1985年にリリースされた8枚目のアルバムで、当時から絶賛の嵐だったのだけど、本国アメリカではビルボード最高188位とセールス的には惨敗している。しかしなぜかスウェーデン5位を筆頭に、ノルウェー12位とスカンジナビア系での人気が高く、イギリスでも29位、ヨーロッパ界隈では高く評価されている。海外の雑誌メディアがよく行なう80年代ベスト・アルバム的企画においてもほぼ常連となっているくらい、この『Rain Dogs』はTomの代表作になっている。まぁアメリカでは、『Born in the U.S.A.』が年間No. 1のご時世だったので、しょうがない部分もある。
なのでこの時期のTom、アルバム・セールスの低迷もあって、ミュージシャンよりはアクターとしての活動がメインになりつつあった。あのやさぐれ感はプロの俳優でもなかなか出せるものではなく、確かにカメラ映えするその容姿が評判を呼んだのもわかる。予算をかけた超大作には向かないけど、低予算のこぢんまりしたプロットの映画だと、途端に味のある存在感を放つ。
飲んだくれの吟遊詩人、しかも不器用な生き方しかできない男。
他人との距離を測るため、いたずらに他人を傷つける。それでいて、みな誰もいなくなると、孤独の奥深さに耐えられなく自己嫌悪の末、自らを痛める行動に走る。遂には何も信じられず厭世的になってしまい、人との関わり合いを拒否してしまう。
でも、やはり誰かと繋がりを持たずにいられない―。
他人との距離を測るため、いたずらに他人を傷つける。それでいて、みな誰もいなくなると、孤独の奥深さに耐えられなく自己嫌悪の末、自らを痛める行動に走る。遂には何も信じられず厭世的になってしまい、人との関わり合いを拒否してしまう。
でも、やはり誰かと繋がりを持たずにいられない―。
そのような無限ループを巡っていたのが、アサイラム時代のTomである。退廃と諦念との狭間でもがき苦しむ男。
救いになったのは、ニューヨークへ居を移し、Kathleen Brennanと出逢ってから。映画の仕事を通して親しくなるうち、次第に公私ともに欠かせないパートナーとなり、結果、自虐的な作風に終止符を打った。
ありのままの自分を無造作にさらけ出すのではなく、その見せ方、演じ方を意識できるようになった。ヒリヒリした痛みのようなものはなくなったけど、アクターとしての視点を獲得したことによって、様々な市井の人々の人生に目を向けられるようになった。
人はそれを成長と呼ぶのだろう。
最近のTomが何をしているのか。
俺自身、それほどTomの熱心なファンではないので、あまり興味がなかったのが正直なところ。ドラマ『不毛地帯』のエンディング・テーマで久し振りに彼の歌を聴いたけど、ドラマ自体がそれほど大きな話題にはならなかったので、再評価の機運が上がったわけでもなく、俺もまたこの時期、それほど盛り上がることはなかった。
2006年に未発表曲を含めた3枚組アルバム『Orphans』をリリースしたのは知ってたけど、特別興味が再燃したわけでもなかった。結局のところ、俺にとってのTomは、この『Rain Dogs』だけなのだ。
一応、最新情報くらいは知っておこうと思って調べてみたところ、「Blind Willie Johnson のトリビュート・アルバムに参加した」というのが近況となっているらしい。なんかすごく他人ごとっぽい書き方なのは、俺がこの音源を聴いてないから。多分、今後もよほどのことがないと、聴くことはないと思う。こんなのは片手間仕事みたいなもので、本腰を入れたものではない。
少なくとも、『Rain Dogs』のTomは、ここにいない。
少なくとも、『Rain Dogs』のTomは、ここにいない。
1972年のデビューから10年に渡り所属していたアサイラムは、名マネージャー David Geffenが70年代に設立した新興レーベルで、主にカントリー系のシンガー・ソングライターや、フォーク・ロックを得意とする会社だった。全盛期に所属していたのが、Jackson Browneを筆頭として、EaglesやLinda Ronstadtなど、いわゆる西海岸風の洗練されたアーティストが多かった。
そんなラインナップの中だと、どうにもTomは浮いてしまいそうだけど、まぁレーベルにバラエテイを持たせるといった意味合いではアリだったと思う。さわやかさとは無縁だけど、こういう人ひとりくらいいてもいいんじゃね?的な扱いだったけど。
ただそうは言っても、他のレーベル・メイトのカラーの中では異色極まりないキャラクターだったため、異色の存在ではあった。キャッチーさとは無縁の作風ゆえ、他のアーティストのように大きなヒットが出るわけでもなかった。当時プライベートでのパートナーだったRickie Lee Jonesがデビューして、いきなりビルボード最高3位というセールスを叩き出したこともまた、彼のストレスを助長させた。
そんな風向きが変わったのは、俳優の仕事を始めてから。あの映画監督Francis Ford Coppolaとの作業が多くなったことを機に、拠点をニューヨークに移し、併せて不仲となっていたRickieとも別れることになった。
この辺が何かしらの分岐点だったのだろう、公私ともに転機が訪れたことにより、音楽的にも明らかに作風が変化してゆく。
これまでのTomの楽曲で描かれるのはごく個人的な範囲、自虐的な視点による心情吐露やラブ・ソングが多くを占めていた。一曲の中で起承転結(結がない場合もあるけど)をまとめているので、それらを集めたアルバムは自然、短編集的な装いとなる。
それがニューヨーク移住前後になると、映画的な視点と構成力を手に入れたことによって、自身が一歩引いた、俯瞰した視点の人間観察を作品化することが多くなる。特に前述したCoppolaのサウンドトラック『One from the Heart』を手がけた後からは、それぞれの楽曲が有機的なつながりを持つ、連作短編集的な構成のコンセプト・アルバムが多くなった。
ここまで行くと、アサイラムの持つウエスト・コースト的なイメージとは無縁になってゆく。これまでの通常バンド・フォーマット+アコースティック・ピアノといった枠組みに収まらず、どこで知り合ったのか引き寄せたのか、アバンギャルド/インダストリアル系のミュージシャンとの共演も多くなっていた。流麗なメロディをわざわざ不調和なリズムで彩った楽曲群は、これまでよりも一層、ラジオではアピールしづらいものになった。
なので、アサイラム的にはリリースに難色を示すようになり、Tomもまた、もう少し創作上の制約の少ないアイランド・レーベルに移籍する。お互い、この辺が潮時だったのだろう。
力作『Swordfishtrombones』をリリースして作風の変化を世に知らしめた後、同じようなコンセプトでレコーディングされたのが『Rain Dogs』である。
『Dirty Work』リリースを目前に控えてMick Jaggerと絶賛冷戦中だったKeith Richardsが参加ということで、メディアに取り上げられることも多かったアルバムだけど、他にもなかなかの有名どころが参加している。
主にフリー・ジャズ関係者、特にLounge Lizards周辺のミュージシャンが多勢を占めているのだけど、その中で名前が知られているのがMarc Ribot(g)、ギターの音を素直に出さないアバンギャルド系ギタリストとして、この後も多方面で活躍することになる。
John Lurie(a.sax)もまた、映画監督 Jim Jarmusch作品『Stranger Than Paradise』、『Down by Low』に俳優として出演、シャレオツな映画として日本でもトレンディな人気を博しており、もしかすると当時はTomより顔も名前も知られていた。
痙攣するような音色を奏でるギタリストRobert Quineもまた、あのLou Reedと長らく行動を共にしていた男だし、有名無名を問わず、ひと癖もふた癖もあるメンツばかりである。
多分聴かなくてもわかると思うけど、特別キャッチーなアルバムではない。従来のシンガー・ソングライターの系譜でいけば、メロディがはっきりしない、または破綻している曲も多い。お気に入りの曲だけをピックアップして、シャッフルする類のアルバムでもない。非常に緩いけど、大枠のストーリーがあるので、冒頭からエンディングまで通して聴かないと、魅力が大幅に目減りしてしまう。
最初に出会ってからもう30年近く経っているけど、実は俺自身、このアルバムについてはわからない部分も多い。わからないけど、なぜか時々引き込まれてしまうというのが正直なところ。手放してまた購入しての繰り返しだけど、なんだかんだでいつも手元に残ってるアルバムのひとつである。
Tomの他のアルバムも幾つかは聴いているのだけど、どれも聴いたのは1、2回程度。何十回も聴き続けているのはこれだけである。
多分、Tom Waitsというアーティストではなく、この『Rain Dogs』というアルバムの創り出す世界観に惹かれているのだろう。
Tom Waits
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1. Singapore
全編そうなのだけど、一歩間違えるとチンドン屋のようなサウンドでスタート。メインで参加してるMarcのほか、Chris Speddingもギターで参加。不協和音のようでいて、ギリギリのところで調和した音楽として成立している。
何もかもうまく行かなくなったRain Dogが故郷を逃げるように追われ、シンガポールを目指す。そこへ行って、何が変わるというわけでもないのに。そして、それすらわかりきっているというのに。
でも、行く場所はそこしかないのだ。
2. Clap Hands
タイトル通り、鳴り物の多いナンバー。様々なパーカッションやマリンバが無国籍性を醸し出している。Tomはここで呪詛のようなヴォーカルを披露しているけど、歌ってる内容もまた、狂気に晒されて自暴自棄になった男の叫び。不協和音のギターが男の叫びを代弁している。
3. Cemetery Polka
ちっとも気分が高揚しないポルカのリズム。チープなドラムの響きと、Tom自身によるファルフィッサ・オルガンの調べ。
舞台劇の幕間のような寓話的な歌詞は、まぁ語呂合わせのようなものなので、あまり深く捉えなくてもよいと思う。2分足らずの小品なので、箸休め的なシャレの作品。
4. Jockey Full of Bourbon
スパイ映画のサントラのような、妖しい響きのギター。Marc、こんなのも弾けるんだ。テンポが少し早くなって、ロック・ファンにも人気の曲で、俺も単体では好きな曲。
舞台は香港に飛んでいる。
Tom自身のピアノ、トロンボーンとコントラバスによるトリオ演奏。イントロの不協和音のピアノ、マイペースにゆったりしたトロンボーンとのまったりしたせめぎ合いがクセになる。タンゴのリズムをキープしているGreg Cohenは、John Zornとの共演も多い。アブストラクトだけど、そのくせチャンとしているベーシスト。
タンゴなのに、なぜか舞台はキューバに飛んでいる。
でも、やっぱり居場所はここじゃない。
6. Big Black Mariah
今度はドスの利いたブルース。それはやっぱり御大Keithの影響力による。しかしキャラクターが強いというのか、記名性の強いプレイをする人は、やはりインパクトがある。
7. Diamonds & Gold
昔は「わっ、Keithだ!!」という感じで、6.のような曲がわかりやすくて好きだったのだけど、年を経るに連れて耳が行ってしまうのは、このようにシンプルで、それでいてクセの強い曲。パーカッションなどの鳴り物系の使い方が、ほんと上手いと思う。
ダイヤモンドや黄金を見つけようと、鉱山に群がる男たち。でも、そんなものはどこにもないのだ。すごく遠いけど、”Stairway to Heaven”と根っこは同じ題材。
8. Hang Down Your Head
がなり立てたり不協和音の向こうにいるだけでなく、こういった曲もできるのだ。もともとはちゃんとしたシンガー・ソングライターで、普通にメロディアスな曲も書くことができる。
こうべを垂れるMaryが誰なのか。そして、そこにTomはいるのか。
ストレートなラブ・ソングは様々な暗示を含み、そして普遍的な意味を持つ。それに合わせて、演奏もとてもスタンダードだ。やればできていたのだ、この頃だって。
でも、もうそれだけじゃ言い足りないのだ。
9. Time
A面はこれでラスト。前曲と続けて、ストーリー性の高い歌詞。思わせぶりな寓話や暗喩はない。昔ながらの吟遊詩人に戻り、ただ思いついた物語を紡ぐ。ただそれだけの、シンプルなナンバー。
でも、これも今では、表現法のひとつでしかない。これ一本で表現しきれる世界を、もはや超えてしまったのだ。
10. Rain Dogs
同じように吟遊詩人的なナンバーだけど、現在進行形のTomが目指してたのが、このサウンド。ここではもはやギターですら打楽器的な使われ方をしている。
俺たちは踊って 夜をまるごと 呑み込んでいたんだね
夢を見ようと思えば いつだって見れたんだ
俺たちは どんな風に踊り明かしたことか
光をすべて浴びて
俺たち いつだって 気が触れたみたいだったね
サビでTomは歌う。力強く。
11. Midtown
12. 9th & Hennepin
うらぶれたキャバレーのステージの如きインストの後、延々と続くTomのモノローグ。ほぼ全編でパーカッションを担当しているMichael BlairがここではMuiscal Saw(のこぎり)を持ち、例の日本の幽霊登場シーン的SEで妖しさを醸し出している。
13. Gun Street Girl
舞台はアメリカ西部、再び本格的なブルース。とは言っても、これもまたTomのバリエーションのひとつ。アクターという視線で様々な言語を獲得したTom、ここでもうらぶれたアメリカ人を演じている。でも、それもまた真実のTomなのだ。
14. Union Square
再びKeith参加曲。ブルースがベースだけど、それを少し進化させたロックンロール。まだフォーマットが確立されていない、創生期のロックンロールである。TomだってKeithだって、皆が辿ってきた道なのだ。
南部を経由して、ニューヨークに流れ着いたTom。
でも、ここもまだ安住の地ではないはず。
でも、ここもまだ安住の地ではないはず。
15. Blind Love
珍しくカントリー・タッチのペダル・スティールを奏でるRobert Quineと共に、エフェクト的に印象的なオブリガードを利かせるKeith。ここでは少しまったりとしたプレイ。
歌詞はこの時期には珍しく、ストレートなラブ・ソング。「盲目の恋」なんて、いやぁまったくブルースだね。
16. Walking Spanish
再び南部にとんぼ返りしたのか、またまたブルースたっぷりなナンバー。素っ頓狂なサックス・ソロを聴かせるのはJohn Lurie。どこか上滑りしているのが、従来のジャズ・プレイヤーとは一線を画しており、逆に新鮮だった。だったけど、今聴くと、ちょっと変わったサックス程度の印象しかない。同時代に聴くことも重要だよな、やっぱ。
17. Downtown Train
多分このアルバムの中では、最も知られている曲。Rod Stewartはさすがに知ってたけど、他にもPatty Smyths(Smithじゃなくて、80年代ポップ・シンガーの方)、Everything But the Girlなど、錚々たるメンツがカバーしている。まぁオリジナルは当然良いとして、カバーの中ならやっぱRodかな。EBTGはちょっとあざとすぎ。
参加メンバーの新顔はTony Levin。この頃はKing Crimsonが解散して、またセッション・ワークをこなしていたはず。当時最先端だったスティック・ベースは使わず、ここではオーソドックスなプレイ。
再びNYに戻ったTom、ここが安住の地になるのか?
18. Bride of Rain Dog
19. Anywhere I Lay My Head
晴れて身を固めたRain Dog、朴訥なチンドン屋パレードの後、まるで葬送曲のようなホーンに乗せて咽ぶ、Tomの咆哮。血の叫びの後は、再びチンドン屋のパレード。
結局は独りでいるのが慣れている。どこにいようと、そこに寝ちまえば、そこが俺の居場所なんだ、と。
そしてジャケット裏、街角で座り込むTom。やさぐれた表情ではあるけれど、後ろには仲間がいる。
どこにだって仲間がいる。独りではあるけれど、まったくの孤独なんかじゃない。
まぁ、何かあったら呼んでくれ。
気が向いたら、顔を出すさ。
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