最近になってNinaの音楽に興味が湧いてきたので、まずはYouTubeで動画を漁ってみたりwikiで調べてみたりしたのだけど、ちょうどWeldonがサポートしていた60年代末のアメリカというのは、ケネディ暗殺やらベトナム戦争やら公民権問題やら、何かと不穏な状況だったらしい。らしいというのは、その辺がちょうど俺が生まれて間もない頃だから。いくら俺でもそんな知ったかぶりできるはずもない。
それまでは一介の良質なジャズ・シンガーであったはずのNinaでさえも、その巨大すぎて得体のしれない空気に巻き込まれ、本業ミュージシャンを逸脱した社会参加意識に目覚めた活動を行なっている。
それまでは一介の良質なジャズ・シンガーであったはずのNinaでさえも、その巨大すぎて得体のしれない空気に巻き込まれ、本業ミュージシャンを逸脱した社会参加意識に目覚めた活動を行なっている。
これは俺も今回、たまたまNinaについて調べて初めて知ったのだけど、後に「Black Woodstock」と称された「Harlem Cultural Festival」というコンサートに彼女は参加しており、そこでライブ・パフォーマンスに加えて、自由と平和、そして不当に抑圧されている黒人らの権利奪還に向けてのメッセージを表明している。有名どころでは、B.B. King,やSly、Stevie Wonderも参加しているので、かなり大がかりに行なわれたイベントらしいけど、あまり知られていないのは、人権運動がらみゆえ、あまり触れずらい面もあったのか、それともただ単に俺が知らなかっただけなのか。
その時代の空気を吸ってきた人間なら誰しも、多かれ少なかれ政治的な発言や行動を起こしていた時期である。ましてや真摯なアーティストであるNinaのような人物なら、よりシリアスに向き合わざるを得ない状況だったのだろう。
Harlem Festivalについては今回の本筋ではないので省くとして、そのNinaと当時行動を共にしていたWeldonもまた空気に巻き込まれ、その行きがかり上、従来のモダン・ジャズに収まらない活動を模索するようになる。
当時の彼女のレパートリーのほとんどが従来のスタンダード・ジャズ中心だったのに対し、Weldonが介入した時期を境にポピュラー・ソングの割合が多くなってきているのは、その表れだろう。特に1969年リリースの『To Love Somebody』、Weldonとの共作も含まれているけど、半分はBob DylanとBee Geesのカバーで占められており、2人ともジャズのカテゴリー内だけでは限界を感じ始め、これまでと違うアプローチを模索していることが窺える。
当時の彼女のレパートリーのほとんどが従来のスタンダード・ジャズ中心だったのに対し、Weldonが介入した時期を境にポピュラー・ソングの割合が多くなってきているのは、その表れだろう。特に1969年リリースの『To Love Somebody』、Weldonとの共作も含まれているけど、半分はBob DylanとBee Geesのカバーで占められており、2人ともジャズのカテゴリー内だけでは限界を感じ始め、これまでと違うアプローチを模索していることが窺える。
Ninaとの友好的なパートナーシップ解消後、Weldonはインディーズで何枚かのアルバムを製作している。この辺は非常に過渡的というか、ウォーミング・アップがてらの習作めいた作品が多い。若さゆえの勢いが余って構成に難があったり、変にフリー・ジャズをさらに崩して見せたりなど、エモーションよりはむしろ小手先のテクニックを弄したような作品が多い傾向にあり、正直商品として出せるレベルじゃないものも少なくない。
で、そんなこんなである程度自分のスタイルを形作ってゆき、どうにかRCAと契約、そしてメジャー・デビューに至る。
で、そんなこんなである程度自分のスタイルを形作ってゆき、どうにかRCAと契約、そしてメジャー・デビューに至る。
作風としては、Ninaとのコラボにて確立しつつあったポピュラー・ミュージックとジャズ・ヴォーカルとのハイブリットからさらに一歩踏み込んだもの、明快なスタンダード・ジャズ的なものではなく、どちらかといえば、当時ジャズ界ではフュージョンと並んで最先端の双璧となりつつあった、ソウル・ジャズを基調としている。とは言っても、大方のソウル・ジャズがフィジカルとダンサブルを基調とし、能動的なアクティブさを前面に出したアプローチだったのに対し、Weldonの作品は一聴してダンス寄りの作品も多いけど、あまり肉体性は重視しておらず、どちらかと言えばコンセプト・思念が先立つ、密室性・民族性の強いサウンドである。多分、低予算のせいもあったのだろう、録音自体も決して良いものではなく、篭った音質がその閉鎖性を強調している。
RCAでは3枚のアルバムを残したWeldonだけど、当時はセールス的にも批評家的にもそれほど目立った支持を得ることができず、契約終了後は表舞台から姿を消してしまう。その沈黙は長く続き、若手ヒップホップ・アーティストから多大なリスペクトを受けることによって、現役感が再び芽生えて活動再開に至った90年代に入るまでは、ほぼ隠遁状態だった。この時期の未発表作品がいくつか発掘されているけど、当然リリースを前提にしたモノではないので、どこかまとまりがなく、よってユーザーを引き付ける吸引力はない。ほぼ音源の中ですべてが完結しており、入り口も出口も不明な、完全に閉じられた音楽が、ここにはある。
そんな中、このRCA時代最後の作品『Sinbad』は、彼のディスコグラフィー中では比較的人気も高く、最も開かれた作品。当時の彼のサウンドと親和性の高かった、ニュー・ソウル・ムーヴメント一派のMarvin GayeやStevie Wonderのカバーは、それほど奇をてらったマニアックさもなく、結構ベタな選曲でアレンジもストレート。知る人ぞ知る、伝説のミュージシャンを期待して聴くと、ちょっと拍子抜けしてしまうくらいである。
これ以降の作品になると、きちんとしたコンセプトのアルバムはなく、未発表マテリアルの寄せ集めがほとんどとなってしまい、よほどコアなファンでもなければ、受け入れるのがなかなか難しくなる。ジャズというよりはむしろジャンルレス、ゴーゴーとアフロ・ビートとジャズとファンクのごった煮的サウンドが展開されており、ちょっと上級者向けになってしまう。
リリース当時はほぼ話題に上らなかったらしいけど、今やレア・グルーヴの定番となった”I Love You”もここに収録されている。なので、これまでのクラブ系の延長線上で入ってゆけば、スムーズに受け入れられるんじゃないかと思う。とは思うけど、そういった需要って少ないよね。
今のポジションで言えばRobert Glasperあたりをイメージしてもらえればいいんじゃないかと思う。ヒップホップ系など、異ジャンル交流との積極的交流の先鞭をつけたのはHerbie Hancockだけど、以前レビューした『Future Shock』から遡ってねじ曲がって裏小路を辿っていくと、Weldonに行き着く。ただ、Herbieほどポピュラリティが不足していたのは結局のところ、オンリーワンであることはもちろんだけれど、フォロワーや他者の追随を寄せ付けようとしない、閉じられた音楽であることが、一番大きかったんじゃないかと思う。
ウェルドン・アーヴィン
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1. Sinbad
この曲に限らず、全編において当時のフュージョン系スタジオ・ミュージシャン・バンドStuffが全面バック・アップ。なので、Cornell Dupree(G)の泥臭いながらも洗練されたプレイが聴ける。どこからどう聴いてもジャズっぽさはない。いやDupreeのソロは確かにフュージョン系の音色なのだけど、それ以外はどファンク。Weldon自身が弾くシンセの音色はどこかねじ曲がっている。
2. Don't You Worry 'Bout A Thing
ご存じStevie作であり、俺の大好きな『Innervision』収録曲。ちなみにここだけSteve Gaddがドラムを叩いている。彼の特徴通り、当然スクエアで正確なプレイなのだけど、ここでは普段と比べて一層音が引き締まった印象。
Michael Brecker(ts)、最初のヴァ―スは、ほぼメロディをなぞるだけのプレイで凡庸だけど、中盤からのホーン・セクションでのインタープレイは、さすが。
Weldonのリーダー・アルバムのはずなのだけど、この曲で彼の出番は控えめ。バッキングがあまりに完璧すぎるので、自分のプレイを入れる余地がなかったのだろう。
3. What's Goin' On
ソウル好きじゃなくても誰でも知ってる、Marvinの大名曲。ここはWeldon自身のシンプルなエレピで、ほぼメロディを辿るようにストレートにプレイしている。一聴するとスーパーのBGMっぽく聴こえる瞬間もあるけど、徐々にStuffのリズム・セクションが盛り上がりを見せることによって、またDupreeのオブリガードを交えたソロ、これがまったりしていながらクレバーなプレイを展開する。やっぱりジャズの基本がある人のソロは強い。
4. I Love You
ジャズ・ミュージシャンがニュー・ソウル・ムーヴメントに影響されると、こんな感じのトラックが出来上がる、といった最上のサンプル。フリー・ソウル界隈では散々語られている作品なので、それほど追記することもないのだけど、コーラスの入れ方なんかはソウル系のミュージシャンとアレンジがちょっぴり違う印象。
ヴォーカルを務めるDon Blackman、切なさとメロウさを併せ持ったシンガーで、テクニック的には目立ったところはないけど、このWeldonの一世一代の楽曲にはピッタリフィットしており、まさに彼のために作られたかのよう。
ちなみにこのDon、実はあのジャズ・ピアニストMcCoy Tynerとは従弟の関係、若いうちからピアニストとして才能を発揮し、ParliamentやEarth, Wind & Fire、それにRoy Ayersのツアーにも参加していたという、とんでもなく煌びやかな経歴の持ち主。そりゃ場数を踏んだDonが楽曲を喰ってしまうのは当たり前。まぁそこに嫉妬せず、作品のクオリティを最優先したWeldonの度量の深さがあってこそなのだけど。
5. Do Something For Yourself
かなりストレートなファンク・ナンバー。とてもジャズ・ミュージシャンのトラックとは思えないくらいだけど、ここはやはりStuffの見せ場である。Michael、Randy(tr)のBrecker兄弟を含むホーン・セクションも、この捻じれの少ないナンバーではイキイキとしている。
実験的なトラックもいいけど、ミュージシャンとしてならやはりこういったセッション、せーのでプレイできるトラックもまた魅力的なのだろう。ましてや手練れの一流ミュージシャンが揃っているのだから。
6. Music Is The Key
ボサノヴァとジャズとブルースの奇跡的なバランスでの融合。浮遊するようなコード進行は、どこにも居場所を失ったかのように音が彷徨う。ナチュラル・トーンのギターのリフとベースはどこまでも一定で、Weldonの熱く、それでいて静かなピアノとシンセを効果的に彩っている。Donのヴォーカルも、どこまでも感情を押し殺して淡々と、それでいて確実に爪痕を残している。
すべてがうまくかみ合っているはずなのに、どこか不安定で落ち着かさなげ。
この曲を聴くと、いつもそう思う。
7. Here's Where I Came In
このアルバムの中ではもっともスタンダード・ジャズに寄り添った、シンプルなWeldonのソロ・ピアノによるナンバー。やはり基本がしっかりしているだけあって、普通に良質のジャズ・ナンバーとして聴くことができる。「こういった事だって、普通にできるんだぜ」とでも言いたげなのか、まぁそれか最後の大団円に繋げるためのブリッジとして入れたのか。
単曲では数多のスタンダード・ナンバーに埋もれてしまうけど、このアルバムの構成上では、ちょうどフィットしている。
8. Gospel Feeling
ブギウギっぽいピアノがゴスペルのバッキングっぽい。せっかくならヴォーカルを入れれば良かったのに、と思ってしまうのは単純すぎるかな?アルバムの締めとしては全然オッケーだと思うけど、大人数のコーラスを入れたかったんだろうな、と思ってしまう。
Brecker Brothersを中心としたソウル・レビューっぽいムードも、思索的なアルバムの空気を一気に吹き払い、カラッとした西海岸の陽気を演出してくれている。
Brecker Brothersを中心としたソウル・レビューっぽいムードも、思索的なアルバムの空気を一気に吹き払い、カラッとした西海岸の陽気を演出してくれている。
しかしMilesもそうだけど、晩年になってからヒップホップに走るという傾向、真摯なジャズ・ミュージシャンにとっては、避けては通れない道なのだろうか?
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