一般的に粗野なイメージが強いとされるパンク・ミュージシャンの中では、知性派と思われているのがStingである。世代的に見てロートルの部類に入るキャリアながら、敢えてその技を封印して直情的なパンク・ビートを戦略的に演じきったデビュー当初を経て、確固たるポジションを確立してからは、IRA紛争だユングの同時性だ熱帯雨林の保護だ、と考えてみれば享楽的とされている80年代ポピュラーの中では異彩を放つメッセージ性を露わにしていた。そう考えれば、やはりこの人は70年代の感性を持つアーティスト、既存の体制に向けてしっかりnonを表明できるキャラクターである。
難解な専門用語をさも当然のように語り連ねることでインタビュアーを煙に巻いたり、何かと弁が立つ人なので、それゆえ誤解されることも多い。本人としては、アマゾンの自然破壊もアムネスティ活動も真摯に受け止め、本気で何とかしようとして熱弁を奮ったり作品に反映させたりしているのだけど、常に冷静さを感じさせるクレバーな印象は、地位も名声も手に入れてしまったロック・セレブの余技として映ってしまう。
もっとBonoみたいに、下世話に押しを強く打ち出せば、必死さが伝わって共鳴する者も多いのだろうけど、その辺は本人のプライドの問題なのか、口角泡を飛ばす雰囲気は出さない。彼はあくまで代弁者、「世界ではこんな悲劇が連日起こっていて、僕はそんな現状があることをみんなに訴えたい」というスタンスを崩さない。これがBonoだと、本気で世界を変えようとしているのか、世界中のVIPと会談したり声高に訴えたり、何かと忙しそう。まぁ本気でそう思ってるのかは別として。
21世紀に入ってからはSting、クラシック方面での活動も多くなる。Paul McCartneyやKeith Emarsonのようにポップ/ロックのバリエーションのうちのひとつといった選択肢ではなく、名門ドイツ・グラモフォンと契約したりなど、わりとガチな活動ぶりである。
一応、「これまでの既発曲をクラシック・アレンジで再解釈を試みる」といったコンセプトであり、まぁ彼のことだからそつなくこなしてるんだろうな、とは思っていた。でもタイトルが『Symphonicities』。こりゃないんじゃない?どう深読みしたって過去のセルフ・パロディとしか思えないネーミングである。そういえばSting、以前も書いたけどジャケット・センスも良くなかったもんな、Police の時代から。
これがまっさら状態で挑むのなら、そういったタイトルもアリなんだろうけど、考えてみればコアなファン向けのアイテムであるがゆえ、これまでStingの作品をまったく聴いたことがありません的なユーザーが、このアルバムを進んで聴くとは思えない。どうしても従来のStingファンが聴く方が圧倒的に多いわけであって、前述のセルフ・パロディを連想して失笑してしまう情景が思い浮かぶ。ほんとのコア・ユーザー向けのアイテムだよね、これって。なので俺、これはまったく聴いたことがない。
という事情もあって、今後も多分聴くことはないと思う。こうなったら意地でも聴くもんか。クラシック・アレンジ?興味ねぇよそんなの。
なので、『Symphonicities』のリリース・インフォメーションを読んだ俺の印象は、非常にネガティヴなものだった。
「あぁ、もうキャリアとしては上がりなんだな」「あとはゆっくりとリタイアしてゆくのだな」とも。
今さら新境地なんて必要ない。ロックのフィールドでやれることはやってしまったし、ていうかロックに革新性を求める風潮はなくなってしまったし。ロック・セレブとしてのスタンスはよほどのことがない限り盤石だし、あくせく働く必要もない。5年に1度、今でもメイン・ユーザーである40代以上のミドル・エイジに合わせた「大人のロック」を演じればよい。
グラミー賞のセレモニーやNBAのハーフタイム・ショーで、クライアントの要望に合わせたサイズのステージ・パフォーマンスを演じるStingを見ていると、そう思う。誰も損しない世界。多くを望まなければ、そこではほどほどの充足感が得られる。このペースを崩さず、ゆっくりとフェードアウトしてゆけば、晩節を汚さずに済む。
と思っていた矢先、ここに来てのロック・フィールドへの前線復帰である。どうしちゃったの?覚醒?
Stingと言う人は、コメントやインタビューでの弁が立つおかげで、緻密なロジックを行動規範としていると思われがちだけど、案外その時その時の感情をストレートに作品へと昇華してしまう、根は素直な人である。
これまで培ったロックのスキルを一旦脇に置いて、若き無名のジャズ・ミュージシャンとコラボして独自の世界観を確立した『The Dream of the Blue Turtles』『Nothing Like the Sun』の時期は、Stingの創作意欲がピークに達していた頃である。ジャズともロックともカテゴライズできない、正しくSting’s Musicと形容されるサウンドは、その後のアシッド・ジャズともコミットしない独自のものである。
このままこの路線で行ってたら、エスニック・ビートの導入からPeter Gabriel的なサウンドのシンクロニシティもあり得たのだろうけど、前後して実父の死を始めとしたプライベートでのトラブルが重なり、ソングライターとしてのStingに内的変化が生じてくる。センチメンタリズムを排除したこれまでのドライな音楽性に、内的なヒューマニズムの影が差しこむようになる。
プライベートな感情吐露を自伝的に綴ったシンガー・ソングライター的作品『Soul Cage』は、前作の勢いもあってセールス的にはアベレージ・クリア、これまでにないStingの人間的な側面が垣間見られた作品だったけど、当時の俺的には内省的な干渉がウェットに思え、1、2回聞いた程度ですぐ売っぱらってしまった。
普通、鉄面皮だったアーティストがこれまで見せなかった心情面をさらけ出す作風の変化は、ファンにとって喜ばしい行為であるはずなのに、彼の場合、そういった風には取られなかった。こう思っていたのは俺だけじゃないはずで、実際、『Soul Cage』以降の作品はセールス的には成功を収めているけど、クリエイティヴな面で評価されることはほとんどない。以前より多くのユーザーに、「普通の大物ロッカーの新譜」として消費されていったのだ。なので、後に残るものは少ない。
真の意味でプログレッシブな存在だったStingは、一旦ここで終わってしまったのだ。
なので、『Soul Cage』以降のStingとは、俺の私観で言えば長い長い余生、引き伸ばされたエピローグのようなものである。そういうわけで俺、『Mercury Falling』も『Last Ship』も聴いてない。俺の中でのStingは、『Nothing Like the Sun』までの人だったのだ。
この間にPoliceの再結成があったけど、現在進行形を捉えたサウンドの提示はなかった。それはあくまでデビュー30周年というお題目で集まったセレモニー的なイベントであり、継続する活動ではなかった。契約的に新曲制作ができなかったこともあるしね。
その後のStingのキャリアは、総決算的な活動に収束して行く。新境地開拓として、クラシックへのアプローチは果敢なチャレンジなのだろうけど、あくまでロックのフィールドに踏みとどまっている彼を支持していた多くのファンからすれば、「そうじゃないんだけど」感が強かったはず。ていうか、ファンが求めるSting像とは円熟や深化であって、今さら別に新しいものを求めてるわけじゃないのだ。
その時々の感情の揺らぎがコンセプトに反映するStingだけど、それなりに優秀なブレーンも揃っているだろうし、また自身も常に第三者的な視線を持ち合わせているので、ファンのニーズは常に気にしているはず。
そういう人だからこそ、何かとリスクの多いPolice再結成にも同意したわけで。
思えば、前回レビューでも取り上げたPeter Gabrielとのジョイント・ツアーが、今回のポップ・フィールドへの回帰のきっかけになったんじゃないかと思われる。
近年のこの手のジョイント・ツアーは、主に北米を中心に行なわれるため、映像で見ただけだけど、2人とも良い意味で伝統芸能の域に達していた。StingもGabrielも、自分のパートを全盛期にも勝るテンションでプレイしながらも、パート・チェンジに差し掛かるとスッと身を引き、メインのサポートに徹する。その間、アーティスト・エゴのコントロールが絶妙なのだ。
これが80年代だったら、お互いエゴのぶつかり合いで俺が俺がになっていただろうし、そもそもタッグを組むことなどあり得なかった。一応は現役だけど、第一線からはセミリタイア気味の両名、年月を経てキャリアも確立したゆえの、いわゆる大人の余裕である。
入念なリハーサルとシミュレーションによって、緻密にコントロールされたステージ構成には破綻がない。多少のサプライズがあっても即時対応できる、熟練のバンド・メンバー、ベテラン・スタッフが後ろに控えている。メイン・キャスト2名は思うがまま、真摯なエンタテインメントとしてプレイするだけ。でも、安心して聴くことができる。危機管理が徹底しているのだ。
Genesis時代のGabrielは、自己陶酔と自虐の入り混じったシアトリカルなステージング、ソロ以降のStingは、カッチリ構成されたジャジーな大人向けのサウンドを展開していた。その2人のアーティスト・エゴは高く評価されたけれど、その完成度の高さゆえもあって、息苦しささえ感じられたことは事実。ある意味、ユーザーへの課題提示、「この世界観を理解できなきゃダメだ」的な圧迫感を漂わせていた。一見さんはお断りなんだよな、昔の2人って。
で、今ではすっかり角の取れた2人である。もはや先へ進む冒険は必要ない。彼らに求められているのは、共感できるノスタルジーだ。事前リサーチによってセレクトされた、観客のニーズを的確に捉えたヒット曲を、可能な限り往年のテンションで、きちんとアリーナ・サイズに収めてプレイする。
そこには、音楽的挑戦やアクシデントはないけれど、確実にwin-winの関係が築かれている。
そのツアーに入る前に作られた、「ポップ・フィールドへの前線復帰」とされているのが、今回の『57th & 9th』。
先日、スマスマでもプレイしていた、冒頭のシングル曲だけ聴いてると何だか微妙だけど、アルバム後半に進むに従って、ロック的なダイナミズムが復帰しているのがわかる。まぁ戦略上のつかみとして、「オーソドックスな大人のAOR」というのは、一般人が思うところのSting像であり、マーケティング・リサーチに基づいた構成なのだろう。『Nothing Like the Sun』でも、CM曲の「We’ll Be Together」だけ妙に浮いてたけど、アルバムのウリとしては必要不可欠だったし。
今回、彼がやりたかったのは、もっと初期衝動に基づいた粗野なビート、それでいて65歳の自分の身の丈にあった、回顧モードじゃないロックを演ってみたかった、というのが正直な気持ちだろう。ここ20年くらい、事実上の固定メンバーとなっているDominic Miller (g)、Vinnie Colaiuta (dr)との3名で断続的に行なわれた荒々しいセッションをもとに、ほんの少しのコンテンポラリーな味付けを施されて、このアルバムはリリースされた。
年末の慌ただしいプロモーション来日を経て、2月のバンクーバーから始まる世界ツアーが始まるわけだけど、インフォメーションを見ても日本公演の予定は入っていない。スケジュール的なものなのかギャラ的なものなのか、その辺はちょっとわかりかねるけど、夏フェスあたりに照準を合わせているのか。
今年いっぱいはロック・モードのStingだけど、その後もロック・サウンドの深化を図るのか、それとも再度クラシック方面へ回帰してしまうのか。まぁ好きでやることだろうから、こちらからは何も言えないけど、飽きたらまた戻ってきてよ、としか言いようがない。
それよりさ、もう一回、Policeやってみれば?今度はソロ作品持ち寄って、「せーの」で3人でセッションするみたいな。Stingがすっごく身を引けばできるんじゃないかと思うんだけど。
まぁ無理か。Stewartが暴君になるのを耐えられないよな。
1. I Can't Stop Thinking About You
アルバムからのファースト・カット・シングル。リリース前のインフォメーションで紹介されるのはほぼこの曲だったし、前述のスマスマでも選曲されていたので、それほど感心がなくても耳にしたことがある人は多いはず。Stingも現役でガンバッてるんだなぁと感慨に耽りながらカーステレオで聴き流してしまう、そんな曲。FMで流れてると、「おっStingだっ」と反応してしまうけど、でもそれだけ。別に購買意欲を掻き立てられるほどではない。アベレージはクリアしましたよ的な佳曲。
2. 50,000
アルバムリリース前に配信された、Prince死去を受けて書かれたトーキング・ブルース風バラード。BowieやGlenn Frey、MotörheadのLemmyについても言及しており、ロック全盛期を担ったアーティストらの鎮魂歌となっている。Sting自身も65歳、そろそろ終活的な楽曲がリアルに響いてきた。そんな歳なんだな、アーティストも俺も。
3. Down, Down, Down
曲調としては1.と似てるけど、キーが低めのヴォーカルとピッチを落とした演奏が90年代アメリカ・オルタナっぽい印象。ギターの音なんてまさにソレ。Police時代ならもっと速いテンポでプレイするのだろうけど、ここではじっくり腰を落とした大人のロック。タイトル通りだな。
4. One Fine Day
畳み掛けるようなサビがSting節といったところ。メロディからは『Soul Cage』時代のシンガー・ソングライター的なテイストが感じられる。なので、ロックっぽくはない。ただ、メロディ的には収録曲の中では群を抜いている。
5. Pretty Young Soldier
出だしのギターの音色がXTCっぽく感じられたけど、考えてみれば同世代だった。ポップ要素を混ぜた変則リズムのロックは、俺世代にとってはツボ。ステレオタイプのロックではないけど、Stingらしさが発揮されたナンバー。屈折してないAndy Partridgeといった風情、俺は好き。
6. Petrol Head
わかりやすいギター・リフ、そしてここにきて初めてシャウトするSting。コード進行も至ってシンプル、ステレオタイプではあるけれど、ファンからすればテンションが上がる一曲。しかも、たったの3分間。勢いだけじゃなく、きちんと練り上げられたうえでのストレート・アヘッド。Policeでやったらもっと面白いのに、と無いものねだりしてしまう。
7. Heading South on the Great North Road
ここでいったん休憩、アクセント的にブリティッシュ・トラッド風味のアコースティック・チューン。わかりやすくいえば「Fragile」。
しかし、どの曲も3分程度で心地よい。CD時代になってから、やたらイントロ・アウトロの長い5~6分サイズの曲ばっかりになったけど、配信時代になってからはその辺も自由になった。
8. If You Can't Love Me
で、この曲が4分半。ギターのアルペジオはきれいに響いてるけど、それだけの印象。7.との組曲的扱いとなっているらしいけど正直、7.だけでいいかな。
9. Inshallah
ある意味、このアルバムのハイライト。これまでリズムやメロディ面でのアプローチとして、第三世界のマテリアルを咀嚼し、活用することはあったけど、アラビア圏のイディオムの使用は初めて。これ見よがしにアラビアン・テイストを使っているわけではない。あくまでコンセプトとしてのInshallah、構成しているのはすべてロックの言語である。
ボーナス・トラックのベルリン・セッション・ヴァージョンでは、もっと中近東テイスト満載なのだけど、そこをうまく咀嚼して明快なパッケージにしてしまうのが、やはりStingの成せる業。あからさまにアラビックに染めてしまうのは、どこか抵抗があったのだろう。
10. The Empty Chair
ラストはしんみり、アコギ一本で奏でられるバラード。正直、これってStingじゃなくってもいいんじゃね?的な無難なバラードだけど、2分半といったコンパクト・サイズは好感が持てる。ここでドラマティックなエピローグにしないところが、彼の趣味の良さなのだ。
でも、相変わらずジャケット・デザインはダサいままだよね。
Best of 25 Years: Double Disc Edition
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