好きなアルバムを自分勝手にダラダラ語る、そんなユルいコンセプトのブログです。

Todd Rundgren

「やればできる子」YDK - Todd Rundgren 『2nd Wind』

folder 1991年リリース、ワーナーでは3枚目、トッド13枚目のオリジナル・アルバム。チャート的には相変わらず低空飛行だったけど、音楽メディアでの評判は好意的なものが多かった覚えがある。
 何から何まで自分でやらなければ気が済まず、ソロはほぼセルフ・レコーディングを貫いていたトッド、バンド・スタイルのセッションをベースとした前作『Nearly Human』で手応えを掴んだのか、ここでは引き続きギターとヴォーカルに専念している。ユートピア自然消滅後、長らく音楽活動から遠ざかっていた盟友ロジャー・パウエルも参加しており、これを契機にユートピア再結成が実現するのだけど、単発ライブのみで終息してしまったのは、ちょっと残念。
 同じ手法は2度と繰り返さない―、ていうか、やろうとしても、いつも違う結果に落ち着いてしまうトッド、ここでは単なるスタジオ・セッションではなく、観客を入れてのステージ・ライブ一発録りを敢行している。そりゃまた無茶な、「単なる思いつきじゃね?」と勘ぐりたくなってしまうけど、案外ヨレたりダレるシーンもなく、すっきり仕上げている。
 ライブ慣れしたメンツを揃えていることもあって、演奏はしっかりしている。あんまり整い過ぎているので、逆にライブ感は薄くなりがちだけど、そこは結果オーライでアバウトなトッド、ピッチのずれや不安定さを「そこが味だっ」と言い切る豪快さで押し切っており、演奏に負けない臨場感を醸し出している。…なんだこりゃ、あんまり褒めてないな。
 ジョー・ジャクソンも同様の趣向、「レコーディング中は騒ぐな喋るな拍手もするな」というお達しのもと、『Big World』を制作しているのだけど、こっちはピンと張り詰めた緊張感がみなぎっている。どちらがいいか悪いかじゃなく、俺はどちらのアルバムも好きなのだけど、バンマスの性格によってムードが違う好例である。

51AB81YV8RL._SY445_

 自分の声をサンプリング変調して、奇妙な響きのリズム・パートを作ったり(『A Cappella』)、ヴィンテージ機材を取り寄せて、可能な限り原曲に近づけた完コピ・カバーを作ったり(『Faithful』)、アルバムごとに何かひとつテーマを設け、思いつきのアイディアの具現化するのが、アーティスト:トッド・ラングレンのアイデンティティだった。ただそれは高貴な理想ではなく、「単に面白そうだから」といった蒼い好奇心が発露となっている。
 他のアーティストの例にもれず、トッドの書く歌詞のテーマもまた、愛や平和へのメッセージ、また真っ当なラブ・ソングも多いのだけど、それらはあくまで二次的なものでしかない。それより先立つのは、「ビートルズの覆面バンドっぽいのがやりたい(『Deface the Music』)」とか、「素材だけ提供して、あとは聴き手が自由にミックス・ダウンできるようにしたら(『The Individualist』)」などなど、純粋な好奇心の方なのだ。「なのだ」って言い切っちゃったら、怒られるかもしれないけど。
 とはいえ、このワーナー期のトッド、案外まともというか、表面的には比較的オーソドックス、それほどクセもなく、コンテンポラリー・サウンドを志向していた時期とされている。厳密には、ワンショット契約でリリースされた怪作『A Cappella』もあるのだけれど、少なくとも前作『Nearly Human』とこの『2nd Wind』はテイストも似ており、ひねりも少ないので、とっつきやすい印象ではある。
 あるのだけれどでも、トッド・ラングレンというアーティストに対して、「キチンとしている」とか、整合性なんかを求める人が、一体どれだけいるのかといえば、多分少ない。わざわざトッドを初めて聴こうとする動機として、「スタジオ・レコーディングの魔術師」やら「ファジーに揺れるコード進行」など、普通のトップ40ヒットからはみ出した要素に惹かれるケースが圧倒的に多いため、このアルバムがビギナー向けというのは、ちょっと微妙である。
 そう考えると、べアズヴィル期をちゃんと聴いてきた、ある程度の中・上級者向けという位置づけになる。もしかしてすごく低い確率だけど、インタラクティブ期から入ったユーザーが、そこから順繰りに遡って聴いてみたら、新鮮な感動なのかもしれないけど。
 …ねぇよ、そんなレア・ケース。

81d4beccae682d6f1b945a54f7dc42b1

 この『2nd Wind』を最後に、トッドはワーナーとの契約を終了、その後は混沌としたインタラクティブの沼にハマり、長年のファンを置き去りにしたまま、しばらく迷走期に入る。最近はドナルド・フェイゲンとコラボするなど、ちょっと地に足が付いた活動も多いけど、相変わらずのゴーイング・マイウェイ振りである。
 リンゴ・スターやホークウインドを手伝ったり、新生ユートピアでツアー回ったり、いまだ引く手あまたの活動振り、御年70を過ぎて精力的ではあるのだけれど、ワーナー期以降、代表作と言えるアルバムから遠ざかっているのも、また事実である。近年はスタジオに籠るよりよりも、ライブの方が楽しそうなので、じっくり腰を据えたアルバム制作への関心が薄くなっているのだろう。取り敢えずは引退もせず、好き放題歌いまくってるだけで十分、と思わないと。
 で、そのワーナー~べアズヴィル期を遡って聴いてみると、エキセントリックな仮面の裏側、彼のロマンチストの素顔が見えてくる。どうしてもサウンド優先になってしまうため、あまり重要視されることのない歌詞の世界観を読み解いてゆくと、「自信が持てず、社会にもうまく順応できない男の嘆き」が、そこかしこに投影されている。その反動で、敢えて空気を読まず、はっちゃけ過ぎてしまう自己憐憫の心情吐露も合わせて。
 不器用な言葉をカモフラージュするかのように、感情の赴くまま、鍵盤が押さえられ、メロディが奏でられる。常道のコード・パターンとは響きが違うその調べは、不安定な揺らぎを見せる。
 べアズヴィル期の作品中、いわゆるメロディ主体とされるのが、初期のラント2部作、それと『Hermit of Mink Hollow』と『Faithful』のB面といったところで、いずれも根強い人気を保っている。どの作品にも共通しているのは、ナイーブな感性を象徴するヴォーカルの揺らぎ、そしてメロディである。
 ヒット曲のルーティンに収まらず、ルート音も定まらないフレーズは、座りの悪い引っかかりを残す。すべての人に強く訴えかける大衆性には薄いけど、アンバランスなクセの強さは、時にごく一部の者の心を揺らがせ、穏やかな痕跡を残す。

image-asset

 主に勢い優先のパワー・ポップとメロウなバラードで構成された『2nd Wind』だけど、いくつかミュージカル風、ロック・オペラにインスパイアされた楽曲が収録されている。
 1967年、脚本家ジョー・オートンは『A Hard Day’s Night』に続くビートルズ映画のオファーを受け、ミュージカル『Up Against it』の脚本を書いた。当時のマネージャー:ブライアン・エプスタインは作品の仕上がりに満足せず、脚本はお蔵入りになるのだけど、1986年、オフ・ブロードウェイでの初演が決まり、その音楽監督にトッドが指名される。
 もともと熱狂的なビートル・マニアであるトッドにとって、FAB4関連のオファーは、願ったり叶ったりの仕事だった。「もしかして、俺もジェフ・リンみたいにメンバーと共演できるんじゃなかろうか」って妄想してたのかもしれないし。
 このプロジェクトのため、トッドは多くの曲を書き下ろしたのだけど、『2nd Wind』にはそのうち3曲が収録されている。のちに、完全収録されたアルバム版『Up Against it』がリリースされることになるのだけど、それはまだ先の話。
 ソロやユートピアでは自分の趣味に走るトッドだけど、XTCの例に漏れず、外部プロデュース依頼では案外まともな仕事を心掛けているトッド、「ちゃんとした」ミュージカルを意識した作りになっている。なので、『2 nd Wind』ではこのパートだけ組曲形式でひとつながりとなっており、ここだけちょっと浮いた構造になっている。

 何でこんな歪な構成にしちゃったのか―、ちょっと考えてみた。
 ここだけピックアップしちゃうから、違和感なのだ。こういった曲も含め、ロックもポップスもバラードも、あらゆるジャンルをいっしょくたにした総合エンタテイメント=ロック・オペラが、『2 nd Wind』の本質なんじゃないか、といま気づいた。
 その手がかりのひとつ、インスパイアされたのが、映画『ファントム・オブ・パラダイス』のリバイバル上映だったんじゃないか、と勝手に推察してみる。
 トッドが『Up Against it』プロジェクトに取り掛かっていた80年代末、世界中でカルト映画の再評価ブームが巻き起こった。ロジャー・コーマンの一連の作品や『ピンク・フラミンゴ』、『ホーリー・マウンテン』など、当時は顧みられることのなかった映画が続々発掘され、ミニシアター上映会やビデオ化で盛り上がっていた。
 『アンタッチャブル』の大ヒットでメジャー監督の仲間入りを果たしたブライアン・デ・パルマの初期監督先品として、この『ファントム・オブ・パラダイス』も、ブームに乗じて日の目を見ることになった。俺もまた、そのブームに巻き込まれた1人である。
 あらすじを書いちゃうのはヤボだしメンドイので、詳しく知りたい人はwikiで見てもらうとして、特筆しておきたいのが、主人公のウィンスロー・リーチ。ネタバレ防止で深くは触れないけど、ウィンスローとトッドの生き様や行動は、アレコレすごくかぶるのだ。
 「才能がありながら、ヒットに恵まれない作曲家」という設定なんて、ロマンチストのトッドが自己投影したって、全然不思議はない。金も地位も名声も、すべてを手に入れた謎のプロデューサー:スワンとの間に繰り広げられるスリリングな心理戦や攻防は、アーティストの創作意欲を掻き立てる対立構造である。
 何やかやを経て、結局悲惨な末路を辿るウィンスローの生き様は、トッドのペシミズムを強く刺激する。もしかして『ファントム・オブ・パラダイス』を見ていないかもしれないけど、エキセントリックな仮面とロマンチストな素顔を使い分けるトッドもまた、そんなウィンスローにシンパシーを感じていたのかも、と思いたい。





1. Change Myself
 ロジャー・パウエルのキラキラ眩いシンセ、柔らかに、それでいて熱く取り囲むコーラス隊。ヴォーカルは相変わらずヘロヘロだけど、これだけ作り込まれたアンサンブルだと、それもまた味として聴こえてしまう。いつものトッドだったらAMラジオ向けに全体にグシャッとコンプをかけてしまうところを、ここではオーソドックスなミックスが功を奏し、まともなグルーヴ感が流れている。

2. Love Science
 シンセ・ベースがブンブン鳴り響く人力テクノ、それに強めのファンク風味。あ、それってデジタル・ファンクか。当然、線の細いヴォーカルのため、どファンクまで黒くはないのだけど、誰もトッドに本格ファンクを期待しているわけではないので、こういったフェイクも、また味のひとつ。
 ていうか、どんなリズム・どんな意匠であったとしても、あの声で歌われてしまえば、すべてトッド’sミュージックになってしまう。それはそれで強い個性であるけれど。

3. Who's Sorry Now? 
 初期ユートピアみたいな変則リズムは、ワーナー時代ではあまり披露することがなかったのだけど、考えてみればライブ・アルバムであるので、こういったライブ映えする楽曲もひとつくらいあったっていい。
 そうなんだよな、これで生演奏なんだから、結構な手練れを揃えたものだ。ベアズヴィル時代と違って、バジェットもそこそこデカかった賜物。

todd

4. The Smell of Money
 ここからで、3曲が『Up Against it』のために作られた楽曲が続く。ヴォードヴィル調のバラードで、ミュージカルというより新作オペラのムードに近い。曲調自体はあんまり馴染みがないため、俺的にはそれほど心動かされることはないけど、ちょっと芝居がかったヴォーカル・スタイルは、案外ミュージカルに向いていたりする。
 ガタイもデカいし、ステージ映えするかもしれないけど、あのルックスじゃ配役も限られるか、きっと。

5. If I Have to Be Alone
 ミュージカルという括りを抜きにして、きちんとコンテンポラリーを意識して作られた絶品バラード。エモーショナルでありながら繊細、トッドも珍しく丁寧に歌い上げている。メランコリックなアルペジオやドラマティックなシンセ、心地よく響くスネア、すべてのサウンドのバランスが有機的に絡み合っている。シングル・カットしなかったのが悔やまれる。



6. Love in Disguise
 女性シンガー:Shandi Sinnamonとのデュエット・ナンバー。ミュージカルっぽいコーラスも入るので、手に手を取り合って歌い上げる2人の情景が、何となく目に浮かぶ。
 Shandiについてwikiを見てみると、『フラッシュ・ダンス』や『ベスト・キッド』のサントラに参加した後、「セーラームーン」英語版にて、セーラーマーキュリー役でヴォーカル参加したりしている、とのこと。あぁなんてムダ知識。

7. Kindness
 トッドお得意の大味なバラード。壮大でドラマティックで、この辺はアメリカン・ハード・プログレを指向していたユートピアの路線に近い。あの頃はもっとプログレ風味が濃かったため、ジャーニーやスティックスには及ばずじまいだったけど、10年経ってやっと追いついた感がある。
 もうちょっと早く気づけばよかったのに、ってのは大きなお世話か。

8. Public Servant
 で、前述のハードの面が強くなり、ギターのアンサンブルをもっと厚めに、バスドラ多めにすると、こんな感じになる。弱々しくナヨっとした感じで歌うトッドもいいけど、それとはまた別に、こんな感じでギター・ソロを引きまくるトッドも、また良かったりする。
 昔はせせこましく設備も悪いベアズヴィル・スタジオで、しかもミックス作業に時間をかけることもできなかったけど、そういった問題をすべてクリアすると、こんな感じでちゃんとしたサウンドになったりする。やはり世の中、金のかけ方なのかね。

todd-rundgren-in-the-studio

9. Gaya's Eyes
 ケニー・Gみたいなサックス・ブロウと、ロジャーのシンセとのシンクロが美しい、まるでトップ40狙ってるんじゃね?と思ってしまうバラード。比較的まともなコードで書かれているため、メロディも安定してるし、ヴォーカルもきちんと緩急使い分けて、まるでプロみたい。
 実際に演奏された曲順は不明だけど、ステージも中盤に差し掛かって喉がこなれてきた感が伝わってくる。歌ってて気持ちよさそうだもの、トッドったら。

10. Second Wind
 最後は90125イエスのようなハード・ポップ・プログレで締める。ここでコレ持ってきたか、トッド。やっぱ男だな。
 こうやって書いてると茶化してるように見えるけど、いや褒め言葉だって。結局最後は俺の好き放題にやるぜ的なオーラが満載で、実際、これなら観衆も盛り上がったんじゃないかと思われる。そりゃそうだ、トッドのファンばかりだもの、どこかひと癖ないと満足しないはずだもの。









トッドの音楽療法 - Todd Rundgren 『Healing』

folder
 1981年リリース9枚目、前作『Hermit of Mink Hollow』から3年振りのオリジナル・アルバム。この頃のトッドにしてはブランクが空いてるよなぁ、と思ってしまいがちだけど、この間にユートピアとして2枚、ライブを1枚リリースしているので、いやいや相変わらずのワーカホリック振りである。ほぼ同時期、日本では大滝詠一が同様のリリース・ペースで活動していたけど、こちらは途中で息切れ。まぁ勝ち負けの問題じゃないけど。
 トッドの場合、市場のニーズに応えての多作ではなく、誰も頼んでないのにレコーディングしまくっていただけなので、このアルバムもビルボード最高48位と、何とも微妙な成績。「Can We Still Be Friends」のようなキラー・チューンもなかったため、ヒットの基準のひとつであるトップ40入りは逃してしまう。
 とはいえ、もともとトップ40入りすること自体が珍しいので、本人的にはそこまで気にはしていなかったと思われる。正直、周囲もその辺は諦めていただろうし。
 別にこの時期に限ったことではなく、キャリアを通して大きなヒットを飛ばしたことはないけど、一部の熱狂的マニアや業界人にはウケが良いため、存在がフェードアウトすることはないのが、この人の特質である。何かと使い勝手が良いのか、リンゴ・スターのオールスター・バンドでワールド・ツアーを回ったり、ほとんど関連性のないカーズ再結成に参加したり、まぁフットワークの軽いこと。あ、カーズは黒歴史だったな。

91LUKWpqz0L._SL1500_

 叙情的なメロディメーカーしての一面が強く浮き出た『Hermit of Mink Hollow』製作後、その反動からかトッド、ライブ活動に力を入れるようになる。地味で悶々とした宅録レコーディング作業は、精神衛生上、長く続けるものではない。
 べアズヴィルのハウス・エンジニアもプロデュース・ワークも最小限に抑え、引きこもり生活からの脱却を図ったトッド、ライブ・シーン本格参戦のため、ユートピアの改革に手をつける。
 表向きには「プログレッシブ・ロックによる壮大な音世界の構築」というお題目を掲げながら、実は「単にステージでギターを弾きまくりたいだけ」という動機で結成されたユートピアは、オリジナル2枚目の『太陽神RA』がUS79位UK27位と、この時点でもそこそこの支持を得ていた。ジャンルとしてのプログレはすでに行き詰まっていたけど、ハードロック要素が強く、ライブ映えするアメリカン・プログレには、まだ需要があったのだ。
 当時のプログレ・セオリーに則って、主旋律より各パートのインプロビゼーションの方が長いため、どの曲も最低10分以上だった。―何となく神秘っぽく、何となくミステリアス。「大風呂敷ではあるけれど、その実、大したことは何も言ってない」コンセプト至上主義は、大ざっぱなアメリカ人には受け入れられやすいものだった。そこにキラキラしたシンセ・フレーズや、手クセ満載の速弾きギター・ソロを付け加えれば、レコード売り上げはともかくライブではウケた。

 なので、初期ユートピアが決して悪かったわけではないのだけど、活動のメインをバンドに据えることにしたトッドの意向もあって、大掛かりな方向転換が行なわれる。当時のトッドの構想としては、「ユートピアで商業的な成功を収めることで経済的な基盤を固め、バンド活動の合間に趣味的なソロを作る」というのがあったらしい。この時点では、わずかにソロの方が上だったけど、まぁどっちもどっち。戦略としては、間違ってないんだよな。
 ライブ・バンドとしてはそこそこ定評があったけど、セールス的にはあと一歩だったユートピアのテコ入れとして、従来のアメリカン・ハード・プログレ路線から、ハード・ギター・ポップ路線に転換する。字面だけではちょっとわかりづらいけど、要するに、曲の尺が短くなった。
 アルバム片面をまるまる費やす冗長な一大組曲は一掃され、ラジオでオンエアされやすい4分程度にダウン・サイジングされた。何となく高尚で斜に構えたコンセプトも取っ払われ、歌詞のテーマはごく普通のロック・バンドと変わらなくなった。
 トッド的には、同じ音楽性だったスティックスやジャーニーが宗旨替えしてブレイクしたのだから、そこに追随したのだろうけど、ユートピアは思惑ほど売れなかった。両バンドにならって、キャッチーな音楽性を志向するのは間違ってはいなかったけど、もうひとつ肝心なところを忘れていた。
 トミー・ショウやスティーブ・ペリーなど、ビジュアル映えするフロントマンの存在が、ユートピアには欠けていた。トッドも決して見栄えが悪い方ではないのだけど、トミーのような美少年要素も、またスティーブのようなハイトーン・ヴォイスもなかったのは致命的だった。
 もしかして、最初から気づいてたのかも、と思う反面、トッドの性格を考えれば「ガチでイケる」と思っていた節もある。だってこの人、自意識強そうだもの。

36

 せっかく路線変更したにもかかわらず、プログレ時代とそんなに変わらぬチャート・アクションが続いたため、打開策としてユートピアはライブ本数を増やしてゆく。
 当たればデカいアメリカン・ドリームだけど、そこに至るまでは相当の努力を要する。ただレコードを出しだけではダメで、世に広く知らしめる手段を取らなければならない。そのためには、ラジオでパワー・プレイされなければならないし、全米くまなく地道にライブで回らなければならない。
 いわゆるプロモーション・ツアー、言ってしまえばドサ回りだけど、そんなにすぐ効果があらわれるものではない。演歌のドブ板営業よろしく、粗末な設備の会場だってあるし、常に満員御礼というわけでもない。
 べアズヴィルに手厚いサポートを期待できるわけもなし、当時のライブ収支はどんぶり勘定。先の展望が見えず、肉体的にも精神的にも疲弊してゆくメンバー。そしてトッド―。
 約2年、バンド活動に専念したトッドが出した結論が、「…俺ってやっぱ、ソロ体質だよな」という自覚だった。ソロとバンド、並行してやるからストレスも分散するのであって、どっちかに偏ってしまうと、たちまちストレスが集中してしまう。
 考えてみれば当たり前の結果だけど、こういうのってやってみないとわからない。

 で、『Healing』。
 当時の邦題『トッドの音楽療法』が象徴するように、疲弊した自身への癒しとも言える、穏やかなサウンドで構成されている。激しいディストーション・ギターや強烈なバスドラを排し、シンセとリズム・マシンを用いて、ほぼ独りでレコーディングされている。
 長年練り上げたものではなく、衝動的にスタジオに飛び込んで、一気呵成に組み立てられたそのサウンドは、プライベートな色彩に満ちている。生来のポップ気質が滲み出ているため、息が詰まるほど厭世的ではないけど、発表を前提としない個人的な音で満たされている。
 「聴きたかったら聴けば。サービスはないけど」。自己陶酔と憐憫の強いその空間は、他者に開かれたサウンドを追求していた当時のユートピアとは、一線を画している。
 ヒット性やライブ・パフォーマンスを考えず、最もヴォーカル映えするキーで作ったサウンドをバックに、悦に入って歌うトッド。言ってしまえば自作カラオケ、またはニコ動の歌い手的な、自己満足優先の楽曲が並んでいる。

hqdefault

 でも、考えてみればトッド、人のプロデュースは別として、自己満足を優先しない作品を作ったことは、後にも先にもないのだった。商業的な成功よりはむしろ、とにかく自分で「あ、コレやりたい」というシンプルな動機、初期衝動だけで「やってみた」作品群が、のちのち再評価で盛り上がったわけで。
 ドラムを叩けばリズムが揺れたりヨレたり、ヴォーカル・ピッチがズレても問題なし。練習してうまくプレイするより、いまやりたいことを優先する。録音もミックスも、細かいことにはこだわらない。まずは、やってみる。失敗も振り返らず、常に新しいことにチャレンジする。そんなロック少年的なシンプルな衝動が、狭いけどコアな層にヒットして、熱狂的な固定ファンを今も生み出し続けている。
 なので、何度も聴くには痛い『Healing』だけど、これもトッドのサウンド一大絵巻のひとつなのだ。ワーナー以降は正直、当たりハズレも多いトッドだけど、べアズヴィル時代のアルバムは、どれもはずすことができない。


ヒーリング(トッドの音楽療法)(K2HD/紙ジャケット仕様)
トッド・ラングレン
ビクターエンタテインメント (2008-06-25)
売り上げランキング: 462,606



1. Healer
 ケルト民謡のようなオープニングでちょっとビックリするけど、そこから先はいつものトッドのメロディ。山下達郎も顔負けの多重コーラスは入るわ品評会のような多彩なシンセの音色、案外ツボにハマるリズム・パターンといい、お腹いっぱい。ていうか詰め込み過ぎだよな、ビギナーが聴くと。でも、これが過剰こそ至高であるトッドなのだ。

2. Pulse
 タイトルが象徴するように、新たな波動を様々な音色のシンセで表現している。中盤からのリズミカルなマリンバっぽいリズム・パートは、ガチのプログレ。セオリーならここから10分以上続くところを、ここでは3分に圧縮。これ以上は沼にハマってしまう。

3. Flesh
 かなりエモーショナルなヴォーカルを支える、荘厳なシンセの響き。これこそまさしく独りカラオケ状態。他人からすれば癒しには聴こえないけど、作る本人としては、カタルシスを得ることで充分満たされたことが窺える。音圧が高いのといろいろ詰め込んだおかげで、ナチュラルにコンプがかかっている。ここまでやって、トッドの通常パターン。

5466721425_982d9523cc_b

4. Golden Goose
 『Runt』のアウトテイクにシンセ・パートを加えたような、思いっきり脱力してしまうマーチ風ポップ・チューン。これもまたひとつの癒しの形。アルバム構成的にも、ひと息つくにはちょうどいい頃合い。やっぱプロデューサー目線ははずせない。

5. Compassion
 誰もが認める名曲バラード。ややフラット気味のハスキーなヴォーカル、黄金パターンからははずれているのに親しみやすい美メロ、いずれもトッドの必勝パターンである。正直、このヴァージョンはシンセがコッテリなので、ヴォーカルをメインとしたライブ・ヴァージョンの方がいい。



6. Shine
 8分を超えるアメリカン・ハード・プログレ。ユートピアでもそうだけど、トッドの場合、ここに加えてオールド・タイプのロックンロール風味も添加されるので、他のプログレ・バンドと比べてポピュラー性が強いのが、ひとつの特徴である。なので、このトラックも序章の重厚なパートさえ抜いちゃえば、ノリも良いソリッドなロックなのだけど、本人的には全部含めての「Shine」なので、そんなのは余計なお世話。終盤なんてライブ映えするギター・ソロも炸裂しているので、間口が狭いのがちょっと惜しい。
 ここまでレコードではA面。トータル・タイム27分ちょっと。音質を優先しての理想的な収録時間が20分程度なので、当然カッティング・レベルは低くなる。それもトッド的には通常営業。

7. Healing, Part I
 ポリリズミックなシンセのリフを基調に、控えめなギター・ストロークとリズムが挿入される、トッドにしては抑えたアンサンブルが印象的なトラック。終盤はジャジーななサックス・ソロがムーディに締める。
 タイトルが示すように、ここからがトッド言うところの「癒し」であり、それは聴き手にも向けられるような、柔らかな感覚。宗教的な崇高ささえ漂う世界。

8. Healing, Part II
 宗教的な真っ向臭さはさらに強まり、ガムランからインド風味から、隠し味としてのアフロ・タッチ、もう何もかもごちゃまぜにぶち込んだ模様。ギターのアルペジオのみが正気を保っているけど、ダウンの時に聴いたら持ってかれそうな危険さを孕んでいる。

todd-rundgren_healing

9. Healing, Part III
 1・2部のエッセンスをミックスした、組曲のまとめ。8.のようなダウナー感は一掃され、もっとポップに開かれた感が増している。ここまで3部作、よくあるコンセプト・アルバムと違って、パーツの切り貼りというよりは楽曲として独立しているため、重苦しさはそれほどでもない。まぁでも8.だけはちょっと勘弁だな。

10. Time Heals
 初回リリース時はボーナス・シングルとして収録されており、実際に単独でシングル・カットもされた。CDになってからはほぼ正規扱いとして収録されており、実際、俺もボーナス扱いだとは長らく思っていなかった。
 「これがユートピアの理想形だったんじゃないの?」と思ってしまうくらい、キャッチ―でソリッド、それでいてトッドのエッセンスもしっかり織り込まれている。なので、ビルボードのMainstream Rockという専門チャートではあるけれど18位にランクインしているくらい。
 ただトッドからすれば、壮大な組曲の後に、こんなポップ・チューンが続くと、世界観が壊れてしまうことを恐れたのだろう。だからボーナス扱いだったのであって、同時にそれだけのインパクトを残す楽曲でもあるという証明。



11. Tiny Demons
 で、そのシングルB面。こちらはもう少しダークな質感。いつ盛り上がるか、待っているうちに終わってしまう、そんなナンバー。タイトルと言い、UKゴシック系のバンドっぽいよな、そういえば。Cureとか聴いてたのかな、トッドも。



The Complete Bearsville Album Collection
Rhino (2016-02-26)
売り上げランキング: 175,104

ライヴ・アット・ザ・シカゴ・シアター(2CD+DVD+Blu-Ray)
トッド・ラングレンズ・ユートピア
ミュージック・シーン (2019-04-12)
売り上げランキング: 22,713

アメリカ人がプログレをやってみた。 - Todd Rundgren 『Initiation』

folder 1975年リリース、6枚目のソロアルバム。当時のUSチャートでは、なんと最高86位。意外と売れている。もっと売れてないと思っていた。次のアルバムが出せる程度には、そこそこ売れていたのだ。

 ソロとバンド活動を並行して行なっていた70年代、大量のアイテムをリリースしてきたToddだけど、この年の純粋な新作は『Initiation』のみ。前年プロデュースしたGrand Funkが大ヒットして、オファーだってそこそこあったかと思われるけど、そういった形跡もない。表立ったスタジオ・ワークは、あんまりやってなかったようだ。
 この時期のToddの活動は、スタジオ・ワークより、むしろライブの方に重点が置いている。レコード・デビューはしたけど、まだソロ・プロジェクトの色彩が濃かったUtopia が、メンバーの固定化によってコンセプトが決まり、徐々にバンドらしくなっていた頃と一致する。
 その後、サウンド・メイキングの柱となるRoger Powellが加入したことで、Toddのワンマン・バンド色は薄くなってゆく。それは彼自身が望んだことでもあった。
 なので、意思疎通やアンサンブル固めもあって、この年はライブ三昧。70年代のToddといえば、ずっとスタジオに引きこもってレコーディングばっかりやっていた印象が強いけど、その合間を縫って数多くのライブをこなしている。

 オフィシャルでのリリースはなかったけど、デモ制作や後年発掘された『Disco Jets』など、当時は未発表に終わったプロジェクトも数多い。べアズヴィルのエンジニアとして、ちょっとしたスタジオ・ワークや、付き合いのあるアーティストからの依頼もちょくちょくあっただろうし。ソロでもバンドでもツアーをやっていたから、まとまった時間が必要なプロデュースまではできないけど、軽いフットワークで短期の仕事を請け負ったりしている。なんか派遣社員みたいだな。
 ちょっと偏屈なところもあるけど、長年の経験に基づいた仕事の早さと要領の良さは、ベテランならではの得難いスキルである。まぁちょっと雑でアバウトなところはあるけど、納期と予算はきっちり守る。時に散漫になりがちなスタジオ・ワークにおいて、彼のような取りまとめ役は、引く手あまただった。

mpiID-1975-Rundgren-2

 案外エゴを押しつけず、クライアントの意向に沿うToddの仕事ぶりは、おおむね好評だった。ジャンルや音楽性にこだわらず、長年の経験に基づく引き出しの多さから、全方位どのアーティストにも対応できる順応性。それでいて予算管理もしっかり行なうし、アーティストの意向を可能な限り受け止めつつ、実際のポテンシャルよりちょっと背伸びした程度のレベルに導いてしまう印象操作。こう書いちゃうと、なんかすごい人徳者みたいだな。
 実際のところ、彼が手がけたプロデュース・ワークは多岐に及ぶ。Mitch RyderとXTCなんて、そりゃ両極端だもの。それでいて、もちろん全部が全部じゃないけど時々デカいヒットを飛ばしちゃうんだから、評判はさらに高くなる。成果を出すほど、あらゆる方面からさらにオファーが舞い込む。アーティストとしてはイマイチだけど、プロデュース業はずっと緩やかな右肩上がりだった。
 でも時々、「ちょっと場違いじゃね?」って案件も、軽く引き受けちゃったりするのが、この人のお茶目なところ。Beatlesへの長年のリスペクトが実った、Ringo Starr のオールスター・バンド参加はわかるとして、フロントマンRic Ocasekの代わりにNew Cars加入っていうのは、ちょっと節操なさ過ぎ。まぁTodd以外、引き受け手がなかったんだろうな。
 去年だって、なぜかYesと一緒に全米ツアーを回ってたりするし、一体どこに接点があったのか、一般人にはなんとも不明。多分、我々には知る由もない、業界内での繋がりがあるのだろう。

 ソロでは多重録音で作り込んだミニマムなポップ・ソングを、Utopiaではメロディックな特性を生かしつつ、壮大なテーマを掲げたアメリカン・ハード・プログレを。その時の気分によって、表裏一体の活動を並行してゆくのが、当時のトッドの初期構想だった。
 アルバムごとにコンセプトがコロコロ変わるのがこの人の特徴なので、「別に分けなくてもよかったんじゃね?」と後年のファンは思ってしまう。「複数のプロジェクトを難なくこなしてる俺」に憧れたんだろうな。
 アカデミックな楽理を学んだわけではない人なので、いちいち譜面に書き起こすことはなく、大抵はギターやピアノを前にフフンと鼻歌、そこから展開してゆく、といったスタイルの作曲法である。そんなだからして、楽曲の傾向としてはメロディ主体、コードのルーティンをはずした進行になる。
 感性を優先するため、調和やバランスは後回しとなる。なので、後づけとなるコード展開は、どうにも奇妙で不安定なモノになる。だからといって、それが耐え難い不協和音になるわけではなく、むしろそれが突出した個性として、乱調の美を形作ってしまう不思議。

8b76b2310f539c9d138a88cea0435bfe

 なので、いわゆる職業作家のような器用な人ではない。ドンピシャにハマった時の名曲は数あれど、それと同じくらいハズしまくった曲も、また多い。プロデュース依頼は多いけど、思いのほか楽曲提供というのが少ないのも、その辺に由来する。
 自由に、何の制約もなければ、不安定ながら引っ掛かりを残し、琴線に触れるメロディを作れる人である。ただ、これが何かしら縛りを入れたりすると、途端につまらなくなるのも、この人の特徴である。
 たとえば、シンプルな3コードのロックンロール。Toddのルーツのひとつであり、どのアルバムにも必ず1曲くらいは入っているのだけど、これのハズし率は結構高い。先人によって開拓し尽くされた黄金コード進行は、メロディ先行のToddの奔放さとは相反するものだ。本人は演奏してて楽しそうだけど、これがまた、どうにも凡庸な仕上がりになることが多い。

 70年代の英国ミュージック・シーンで勃興したプログレッシブ・ロックは、一時活況を呈したけど、本国でのピークはほんの数年だった。英国では旧世代の遺物として、パンクに一蹴されたプログレだったけど、「何となく知的に見えるロック」というコンセプトは、多くのインテリもどきの共感を呼んだ。その後、世界各国へ拡散されたプログレは、それぞれ独自の変化を遂げる。
 ヨーロッパ諸国では、クラシックを由来としたシンフォニックなサウンドが大きくフィーチャーされ、後に換骨奪胎されて心地よいBGMへと退化、スピリチュアル風味を加えたニューエイジへ昇華してゆく。プログレとも親和性の高いミニマル・ミュージックの下地があったドイツでは、KraftwerkやTangerine Dreamなど、プログレよりもプログレらしいアブストラクトな音楽が続々誕生する。
 日本では当初、バカテクと理屈先行のCrimson人気が高く、ジャズとの融合によってクロスオーバー的な展開を見せた時代もあったけど、次第に毒気が抜けてニューエイジと大差なくなり、理屈の行き先を失った挙句、アニソンへ取り込まれていった。

51d8ef44e4d2b4ba1615cb405a364afe--todd-rundgren-rock-bands

 で、海を渡ったアメリカでは。
 ヨーロッパほどクラシックも根付いてないし、小難しい理屈はウケが悪い。Grateful Deadに端を発する、やたら長くて眠くなる曲のニーズはあるけど、それだってドラッグありきの話だし。どっちにしろ、純粋プログレとアメリカ人とは、相性が良くないのだ。
 なので、「人生の意義」や「葛藤」など、そういったしちめんどくさい主張はひとまず置いといて、テクニカル面や組曲志向は残しとこう。そこにわかりやすいハードロックのダイナミズムを持ち込んじゃえば―。
 あっという間にアメリカン・ハード・プログレのできあがり。
 コンセプト?なんかほら、あるじゃん。「太古の謎」とか「宇宙の神秘」とか。適当にデカいスケールのテーマ、でっち上げときゃいいんじゃね?さらにアルバム・ジャケットを幻想的なイラストで飾れば、もう完璧。
 初期のKansas やRush なんかはまだ真面目にやってたけど、次第に大作主義は少数派となり、4分台の曲が多くなる。ラジオでのオンエアを考えると、自然、曲はコンパクトんせざるを得ない。
 それが、俗に言う産業ロック。Journey やStyxなんかが、代表的アーティスト。ここまで来ると、原型がなんだかわからない。

 Toddもまた純正アメリカ人ゆえ、選んだコンセプトは「太陽神」やら「宇宙の神秘」やら、壮大でドラマティック、スケール感の大きい題材を取り上げている。他国プログレとの違いが、ここで大きく浮き彫りとなっている。
 対象を自身以外の「外部」に求めるアメリカに対し、特にヨーロッパ諸国のプログレはインドア志向、深淵たる「内面」へ向かって、深く掘り下げてゆく。ミニマル主体のドイツなんかだと、フレーズの無限反復やドローン音から誘発される不安によって、ゲシュタルト崩壊しちゃってるし。
 「わざわざ掘り下げるほど、内面なんて詰まってない」と開き直っちゃってるのか、それとも「内面なんて知りようがない」と合理的に判断しちゃってるのか。
 「宇宙炎に関する論文」?
 すごくファジーなテーマだよな。



Initiation
Initiation
posted with amazlet at 18.04.06
Todd Rundgren
Rhino (1990-10-25)
売り上げランキング: 513,563





1. Real Man
 この時期の代表作として、大抵のベストには収録されているスペーシー・ポップ。ソロ名義ではあるけれど、キーボード3名体制だった初期Utopia布陣でレコーディングされている。バンド初期は正統プログレ・スタイルを志向してため、こういったコンパクトでポップな曲は、ソロに振り向けられることになった。ドラムがちょっと大味だけど、響きが80年代っぽくて、それはそれで俺は好き。ヴォーカルへのコンプのかけ方とかを聴いてると、John Lennonっぽく聴こえる瞬間もある。
 シングルとしては、US最高88位。



2. Born to Synthesize
 ちょっとエスニックっぽい演出のアカペラ・チューン。俺的に、「アフリカ奥地に住む現地民族にシンセサイザーをあげたら、こんな感じに仕上がっちゃった」イメージ。
 ヴォーカルにいろいろエフェクトかけまくってサウンドの一部とする発想は、後の『A Cappella』で生きてくる。
 オーソドックスなアカペラ・スタイルではなく、ちょっとエキセントリックなヴォーカライズが下地となっているので、その辺はやはりひと捻りしないと気が済まない性分があらわれている。

3. The Death of Rock and Roll
 Toddのロックンロール・チューンの中では珍しく良質の、それでいて突き抜けたアホらしさ。だから良い。ロックなんて結局、知的要素とは相反するものだ。
 ギタリストのRick Derringerがなぜかベースで参加しており、それがToddのロック魂に火をつけたのか、いい感じのスタジアム・ロックに仕上がってる。
 繊細さのかけらもない、大味なロックンロール。本職のDerringerを押しのけて、ガンガンギターを弾きまくってて楽しそう。

4. Eastern Intrigue
 アメリカ人考えるところのオリエンタル・テイストが充満する、なんともインチキ臭漂うポップ組曲。「Easten」と銘打っておきながら、アジアと言っても中近東や、ずっと飛んでスコットランド民謡っぽさもあり、いろいろとごちゃまぜ。なので、「Todd流無国籍サウンド」と言った方が近いかも。マントラみたいなコーラスも入ってるし、お得感満載の幕の内弁当。
 でも、そんな未整理感こそが、Toddの魅力のひとつであることもまた事実。この人にきっちり整理されたモノを求めるのはお門違い。

1200px-Todd-utopia-atlanta-77

5. Initiation
 ドラムにRick MarottaとBernard Purdieが参加。いわゆるプロの職人肌の人たちで、こういうメンツになると、途端にサウンドがプロっぽくなる。大抵、Toddがリズム刻むと揺れまくって安定しないんだけど、ファンとってはそれもまた「独特の味」となっており、逆にこのように「ちゃんとしている」と違和感を感じてしまう。
 プログレの人たちがシングル・ヒット狙いを余儀なくされ、3分間ポップスに挑んだのがAsiaだけど、あそこまでメロウに寄ってるわけではなく、ここで展開されるサウンドはもっとストイック。ちゃんとそれぞれのパートの見せ場も作り、それでいてメロディはしっかりポップ。いつもはもっとシックなプレイのDavid Sanbornも、血が騒いだのか、ここでは白熱のブロウを披露している。

6. Fair Warning
 Toddお得意のフィリー・ソウルのスケール感を広げ、さらに力強く仕上げたのが、これ。なぜかEdgar Winterがサックスで参加。あんまり聴いたことないけど、Edgar Winterといえば、ギタリストというイメージが強かったのだけど、いやいやここでは本職顔負けのメロウなプレイ。むしろ、こっちの方がSanbornっぽい。
 ラストが「Real Men」のサビへとループしてフェードアウト、構成も言うことなし。
 このA面のコンセプトでB面も統一しちゃってよかったはずなのだけど、むしろこっちは片手間仕事。やりたかったのはB面だったのだ。まぁひねくれてること。

hqdefault

7. A Treatise on Cosmic Fire
 35分に及ぶ一大絵巻、ほぼToddの多重録音による大作。レコードB面を埋め尽くす全編インストを、きちんと対峙して聴き通すのは、相当の難行。俺もちゃんと聴いたの一回きりだし。
 シンセを主体とした、「シンフォニックかつドラマティックな組曲をやりたい」と思いつきが先立っており、多分コンセプトは後付け。前述したように、何となく壮大なテーマをぶち上げたかったんじゃないかと思われる。そこまで深く思い詰める人じゃないし。
 Utopiaでやってみようと思ってデモ・ヴァージョンを作り、ちょっと足りないところをRoger Powellに手伝ってもらったら、「あれ、これでもう完成じゃね?オレ天才」てな感じだったんじゃないかと思われる。
 大方のアメリカ人同様、プログレという「思想」ではなく「スタイル」から入ったToddであるからして、ここでは彼が思うところの「プログレっぽさ」が、これでもかというぐらいにまで詰め込まれている。「シンセがピャーッと鳴って、時にはハード、時には切なくギターを弾いて、なんとなく高尚なヤツ」。こうして言葉にしちゃうと、なんか身もふたもないな、大味すぎて。
 中盤のドラムン・ベースっぽいサウンドは、久しぶりに再聴してみての新たな発見。終盤のドローン音やSFっぽいエフェクトは、それこそフォーマットとしてのプログレ的展開。
 プログレに限らず、奇想なアイディアがいっぱい詰まっているトラックのため、律儀に通して聴かなくても、好きなパートだけ抜き出して聴くのも、ひとつの方法。何しろ長いしね。
 CDで聴いてるからそれほど気にならないけど、多分これ、レコードで聴いてたら、終盤なんて音質悪かったんだろうな。内周ギリギリまでこんなに詰め込むと、音はもう潰れまくり。






 ちなみに、これでレビュー299回目。
 300回目突入記念で、次回から2回に分けて特別企画を実施します。
 乞うご期待。



TTodd Rundgren - The Complete Bearsville Albums Collection
Todd Rundgren
Rhino (2016-02-26)
売り上げランキング: 57,968

At the BBC 1972-1982
At the BBC 1972-1982
posted with amazlet at 18.04.06
Esoteric Recordings (2014-11-10)
サイト内検索はこちら。

カテゴリ
アクセス
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

北海道の中途半端な田舎に住むアラフィフ男。不定期で音楽ブログ『俺の好きなアルバムたち』更新中。今年は久しぶりに古本屋めぐりにハマってるところ。
最新コメント