1980年代中盤に盛り上がりを見せたブリティッシュ・インヴェイジョン、袋小路に行き詰ったアメリカのアーティストが疲弊してマンネリ化しているのをよそ眼に、斬新なアイディアと洗練されたサウンドによって、多くのアーティストがビルボードにチャート・インしたのだけど、多分、最も多くの恩恵を受けたのがこのバンドだと思う。ていうか ほぼMick Hucknallのことだけど。
ポッと出の新人バンドの割りに、バンドのアンサンブルは淀みなくまとまっており、すでにキッチリ出来上がっていた。個々の楽曲や演奏のクオリティも高いし勢いもある。メロディも覚えやすくて口ずさみやすいし、フック・ラインもしっかりしている。だからといってモロ売れ線狙いかといえば、そこまで媚びてる様子もない。社会性の強い内容を歌ってる曲もあるし、この時点ではパブ上がりのライブ・バンドといった風情で、そこまでスタイリッシュでもない。
よほど裏で手ぐすね引いてるフィクサーでもいるのかと思ったら、何のことはない、ポスト・パンクの時代から永く地道に活動していた苦労人らの集まりだった。
Sex Pistolsに衝撃を受けて結成したパンク・バンドThe Frantic ElevatorsがMickの音楽キャリアのスタートである。残された音源を聴いてみると、まぁMickの変わらないこと。大ヒットした”Holding Back the Years”も実はこのバンド時代のレパートリーであり、そんな貴重音源も今ではyoutubeで気軽に聴くことができるのだけど、サウンドはともかくとして、ヴォーカル・スタイルはほんとそのまんま。
ブルース・テイストの強いパンクが基本コンセプトなのだけど、曲調もヴォーカル・スタイルも明らかにSam CookeやOtis Reddingなど、ヴィンテージ・ソウルの強い影響下にあるため、バックのサウンドとの咬み合わなさが際立っている。違う見方をすれば、メロディアスなソウルをベースとしたパンク・バンドは結構斬新であり、そのミスマッチ感覚を逆手に取った他バンドとの差別化が捗りそうだけど、まぁ売れるかどうかと言ったら「それはちょっと…」という感じになってしまう。
実際、このバンドでは芽が出なかったMick、他メンバーとの方向性との乖離があまりに大きくなってしまい、The Frantic Elevatorsは短命に終わってしまう。既存のブルース・スケールに執着する演奏陣とは袂を分かち、昔から聴きなれたノーザン・ソウルをサウンドのモチーフとしたバンド、Simply Redを結成することになる。
1986年のUKシングル・チャートを見てみると、”Holding Back the Years”が年間29位にランク・インしている。他に目立ったところでは、トップ・ガンのテーマだったBerlin “Take My Breath Away”が5位、またPet Shop Boys が“West End Girls”(26位)でデビューしたのもこの頃。Doctor & the Medics(8位)やFalco(10位)なんてキワモノもいれば、Peter Gabriel(24位)やPaul Simon(47位)、それにRod Stewart(52位)なんてベテランも意外に健闘している。Swing Out Sister “Breakout”(49位)もこの年だったんだな。
1980年代後半というのは、前述のアメリカに限らず、既存のロックやポップスが疲弊しきって旧規格になりつつあった頃である。
大きく産業化・システム化したロックが、70年代末のパンク・ムーブメントの到来によって、その権威やフォーマットが否定されたのだけど、その破壊者たるパンク・ミュージックはその先に続く新しい価値観を提示することができなかった。そんなグダグダの流れのままで時代はニュー・ウェイヴ~ポスト・パンクへ移行、パンクのサウンド・フォーマットをそのまま移植して、メロディ・ラインをちょっとポップに展開したようなバンドが台頭するようになった。その仕掛人として大手メジャー・レーベルが裏で暗躍、大々的なプロモーションとPVの大量パワー・プレイによって認知度を高め、そしてそれがまた売れてしまったため、結局は既存のシステムに取り込まれてしまった次第。
大きく産業化・システム化したロックが、70年代末のパンク・ムーブメントの到来によって、その権威やフォーマットが否定されたのだけど、その破壊者たるパンク・ミュージックはその先に続く新しい価値観を提示することができなかった。そんなグダグダの流れのままで時代はニュー・ウェイヴ~ポスト・パンクへ移行、パンクのサウンド・フォーマットをそのまま移植して、メロディ・ラインをちょっとポップに展開したようなバンドが台頭するようになった。その仕掛人として大手メジャー・レーベルが裏で暗躍、大々的なプロモーションとPVの大量パワー・プレイによって認知度を高め、そしてそれがまた売れてしまったため、結局は既存のシステムに取り込まれてしまった次第。
当然、行き着く先は自家中毒、タコが自分の足を喰っちゃうようなもので、次第にメジャー・シーンから面白いアイディアは出なくなる。似非パンクのような連中がネタ切れで失速してバタバタ倒れてゆく中、次に出てきたのはそのニュー・ウェイヴに乗り遅れてしまった連中である。
Style CouncilだってBlow MonkeysだってWorking WeekだってEverything But the Girlだって、とにかくみんな、一度はパンクの衝撃を通過していた。シャレオツなスタイルでもってシーンに登場した彼らも、根っこには熱い破壊衝動を秘めていた。そんな彼らが既存フォーマットの音楽に絶望し、ロック以外のジャンルを貪欲に取り込んでゆくのは、真摯なミュージシャンとしては当然の帰結だった。
頰に刺していた安全ピンを外し、脱色して無理やり立てていた髪は黒く染め直して短くスタイリッシュにセットした。破れたTシャツは捨ててデザイナーズ・ブランドのソフト・スーツを着こなすようになった。中指立てて舌を出すのもやめて、横揺れの16ビートに合わせて軽やかなステップを踏むよう心がけた。
ロックとは違う何かを追い求めた末にたどり着いたのが、かつての古いソウル・ミュージックをベースとした現代的なサウンド。
それがブルー・アイド・ソウルである。
以上のことをMickがすべて忠実に実行したわけではないけど、従来のパンクが袋小路に行き詰まり、ある種の様式美に向かおうとしていることが逆にカッコ悪く思えたこと、加えてソングライティングのスタイルが、次第にハード・コアやニュー・ウェイヴとはシンクロしない方向へシフトしつつあったため、方針変更せざるを得なかった事情もあったんじゃないかと思われる。まぁ「チャラくなりたかった」というのも理由のひとつだと思うけど。
ショボい売り上げのブルー・アイド・ソウルほど物悲しいものはない。こういった音楽は売れてこそナンボのものであり、じゃないと存在価値がないのだ。
基本、Simply Redは大量消費財としてのポップ・ソング・バンドなのだけど、ロック以外の要素をふんだんに取り入れて、踊ることもドライブで聴き流すこともできる、オール・ラウンドで汎用性の高い音楽である。それでいて、きちんとミュージシャンとしてのエゴも満たされている。
基本、Simply Redは大量消費財としてのポップ・ソング・バンドなのだけど、ロック以外の要素をふんだんに取り入れて、踊ることもドライブで聴き流すこともできる、オール・ラウンドで汎用性の高い音楽である。それでいて、きちんとミュージシャンとしてのエゴも満たされている。
スタンダードとして残り、後々まで長く語り継がれる音楽には、だいたいこれらの要素が含まれている。彼らの場合だってそうだ。
しかも、デビュー・アルバムだけの一発屋で終わることなく、この後も同じクオリティ、またはそれ以上の音楽コンテンツをコンスタントに量産し続けている。しかもきちんとヒットさせて結果も残し、ファン以外のリスナーへもしっかり印象づけている。
基本は何も変わらない。Mickはただ自分に忠実に、自分のヴォーカルが最大限活かされるメロディとサウンドを追い求めてきただけである。
特にこのデビュー・アルバム、何かとシングル曲ばかりが取り沙汰されるけど、キャッチーな曲だけのバンドが、こんなに長く続くはずもない。
アルバムを構成するためのバラエテイに富んだ楽曲、そしてそれらが組み合わさって生まれる相乗効果、すなわちアルバムをまとめるための強靭なトータル・コンセプトが、他のバンドよりもしっかりしていたことが、彼らの強みだったんじゃないかと思われる。ただチャラいだけのバンドではないのだ。
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1. Come To My Aid
アルバムから2枚目のシングル・カット。MickのヴォーカルはすでにBobby Womack系のシャウター・タイプ。Mickの場合、どれだけ強く力を込めてもハスキー・ヴォイスのため、それほどクドくならず、逆に本場のソウル・シンガーより聴きやすい。
2. Sad Old Red
バンドとしての幅の広さをアピールする本格的なジャジー・ソウル。ヴォーカルには少しブルースも入っており、この辺は前身バンドの名残りも感じさせる。
3. Look At You Now
いきなり80年代シンセの和音からスタートする、MTV的なビジュアル感を想起させる軽快なポップ・ソング。まぁこういったのも一曲ぐらいはいいんじゃね?というレベル。いかにも「シンセのプリセット音源で作りました」的なホーン・セクションが時代を感じさせる。
4. Heaven
1979年リリース、Talking Headsの2枚目のアルバム『Fear of Music』収録曲のカバー。ほんとTalking Headsというのはニュー・ウェイヴ以降のアーティストに人気が高く、知名度は薄いけど、カバーされたりリスペクトされることがやたらと多い。
ごめん、でもやっぱりこの曲はDavid Byrneが最高。Mickも確かにうまいんだけどね。
特に『Stop Making Sense』のヴァージョン。ロックにテクニックは必要ない、ただ伝えたいという気持ちさえあれば、それでオッケーさ、と言いたげなByrneの真摯な顔つきといったら。
5. Jericho
3枚目のシングル・カットであり、LPではA面ラスト。ソウル・バラードをモダンにアレンジした感じの曲であり、なんでシングルにしたのかは不明。いい曲だとは思うけど、6分はちょっと長い。そこまでドラマティックに盛り上がる曲でもないのにね。
6. Money’s Too Tight (To Mention)
アルバムの先行シングルとして、UK13位US28位まで上昇、アルバム・リリースに弾みをつける結果となった。ユーロ圏内でも各国でチャート・インしており、デビュー曲にもかかわらず、すでにそれだけ求心力があったのがわかる。
テンションが高く、それでいてセクシーなハスキー・ヴォイスのMick、クレバーで堅実な演奏、きちんと予算をかけたサウンド・プロダクション。どれを取っても完璧。少なくとも、同時代の新人バンドでは太刀打ちできない、ちゃんとしたプロの仕事がここにある。
7. Holding Back The Years
続いては、こちらもアルバムから最大のヒット曲。でもシングル・カットされたのは4番目という、何とも地味なポジション。そのくらいになると普通、出がらしみたいな曲が『来日記念盤』の名目で申し訳程度にリリースされるだけなのだけれど、これはもうメチャメチャ売れた。
何しろデビュー・アルバム収録曲でUK2位、USでは何と1位を獲得している。初っ端からここまでの成功を収めちゃったのだから、当時のMickが天狗になっていたとしても、誰も責めることはできなかったはず。
またアレンジがドラマティックで、日本人好みなんだよな、これ。サビもわかりやすいし、荘厳としたストリングスがリスナーの気持ちを、そしてMickのヴォーカルも盛り上げる。
8. (Open Up The) Red Box
シングル・カットも5枚目ともなると、さすがにネタが切れてくる。でも80年代というのは、こういった感じで全曲シングル・カットしてしまうような勢いが、彼らに限らず盛り上がっていたのは事実。『Thriller』も『Synchronicity』も『Innocent Man』も、もうこれでもかというくらいシングルを切りまくっていた。ありゃ一体何だったんだろうか。
まぁモダン・スタイルのブルース・ロック。やっぱり彼ら、もっとリズムに凝ってる方がカッコイイ。リズム・マスター屋敷豪太の加入はもうちょっと先まで待たなければならない。
9. No Direction
ちょっとファンク・テイストの入ったシャッフル・リズムのノリの良いナンバー。当時流行っていた12インチ・シングルでダンス・ミックスの形でリリースしていれば、もうちょっと盛り上がったかもしれない。と思って調べてみたら、Extended Mixが作られていた。このアルバムのデラックス・エディションに収録されているらしいけど、それはまだ未聴。
10. Picture Book
ラストはソウル、ていうかR&B的なバラードを、かなりリキ入れて歌っている。うーん、こういったシリアスな題材の曲は、あまり彼らに合わない気がする。バラードはバラードで、後年にも良作はいっぱいあるのだけど、ここではちょっとセクシーさが足りない。もっと下世話にエロく行くべきなのだ。
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