31456 80年代に10代を過ごした者なら知らぬ者はない、それ以降の世代でも、数々のスタンダード・ナンバーによって、名前までは知らないけど曲だけは聴いたことがある人も多い、イギリスが生んだポップ・デュオ・グループWham!が1984年にリリースした2枚目のアルバム(レコード会社の宣伝文みたいになっちゃった)。
 
 このアルバムには未収録だけど、30年近く経った今でも、”Last Christmas”はクリスマス・ソングの定番としてヘビロテになってるし、どれだけベタであっても”Careless Whisper”が名曲であるということは周知の事実である。どんなヘビメタ・ユーザーでもアイドルオタクでも、また音楽そのものに興味がない者にとっても、当時のWham!は確実に「みんなの洋楽」的ポジションを独占していた。だって洋楽なのに、オリコン・チャートで1位になっちゃうんだから。

 純粋なCD売上チャートが機能不全を起こしている現在とは状況が違って、80年代のオリコン・チャートは、ほんと老若男女だれでも知ってる曲じゃないとチャート・インできなかった。大人の事情やら組織買いやらでランキングを操作する例もなくはなかったけど、当時のオリコンはその辺は公明正大でまともな集計方法でランキング作成しており、ちょっとやそっとの不正手段ではチャートを揺るがすことはできなかった。
 そうした時代にヒットしたアルバムなので、俺自身、このアルバムを買ったのはずいぶん後の話で、最初は友達から借りてテープにダビングしたのが最初だった。当時は他にCulture ClubやVan Halenが洋楽好きの定番アイテムで、自分では持っていなくても、大抵は誰かが持っていたので、知らず知らずのうちに覚えてしまっていることが多々あった。

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 この頃の英国発ニュー・カマーによるアメリカ・チャートへの浸食具合は「第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン」と呼ばれているのだけど、それぞれ個性の強いメンツがそろっていた。
 Duran Duranはなんかチャらくて女々しくてミュージック・ライフ御用達っぽい感じが、男性ファンからは敬遠されていた。その耽美的なファッション・コンセプトは今で言う腐女子向けのイメージが強かったし、その後Bernard EdwardsやRobert Palmerらと結成するPower Stationまでは、圧倒的に楽曲のクオリティが低かった。
 Culture Clubは80年代初頭のファンカラティーナ(ファンク+ラテン)の流れから出てきたことによって、演奏スキルは高かったし、楽曲も粒ぞろいだったのだけれど、何しろリーダーBoy Georgeがアンナだしコンナなので、イロモノ的オーラが抜け切らなかった。ラジオやTVで聴く分にはいいけど、わざわざレコード店にまで足を運んで、白塗りオカマがメインのジャケットを手に取ってレジへ向かうことは、自意識過剰な中高校生にとっては至難の業だったのだ。

 で、ここで登場するのがWham!。当時からAORだムード歌謡だモータウンのパクリだとか散々言われまくってたけど、そういったネガティヴな意見すら押し込めてしまうくらい、楽曲レベルが高かった。祖の楽曲をほぼ独力で制作し、しかもメイン・ヴォーカルを務めていたGeorge Michaelは、そのラテン系の風貌とマッチしたエモーショナルなヴォーカライズによって、世界中の心を鷲掴みにしていた。
 80年代UKポップ・アーティストの例に漏れず、彼らもまたファニー・ポップ的、アイドル的なプロモーション展開が行なわれていたのだけど、他の泡沫バンドと比べて違うのは、変に凝らずにダンスライクで明快に作り込まれたメロディと、George自身が熱狂的にリスペクトを抱いていた60~70年代ソウルやディスコ、ファンクをモチーフとして作られたサウンドに拠るところが大きい。いくらプロのエンジニアらの助力もあったとはいえ、二十歳そこそこの顔の濃い若造がこれらをディレクションしていたのだから、ほんと天才の称号が相応しい。

Wham

 デビュー・アルバム『Fantastic!』において、すでにGeorgeの才能の片鱗は発揮されているのだけど、そこをさらに深く掘り下げ、バラエティに富んだWham!サウンドを確立したのは、このアルバムからである。
 『Fantastic!』レコーディング時は、スタジオ・ワーク自体が初めて尽くしだったし、また充分な時間も予算もなかったのだけど、これがいきなりヒットしてしまったため、状況は好転する。当初はアイドル的泡沫ポップ・デュオとしての扱いであり、レコード会社も対して期待はしてなかったのだけど、ブリティッシュ・インヴェイジョンの追い風に乗るため、先行投資が行なわれた。
 ここにはもう、ロンドンのスラムでクダを巻くソウル好きな2人組の姿はない。ここにいるのは、アメリカを含む世界マーケットをターゲットにした戦略的なアーティスト/アイドルの姿である。


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1. Wake Me Up Before You Go Go
 邦題はご存じ『ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ』。いま思えばアホらしくって能天気なネーミングだけど、これだけこの曲の雰囲気を見事に表現したタイトルもない。だって、ほんとウキウキするような曲なんだもん。当時は「笑っていいとも」の全盛期、オープニング・テーマの「ウキウキ・ウォッチング」からインスパイアされたものだと思われる。
 ドゥー・ワップ調のオープニングからモータウン・フォーマットのリズム、コーラスまで、どのパーツもキラキラ眩いくらい。ビルボード1位になったのもうなずける、完璧なポップ・ソウル。
 


2. Everything She Wants
 邦題が『恋のかけひき』。オープニングから一転、マイナー調の地味な曲なのだけれど、これもビルボード1位を獲得しているところから、当時の彼らの人気のほどが窺える。いやほんとすごかったんだから。
 久し振りに聴いてみると、アッパー系のポップだけじゃない、幅広く深い引き出しに驚かされる。この頃、Georgeはまだ若干21歳。どうしてこんな曲が書けたのかは、未だもって謎。特別優秀なブレーンがいたとは思えないので、やはり彼の天性によるものなのだろう。
 ちなみに歌詞は、ハイスペックな女性と付き合ってるダメ男の泣き言がダラダラ続く、タイトルとは裏腹な内容。なんか勢いでつけちゃったのだろう。

3. Heartbeat
 Bruce Springsteen “Hungry Heart”とBilly Joel “Say Good-Bye to Hollywood”をまんま足して2で割ったような曲。いかにも80年代パワー・ポップといったサウンドで、一歩間違えればひどくチープな仕上がりになるところを、Georgeのドラマティックなヴォーカルによって、いい意味でジャンクなポップ・サウンドになっている。

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4. Like A Baby
 邦題『消えゆく思い』。”Careless Whisper”的アルペジオのイントロが1分半くらい延々続いてから、ようやくGeorgeのヴォーカルが入ってくる。ここでは少しいい意味で力を抜いた歌い方になっている。シンプルなアコギと薄くかぶせられたシンセのサウンドとが、守備範囲の広さを感じさせる。

5. Freedom
 チャートを調べてみると、2.がビルボード1位なのに、どうしてこれが3位止まりだったのか、どうにも納得できなかった。俺的にはWham!の楽曲の中では3本の指に入る曲なので。
 マクセルのカセットテープのCMに採用されたくらいだから、ほんと同時代を生きてきた人間なら、ほぼ誰でも知ってるはず。1.と同じくらいウキウキしてしまう、ポジティヴ率100%の純粋なポップ・ソング。とにかく聴いてるうちに踊りたくなってしまう率100%、細かい理屈は抜きにして、問答無用で体を揺らし腰を振らせてしまうパワーが、ここにある。
 


6. If You Were There
 Isley Brothersによる、1973年リリースのヒット曲のカバー。この80年代というご時世に、しかも21歳のポップ・シンガーが選んだとは思えない、比較的シブい選曲。当時のIsleyはメロウ・ソウル路線まっただ中、エロいR&Bで世間を魅了していた頃。比較すると、まったく別のバンドに聴こえてしまう。
 俺的にこのトラック、実はWham!ヴァージョンの方が好み。圧倒的な黒さならIsleyの方がもちろん上なのだけど、Isleyは俺にはちょっと濃厚過ぎるのだ。
 ジミヘンの影響下にあるネチッこいギター・ソロと、同じくネチッこいRonaldのヴォーカルがベタ過ぎるので、Georgeくらいの濃さがちょうどよい。それでも他のヴォーカリストからすれば、充分濃いのだけれど。

7. Credit Card Baby
 歌詞といい安手のモータウンっぽいサウンドといい、なんか穴埋め的な曲。ポップ・ソングとしてはこのくらい軽薄な方が良いのだろうけど、アルバムの他の曲と比べると、もう少し何とかなったんじゃないの?と思えてしまう。ま、余計なお世話か。
 それくらい、捨て曲のないアルバムなのだ、これって。

8. Careless Whisper
 このアルバムの中で唯一George Michael名義でクレジットされている、誰もが認めちゃう80年代ポップ・ソングの金字塔。リリース当時から名曲認定されていた、ビルボード1位はもちろんだけど、年間通しての1位というのは、Georgeの全キャリアを通してもこの曲だけ。
 まるで「金曜ロードショー」のオープニングを思わせるムーディなサックスの咽び、囁くが如く抑えながら、サビ・Bメロで爆発させるGeorgeの激情ヴォーカル、どれも完璧。
 プロ・アマどちらの目線で見ても完璧なロッカ・バラードのため、これまでも様々なアーティストによってカバーされているのだけど、俺的にベストなカバーはラルクのhydeヴァージョン。声はいつものhyde節なのだけど、歌い方はGeorgeが乗り移っているかのよう。








 急激にスターダムの階段を昇り切った21歳の若者2人だったけど、彼らを取り巻く環境はさらに激変し、遂には決裂、そしてお互い別々の途を歩むことになる。
 多分、GeorgeにとってAndrewは精神安定剤的に不可欠な存在だったろうし、いかに実務作業の割合が9:1だったとしても、それを苦には思っていなかったはず。GeorgeにとってAndrewは気を遣うことのない友人であり、それはAndrewにとっても同じだっただろう。周りの悪い大人らに唆されることによって、かけがえのない友は失われていった。
 もし二人が袂を分かつことなく、もう少し長い間、タッグを組んでいたとしたら?
 ヒップホップやグランジが世の中を席巻するのは、もう少し後になったかもしれない。


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