folder 大多数の、またはStonesファン歴の長いユーザーほど毛嫌いする傾向が強い、1985年にリリースされた、もう何枚目なのかよくわからないオリジナル・アルバム。
 さすがにこれだけの歴史を持つバンドなだけに、その時代によって推奨アルバムが激変しているのも彼らならでは。例えば10年くらい前までは「ルーツ回帰したブルース・ロック」として、『Beggars Banquet』や『Let It Bleed』が必聴盤として紹介される機会が多かったのだけど、ここ最近では、60年代の迷走期の作品として長らく日の当たらなかった『Their Satanic Majesties Request』の評価が高まりつつある。進研ゼミのCMで” She's a Rainbow”が流れる時代になるとは、まさかBryan Jonesも思わなかっただろう。

 本人たちでさえも『Sgt. Pepper’s~』のパクリ・便乗という認識だったため、ほんとつい最近までまともに顧みられなかった『Satanic Majesties~』、今ではネオ・サイケのルーツとしてリスペクトされまくっているというのに、いまだそんな気配すら感じられない80年代の仇花、それが『Dirty Work』である。シンプルで良質なロックンロール・アルバムでありながら、いまだまともに音楽性について語られないのは、むしろその制作背景、はっきり言ってしまってバンド内の確執の話題の方が大きかったからである。

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 今では結構知られた話だけど、このMick Jaggerという人物、凄まじく爛れたロックンロール・ライフの渦中にいたにもかかわらず、もとはロンドンで経営・経済学を学んでいた、大胆さと聡明さをあわせ持ったキャラクターの持ち主である。バンド活動をひとつの企業体として捉え、実質的なCEOとしてビジネス面において辣腕を振るっているのがMick、サウンド・コンセプトなどの実務面、またバンドの盤石たる精神的な支柱を担っているのがKeithと考えれば、もう少しわかりやすいと思う。
 これまで興味がなかった人にとって、Rolling Stonesとは「Beatlesと同世代の、ロックンロール一筋のバンド」というイメージが一般的だろうけど、実のところ、そんな単純な話でもない。他の同世代バンドが、次々に解散か自然消滅、もしくは懐メロバンドとして辛うじて生き伸びている状況を見ると、時代の動向を見据えた彼ら独自の経営方針が見えてくる。

 Rolling Stonesレーベルという自前のレコード配給会社を作ろうとしたのは、もちろんMickの提案である。レーベル設立時の70年代初頭、すでにStonesにはかなりの市場価値があったため、そのブランド・イメージの保持並びに音楽・映像など、ありとあらゆるStones関連の権利の管理・独占を目的とするものだった。
 BeatlesのAppleの前例があるように、大抵のミュージシャンにとって著作権管理や収益の管理はめんどくさいものである。ミュージシャン自身がデスク・ワークを取り仕切ってゆくのは限界があるため、どうしても外部の事務方が必要になる。どれだけ信頼できるブレーンだったとしても、人間、大きな金が自分の前を流れていると、つい手をつけてしまいたくなるのが本音である。そういった連中が金の臭いを嗅ぎつけてワラワラと集まり、多くのマージンが搾取される。本来、最も取り分が多いはずのミュージシャンが気づいた頃には、おいしい所はあらかた持ち去られてしまい、手元に残るのは微々たるもの。それだけならまだいい方で、中にはマイナスの財産、負債までおっ被せられてしまった者も珍しくない。

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 そういった前例をあちこちで見てきたMick、それらを反面教師として、緻密な経営戦略のもと運営された株式会社Rolling Stonesは、数々のトラブルを乗り越え、時代のトレンドを先読みしながら、音楽シーンを生き残っていった。
 ディスコが流行れば”Miss You”、ニュー・ウェイヴが流行ると”Undercover of the Night”など、もちろんMickなりのトレンド導入なので、ほんとの最先端のサウンドとはいまいちズレてはいるのだけど、取り敢えず話題作りとしては充分なので、それなりにヒット・チャートには食い込むことはできた。
 創立メンバーであるBryan Jonesの死後も、新しい血の導入ということで、Mick TaylorやRon Woodなど、随時メンバーの新陳代謝を図りながら、株式会社Rolling Stonesのブランド・イメージを守り続けるため、理性的な判断を下していたのがMick、そして経営理念を頑固に守り通していたのがKeith、という構図になる。

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 で、当時「バンド内の人間関係が最悪の状態でリリースされた」というのがこの『Dirty Work』なのだけど、そう単純な話でもないんじゃね?というのが本題。
 幼少時からの長い長い付き合いであるこの2人、これだけ長く顔を突き合わせていると、何かと衝突は免れないだろう。ちょっとした小競り合いは何度もあったそうだし、それが特に深刻になったのが、ちょうどこの時期である。Mickとしても、ルーティン・ビジネスと化していたStonesの活動を一旦リセットして、他のミュージシャンとルーティン以外の音楽をやってみたかった、というのが正直なところだろう。ただそこはもちろん商売人であるMickのこと、Jeff BeckやBernard Edwards、Herbie Hancockまで、とにかく思いつく限りの豪華なメンツを集めて、話題作りを行なったわけだけど。

 で、結局のところ、このトップの確執も大げさに報道されてはいたけど、実情はそこまで深刻なものでもなく、ただ単に話題作り、ゴシップネタの提供によるプロモーションの一環だったんじゃないの?という推論。Stonesの活動を疎かにしてソロへ走ったMickに対し、「しょうがねぇな」と苦虫を噛み潰すKeithの渋顔が想像できる。
 そう考えると、メディアを通した2人の舌戦や、いかにも一触即発を煽った”One Hit”のPVも納得できる。
 戦略としての内部対立の演出の裏側で、にやけながら賃借対照表や財務諸表の報告を聞き流すMickとKeith。
 やはり一筋縄では行かない2人である。


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1. One Hit (To The Body)
 前述したように、お互いを突き飛ばし合うMickとKeithの対立姿勢が有名なPV。確かに純粋なStonesファンなら、この先2人はどうなってしまうんだろう…、と気が気でなかったはず。結局はオヤジ同士の痴話喧嘩的ハッピーエンドを迎えることになるのだけど、まぁそれは後日の話。
 Ronも作曲に関わってるおかげか、ソリッドかつシンプルなギター・ロック。Mickのヴォーカルも粗野でラフなのだけど、それがまたサウンドにマッチしている。ゲスト参加としてクレジットされているBobby Womackのバック・ヴォーカルはわかるのだけど、Jimmy Pageがどこで何をしているのかよくわからない。終盤のうねり狂ったソロ?
 


2. Fight
 80年代に入ったあたりからロック・コンサートの規模は巨大化し、特にStones、もはやアリーナ級では収まらず、スタジアム・クラスでのツアーが通常となっていた。そうなると、それ向きのナンバーが必要になる。過去のヒット・ナンバーをリアレンジしたとしても、タマが足りなくなる。数万クラスの収容人数へインパクトを与えるには、やはりそういったタイプの曲が必要なのだ。
 広大なスタジアムで心地よく響き渡る状況を想定して作られた曲だと思うのだけど、この時期はまともにライブをやってないので、いわゆるライブ・ヴァージョンがほぼ存在しない。ぜひ再演してほしい曲のひとつである。

3. Harlem Shuffle
 1964年Bob & Earlによる、US44位というマイナー・ヒットのため、多分オリジナルはほとんど知られていないし、俺も聴いたことない。こちらもMTV時代、ルーニー・テューンズ・タッチのアニメPVが好評を博したのか、US5位UK13位という、80年代Stonesとしてはかなりの好セールスを記録。曲調に合わせてMickもソウルフルなヴォーカルを披露、裏で雄たけびを上げるBobby Womackに煽られたのか、かなり気合の入った演奏となっている。
 アルバム・リリース時のリード・シングルなのだけど、オリジナル主体のバンドとしては、最初のシングルがカバー曲、しかもそこそこヒットしてしまったというのは、ちょっと微妙なところ。よほどMickのチェック機能が働かず、選曲やレコーディングがKeith主導で行なわれたことの証だろう。こういうのって下手こくと、そのまま懐メロバンドに落ちぶれてしまう危険性も孕んでいる。それくらいカバーというのは危険なのだ。
 まぁKeithがそんなこと考えるわけもない。やはりMickが悪いのだ。
 


4. Hold Back
 Charlie Wattsのドラム・サウンドが急に80年代調になる。ギターも少し大味になり、ラフな演奏やオブリガードが目立つ。Mick、これは…、なんかヤケクソだよな、これ。80年代アメリカン・ハード・ロックのようなサウンドなので、やはりこちらもスタジアム向きの曲、Stonesの歴史の中では、他の同時代サウンドに似過ぎるがあまり、彼らのレパートリーの中では浮いて聴こえる曲である。
 でも改めてだけど、Charlieってドラムうまいよな。だってすぐCharlieってわかってしまう、特徴のある響きを出している。この頃は深刻なアル中だったとのことだけど、全然そう感じさせないプレイである。

5. Too Rude
 またまたカバー曲、今度はジャマイカのミュージシャン(もちろんレゲエ)Half Pintという人のカバー。すまん、オリジナルはもちろん、この人のことも初めて知った。かなりマニアックな所を突いてくるのは、さすがKeith。もちろんMickは不参加、ほぼソロと言ってもいいくらい、通常Stonesとはかけ離れた本格的なレゲエ・トラック。

6. Winning Ugly
 ギター・リフの音色といいバスドラの響きといい、これぞ80年代。やはりスタジアム・ロック系の音作りになっている。せっかくMickのヴォーカルもいい感じだというのに、やはりサウンド自体がショボい。あんまり音をいじらなければよかったのに、やはりKeithでも時代性を考慮していたのだろうか?
 
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7. Back To Zero
 ファンク風のライトなカッティングが、Stones色を抑えている。間奏のリズムは一瞬面白くなり、Mickもアフロっぽいフェイクを入れているのだけれど、ただそれだけで終わってしまう。まぁMickのソロにでも入れてたら、しっくり来てたかと思う。

8. Dirty Work
 疾走感溢れる8ビートが気持ちいいタイトル・トラック。レイドバックしてブルース色ドロドロのStonesが古参マニアには受けがいいのだろうけど、俺的にはこのように、老体に鞭打つように急かされたリズムの方が好みである。クレジットにRonが入っているのと、手数とオカズの多いCharlieのハイハット、久しぶりに気合いの入ったMickのシャウト、どれも80年代通してでは最高のプレイ。

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9. Had It With You
 Bill Wyman不参加ということで、イコール、ベースレスのトラック。曲調は思いっきりブルースだというのに、妙に軽いのは多分そこ。この頃からグループ内での立場が微妙になっていたBill、レコーディングにお呼びすらかからなかったこともしばしばあった、とのこと。MickとKeithとの確執をよそに、自ら出資したレストラン事業や女遊びにうつつを抜かしていたのだから、まぁ身から出たサビとも言える。
 
10. Sleep Tonight
 Keithヴォーカルとしては珍しくストレートでシンプルなバラード。出だしから何となく”Knockin’ on Heaven’s Door”を連想させてしまうけど、その雰囲気がそのまま最後まで続く。Dylanを模したようなヴォーカル、過剰にエモーショナルなバック・コーラス。どれもそっくりだ。
 とは言っても、最後まで聴き進んでいくと、うまくはないが味のある声質がクセになってくる。ヘタウマ・ギターもすでに『芸』の領域に達している。

11. Untitled (Key To The Highway)
 ブルース・ナンバーの定番らしいけど、これもよくわからん。
 アルバム・リリース直前に亡くなった「6人目のStones」Ian Stewartによるブギウギ・ピアノ。ほんの30秒ほどなので、エクストラ・トラック的なおまけ扱い。ほんと裏方仕事に長けた人で、バンド内の人間関係の調整も行なっていたのだけど、彼の不在によって、一時バンドは空中分解寸前にまで陥ってしまう。
 



 という演出だったのかどうかはもはや不明だけど、とにかくMickは通常アルバムに伴う世界ツアーを拒否、このアルバム・レコーディング後、自分のソロ・ツアーを行なった。それがMickの初来日となり、日テレでゴールデン・タイムでのライブ放映が行われたりなど、大きな盛り上がりを見せた。俺もテレビで見た記憶がある。
 Mickは2枚目のソロ制作に入り、そして遂にKeithもStones再開の見通しが立たないことに痺れを切らし、遂にソロ・アルバムをリリース…、というのが和解までの流れなのだけど、まぁそこまで深刻だったのか、今となっては怪しいものである。Keithもどこかでソロのきっかけを探していたのかもしれないし、またMickもバブルの真っ最中で浮かれていただけなのかもしれない。
 それすらもMickの経営計画に組み込まれていたのだとしたら…。

 我々は結局、MickとKeithの市場操作に踊らされているだけなのかもしれない。



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