folder 以前、「アシッド・ジャズ四天王」というテーマで、ジャンルを代表するアーティスト2組、IncognitoBrand New Heaviesのレビューを書いた。なんとなく思いつきで「四天王」と銘打ってはみたけど、じゃあ残り2組に該当するのは誰なのか、ということを先日真剣に考えてみた。
 名実ともにジャンルを代表し、セールス実績や知名度、「これがアシッド・ジャズだ!!」とビギナーにも紹介できるほどのキャラクター・知名度を伴ったアーティストとして、真っ先に思いついたのがJamroquiだった。まぁこれはどこからも文句は出ないんじゃないかと思われる。ここまでは問題ない。要は最後の1ピースが誰なのか、ということ。

 もともとは90年代に隆盛を極めたジャンルであり、ダンス・ミュージックにカテゴライズされる音楽なので、長く続けてゆくことは難しいとされている。いわゆる「流行りモノ」なので、シングル1、2枚で解散してしまったり契約を切られたり、またはプロデューサー主導によってメンバーの流動が激しく、覆面プロジェクト的なユニットも少なくない。売れなければ即撤収、地道にコツコツ極める音楽ではないのだ。
 なので、アルバムを複数リリースできれば、それだけで充分大御所だし、ましてや前述3組のように活動を維持できてさえいれば、もはや奇跡的な確率とも言える。まぁこれはアシッド・ジャズに限った話ではないけど。

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 そういった厳しい条件をクリアしてきたアーティストとして、該当するのがCoduroyかJames Taylor Quartetという風になるのだけど、正直両名とも、前述3組と比べて大きく格落ちする感は否めない。Coduroyは断続的、JMQはコンスタントなライブ活動を行なっているけど、どちらもレコーディング音源という点においてはしばらく遠ざかっているし、現役感が希薄である。彼ら以外に敢えて挙げるとすれば、精力的な活動を続けているGilles Petersonだけど、彼はアーティストというよりはプロデューサー/オーガナイザー的なポジションであるし、現在の活動はアシッド・ジャズとの関連性は薄い。
 これをもう少し視野を広げ、日本国内に目を向けると、今年に入ってから俄然注目を浴びるようになったサチモス、または開店休業中のモンド・グロッソといったところか。サチモスはアシッド・ジャズのフォーマットにこだわって風はないし、大沢伸一のソロ・プロジェクトとなっているモンドもいつ再開するかわからないし。
 なので、今の時点だと4番目の席は空位となっている。誰かいねぇか、座りたいのは。今なら空いてるよ。

 四天王という括りとはちょっと外れて、その源流、アシッド・ジャズのパイオニアといった位置づけになるのがWorking Weekである。四天王の座争いについては意見が百出するだろうけど、プロローグを創ったのは誰なのか、という点において、この辺はあまり異論は出ないと思われる。
 もうちょっと遡ると、ポスト・パンク~UK発ガレージ・ロックのルーツ的サウンドを展開していたYoung Marble Giants → ジャズ/ラテン/ボサノヴァのエッセンスを加えたネオアコ・バンド Weekendを経たSimon Boothが、そのWeekendの発展形として結成したのが、Working Weekである。WeekendもWorking Weekも他ジャンルのリズムやメロディ進行の導入といったコンセプトは変わらないのだけど、いわゆるロック・バンド編成の域を出なかったWeekendではサウンド・メイキングにおいても限界があり、大きくセールスを伸ばすこともなく、単発プロジェクトに終わってしまう。
 方向性としてはどっちも一緒なのだけど、ネオアコの両巨頭であるOrange JuiceやAztec Cameraと比べてメロディのポップさは少なかったし、正直、Simonのビジョンを具象化するためには、ガレージ・バンドの延長線上では無理があったのだ。
 Weekendを終了させたSimonは、当時のロンドンで最もヒップなクラブ「Electric Ballroom」でヘビロテされていたフュージョン・サウンドに活路を見出し、Larry Stabbins (sax)とJulie Roberts(vo)を固定メンバーに据え、フレキシブルなユニット・スタイルのWorking Week結成へと動く。

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 SimonやGilles Petersonらが注目した70年代末のフュージョン・サウンドは、ハードウェアの進化とシンクロするように勢力を拡大し、80年代初頭には成熟期を迎えていた。由緒正しいオーソドックスなモダン・ジャズは過去の遺物となり、有能で目端の利いたミュージシャンらは、こぞってエレクトリック楽器への転身を図っていた。
 ポピュラー音楽の中での純正ジャズのシェアは大きく目減りして、絶滅危機にさらされた野生動物よろしく、一部のマニアによってどうにか支えられている状態だった。頑なにアコースティックにこだわる者も少なくなかったけど、そんな彼らも古色蒼然とした4ビートでは懐メロの対象にならざるを得ず、生き残ってゆくためにソウル/ファンキーのリズムを取り入れたり、また一周回って新鮮に感じるラテン・テイストを導入したりもした。どちらにせよ、旧来のジャズは場末のライブハウスかレコードの中でしか存在しなかった。ジャズにおいては保守派の多い日本だと、評論家界隈・ジャズ喫茶周辺で息をつける場所はあったけれど。

 で、70年代を通過してきたジャズ・ミュージシャンなら、誰でも1回くらいは通過しているフュージョンだけど、特に日本においては爆発的かつ根強い人気を誇っている。一般的に単調な響きであるアコースティック・ジャズより、電気増幅されたロック寄りのサウンドは耳触りもよく敷居は低い。プレイヤビリティを重んじるジャズをプレイしてきたミュージシャンらが、ロックと同じ機材を使うわけだから、当然アンサンブルの乱れは少なく、インプロやアドリブのパターンだって幅が広い。総じてテクニック的にはおおむねジャズ≧ロックだし。
 理路整然とした超絶プレイや機材スペックなどに強いこだわりと執着心を持つ日本のリスナーにとって、フュージョンというジャンルは親和性が高かった。時代的にソフト&メロウ、ライトなサウンドが嗜好されるようになった80年代に入ってからは、特にその傾向が強まった。

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 70年代後半のロック・シーン自体、現場感覚バリバリのパンク/ニューウェイヴの勃興によって、商業主義に飲み込まれた旧来のロックが、途端に時代遅れのものとされた。プレイヤビリティ重視という点においてはジャズとの共通点も多かった、ロック最後の牙城プログレも、Crimsonの解散 & ディシプリン、Yesの解散 & ロンリーハート、Asia大ヒットなど、時流に乗ってポップ化著しい有様となって、次第に形骸化していった。
 アーカイブ・ブームが到来するまで、旧来ロックにとってはある意味、冬の時代だった。先鋭的なミュージシャンはロック以外の何か、ライトで見栄えの良いフュージョンに手を染めていた。

 ただ、そんな栄華の日々もいつまでも続くはずがない。成功事例のデータベース化が進むと共に、そこには必勝パターンとしてのフォーマットが生まれるようになる。MIDI機材によるサウンドの画一化は、特定のシチュエーション・ユーザーへ向けての工業製品としては優秀だけれど、各アーティストの個性を殺し、記名性を奪う結果となった。
 レコード会社側もReturn to ForeverやWeather Reportの劣化コピー的な製品をアーティスト側に要求し、特に実績のない者へのマウンティングは容赦がなかった。基本、ジャズ方面のミュージシャンだからして、テクニック的には誰でも申し分がない。なので、売れてるグループと同じ楽器を使えば、それなりのクオリティの商品が出来上がってしまう。それぞれのオリジナリティによって、多少の差別化は図れるだろうけど、そんなのも誤差の範囲でしかわからず、営業サイドとしては大きな違いはない。安定した商品供給があれば、それで充分なのだ。商品そのものにエゴは必要ない。むしろジャマなだけだ。

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 ブームの終焉と共に、劣化コピーのさらなる焼き直しでお茶を濁していた連中は、次第に淘汰されるようになる。その後、フュージョンという音楽はテレビ番組のBGMくらいでしか耳にする機会がなくなり、食い詰めた連中はニューエイジやヒーリング・ミュージックなど、スピリチュアルな方面は活路を見出すことになる。彼らにだって生活がある。それはそれで、またひとつの生き方だ。
 生き残った連中は、以前のプログレが通った道をなぞり返すかのように、レコード音源と寸分違わず正確無比なプレイ、それを支えるバカテクのプレイヤー、歌詞カードやジャケット裏にやたらと詳細な機材スペックを乗せるようになる。地味ながらもフュージョンの需要が続く日本では、一部のマニアックなユーザーには歓迎され、細く長く生き続けてゆくことになるのだけれど、それはまた別の話。

 で、そういった表舞台へは出なかったジャズ系プレイヤーの一部は、ポピュラー系のセッション・ミュージシャンとして頭角を現すようになる。末期のSteely Dan、70年代のJoni MitchellやCarole Kingらのアルバムは、ほとんど彼らによって作られたようなものである。ロックの初期衝動ではなく、円熟したテクニックを希求した結果が、彼らをジャズ志向に走らせることになる。
 それらのコラボレーションは多くの奇跡を呼ぶ結果となり、特にSteely Dan『Aja』『Gaucho』はクオリティだけでなく、セールス結果としても充分な成果を残した。Joniもそのまんま、『Mingus』なんてアルバムを制作しているし。まぁ彼女の場合、当時付き合っていたJacoやLee Ritenour、その辺の絡みもあるのだけれど。

 こういった本来の意味での「フュージョン/クロスオーバー」から派生するように、ジャズ・サイドからのアプローチとして、今度はポピュラー側のシンガーをフィーチャーしたトラックを、フュージョン系バンドが制作する、というパターンが生まれてくる。これまでのモード・ジャズ+ジャズ・シンガーという組み合わせではなく、ソウルのフィールドで活躍していたシンガーとスタジオに入り、フュージョンのメソッドでトラックを制作する、という流れである。
 もともとはQuincy Jonesが70年代にMinnie Riperton やLeon Wareをフィーチャーしたアルバムを制作したことに端を発するのだけど、それよりもっとプレイヤー・サイドに重点を置くことで、インストゥルメンタル≧ヴォーカルといったポジショニングが可能となった。仕上がり具合はメロウR&Bと大差はないのだけれど、何よりバックトラックに重点が置かれているので、サウンド的にも厚みがまるで違ってくる。

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 ヴォーカル・トラックの利点として、アルバム構成的にメリハリがつくこともあるけれど、何よりもラジオでのオンエア率が格段に上がる。ジャズ専門局以外にも販路は広がるので、営業サイドとしても売り込みがしやすくなる。
 そんなハイブリットが最も上手くハマったのが、Crusaders & Randy Crawfordの「Street Life」である。
 以前もちょっとだけレビューしてるけど、ジャズとR&Bのクロスオーバーという試みにおいて、最も完成系に近いのがこの曲だと、俺個人的には思っている。フュージョンのヴォーカル・トラックで最良のモノを、という問いかけがあるのなら、これをピックアップする人は多いだろう。もっといい曲があるのなら、それは俺の勉強不足なので、誰か教えて。

 で、クロスオーバーという方法論は、何もジャズ+ソウル/ファンクだけに限ったものではない。アシッド・ジャズの発祥と同調するように、ロックの中でもミクスチャーというムーヴメントが興ったように、それらは同時発生的な現象でもある。
 いわゆるパンク後の旧来ロックの価値観崩壊以降、ロックというフォーマットが不定形,何でもアリの状態となってから、ラウドなサウンドのアンチテーゼとしてのネオアコが生まれ、その潮流の中にいたWeekendの発展的解消の先に、Working Weekは存在する。すっごく乱暴に言ってしまうと、「ロック以外なら何でもいいんだっ」という、旧来の価値観への強烈なアンチという点においては、パンクのイディオムに沿ったものである。

 この方法論を同時期に志向していた一人がJoe Jacksonであり、彼もまたストレートなパンク~ロックンロールでデビューしながら、次第にラテンやジャズのテイストを強めていった。この人ももう少しシャレオツ度が高ければ、Working Weekと同じ路線を辿ったかもしれないけど、彼らとちょっと違ったのは、ロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・ミュージックで本格的に楽理を学んできたインテリであり、ロジカルな部分が強かった。体より頭、当然、ダンスに長けているわけではない。そこら辺がちょっと残念でもある。
 で、フィジカルな部分をクローズアップして、リズム面もクラブ・シーン仕様にアップデート、そこにアーバンなシャレオツ感を足して生まれたのが『Working Nights』であり、アシッド・ジャズの始まりとなった、という結論。


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1. Inner City Blues
 ご存じMarvin Gaye『What’s Going On』収録曲のカバー。後期Marvinのナンバーがカバーされる際の共通点として、アレンジはほぼそのまんま、ちょっとモダンにアップデートした程度で、原曲をぶち壊すほどの改変はあまり見られない。それだけ完成度が高いことの証明ではあるけれど、同時に、Marvinナンバーをカバーするアーティストの多くが彼へのリスペクトを包み隠さずにいること。言ってしまえば、誰もがこの世界観に憧れているのだ。
 コンガを多用したソフトで複合的なリズム、ゴージャスなストリングスの多用といい、「もし1984年にMarvinがリ・レコーディングしたとしたら」という仮説のもとに制作された、時空を超えて古びることのないアシッド・ジャズの基本フォーマット。シングルとしては、UK最高93位。



2. Sweet Nothing
 バンド・サウンドにこだわっていたなら絶対作れない、女性ヴォーカルJulie Robertsが情感たっぷり歌い上げるR&Bナンバー。広がりのある楽曲は映像的でもあり、『007』シリーズの劇中歌としても通用するクオリティ。こんな老成したナンバーを、つい数年前までガレージ・ロックを演っていた20代の若造が作ってしまうのだから、英国の底深さよ。

3. Who's Fooling Who
 そう、彼らを源流とするアーティストのひとつにSwing Out Sisterがいたのだった。フラッパーなジャズ・ナンバーは80年代の陰鬱としたゴシック・パンクの対極として位置し、またフェアライトやDX7で安易に作られたポップ・ソングへのアンチとしても機能する。
 Working Weekのジャズ的要素をポップに展開したのがSwing Out Sisterであり、R&B的な解釈を強調したその先に、Sadeがいる。

4. Thought I'd Never See You Again
 ラテンのビッグ・バンド、往年のボールルームを想起させる、こちらもタイムスリップしたかのような錯覚に陥るナンバー。狭義のアシッド・ジャズとは外れてラテン色が強く、長いアウトロでのホーン・セクションのインパクトが強い。ファンキーなだけじゃない、スウィングすることも大事だよ、と教えてくれるグルーヴィー・チューン。UK最高80位をマーク。

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5. Autumn Boy
 再びラテンが続く。テンポを落とし、グッと聴かせるスロウ・ナンバー。アーバンでトレンディな空間演出にはピッタリ。いや皮肉じゃなくて。
もう一人のメンバーであるLarry Stabbinsのソプラノ・サックスがまた哀愁を誘うトーンで、それでいてどこかドライな視点を忘れずにいるのが、時代に消費されずにいる証拠だろう。これがもっとウェットだと、Kenny Gみたいに下世話になってしまう。

6. Solo
 カリプソのテイストを加えたリズムは、踊りよりむしろ幕間の休息を強いる。そこに躍動感は必要ない。汗を冷やし、そして身体は火照る。Julieの歌声はダンスフロアの嬌声を鎮める効果を放つ。

7. Venceremos
 すべては、ここから始まった。
 ここでヴォーカルを取るのはRobert Wyatt、Claudia Figueroa、Tracey Thornの3人。Claudiaのことはよく知らないけど、プログレ・バンドSoft Machineのメンバーとして、俺的にはElvis Costello 「Shipbuilding」のオリジネイターとして有名なWyatt、そして伝説のインディーズ・レーベル、ブランコ・イ・ネグロの歌姫として、Everything But the Girlで活動していたTraceyが、下世話な話だけどノーギャラで参加している。
 スペイン語で「我々は勝利する」というこの言葉は、1973年、軍事政権下のチリで弾圧された末に射殺された反政府派のシンガー・ソングライターVictor Jaraのプロテスト・ソングと同名異曲で彼に捧げられている。まだWorking Week結成前のSimonによるレコーディング・プロジェクトに賛同したミュージシャンの中に、その3名のヴォーカリストがいた。ただのシャレオツなポップ・ソングじゃないところが、80年代UKの隠れた闇の一面でもある。伊達にパンクを通過してきた連中ではないのだ。
 何の後ろ盾もなかったプロジェクトにもかかわらず、クラブ・シーンでのヘビロテが草の根的に広まり、最終的にはUK最高64位をマーク。手ごたえを掴んだSimonは本格的なプロジェクト結成へ動くこととなる。



8. No Cure No Pay
 ラストはエピローグ的なインスト・ナンバー。華麗なるショウの一夜も終わり、新たな週末の夜が来るまで、ダンスと音楽はおあずけ。週明けからは、また仕事の始まりだ。



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