folder 以前Steely Dan『Aja』のレビューで、影の主役はChuck Rainey(B)である、と書いたのだけど、その彼のまた別方面での良い仕事が、1974年にリリースされた、このアルバム。
 同じく『Aja』で名演を繰り広げたLarry Carlton(G)も一緒に参加しており、その他Harvey Mason(D)、David T. Walker(G)、Jim Gordon(D)など、当時のジャズ/フュージョン名盤では常連のメンツが勢ぞろいして、ほぼ好き勝手に最高のプレイを披露している。ただし、誰もがエゴを剥き出しにはせず、あくまで最高のシンガーMarlenaの最高の歌を引き立たせることを前提に、最高のコンビネーションでプレイしている。
 
 このアルバムがリリースされた1970年代のモダン・ジャズ・シーンと言えば、当時所属していたブルー・ノートも含め、業界全体に往年の勢いが失われており、時代はほぼフュージョン一色となっている。純粋なスタンダード・スタイルの4ビート・ジャズは、ほぼ伝統芸能レベルにまで廃れており、クロスオーバーというネーミングが表すように、ソウル/ファンクのテイストをあしらったサウンドが主流となっていた。
 メインストリームのジャズがそういった様相だからして、ましてや、どスタンダードなジャズ・ヴォーカルのニーズはさらに失われており、こちらも絶滅寸前にまで追い込まれていた。
 
 もともとブルース系レーベルのチェスでデビューを果たしたMarlenaは、ブルー・ノートにおいては、どちらかといえば異端的存在だった。逆に言えば、そのソウル/ファンク・テイストの強いキャラクターであったことが強みとなって、従来の古臭いジャズ・ヴォーカリストらに混じることなく、後世まで生き残ることができた。

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 リリースされてちょうど今年で40周年、もはや威光の失われた往年のジャズ・レーベルという不利な条件だったため、大きなセールスを上げたわけではないけど、いつまでも語られることの多い名盤である。
 レコーディング・メンバー、ヴォーカリストの個性や卓越したテクニック、ストーリー仕立てのコンセプト・アルバムである、などなど、様々な要因はあるのだけど、どれが決定打かといえば、それはちょっとわかりかねる。こういうのって、結局は人それぞれだから。ただ、どんな理由で惹きつけられようと、一度手に入れてしまったらなかなか手放すことのできない、もし手放してしまったとしても、再び手に入れたくなってしまう、そんな不思議なアルバムである。誤解を恐れずに言えば「緩慢な麻薬」のようなアルバムである。
 
 ジャズ・ヴォーカルというのは、かつて日本でも人気のあったジャンルだったらしいのだけど、今ではもうその勢いも見る影はなく、伝統芸能のような扱いとなっている。戦後間もなくだと、ポピュラー音楽と言えばジャズくらいしかなかったので、安定したセールスを誇っていたのだけど、1950年代後半からのロックやポップスの台頭によって、その座も失われて久しい。ジャズ・ヴォーカルのピークをFrank SinatraやHelen Meriillの時代として、それ以降もまったく絶滅してしまったというわけではなく、一応時代ごとに歌姫的な存在のアーティストは出てきてはいるのだけど、あいにく往年のブームを凌駕するまでには至っていない。

 日本でも1970~80年代にかけては、阿川泰子やマリーンなど、スタンダード・スタイルの女性ヴォーカリストが定期的に出てきてはいたのだけど、彼女らのタレント化に伴い、そういったムーヴメントも徐々に収束してゆき、今ではもう見る影もない。ましてや、男性ヴォーカリストなんてもう、誰かいたっけ?といった惨状である。

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 今後のジャズ・ヴォーカル界に未来はあるのだろうか?
 残念ながら、「純粋な」ジャズ・シンガーの需要というのは、もうほとんど見込めないのが現状である。純正のジャズ・ヴォーカルの復権はないだろうけど、歌の上手いシンガーという需要は、どの時代でも確実にあるので、ポップ・シーンとのコラボレーションによる生き残りは可能だろう。大きなヒットは見込めないし、絶対数は少ないけど、どの時代にだって、ディーヴァは必要なのだ。Aretha Franklinだって、もともとはジャズ/ゴスペル出身だし、近年だとAdeleのサウンドもジャズ・テイストが強い。
 そう考えると、Amy Winehouseの早逝は、実に痛いところ。
 
 全盛期にも増して、近年精力的なライブ活動を続けているMarlenaもまた例外でなく、フュージョン系ミュージシャンとの共演も多く、ワン・ショットではあるけれど、若手ジャズ・ファンク・バンドへのフィーチャリング参加など、他ジャンルからの需要はコンスタントに続いている。演奏レベルが高いバンドにとって、サウンドに負けないポテンシャルを持つシンガーというのは、必須アイテムである。彼女のような本物のシンガーを積極的に起用していることが、近年のNu-Jazzやアシッド・ジャズの成しえた貢献の、最も大きなひとつである。


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1. Dialogue ~ Street Walking' Woman
 なかなか曲が始まらない。
 全体では6分の長尺だけど、実際の曲は後半3分くらいで、前半3分はまるまる男女の会話。バーの喧騒の中の会話という設定のため、聞き取りづらい上、ネイティヴな英語は日本人ではなかなか理解しづらい。他のサイトでの訳を読んでみると、まぁシャレオツながら中身のない会話の応酬なのだけど、アルバム全体のムードを印象づけるには、これくらいでちょうど良いのだろう。
 HarveyとChuckによる変幻自在のリズム・セクションは、彼らのキャリアの中でも特筆するほどのクオリティ。4ビートと16ビートがめぐるましく変化し、それに対して相変わらずのマイペースなDavid T.、ナチュラル・トーンと性急なカッティングの使い分けが絶妙。Mike Lang(P)もこのメンツの中では地味な方だけど、転調ごとにいなせなオブリガードを聴かせている。
 最後になってしまうけど、やはりMarlenaのBitchっぽいヴォーカルが熱い。終盤に差し掛かると、バンドとヴォーカルの相乗効果で、テンポも次第に上がってゆくことでファンク色が強くなり、最高潮の盛り上がりで占める。
 あぁもっと書きたいのだけれど、いまいち伝わらない。とにかく、聴いてほしい曲。

 
 
2. You Taught Me How To Speak In Love
 “いとしのエリー”の元曲。
 デビュー間もない頃のサザンは、この曲に限らず、「影響された音楽を素直に形にしてみました」感の強い曲が多い。パクリ疑惑も流れているけど、サザンの場合、そこまで悪意めいたサウンドではないので、むしろオマージュと考えた方がよい。だって俺、サザン好きだもん。
 演奏の主役はやはりDavid T.、このとろけるギター・ソロに、いったいどれだけのギタリストが憧れを抱き、そして夢潰えていったのだろう。単純な音色なのだけど、やはりこのタイム感、世界観の作り方はマネできるものではない。
 
3. Davy
 前半は正統なジャズ・ヴォーカル的ナンバー。効果的なストリングスが導入されており、往年のビッグ・バンドをバックに歌うMarlenaの姿が思い浮かぶ。この曲のギターはDennis Budimir、一般的な知名度はほぼないけど、当時のセッション・マンとしては人気があったらしく、彼のソロが入った頃になると空気感が変わり、Carole King系のポップ・バラードで軽やかに締める。
 
4. Feel Like Makin' Love
 オリジナルがRoberta Flackというのは、有名な話。
 LarryとDavid T.のダブル・ギターだけど、オブリガード中心のプレイで決して歌を邪魔していない。Marlenaのヴォーカルも終盤こそテンポ・アップしているけど、終始抑えたムード。良い曲とわかっているからこそ、大切に歌っているのだろう。
 とにかく様々なアーティストにカバーされまくってる曲であり、変わったところでは、なぜか今井美樹がカバーしている。これはこれで透明感のあるヴォーカルが好印象。

 

5. The Lord Giveth And The Lord Taketh Away
 Marlena自身による、ピアノ弾き語りのブルース・ナンバー。1分足らずの曲なので、セッションの合間の余興だったのだろうけど、多分思ったより出来が良かったので、収録に至ったのだと思う。こうして聴いてみると、ほんと幅の広いシンガーという ことがわかる。
 
6. You Been Away Too Long
 このアルバムのプロデューサーであり、アレンジャーでもあり、そしてこの曲の作者でもあるBernard Ighnerが現場でがんばった曲。まとめ役という立場上、どうしても裏方的作業が多くなりがちだけど、ここではフリューゲルホーンで参加。
 比較的メロウな曲で、もう少し甘くなれば類型的なA&M系のポップスになりがちなところを、Dennisのギターとドスの効いたHarveyのドラムがうまく締めている。

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7. You
 こちらは少し甘みを強くしたバラード。こういう曲は、シンガーとしては歌ってて気持ち良いのだろうけど、聴き手側としては、よほど思い入れが強くない限りは、ただただ眠たくなってしまう場合が多い。演奏自体もメロウ感が強く、辛うじてMarlenaの声・歌唱で最後まで聴くことができる。
 そう考えると、ここ数年の徳永英明というのは、すごい存在である、と改めて思う。
 
8. Loving You Was Like A Party
 レア・グルーヴの中では、結構名の知られた曲。ちょっとクラブ系を齧ってる人なら、曲自体は聴いたことがある人は多いと思う。そう、Marlenaが歌っていたのです。
 Bitch再び、といった感じで気怠いアバズレ感漂うヴォーカルが、LarryとDavid T.のケツを引っぱたいて必殺フレーズを弾かせてるシーンが思い浮かぶ。いかにも70年代を連想させる、間奏からのシンセがまた泣きを誘う。グルーヴ感がハンパない曲なので、バラード以外のMarlenaを求めるのなら、ゼヒ。

 
 
9. A Prelude For Rose Marie
 
10. Rose Marie (Mon Cherie)
 映画音楽のような荘厳としたプレリュードに続き、アルバムのシメは穏やかで、ちょっぴりスウィートなポップ・ナンバー。これまで技の応酬だったセッション・メンバーを一新して、メロディを活かした音作りになっている。
 Marlenaも力を抜いて軽やかなヴォーカルを聴かせている。




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