1987年リリース、2枚目のオリジナル・アルバム。ビルボード・ホット100で最高3位を記録したシングル「Luka」効果もあって、アルバム本体もUS11位・UK2位、全世界では500万枚を超える売り上げを記録した。UKでは「Luka」よりも、DNAによるヒップホップ・カバー「Tom’s Diner」の方がウケが良く、1990年にリバイバル・ヒットしている。CMでも使われたことがあるので、今ならこっちの方が知られてるかもしれない。
「NYダウンタウンの街角に佇む、アコギを抱えて内省的な歌を口ずさむバスキング・シンガー」というイメージの最大公約数となる存在が、スザンヌだったと言える。ちょっとひ弱そうで色白で、それでいながら凛とした眼差しは、世の中の理不尽さにも屈しない頑なさと意志の強さが表れている。
マドンナ、プリンス、マイケル以外は、過剰に演出されたアメリカン・ロックと、チャラいブラコンで占められていた80年代USチャートの中で、「Luka」の存在は明らかに異質だった。80年代中盤は、それまで傍流だったCMJチャートの影響力が、本流ビルボードにも波及してきた頃と一致する。R.E.M.やソニック・ユースがメジャーに進出、世代交代がささやかれていた情勢も、「Luka」ヒットの後押しになったんじゃないかと思われる。
むしろ80年代中盤に勢いがあったのは、UK勢の方だった。カルチャー・クラブやデュラン・デュラン、ワム!がチャートを席巻した、第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンはすでに沈静化していたけど、それに続いて、UKポスト・パンク以降のアーティストが紹介され始めていた。まだマスへの求心力は弱かったけど、局地的に熱烈な支持を得るアーティストもあらわれてきた。
本国UKでもコアなファンを生み出していたキュアーやデペッシュ・モードなど、ダークな味わいのアーティストの受け皿となったのが、CMJチャートだった。キャッチーなヒット性は感じられないけど、強烈な個性とカリスマ性が、ビルボードにチャートインする音楽だけでは物足りない層にアピールした。
日本と違って、コミュニティ・ラジオが普及していたアメリカでは、大学生らが中心となって、メジャーではない音楽を流し続けていた。発信する方も受ける側も、自ら能動的にアンテナを張らないと見つけられない、そんな商業ベースとは縁遠い音楽を、独断と偏見を持って発信していた。基本、それは今も変わらない。
一般的なヒット・チャートとは様相が違うラインナップのCMJチャートは、UKオルタナ勢のステップアップの場として機能していた。YouTubeやtwitter同様、ここでバズれば一夜で広く名を売ることができたため、無視できないメディアだった。
単一民族の島国であるUKや日本と違い、アメリカのマーケットは、我々が想像する以上に巨大である。今はだいぶ影響力も薄れてしまったけど、フィジカル・メディア全盛だった90年代までは、ビルボード・チャートのランクインはスターダムの絶対条件だった。
そんなビルボードに対するサブ・カルチャー的な存在が、CMJチャートだった。メジャー・ヒットだけでは満足しない、人とちょっと違ったジャンルを聴く層は、どの時代・どの場所にも、確実に一定数は存在する。
わかりやすく例えると、西野カナのファンに混じって灰野敬二聴いてるヤツとか。…わかりづらいよな、当てずっぽうで書いただけだし。
普通ならニッチな隙間産業であるはずのCMJ/カレッジ・チャートだけど、そこは世界のエンタメの中心アメリカ、裾野がだだっ広い分だけ、細かなニッチも結構な数に上る。今で言うピッチフォーク的なスタンスだったのがカレッジ・ラジオだった。
全米の学生自治会が司るカレッジ・ラジオでは、それこそ有象無象の音楽オタクによって、メジャーでは流通していない音楽を片っぱしから発信しまくっていた。もちろん、すべての楽曲が光っていたわけじゃなく、多くは1回流されたっきりでフェードアウトしていたけど、スミスやコクトー・ツインズなど、コンテンポラリーには馴染まないジャンルを広く知らしめたのは、CMJの功績のひとつである。
スザンヌの場合、下積み自体は長かったけど、デビューしてから「Luka」のブレイクまで、そんなに時間はかかっていない。なので、彼女がカレッジ・チャートから受けた恩恵はあまりないのだけど、だからといって、いま現在もメジャー・アーティスト然とした感じでもない。
『Solitude Standing』のブレイクによって、メジャー・シーンに引っ張り出された印象が強いけど、スザンヌがヒット・チャートの常連にでいられた時期はほんのわずか、キャリアのほとんどは、メジャーとは言いがたい活動ぶりである。元旦那ミッチェル・フルームとのコラボが多かった90年代は、オルタナ・シーンでの評価が高かったし。
MTVでのリコメンドがセールスを左右するようになった80年代は、多額の制作費をかけたり、セックス・アピール全開のプレイメイトがうじゃうじゃ出演するPVが乱造されていた。単に良い曲を作るだけじゃなく、ビジュアル映えするキャラクターや、当時はまだ未成熟だったCG技術をバリバリ盛り込んだ映像が、パワー・プレイ率を高めていた。
本来はレコードの販促物だったPVが、いつの間にか主客逆転、肝心の音楽よりも映像のインパクトが重視されるようになる。そうなると、多少音楽的に難があっても、イメージや話題性だけでブレイクするアーティストも出てくるのは、自然の摂理。
「Luka」も「Tom’s Diner」に限らず、スザンヌのPVで凝った作りのものは少ない。ていうか、ほぼない。
そもそも彼女のキャラクター自体、そんなにビジュアル映えするものではないため、中途半端にコーディネートすると、かえってチグハグなものになってしまう。まぁ初期の文系女子ビジュアル自体、文科系男子を取り込む戦略だった、と言われるかもしれないけど。
A&Mはもともと、アーティストの意思をかなり尊重したレーベルである。なので、スザンヌにも過剰な演出や押しつけの戦略を当てがったりはしなかった。
シンディ・ローパーやマドンナが二強だった女性アーティストの中で、ほぼすっぴんメイク然としたスザンヌは、異色を通り越して違和感さえ漂わせていた。シンクラヴィアとゲート・エコーで彩られたダンス・ビート主流のご時勢で、朴訥なアコギの弾き語りスタイルは、アップ・トゥ・デイトなものではなかった。なかったのだけど、でも彼女にとっては、それがベターな選択だった。
同じ土俵に上がっても、マドンナのような小悪魔性を身につけることはできないし、シンディ・ローパーのような芸人根性は発揮できない。
持って生まれたモノを変えることはできない。後天的な学習にも、限界があるのだ。
このアルバムについて書くと、どうしても「Luka」は切り離せない。飾り気のない文系女子が淡々と綴る、幼児虐待の歌が全世界でヒットすることは、前代未聞だった。
誰もが何となく知っていながら、口にするのを憚られる。あくまで家族の問題だから。
被害者である幼な子は、語る術もなければ、声を出すこともできない。すべては内輪の中で処理され、そして、フェード・アウトしてゆく。
幼い肌につけられた疵は、見た目よりも根深い。成長して目立たなくなったとしても、それは多かれ少なかれ、のちにトラウマとして膿を残す。
個々で解決するものではなく、あくまで社会問題であることを想起させるきっかけとなったのが、「Luka」だったと言える。ただプライバシーの絡みもあって、簡単に周囲が干渉できる問題ではない。本人によるカミング・アウトももちろんだけど、それを受け入れ、手を差し伸べやすくする環境とシステム作りが必要なのだ。
スザンヌは、それを声高に訴えるわけではない。ここでは彼女、ソングライターとしてのスタンスを崩してはいない。
スウェーデンのテレビ番組で放映された幼児虐待の特集を見て、インスパイアを受けたスザンヌ、ここでは架空のキャラクターLukaの視点を通して物語を綴る。
その歌の中で、Lukaが拳を握りしめたり、声を上げることはない。
それがごく普通の日常であるかのように、学校でこんな事があったあんな事も、といった調子で。
スザンヌにとって「Luka」は大ブレイクのきっかけとはなったけれど、この路線を続ける気は毛頭なかった。彼女にとって、それはあくまで自作曲の中のひとつであり、その後の路線を決定づけるものではなかった。
「Luka」をステップとして、社会問題を訴えるコメンテーターや政治家へ、という道もあったのかもしれないけど、スザンヌはソングライターであり続ける道を選んだ。
ニューヨークに踏みとどまったまま、さらなる音楽的チャレンジをスザンヌは望んだ。『Solitude Standing』で得た実績をもとに、次作『Days of Open Hand』では、ミニマル・ミュージックの大家フィリップ・グラスを迎えている。前作路線を踏襲しながらも、ポップ性を減衰させた微妙なサウンドは、「Luka」路線を期待した多くのファンを失望させた。
売れるはずがないと思いながらも、アーティストとしての矜持を優先させる。スザンヌ本人だけじゃなく、A&Mにとっても、勇気ある決断だったと言える。
Solitude Standing
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Suzanne Vega
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1. Tom's Diner
有名すぎるので楽曲自体への言及は省いて、ここでは小ネタ。
2パックからビリー・ブラック & R.E.M.まで様々なヴァージョンがあるけど、近年、インパクトがあったのがジョルジオ・モロダーとブリトニー・スピアーズとのコラボ。すっかり最前線に復活した感のあるモロダーと、歌手以外のゴシップばかり聞こえてくるブリトニーとの相性はいい。いいのだけれど、オケだけ聴くと、トムズダイナー感はまったくない。ないのだけれど、歌に入るとトムズダイナーってわかるようになっている。
ちなみにこの曲、世界で最初にMP3音源として製作された曲として、一部では有名である。それについては、この本で詳しく書かれている。ハード面だけじゃなく、業界内勢力バランスについても触れているので、興味のある人はぜひ読んでみて。
2. Luka
本文で内容について触れたので、データ面について。
シングル発売されたのが87年4月で、最初から爆発的に売れたわけではなかった。ホット100に入ったのは6月になってからで、93位で初登場。その後は59位→47位→37位と、さらに1ヶ月かけてトップ40入り。29位→22位→15位ときて、8月に入ってやっと8位。トップ10入りしてからは、5位→4位→3位と、ジワリジワリといった具合。
ちょうど「ラ・バンバ」がメチャメチャ売れてた時期だったので、その後は失速してしまうのだけど、十分に健闘した。大してプロモーションもかけていなければ、映画のタイアップもない、これだけ地味な曲がここまで売れちゃったのだから、この辺にアメリカの良心といったものが垣間見えてくる。
3. Ironbound/Fancy Poultry
幼き日のニューヨークの街角を丹念に描いた、スケッチ的な小品。2部構成となっており、観察者的な視点はウェットにならず、ドライに活写している。頭の2曲が有名すぎるので目立たないけど、初期のスザンヌの作風が色濃く反映されている。
4. In the Eye
ここでギア・チェンジ、控えめだったリズム・セクションが前に出てきて、やっと80年代っぽいサウンドになっている。スザンヌのサウンドでリズムが強くなるのは90年代以降だけど、その萌芽と言っていいのか。いやないな、ミッチェル・フルームにそそのかされただけだし。
とはいえ、このアルバムのプロデュースに嚙んでいるのが、レニー・ケイ。あのパティ・スミスの懐刀であり、NYパンクを築いた一人である。こういったアプローチのアンサンブルがあったって、おかしくはない。
5. Night Vision
フランスのシュールレアリスム詩人Paul Éluardの作品にインスパイアを受けて書かれたトラック。アコギメインで薄ーくシンセをかぶせる手法は、この時期のシンガー・ソングライターの定番。皮肉じゃないよ、落ち着くんだよリアルタイムで聴いてたから。
6. Solitude Standing
アタックの強いドラム、ミニマルながら適所にアクセントをつけたシンセ・パート、そこへユニゾンで絡むアコギ、闇を引き裂くようなエレクトリック・ギター。アクティブなアンサンブルは、タイトル・トラックに相応しい。
クレバーな演奏とクレバーなヴォーカル。でも、それらはうっすらと熱を帯び、額に汗をにじませる。こういうサウンドは、メジャーではできなかった。
7. Calypso
60年代ディランが80年代にタイムスリップして来ると、こんな感じになると思う。いや、フュージョン以前のジョニ・ミッチェルかな。なので、間奏のシンセの音が浮いているのが、ちょっと惜しい。ギター・ソロもちょっとミスマッチ。もっと淡々としてていいんだよ、こういうのって。
ちなみにタイトルからダンス・チューンを連想すると、肩透かしを食う。音楽ジャンルじゃなくて、ギリシア神話に登場する女神の名前なんだって。ちなみに俺が連想したのは、カート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』。
8. Language
言葉を扱う者ゆえ、言葉そのものについて深く考察すると、どうしてもメランコリックな曲調になってしまう。言葉を重ねれば重ねるほど、真実からは遠く離れてゆく、というのを体現している。どこか詰まり気味の発声は、真摯に向き合う者ゆえの特権でもある。
9. Gypsy
なぜかUKのみで、シングル先行リリースされている。オーソドックスなフォーク・ソングといった風情なので、ここまで張りつめていた緊張感をほぐす意味でも、こういう曲が1曲くらいはあってもよい。でも、曲順的にはもうちょっと前に配置するべきだよな。もうアルバムも終盤だもの。
これだけ曲調が違うのは、プロダクションそのものが違うから。なんで入れたんだろうね。嫌いじゃないけど。
10. Wooden Horse (Caspar Hauser's Song)
軽い響きだけど強いアタックのタムと、シングル・ノートのベースで構成された、その後のインダストリアル調を彷彿させる、ある意味冒険的な曲。叩きつけるようなギターとは対照的に、クレバーさを保つスザンヌ。
スペルは微妙に違うけど、あのカスパー・ハウザーを主題に取り上げている。wikiを見てもらえばわかるけど、曲順的にはここしかないな。わかる人にしかわからないけど、目立つ場所には入れられないもの。
でも日本には、ビジュアル系でジル・ド・レイってのもいるんだよな。ファンの人って、意味わかってんのかな。
11. Tom's Diner (Reprise)
ラストは1.のインスト。街角のジャグ・バンドが演奏してる風なアレンジ。BGMとしてはちょうどいい。
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