folder Miles最晩年の異色作であり、ごく狭い内輪的ジャズ村の中では継子扱いにされている、いまだまともな評価を与えられていない、このアルバム。ちょうど死後に沸き起こったレア・グルーヴ・ムーヴメントによって、それまでは「Milesご乱心期」と位置付けられていたエレクトリック期の作品も、クラブ~ヒップホップ方面からの猛烈なリスペクトによって、きちんと再評価されているというのに、最もクラブ・シーンに接近したこの作品は、いまだ地味なスタンスのままでいるという皮肉。

 一応「遺作」という扱いでリリースされてはいるものの、制作中にMilesが急逝してしまったため、プロデューサーEasy Mo Beeが、残りのマテリアルをどうにかこうにかしてかき集め継ぎ足して膨らませて完成に至った、という経緯がある。なので、Milesの意図が充分反映されているのかといえば微妙なので、そこがファンの間でも何とも言えない評価となっているのだろう。
 ただ、これまでの経緯を辿ってみると、引退前はいつものTeo Maceroに、そして復帰後もMarcus Millerに編集作業を投げっぱなしだったので、プロデューサーが変わっただけの話である。もともと過去を振り返るのが大っ嫌いな人だったので、製作後のチェックも行なわなかったし。

 一応、モダン・ジャズもお勉強的にひと通り聴いてきて、どうも馴染めなくてしばらく離れていて、で、近年のジャズ・ファンクやレア・グルーヴ系を経由した耳だと、俺的には単純に「ジャジー・ヒップホップやジャジー・ラップにパクられまくった大元が、逆にパクり返した傑作じゃね?」と思ってしまうのだけど、メイン・ストリーム・ジャズの尺度で計ると、どうもそんな感じでもなさそうである。
 このコンセプトを基点として、もうアルバム2、3枚かけて膨らませてゆけば、ジャズにもヒップホップにも当てはまらない、もっと面白いサウンドが展開されたと思うのだけど。

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 Miles自身としても、まさかこれがキャリアの締めくくりになろうとは思ってなかったはず。直接の死因は肺炎だとか脳梗塞だとか言われているけど、それ以前に積年の不摂生がたたって、既に身体はボロボロだったのだろう。
 実際、迫り来る死期をある程度意識していたのか、それまで帝王として君臨し、気むずかし屋の代表だったはずのMiles、晩年、つまり『Doo-Bop』レコーディング直前の課外活動は、ちょっとこれまでの路線とは大きく逸脱している。

 Michael JacksonやCyndi Lauperのヒット曲をカバーしたあたりから、その傾向はあった。復活後のMilesは、メインの活動と並行してポピュラー・シーンとのコラボも頻繁に行なっているのだけれど、オファーを受けた基準が結構な割合で支離滅裂である。
 Chaka Khanくらいなら、まだ理解の範疇だけれど、どこに接点があったのかわからないScritti Polittiとのレコーディングとなると、ほんとどうしちゃったの?と聞きたくなってしまう。
 未見だけど、サントラを手掛けた映画『Dingo』にも、カメオではなく、ストーリーにガッツリ絡む役で出演までしているし、この時期はジャズ村では収まらない活動を展開している。そういった新しいフィールドでの活動を精力的に行なっている反面、こちらも接点がありそうで、実はこれまでほとんど面識のなかったQuincy Jones仕切りのもと、以前なら絶対やらなかったGil Evans時代のナンバーをステージで再現するという、どう見たって金がらみとしか思えない企画にも参加している。

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 もともと世間のトレンドを目ざとく察知し、その時その時の流行りものを取り込みたがる人である。それまでスーツ姿でステージに上がることが暗黙のマナーとなっていた黒人エンタテインメント界において、60年代末に勃興したフラワー・ムーヴメントに触発されると、プライベートだけにとどまらず、ステージ衣装ももろサイケデリックに変貌し、それに伴うかのようにSlyやJBらが編み出したファンク・サウンドに影響を受けて、リズム主体のエレクトリック期に突入した。
 これまで対岸の出来事に過ぎなかったロック・フェスティバルにも頻繁に出演するようになったのは、狭いジャズ村だけにとどまらず、もっと多くのヒップな若者層へ販路を広げる目論見もあった。ちょうど所属していたCBSがロック/ポピュラー層への拡販に力を入れていたことも、理由のひとつではある。

 ただ「Miles Davis」というフィルターを通すと、どのサウンドも彼のテイストが濃くなってしまい、結局は「Miles Davis」というオンリー・ワンの音楽に仕上がってしまう。彼としては単純に、ただ若者が自然に踊り出す音楽を作ったつもりなのに、出来上がってしまうのは、混沌とした複雑なリズムの曲ばかり。今でこそDJ的見地から、素材としてのリズム・サンプルとしての需要はあるけど、当時のティーンエイジャーらに、この曲で「踊れ!!}というのは、どうにも無理がある。「何で若い奴らはみんな、俺のアルバムを聴かないんだっ」と不満を漏らすその姿は、まさしく裸の帝王さながらである。
 ジャズの帝王として長らく君臨しながら、決してその地位に甘んずることなく、常に若者層へ向けて、若干フォーカスのズレたアプローチを行なってきたのが、Milesの軌跡である。そういった流れで見てみると、何も突然のご乱心状態に陥って、ヒップホップを導入したわけではないのだ。
 彼は常に時代の流れを読み、常人の一歩先二歩先を読みながら、キャリアを積み上げてきた。ただ、ベクトルがちょっとズレていただけなのだ。

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 Miles自らDef Jamにコンタクトを取り、活きのいい若手を誰か寄こしてくれ、と言ったのが、このプロジェクトの発端である。
 で、そこから紹介されたのが、前述したEasy Mo Bee。ヒップホップ方面はほとんど詳しくない俺も名前くらいは知ってたプロデューサーで、いわゆる職人的な人らしい。世間一般が思い描く「ヒップ・ホップ・サウンド」をまとめるのを得意とし、ビギナーでも受け入れやすいクセの少ないサウンドが特徴である。悪く言っちゃえば独自性は少なく、ヒップホップを深く聴き込んだユーザーからすれば、面白みは足りない、とのこと。
 ヒップホップ・シーンはほぼ表層的にしか知らない俺にとって、またMilesにとっても、ステレオ・タイプとしての彼のサウンドはわかりやすく、エゴが少ない分、これまでの自分のサウンドとの親和性も高かったのだろうと思われ。

 このアルバムでのMiles、通常のオリジナル・アルバムなら、もう少し自分のカラーが強いはずなのだけれど、何しろリーダーシップを発揮する前に亡くなってしまったので、Easy Mo Beeによるバランス感覚重視のプロデュースによって、そこまでエゴイスティックにはなってない。充分な長さのソロ・パートの録音マテリアルが少なかったため、短いフレーズをバランス重視で並べ、空白を過去作からの引用や自作トラックで埋める手法によって仕上げている。
 その苦肉の策が功を奏したのか、Miles独特のアクの強さがうまい具合に希釈され、皮肉にも聴きやすく踊りやすいアルバムに仕上がっている。Teo二代目ともいうべき、Easy Mo Beeの編集感覚が存分に発揮されたことは、もっと評価されてもいいはず。

 Miles自身もまた、当時最先端のダンス・ミュージックの担い手とのコラボによって、久し振りに現役感覚が甦ってきたのだろう。単発ではあるけれど、ここでは久しぶりに躍動感溢れる音色を奏でている。若い世代に支持され、踊り出さずにはいられないサウンドこそ、彼の求めていたものだったのだ。
 Marcus Millerもいいけど、あれは夜中にまったり聴き込むための音楽、自然に腰が動きステップを踏み意味もなくシャウトしてしまう音ではないのだ。


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1. Mystery
 ニュー・ジャック・スウィングやアシッド・ジャズで培われた手法を応用したリズム・トラックに、サンプリング的にMilesの咽ぶホーンが乗せられている。この辺はまだ前作までの流れが残っており、既存のファンでも受け入れられる余地はある。

2. The Doo Bop Song
 薄く流れるムーディーなシンセはKool & The Gang “Summer Madness”よりサンプリング。このサンプリングという技術自体が、メインストリーム・ジャズとはまず無縁である。そこにラップやフロウが付け加えられ、最後にMilesが仕上げ。Milesのペットの音がなくても、これはこれで成立しそうなサウンドに仕上がっているけど、多分それじゃ中途半端な出来なのだろう。

3. Chocolate Chip
 で、タイトル・ナンバーよりは俺、こっちの方が好き。ストリート感覚に溢れたバック・トラックに乗せてクールに吹きまくるというコンセプトとしては、こちらの方がハマってるんじゃないかと思う。ジャズ・ファンクでしかもインスト系が好きな人なら、こちらの方がオススメ。
 


4. High Speed Chase
 こちらはゴーゴー系で、ストリート感覚を演出するため、街の喧騒をエフェクトとして使用。タイトル通りリズムが速いため、これまでにないくらいMilesも必死の形相でついて行っている感じ。
 この曲の素材として使用されているDonald Byrd “Street Lady”、70年代初頭にMizell Brothersプロデュースによってリリースされた、ジャズ・ファンクの名曲。Milesがドロドロのファンクをプレイしている頃、もっとポップな形で表現していたアーティストが同時代にいたことは、もっと知られてもいい。

5. Blow
 JBをサンプリングすれば、どのトラックもそれなりにアベレージが上がってしまうという、不変の法則の一例。このリズムにMilesが惚れ込んだのも頷ける。
 エレクトリック期はもっと複数のリズムをごった煮にしていたため、カオス度は増したけど、純粋なリズムの強度は逆に減衰していた。ここまでストレートにサンプリング、要するにパクってしまえば、相乗効果が絶大となる。
 しかしカッコイイよな、これ。



6. Sonya
 このアルバムではあまり目立ってなかったベース・ラインが、一番カッコイイ曲。薄くピアノが入るとこの手の曲って、すぐアシッド・ジャズっぽくなってしまう。まぁそういったのが俺は好きなのだけど。
 そうか、一番フュージョンっぽいから違和感が少ないのか。

7. Fantasy
 重厚なリズム・トラックに合わせたのか、珍しくミュートを外して吹いているMiles。モード・ジャズ以降は、ほぼミュートか電気増幅での音色がほとんどのため、こうしてオープンで吹くスタイルはかなり貴重。サウンドに負けない音を出そうとしたんだろうか。
 中盤で挿入されるラップも適度にクール。

8. Duke Booty
 こちらも珍しく、ホーンをダブルで録音。ていうか編集のなせる業か。
 延々とクールなループ・トラックに乗せて、まるで歌うように咽び吹くMiles。若手とのレコーディングが楽しかったのか、饒舌で楽しげなMilesの姿が目に浮かぶ。

9. Mystery (Reprise)




 この路線を続けていくつもりだったのか、それとも単なる大御所の気まぐれだったのか、今となっては知る由もないけど、残された音の端々には、今後の大まかな方向性や可能性が散りばめられている。ジャズの立場から見ると、あまりに異端なサウンドだし、ヒップホップの立場からだと、それはあまりにビギナー向けであり、食指を動かすほどのものではないのだろう。  ちなみにMiles、これ以前にもファンク系のミュージシャンと接触してセッションを行なっている。  その名はPrince、あの人である。  Prince主導で仕切られたこのセッション、流出音源はほぼ1曲のみで、あとはほとんどまともな形にならず、消化不良のまま、自然消滅してしまったらしい。JB~Sly直系の天才的ファンク・ミュージシャンであるにもかかわらず、あまり彼の事を買ってなかったようである。  思うに、多分いけ好かない奴だったのだろう、Milesにとっては。  そう考えれば、納得がいく。



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