51CWSnFPMLL 1985年末にリリースされた、一般的に言うティーンエイジ3部作の最後を飾るアルバム。wikiで調べてみたところでは、オリコン最高5位はちょっと以外。当然1位だと思っていたのだけど、年末は他にもいろいろ目玉アイテムがあったため、ソニー的には黙っててもそれなりに売れる尾崎より、さらに当たればデカいレベッカや松田聖子に力を入れたんじゃないかと邪推してしまう。
 また制作進行が結構ギリギリで、プロモーションのスケジュールを立てることもままならなかったことも、スタート・ダッシュが弱かった要因のひとつ。何しろ尾崎が十代のうちにリリースすることが優先されたため、現場作業はケツカッチン、尾崎はブーたれるわ遊びたがるわで、どうにか発売日に間に合ったことだけでも奇蹟だった、という事情もある。

 当時の尾崎の活動の主体はほぼライブ活動、当時のスケジュールを見ると、特にこの時期はツアーに明け暮れている。懐かしの音楽特集で見たことがある人は多いと思うけど、尾崎と言えば、あのハイ・テンションのライブ、序盤から全力で飛ばし、ペース配分も考えず120パーセントの全力疾走、終盤には汗と涙とヨダレでデロデロ、ろれつも回らず朦朧とした目つきでステージ上をウロウロしながら、ヤケクソ気味にがなり立てる、といったスタイルが定番だった。こういったステージが連日のように続くのだから、毎日が文字通り完全燃焼といった具合。
 なので、まともに創作に当てる時間はほとんどなく、このアルバムも事前に用意された曲はほとんどなく、ほんとレコーディング作業と同時進行で楽曲制作が行なわれた。ブースの片隅で頭を抱えることも何度となくあったはずで、スタッフやバンドメンバーの助力がなければ、恐らくリリースそのものが危ぶまれたくらいである。

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 前作『回帰線』のヒットによって。「十代のカリスマ」としてマスコミに祭り上げられ、おかげで俺世代周辺の人間にとっては、半ば神聖な立場として映った尾崎だけど、後年の関係者/事情通の証言によって、案外人間くさく俗っぽい面もあったことが明らかになってきている。
 当時のソニー・スタッフによるイメージ戦略のおかげもあって、今では中二病の基本フォーマットとなった、「何かに反抗し何かに抗い純愛を求める若者」を自己陶酔的に演じていた反面、若いうちから名声を得たことによって、息抜きも兼ねて、それなりに遊んでもいたようである。日増しに盛り上がる世論から来るプレッシャーはハンパなかっただろうし、ハード・スケジュールに縛られたストレスも溜まってゆく一方で、どこかで捌け口は必要だったのだろう。
 何よりも「大人への反抗の代弁者」というスタンスで活動していながら、現実は日々、その大人たちとのしがらみと思惑の間で振り回されるというジレンマ。そうした矛盾や大人の事情にまつわる何やかやが積み重なって、少しずつ尾崎の中でズレが生じ、引いては悲劇的な結末の遠因となってゆく。

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 尾崎の歌詞について長らく続いている誤解として、未だに根強いのがメッセージ性の強い世界感について。『17歳の地図』も『回帰線』もそうなのだけど、ティーンエイジャーの葛藤や大人たちへの不信など、ある意味わかりやすいメッセージの曲が取り上げられることが多かった。マスコミ的にもソニー的にも、その方が紹介しやすいし、尾崎もまたデビューへの取っかかりとして、世間の注目を浴びるため、手っ取り早いルートを選択した節がある。
 ただどのアルバムでも1枚通して聴いてみればわかるように、そういった傾向の曲ばかりで埋め尽くされているわけではなく、ほぼ半数は何気ない日常の情景描写、心象風景を切り取った内容のものである。最初に制作したデモ・テープにもさだまさしのカバーが含まれているように、本来は内省的なフォーク傾向の強いシンガー・ソングライターである。
 尾崎について語る際、語る側の感情移入がしやすいがため、どうしてもメッセージ性の強いタイプの曲についての考察が多くなりがちだけど、そういったのはあくまで尾崎の一面でしかない。

 3部作時代のアップ・テンポなナンバーはストレートな言葉遣いが多く、直接的な感情をあからさまに吐露するタイプの歌詞が多い。言葉の力が強い分、聴き手に与えるインパクトも大きい。ひとつひとつの言葉のオーラが強いため、微妙な感情の揺れを描く描写は掻き消され、むしろミス・マッチになってしまう。なので、言葉のインパクトを重視することによって、メッセージの羅列が多く、散文的な内容になることが多い。
 対して、スロー~ミドル・テンポの曲、例を挙げれば、尾崎のレパートリーの中では最もポピュラーな曲である”I Love You”、この曲に強いメッセージ性はない。ちょっと親とうまくいってない、普通の男の子と普通の女の子が愛を確かめ合う、言ってみれば他愛ないストーリーを淡々と連ねている。大げさな表現やねじ伏せるような心情吐露もない、ごく普通の言葉を丁寧に並べることによって、シンプルなストーリーに普遍性を持たせている。
 十代の普通の男の子と同じ高さの目線、日常の機微の詩的描写こそが、本来の尾崎の本質である。

 3枚目となるこのアルバムでは、極端なアジテーター的視点に立った曲は抑えられ、本質であるシンガー・ソングライター的な楽曲が多く収録されている。もちろん従来イメージの延長線上として”Freeze Moon”のような曲も収録されているのだけれど、それもなんて言うか、「メッセージ・ソングのためのメッセージ」という印象が強く、どこか無理やり感も見られる。本人的にもある意味、営業政策的なアジテーションという意識もあったんじゃないかと思う。人間そうそう、何かと青筋ばかり立ててはいられないのだ。
 なので、激しいロック・ナンバーより、むしろここで印象に残るのは、8や9のようなメロウな曲である。ごく普通の日常を素直に切り取り、淡々とした曲の方が、尾崎自身も思い入れが強いのか、丁寧に歌っている。


壊れた扉から
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尾崎豊
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1. 路上のルール
 うまい感じでBruce Springsteenへのリスペクトを表明したロック・ナンバー。何でもパクリと言ってはいけない。特に尾崎の場合、憧れの対象への敬意を素直に表現しているだけなのだ。
 この時期のソニー共通の特徴だけど、ベーシックとなるロック・サウンドのフォーマットに、これでもかとシンセを被せてくるのが得意技。まぁ確かに十代のロック性根少女にはきらびやかに映っていたし、コピバンする際もシンセ担当の女の子がいる方が、バンド的にも華がある。
 レコーディングのメンバーがほぼライブのメンツと同じなため、取ってつけたようなサウンドではなく、一体感から発せられるグルーヴ感がある。ライブ・テイクでも違和感なく、これまであったようなチグハグさが解消されている。

 「今夜もともる 街の明かりに 俺は自分のため息に
  微笑み お前の笑顔を 探している」

 こうした客観的な視線を描くようになった点に、ソングライターとしての尾崎の成長が窺える。



2. 失くした1/2
 全体的にアタック音を抑えたサウンドを基調とした、よく聴けばドゥー・ワップ調のナンバー。こういった軽みのあるサウンドも受け入れられるようになったのも、尾崎の成長なんじゃないかと思う。ヴォーカルは相変わらず力が入りまくりだけど。
 語りかけるような口調の歌詞からは、独りよがりな愛情の押し付けではなく、相手の気持ちをおもんばかった姿勢、一回り大きくなった包容力さえ感じられる。
 でももう少し、キーは下げても良かったんじゃ…。

3. Forget-me-not
 『壊れた扉から』レコーディングでは、最も最後にレコーディングされた曲。とにかく歌詞が出来ず、されどスケジュールは押し迫っており、苦肉の策でメロディだけ鼻歌で入れたデモ・テープを元にバック・トラックを録音、ギリギリのタイミングで間に合わせた曲である。
 とはいっても、やっつけ仕事的な部分は少なく、きちんとしたレベルの歌詞に仕上げているのは、やはりプロとしての自覚だろう。とにかくギリギリで仕上げた歌詞なので、ろくに校正する間もなく、レコーディング・ブースに飛び込んでほぼワン・テイクでOKしてしまっているので、後になってからその完成度に驚いた、というのが後日談。
 俺より十歳下、30代中盤以前の世代には、とても人気の高い曲である。俺世代から見れば甘さが強すぎて、どうもいまいち受け付けなかったのだけれど、前述したように、メッセージよりはむしろ、素直なメロディが良い、という層が増えてきたのだろう。
 メロディもサウンドも甘さが際立つのに、ヴォーカルは相変わらず青筋立ててる、そのミス・マッチ感、これは昔から好きなところ。

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4. 彼
 かなり洋楽テイストの濃いサウンドと、従来と比較して起伏の少ないメロディは、このアルバムで見せた新境地。キャッチーなフック・ラインで耳を引くのではなく、あくまでトータルのサウンド、そしてメインのヴォーカルのパワーを感じてもらうことに尽力した、アルバムやライブ構成を考えた作りのナンバー。
 第三者的な視点のストーリー展開のため、若干感情移入はしにくいのだけれど、ヴァリエーションとしては良いのだろうし、変なアクがない分だけ、もしかすると若い層にも人気はあるかもしれない。

5. 米軍キャンプ
 80年代シンセの音色が郷愁を感じさせる。絶叫混じりのヴォーカルとのコントラストが耳を引きつける。シンプルなメロディとサウンドなので、逆にひと言ひと言が艶めかしく響く。まぁ言ってしまえば『Born in the U.S.A.』以降、虚脱感に満ちたSpringsteenなのだけど。
 歌詞に描かれてる情景は浜田省吾と同じ世界観なのだけど、彼よりも世代的にリアリズムに満ちており、浜省ほど勧善懲悪でもない。

6. Freeze Moon
 Springsteenタッチはまだ続く。ステレオタイプな捨て鉢な若者を描いているのは前作・前々作とパターンを踏襲しているけど、以前より諦念のような無力感が漂っているのは、怒涛の十代を乗り越えた尾崎の達観から来るものか。
 アウトロからの独白は賛否両論あるけれど、ファンからはこういった直情的な曲を求められ、そしてまた尾崎も真正面からその期待に応えなければならなかったが故の絶叫である。
 時として私生活はルーズな面が垣間見られたけど、歌に対しては常に真摯だった尾崎、その思いつめ具合が後々、自身を縛りつけることになるのを予想しているかのよう。
 Beatlesの”HELP!”にも通ずる、尾崎の心の叫びが生々しく記録されている。

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7. Driving All Night
 先行シングルとして発売された、ノリの良いロック・ナンバー。5分超の曲のため、”卒業”同様、12インチ・シングルで発売された。オリコン最高9位。
 6.がどこかファンに応えるために無理をしてる部分があるとすれば、こちらはファンのニーズも踏まえながら、しっかり現在進行形の尾崎豊を反映させた、疾走感あふれるロック・ナンバーに仕上がっている。バンドの一体感も良く、それぞれのソロ・パートなどの見せ場もあるし、コーラス・アレンジもきちんと構成されている。

 「俺にとって 俺だけが すべてというわけじゃないけど
  今夜俺 誰のために 生きてるわけじゃないだろう」

 この一節こそ、『壊れた扉から』というアルバムのポテンシャルをグッと押し上げ、何万何十万というティーンエイジャーの虚ろな心を鷲掴みにした。



8. ドーナツ・ショップ
 甘いメロディと柔らかな歌声。この曲を聴くと、微かな笑顔を見せながら歌う尾崎の表情を思い浮かべてしまう。
 こういった表情をもっと見せてほしかった、と思ってしまうのは、俺だけではないはず。こういったソフトな曲の方が、尾崎の歌の上手さも引き立つし、声もずっと聴いていたくなる。
 メッセージを押し付けるのでなく、緩やかな流れに乗せて言葉を紡ぐ。心地よい調べを聞き流すもよし、また気に入ったフレーズを噛みしめるもよし。このまったりした世界観を十代のうちに創り出したこと。これこそがこのアルバムにおいて、もっとも大きな成果だったんじゃないかと思う。
 カラオケでアウトロのセリフをやると、ちょっと気恥ずかしいけどね。

 「何もかもが 僕の観念によって 歪められてゆく
  そして それだけが 僕の真実だ」
 「さぁ もう 目を開けて
  取り囲む すべての物事の中で
  真実を 掴むんだよ」

9. 誰かのクラクション
 俺的には尾崎の中で一番好きな曲。昔はそれほどじゃなかったけど、やはり年を経るごとに好きになってきた。
 俺世代の尾崎ファンはどうしても『十七歳の地図』から入っているため、そのインパクトが強いので、どうしてもこのアルバムは後回しになってしまう。なので、純粋なシンガー・ソングライターとしての尾崎の魅力に気づいてるんじゃないかと思う。
 このフレーズが好き、というのは実はない。この曲に流れる空気感が好きなのだ。
 多分、言葉に対して一番しっかり向き合った曲なんじゃないかと思う。






 かなり広い世代からの支持の多いアーティストなので、その捉え方も思い入れも世代それぞれなのだけど、俺のようなリアル世代にとっては、”I Love You”も”卒業”も入ってない、最も地味な立ち位置のこのアルバム、今では若い世代からの支持が最も多い。リリース当時はリアルだった、「盗んだバイク」や「か弱き大人の代弁者」というキーワードがすっかりフィクションの世界となってしまった現代においては、ニュー・ミュージック的傾向の強いこのアルバムの方が共感しやすいのだろう。
 アジテーターとしてではなく、ごく普通の少年、真摯なシンガー・ソングライターとしての尾崎を堪能するのなら、ぜひ聴いてほしい一枚。



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