この前レビューを書いた未発表曲集『You’re the Man』だ、『What’s Going On』期のライブなど、マーヴィンのアーカイブが続々出ている中、そういえばテンプスっていまどんな感じになってるのか、ちょっと思い出したので調べてみた。
最近はとんと話題にも上らないので、多分活動休止状態か、はたまた昔の名前で出ています的なドサ回りでもやっているんだろうな、と思っていたら、なんと驚いたことに、2018年に新録アルバム『All the Time』をリリースしていた。
往年のモータウンのアーティストのほとんどがセミリタイアしている中、21世紀に入ってから6枚もスタジオ録音のアルバムをリリースしている彼ら、そんな環境を維持し続けているだけでも、今どきは大変なことである。ダイアナ・ロスもスティーヴィーでさえ、ここ何年、アルバム制作からは遠ざかっているくらいだし、もしそんな気力があろうとも、リリース契約にありつけない者の方が多いのが、現状である。
とはいえ、近年のアルバム収録曲の多くはカバーが主体となっており、『All the Time』も書き下ろしオリジナルは3曲のみ、他はサム・スミスやブルーノ・マーズなど、近年のヒット曲で占められている。日本も似たようなもので、ベテラン・アーティストの新曲というのは、ほんとニーズが少ない。売れ行きの見えない書き下ろしをオファーするより、すでに広く知れ渡っている曲の方が、プロモーションもしやすいだろうし。
現行のテンプスのラインナップは、全盛期のメンバーはほぼ皆無、モー娘。やAKB48のように、看板はそのまま、中身はそっくり世代交代されている。名前を見ても知らない若手ばかりだけど、テンプスの看板のもと集められたメンバーばかりなので、みな実力は申し分ない。
レコード・デビューから脱退せずテンプス一筋、屋台骨を支え続けたオーティス・ウィリアムズが、現リーダーとしてグループ運営に携わっている。全盛期を支えたエディ・ケンドリックスもデヴィッド・ラフィンも鬼籍に入った今、テンプスのブランド使用権を握っているのがオーティスである。
往年の勢いを失って久しいとはいえ、多くのヒット曲を持つテンプスのブランド力は今も強い。テンプスの看板のある・なしで、ステージのギャラは確実に違ってくる。
元メンバーのデニス・エドワーズが、メイン・ヴォーカルを務めていたことを楯に、「テンプテーションズ・レビュー」と名乗って活動していた時期があった。名義使用権を巡ってのゴタゴタで、一時は本家・分家に分かれてのお家騒動といったこともあったけど、そのデニスも今はもう亡い。
すっかり代替わりして、様相も一変したモータウンからも離れ、同期グループが続々フェードアウトしてゆく中、新たな血を導入して生き残り続けるテンプスとは、今となっては貴重な存在である。マーヴィンのように伝説として昇華するには、タイミングを逸してしまったけど、地道な企業努力で品質を維持し続ける彼らの生き方もまた、音楽に対して真摯な姿勢のあらわれなのだろう。
マーヴィンやスティーヴィーと同じモータウン組で、同時多発的に旧来ソウルと一線を画したサウンドを志向していたテンプスだけど、70年代ニュー・ソウルのカテゴリでは括られていない。この時期の彼らは、ポップ・ソウルのセオリーから大きくはずれているのにもかかわらず、クリエイティヴな評価をされることはまずない。
要因として、グループ内にクリエイターが不在だった点が大きい。基本的に彼らは純粋なヴォーカル・グループであり、各メンバーとも強い自己主張やポリシーを表明することはなかった。
単なる一シンガーにとどまらず、自ら楽器やスタジオ機材を操り、楽曲制作にも積極的に関与した前者2人に対し、テンプスはクリエイティヴ面には消極的だった。楽曲のコンセプトやメッセージ性にこだわりを持たず、卓越したハーモニーと華麗なステージ・パフォーマンスを身上としていた。
ソースは忘れてしまったけど、ノーマン・ホイットフィールド・プロデュースによるサイケデリック・ソウル時代を振り返って、「ホントはイヤだったけど、シングル・ヒットが続いていたから、仕方なく従ってた」というのと、「歌の中身になんて全然興味がなかった、だって売れてたし」と、正反対のコメントを読んだ記憶がある。多分、どっちも本当なのだろう。メンバーの見解が常に統一されているわけではないだろうし。
シングル・ヒットを最重要視していたモータウンの中で、設立間もない頃から屋台骨を支えていたテンプスは、早いうちからトップ・グループとして君臨していた。安定した実力とスター性を兼ね備えた彼らにかかる期待は大きく、ヒットして当たり前、少しでもチャートに陰りを見せようものなら、制作スタッフの風当たりはハンパなかった。
モータウンの制作チームはいくつかのセクションに分かれており、そこではチャート成績を基準とした厳密な階級制が敷かれていた。新人スタッフは、まず新人アーティストや中堅のB 面曲からスタートし、コツコツ実績を積み上げながら、次第にトップ・グループを任される、というプロセスを経なければならなかった。
創設者ベリー・ゴーディの秘蔵っ子として、モータウン本流のトップ・グループだったテンプスは、デビュー当初からスモーキー・ロビンソンがプロデュースを手がけていた。事実上、現場トップである彼が自ら陣頭指揮をとることによって、テンプスはスターダムの階段を一足飛びに駆け上がっていった。
行ったのだけれど、自身のグループ:ミラクルズに加え、他のアーティストも見なければならなかったスモーキーは、あまりに多忙過ぎた。レーベルの隆盛に伴って、テンプスばかり関わるわけにいかなくなり、多くの作業を有望な若手クリエイターらに割り振るようになる。
そんな経緯もあって、若手の登龍門的な、テンプスの楽曲コンペが頻繁に行なわれるようになる。そんな中、怪気炎を上げた一人が、若き日のノーマン・ホイットフィールドだった。
彼が結果を出したのは1966年、シングル「Ain't Too Proud to Beg」のヒットだった。USチャート13位まで上昇したこの曲は、スモーキー作の「Get Ready」(29位)よりチャートで好成績を収めた。
それを機に、テンプスの制作体制は一新されることになる。
権限委譲されたとはいえ、ノーマンが最初からサイケデリック・ソウル路線を敷いていたわけではない。この時点ではまだ、新人に毛が生えた程度の若手クリエイターの1人に過ぎなかった。
モータウンの顔とも言えるテンプスのサウンド・コンセプトを急激に変化させるほど、この時点でのノーマンは、強い発言力を持っていなかった。引き継いで間もなく、ノーマンは「I Wish it Would Rain」をヒットさせている。エモーショナルなポップ・バラードは、あくまでモータウン・セオリーの範疇であり、後年のエキセントリックさはまだ感じられない。
JBやスライが台頭しつつあった時代の変化と連動するように、テンプスのサイケデリック化は徐々に行なわれた。ポップ・ソウル路線を踏襲したシングル戦略の裏側で、アルバム収録曲に変化が生じてくる。
その発火点となったのが「Cloud Nine」だった。アグレッシブなストリングス・アレンジやリズム・アプローチ、長大なインスト・パートを特徴としたノーマンのサウンド・メイキングは、経営陣の予想を超える成績を収めた。
これまでのセオリーから大きく逸れたサウンド・コンセプトは、大きな賭けであった。確かに新しいアプローチではある。ただ、リスクは大きい。ヒットするかどうかは未知数だ。
よくゴー・サイン出したよな、ゴーディもスモーキーも。
この後、数年に渡って、ノーマンの無双状態は続くことになるのだけど、そんな彼のサイケデリック・ソウル路線の頂点と言えるのが、この『Masterpiece』。日本語で言えば「傑作」だもの。自分でここまで言い切っちゃってるくらいだから、ハンパなツッコミもできなくなってしまう。テンプスという極上の素材ゆえ、時間も予算も使い放題、売り上げも良かったこともあって、誰も口出しできない。
そんなおかげで、強烈なノーマンイズムに支配されたサウンドは、それでもちょっとは遠慮していた長大なインスト・パートが主役となっており、肝心のヴォーカル・パートは刺身のツマ的扱いになっている。
ジャズ・ファンクのアルバムにゲスト・ヴォーカルがフィーチャリングされているような構成は、コーラス・グループのアルバムとしては、とても歪だ。サイケというか、プログレだよな、これじゃ。
キレッキレのノーマンのサウンド・プロダクションは好評を得、USチャート最高7位、トップ10シングルを3枚輩出するヒット・アルバムとなった。なったのだけど、さすがにやり過ぎたせいで、遂にテンプスの不満が爆発する。
これまで以上にノーマンのアーティスト・エゴが炸裂しているため、ただでさえ少なかったヴォーカル・パートが大幅に圧縮されていることで、彼らのプライドを大きく傷つけられた。言ってしまえば、ノーマン名義のアルバムにテンプスがゲスト参加している、そんなアルバムである。
―クオリティは高い。でも、テンプスの看板で出すモノではない。
営業サイドとしては、どんなサウンドであれ、売れてくれればそれでオッケーだったんだろうけど、本人たちからすれば、たまったものではない。「歌ってるのは俺たちなのに、なんでノーマンがデカイ顔してるんだ」と。
これ以降、両者の溝は埋まらず、深刻な冷戦状態に発展する。社内の立場としては圧倒的にテンプスが強かったため、次作ではノーマンの歩み寄りが求められた。
次作『1990』は、テンプスの希望に沿って、ノーマルなラブ・バラード中心で構成された。ノーマン的には、不本意なコンセプトを強要された形となったため、前回までのテンションとは一転した無難なアルバムである。いわば妥協の産物である『1990』は前作までのヒットには至らず、テンプスの勢いは失速した。
テンプスとパートナーシップを解消したノーマンは、間もなくモータウンから独立、幾人かの有志を引き連れて、プライベート・レーベルを立ち上げる。オーソドックスなソウル路線に回帰したテンプスもまた、軌道修正を図るも勢いは回復せず、程なくモータウンを去った。
単に和気あいあいとした関係では、相乗効果を生み出しづらい。かといって、ぶつかり合う緊張関係は、長く続くものではない。互いの思惑と妥協とが交差して、どうにかギリギリのラインで成立していた臨界点が、この『Masterpiece』だったんじゃないかと。
Masterpiece
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1. Hey Girl (I Like Your Style)
リード・トラックはレーベルへ、そしてスモーキーへの義理立てもあったのか、至極まっとうなスウィート・ソウル。3枚目のシングルとして、R&Bチャートでも堂々の3位。まだこういった正統派のニーズは充分にあった。あったのだけど、こういったアプローチは、ノーマン的には後退を意味していた、ということなのだろう。時代的に、良質のフィリー・ソウルと言っても遜色ない仕上がり。今ならこっちの方が好評かもしれない。
2. Masterpiece
甘くジェントリーなテンプスは終わり、ここからがノーマンの本領発揮。ダルい、冗長だ、と何かと物議をかもしたタイトル・チューン。ファンク・ブラザーズによる延々たるリズム・レコーディングをベースに、多方面で素材として使用されつくされたストリングスをアクセントとして噛ませ、ヴォーカルが入るのが、やっと4分過ぎてから。
冷静に聴いてみると、やっぱインスト・パートは長い。シンプルなリズムと適宜なエフェクトの反復で、ポリリズミックを意識したダンス・フロア仕様のサウンド、という狙いはわかる。わかるけど、こういうのだったらもうちょっとBPM早くした方がノリも良い。ノーマン的には会心の出来だったんだろうけど、中盤以降のギター・プレイもテンポが遅いので沸点は低い。
なので、約1/3に圧縮されたシングル・ヴァージョンの方が、ソリッドにまとまって聴きやすい。こちらはイントロも1分程度だし、間奏もざっくりまとまっており、シングルとしてUS総合7位とヒットしたことも納得。
3. Ma
ここからレコードではB面。ちょっとモッサリしたサザン・ソウル風のナンバー。当時のリード・シンガーの一人、リチャード・ストリートのヴォーカルは力強く、サウンドのインパクトにも充分対抗できているのだけど、どこか泥臭さが漂い、紳士の集まりテンプスにはちょっとミスマッチ。
なので、逆にノーマンのアレンジがうまいスパイスとして作用している。これくらいコンパクトだったら、逆に良さの方が引き立っている。
4. Law of the Land
こういった曲を聴くと、実はノーマン、アレンジのセンスはそうでもないことがわかってしまう。適度なシンコペーションとミニマル・ビートが主体のファンク・ブラザーズの演奏は、何も悪くない。部分部分を切り取って、後にサンプリング素材として濫用される理由もわかる。
問題は、そのまとめ方なのだ。ていうか冗長になり過ぎちゃってフォーカスがぼけてしまう。大サビを目立たせるための演出なのだろうけど、そこ以外が散漫過ぎるんだな。やっと納得した。
5. Plastic Man
かなりエフェクトされたブラス・ソロは、当時のブラック・ムービーのサントラっぽくて、クール。ノーマンにしてはリズムのメリハリがしっかりしてるし、3分とコンパクトにまとまっているため、アラも目立たない。R&Bチャートで8位をマークしており、俺的にも『Masterpiece』の中ではベスト・トラックでもある。
ここからいじり過ぎちゃうから、テンプスもいい顔しなかったんだろうけど、ここで完パケにしちゃったのは正解。
6. Hurry Tomorrow
ラストは怪しげな雰囲気の漂う、サイケともデカダンともドラッギーとも取れるチル・アウトな世界。ベトナム戦争を思わせる爆破音のエフェクトや深いエコー・リヴァーヴが、メッセージ性を誘発している。いるのだけれど、やっぱ浅いんだよな。自分で歌うのではなく、ノンポリのテンプスのヴォーカルを通すわけだから、そりゃ通じないわな。
Psychedelic Soul
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