりあまりに直接的なタイトル・メッセージが、むっつりスケベな英国人には敬遠されたのか。
 粘っこいWah Wah Watsonの特色あふれるワウ・ペダル・ギターは、ちょっと奥に引っ込んだミックスのMarvinのヴォーカルの官能をさらに引き立たせる。
 この時期のMarvinのサウンドはまだ多重コーラスにさほど力を入れておらず、緩やかなボンゴと程よいストリングスで構成されていて、良質なAORのルーツとしても聴くことができる。これがもう少し後になると、怒涛の多重コーラスの嵐で、むせ返るくらいのMarvinの体臭が堪能できる。


 
2. Please Stay (Once You Go Away)
 比較的モータウンの通常フォーマットに近いメロディとサウンド。とはいっても、バックを担当しているのが主に西海岸のスタジオ・ミュージシャンのため、演奏にメリハリがあり、特にドラムのPaul Humphrey、終盤のフィル・インは語り草となっている。

3. It I Should Die Tonight
 流麗なストリングスを主体として、アクセントに使われたヴィヴラフォンの響きが印象的な、ジェットストリーム的スロウ・ナンバー。中盤でダブル・ヴォーカルを披露しているけど、まだ濃密さは少ない。このアルバムのMarvin、比較的ヴォーカル処理はフラットなので、彼の素の声を堪能したいのなら、『What’s Going On』よりは、むしろこのアルバムの方がオススメ。

4. Keep Getting' It On
 タイトルでもわかるように、1.から派生してできたナンバー。ていうかこのアルバム、1.から4.までは同じセッションで録音されたものなので、ここまでが一つの組曲と考えても良い。ただ、前作と比べて曲の関連性・繋がりはちょっと緩やかというか、ちょっとアバウト。まぁその辺はあまり気にせずに。
 俺的には、1.よりもう少し軽いセッションっぽいので、この4.の方が気軽に聴けるのだけれど、いかがだろうか?

5. Come Get To This
 もともと西海岸界隈でストリングス中心のアレンジを一手に引き受けていたGene Pageなる人との共同アレンジによる、こちらも3.同様、シャッフルの入ったスタンダード風ナンバー。シングルとして、US21位UK51位はまぁまぁの成績か。
 ディナー・ショーっぽいアレンジだから、本人としても気に入っていたはずなのに、ライブではなぜか、熱い官能的なナンバーとなっている。何をしたいんだ、この人…。



6. Distant Lover
 で、こちらもライブでは血管がブチ切れそうになるほど、クライマックスで取り上げられていたナンバーなのだけど、ここでは比較的大人しく、スロウなポップ・ソウルの仕上がり。5.同様、ここではシンプルなアレンジなのだけど、ライブになるとエモーショナル全開エロ満載の激情バラードに変貌する。Marvinがセックス・シンボルだったことがよくわかるナンバー。



7. You Sure Love To Ball
 俺だけじゃなく、誰もが大大大好きなDavid T. Walkerのメロウなギター・プレイが全編で堪能できるナンバー。US50位はまぁ仕方ないかな、シングル向きのサウンドじゃないしね。『What’s Going On』で確立したファルセットの使い方が絶妙で、これがストリングスと絡んでくると、そりゃあもう、女性ウケは間違いない。

8. Just To Keep You Satisfied
 ラストは正統ハリウッド映画のサントラっぽいテイストの、まさしくMarvinとしてはズッパマリのスタンダード。せっかくJames Jamerson(B)を使っているのに、それほど持ち味が発揮されていないことが、ちょっと残念。



 このアルバム、やはり前半4曲の組曲風セッションがメインで、残りは結構時期もバラバラに録音されているため、前作ほどの統一感はちょっと薄い。それだけ『What’s Going On』が素晴らしすぎるのだけれど。
 後年リリースされているデラックス・エディションには、Herbie Hancockとのセッションなどが収録されており、この辺をうまく膨らませてくれれば、1.を核として、もうちょっとコンセプトもしっかりしたアルバムになったと思うのだけれど、まぁ勢いで作りました感が否めない。
 そういった反省もあって、しっかり作り込んだ『I Want You』や『Trouble Man』なんかがリリースされるのだけど、過渡期的アルバムと思ってもらえればいいんじゃないかと思う。




The Very Best of Marvin Gaye [Motown 2001]
Marvin Gaye
Universal UK (2001-07-17)
売り上げランキング: 10,098
Master 1961-1984
Master 1961-1984
posted with amazlet at 16.02.19
Marvin Gaye
Motown (1995-04-25)
売り上げランキング: 149,665