1999年リリース、前作『Nonsuch』から7年ぶりとなった、XTC久しぶりのオリジナル・アルバム。デビューから長らく所属していたヴァージンとは袂を分かち、Andy Partridge 設立の個人レーベルAPEからのリリースということもあって、プロモーション以前にインフォメーションが行き渡らず、本国UKでは最高42位と不発に終わる。せっかく「Dear God」で獲得したカレッジ・チャート層も、ブランクが長かったせいもあって、USでも最高106位と、これまた不発。地道なドサ廻りライブは行なわず、ラジオ局でのラフなスタジオ・ライブでお茶を濁していたこともあって、欧米ではすっかり過去の人になっていた彼ら。よほどの音楽ファンじゃない限り、リリースされたことも知らなかったんじゃないかと思われる。
そんな長い沈黙が、逆に大御所オーラとして作用したのが、ここ日本。なんと、オリコン最高14位の大ヒットを記録している。欧米の配給元がいずれもインディーだったのに対し、日本ではメジャーのポニー・キャニオンが彼らの発売権を獲得、待ちに待った再始動を盛り上げるため、各メディアを巻き込んだ一大キャンペーンが展開された。
サブカル系中心の業界人ががっちりスクラムを組み、XTC復活プロジェクトは異様な熱気によって盛り上がりを見せていた。リリースの何ヶ月も前からAndy 自身によるコメントや曲目解説が、ファッション雑誌から情報誌までジャンルを問わず、かなりの広範囲で出稿された。
「Apple Venusは2部作で構成される」というのも、かなり早い段階からインフォメーションされていた。ヴァージン後期に顕著となる、緻密に作り込んだシンフォニック・ポップを基調としたVol. 1、そして、デビュー当初を彷彿させる、ギター中心のハードなサウンドのVol. 2、これらを短いスパンでリリースする、と。
もともと7年も沈黙していたのは、所属レーベル・ヴァージンとの契約がもめて拗れたことに端を発する。新譜リリースの展望も見えず、移籍もままならない飼い殺し状態が長く続いていた。
不本意な開店休業中も、彼らは来たる新譜レコーディングに備え、地道なデモ・テープ制作作業に勤しんでいた。当時、その成果はオフィシャルな形で世に出ることはなかったけど、Andy自身から提供されて会員制ファンジンの付録として流通し、そこから派生して違法ブートレグとして流出したりしている。
この時期の膨大な音源は、のちに一部が『Fuzzy Warble』シリーズとしてコンパイルされており、そのラインナップを見る限り、彼らの沈黙は決してネタ切れが要因ではなかったことが窺える。
現在のように、公式サイトやSNSでつぶやく手段もなかった時代、動向を知る/発信するためには、テレビや雑誌、ラジオなどの既存メディアに頼らなければならなかった。基本、大勢の前に出るのが苦手なAndy、ライブ活動はとっくの昔に廃業しているため、何か物申したい時は、積極的にオファーを受けた。
考えてみれば、特別表立った活動をしているわけでもないのに、新譜プロモーション以外の依頼が来るのも変な話だけど、雑誌でちょくちょく目にする機会は多かった。沈黙することでポップ界のご意見番に収まっちゃったという、何とも芸能界チックな話。
当然、新しいネタもないので、お題としては、ヴァージンへのヘイト発言、それと『Skylarking』セッションで勃発したTodd Rundgrenとの確執、主にこの2つが鉄板ネタ。特に後者、年を追うごとに小ネタが追加されて、今じゃ古典名人芸みたいになってるもんな。
そんな按配が長らく続き、いい加減待ちくたびれた世界中のXTCファンのもとに、降って湧いたような活動再開の知らせが届く。もうそんなに期待していなかったはずだけど、でもやっぱり動き出すとなれば、そりゃあもう大騒ぎ。
ファンより先に待ちくたびれちゃったDave Gregoryはバンドを去り、いつの間にか2人ユニットになっちゃってたけど、そんなのは過ぎたことだし小さいこと、とにかくXTCの新譜が出るんだから、めでたいじゃないの。
1999年2月、待望のVol.1がリリースされた。UK以外でもそこそこ売れた『Oranges & Lemons』以降に顕著だった、音圧の強いパワー・ポップは後退し、静謐なバラード中心で構成されている。レコーディングは自宅スタジオを中心に少人数で行なわれたため、トラック数は少ない。録音トラックをすべて埋め尽くすような、カオティックで混み入ったエフェクトは一掃された。シンプルなアコースティック・セットを主軸としたアンサンブルは、風通しが良く、熟成されたメロディの綾を堪能できる作りになっている。
レコーディングや作曲のプロセスは、リリース前からAndyの口から語られていたため、何となく予想がつく仕上がりではあった。ポップ・ソングというには躍動感に欠けていたし、ザラザラと枯れたテイストが肩すかしではあったけれど、ニュー・アイテムに飢えていたファンにとっては、「7年振り」というバイアスがかかっていたこともあって、おおむね好意的に迎えられた。ポップ界隈の大騒ぎに引き寄せられたビギナー・ファンたちもまた、「レジェンドの新譜」というバイアスのもと、「こういうものか」と自分に言い聞かせた。
リリース前から、Vol. 1は落ち着いた作風になるというのはわかっていたので、古参ファンは早くもVol. 2に期待を寄せた。雑味を削ぎ落とした熟練の技は、コンポーザーとしての成長と受け止めよう。でもやっぱり、大部分のXTCファンは『English Settlement』以降のゴチャゴチャ詰め込んだサウンドに惹かれたのであって、そういうのも求めてしまう。職人の目で吟味されて作られた十割そばは美味いけど、時々ジャンクフードだって食べたくなる。若くて金がない頃は、それだって充分美味かったのだ。
そんなわけで、Vol. 2への期待値は上がっていった。いったのだけど、しかし。
Vol. 1がリリースされて間もなく、新たなお知らせが届く。
「Vol.1のデモ・ヴァージョンを、オリジナルの曲順通りに収録したアルバム『Homespan』! 10月発売」。
え?ちょっと早すぎない?先にインフォメーションされたVol. 2もまだ出てないのに、もうデモ・テイク集出しちゃうの?
ハウス・レコーディング中心だったVol. 1自体、シンプルなサウンド・プロダクトなので、凝りに凝ったヴァージン時代のアルバムと比べれば、丸ごとデモ・テイクみたいなものである。時間はたっぷりかけられたけど、自主レーベルという特性上、外部のミュージシャンを招聘する金もなければ、助言してくれるプロデューサーもいない。自宅スタジオでは機材スペックの問題もあって、そんなに凝ったサウンド処理もできないし、歴代のプロデューサーたちとはほぼ喧嘩別れだし。
なので、シンプルを通り越して隙間の多い簡素なアレンジにならざるを得ない。せいぜい、ストリングスのダビング前と後、そのくらいしか違いがない。よほど聴き込んだマニアなら、ピッチやフレーズの細部までわかるんだろうけど、そこまでこだわるのはごくごく少数だろうし。多分、完パケとデモ、シャッフルしちゃうと、どっちがどっちだか、誰も判別できないんじゃないかと思われる。
初回盤や日本独自仕様のボーナス・トラックで、ライブやアウトテイクを入れることは珍しくなく、ファン・サービスの一環として歓迎すべきことだけど、特典だけまとめて分売するのは、彼らくらいのものだろう。David BowieやBruce Springsteenクラスの大物が、ボックス・セットのみ収録されたトラックを後日分売するケースはあったけど、それだって大昔のアーカイブであって、半年経ってすぐ舞台裏を見せるような真似はしていない。
とはいえ、そこは7年も耐え忍んだXTCファン。買っちゃうんだよな、これが。極端な話、パッケージに「XTC」って書いてりゃ反応しちゃうんだもの。
日本盤では、独自規格のボーナス・ディスクが付属しており、そこにはAndy とColin Moulding による楽曲解説のオーディオ音声が収録されている。曲じゃないよ、オッさん2人のしゃべりだよ。これで金取ろうとしてるんだから、どれだけ面の皮厚いんだか。
で、そこから半年ほど経った2000年5月、ようやくVol. 2がリリースされる。ご大層に、『Wasp Star』なんて自虐めいたサブタイトルまで付けちゃったりして。
従順なファンからとことん搾取しまくるアップル商法はまだ続くのだけど、ここまでで結構長くなったので、一旦ここで終わり。続きはまた次回。
アップル・ヴィーナス
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1. River of Orchids
コンパクトなオーケストレーションをバックに、ノン・エコーで朗々と歌い上げるAndy。構成も録音も緻密に組み立てられ、プログレッシブ・ポップとしての到達点。安易なシンセやシンクラヴィアに頼らず、生音にこだわったのは正解だった。Toddなら、時間も手間もかかるストリングス・アレンジは使わず、チャチャッとシンセ手弾きで済ませちゃっただろうし。
2. I'd Like That
2枚目のシングル・カット。UK最高121位をマーク。いいんだよ、成績なんて。どうせ大した枚数プレスされていないんだから。
アコギのストロークを主体とした軽快なリズムは、ヴァージン後期を彷彿させ、きちんとしたプロデューサーに任せてギターポップに仕上げれば、もうちょっと注目されたかと思うのだけど、そこまで手が回らなかったんだな。案外、Andyってテクノロジー弱いみたいだし。
3. Easter Theatre
トータル・コンセプトを代表させるため、これがリード・シングルとして切られたと思うのだけど、復活の一発目としては、ちょっと地味だよな。アルバムの中の隠れ名曲としてなら、充分「Chalkhlls ~」と比肩するポテンシャルなのだけど。
『Sgt. Pepper’s』と『Pet Sounds』のミックスアップとしては優秀。ストリングスの使い方も堂に入ってるし。
4. Knights in Shining Karma
『Pet Sounds』オマージュはさらに続く。メランコリックな大人の子守唄を思わせる小曲。
5. Frivolous Tonight
『Pest Sounds』かぶれはAndyだけじゃなく、むしろColinの方が顕著だった。Paul McCartneyによるBryanWilsonリスペクト。ちょっぴりケルティック風味も添加され、英国民謡的なテイスト。
6. Greenman
なんか気の抜けたような、腰に力の入ってない小手先技が続くなぁ、と思っていたら、やっと真正XTCとも言えるトラックが、これ。彼らのサウンドの特徴として、凝ったリズム・アレンジが語られるけど、その要となるコーラス・ワークがうまく作用している。天空を駈け上がるようなメロディの妙と、アラビック主体のオリエンタルなリズム・エフェクト。ヴァージン時代と比べて、多くの音が入っているわけではないけど、パーツそれぞれにきちんと主張がある。ボトムさえしっかりしていれば、骨格だけでも充分説得力があるというモデル・ケース。
7. Your Dictionary
前半はほぼAndy弾き語りで、徐々にパートが追加されてゆく、という構成。離婚経験を綴ったパーソナルな歌なので、歌詞については他人がどうこう言うものではない。
Andyはその体験を1曲に凝縮したけど、かつてMarvin Gayeはアルバム2枚組というボリュームで、妻Annaへの想いを切々と訴えかけた。そこがポテンシャルの違いかな。良いとか悪いとかじゃなく。
8. Fruit Nut
やたら力が入ったAndyに対し、Colinが書き下ろしたのは、5.とこの曲のみ。簡素なホーム・デモっぽさは、オフィシャル・リリースを意識していないかのように、肩の力が抜けまくり。「When I’m 64」にインスパイアされてギターをいじってたら、こんなのできちゃました的なお手軽さ。最後の意味不明なエコーも、遊び心たっぷり。その辺でユニット内バランスが取れてるんだろうな。
9. I Can't Own Her
対してAndy、やたら気合いの入ったバラード。力むあまり、歌い出しで誰の声かわからなかった。
後期XTCの到達点とされる「Chalkhills and Children」をゴージャスなストリングスでアップデートしたような、完成度を極めて高く設定したようなトラック。『Pet Sounds』のイディオムを完全に取り込んだかのような、XTC流シンフォニック・ポップの完成形が、ここにある。揶揄や皮肉も寄せ付けない、まさに問答無用のサウンド。
10. Harvest Festival
9.から11.までは一大ポップ・シンフォニーとなっており、ここでも同じ世界観が流れている。一歩間違えればElton Johnになってしまいそうなロマンチシズムでありながら、演歌的様式美に陥らないのは、イージー・リスニング一辺倒ではないLondon Sessions Orchestraの助力によるもの。
問答無用の美しく繊細なメロディ、クセはあるけど力強いパッションを放つAndyのヴォーカル。アルバム全編とは言わなくても、B面全部使って展開すればよかったのに。
11. The Last Balloon
ラストも正攻法、力強く、それでいて優雅さを失わないポップ・シンフォニー。悲観的な終末観の中、見上げた空に遠く浮かぶ「希望」という名のバルーン。皮肉と自虐で構成された英国人といえども、たまにはポジティブになるのだ。
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