エイミー・ワインハウスが亡くなった2011年以降、バッキングを務めていたダップ・キングスの活動は、主にシャロン・ジョーンズとのコラボへとシフトしてゆく。チャートや知名度で比べたら、とてもエイミーと肩を並べるものではなかったけれど、ヴィンテージ・ソウルという共通言語から生まれた絆は強固なものだった。
ビリー・ホリディやエラ・フィッツジェラルドなど、往年のジャズ・ヴォーカルをルーツに持ったエイミーとの相性は良かったけれど、プロデューサー=マーク・ロンソンによってブーストされたサウンドは、厳密に言えば彼らが望んだものではなかった。大衆向けに若干コンテンポラリーに寄せたミックスは、普段の彼らとしては、ちょっとよそ行き過ぎた。本来の彼らの持ち味である泥臭さは、巧妙なエフェクト処理によってマイルドに加工されていた。
リーダー=ボスコ・マンによって設立され、またシャロンが所属するレーベル「ダップトーン」の事務所兼スタジオは、ブルックリンの古いマンションの一室を改装したものだった。音響的にも設備的にも充分とは言えず、それほど広いものでもない。ただ、彼らが志向するサウンドを作るには、絶好のシチュエーションだった。
オートチューンもDAWもない、あるのは苦労してひっかき集めたヴィンテージのマイクやコンソール、それらを駆使して作り上げたサウンドと最もフィットするのが、シャロンのヴォーカルだった。ヒットチャートとは無縁のレトロ・ソウルは、互いのパーソナリティを最もうまく引き出していた。
その名から想像できるように、ダップ・キングスを軸に運営されていたダップトーンは、かなりむさ苦しい男社会だった。リー・フィールズやチャールズ・ブラッドリーなど、年季の入った実力派男性シンガーを擁してはいたけれど、もうひとつの柱となる女性シンガー部門が空席になっていた。切実な事情として、大きな収入源となっていたエイミーの不在を埋めるべく、女性シンガーの育成は急務だった。
エイミーの不在によって、シャロンの稼働日数は増えていった。コンスタントなシングル・リリースやライブ実績の地道な積み上げによって、いくつかのメディアでは、好意的なレビューも出るようになった。
長い長い下積みを経て、マイナー・レーベルであるにせよ、四十を過ぎてやっと自分名義のレコードを出せるようになった。エイミーと比べ、セールスは取るに足らないけど、次のリリースの目処が立つ程度には、売れるようになった。
セールスもレビューも悪ければ、次を出すことはできない。いくら良心的なダップトーンとはいえ、採算割れはおろか評判も悪い作品だったら、リリースはそこまで。あとは次のチャンスを待つしかない。
次?次なんてもうない。何しろ、ここに来るまで30年近くも待ったのだ。再び30年後のチャンスを信じて待つには、年を取りすぎている。
本来のフィールドであるレトロ・ソウル路線は、ダップ・キングスの望むところではあったけれど、レーベル・オーナー兼リーダーのボスコは、理想と現実の狭間を行き来しなければならなかった。レーベル運営の足しとして、また純粋にバンド・マンとして、興味のあるジャンルからのオファーを断ることはできなかった。
代表的なところでは、デビッド・バーンとセイント・ヴィンセントというクセ者同士とのコラボ、そして再びマーク・ロンソンに呼び出され、あのブルーノ・マーズ「Uptown Funk」にも参加している。かなり両極端な仕事だよな、こうして並べてみると。
方向性の違うエイミーと比べられることもなく、それほど大がかりに騒がれることもなく、シャロンは地道にキャリアを築いていった。レトロ・フューチャーというよりはレトロまんま、60年代から冷凍保存されてたんじゃないかと思ってしまうパフォーマンスは、時代性を超える支持を得た。
長く下積みを経てきた彼女がやれることは、大好きなヴィンテージ・ソウルを歌うこと、ただそれだけだった。
このままマイペースに活動できればよい。そう思っていたはずだった。
だったのだけど。
その歩みが止まったのは、突然だった。
リリース間近だった5枚目のアルバム『Give the People What Want』は、シャロンの体調不良によって発売延期となった。病名はすい臓がん、ステージ2まで進行していた。
長い療養と化学療法を経て、次第に体調は回復へ向かう。どうにかガンを押さえつけることはできたけど、体力は確実に衰えていた。抗がん剤の副作用によって、頭髪はほぼすべて抜け落ちた。
変わり果てた風貌となったシャロンだったけれど、それを隠そうともせず、回復するとすぐステージへ戻った。
-歌を歌うのに、髪の毛は関係ない。
彼女にとって大事なのは、歌い続けることだった。
発症してから回復へ向かい、そこからカムバックまでの過程が、ドキュメンタリー映画として記録されている。死の一年前に公開された『Miss Sharon Jones!』の中で、彼女は生い立ちや生きざま、そして真摯に音楽へ向き合う姿勢について語っている。あまり演出過多にもならず、客観的かつ丹念に、生前の彼女の面影と肉声が記録されている。
ステージでのシャロンの笑顔は、混じり気なしの笑顔、ミューズに愛された、たおやかな表情となっている。
-ステージこそが、彼女のいるべき場所だった。
そして―。
復帰して間もなく、シャロンのガンは再発した。弱りきって抵抗力が衰えた躰に対し、病魔は容赦がなかった。残された時間がわずかであることは、誰の目から見ても明らかだった。
体調が少しでも回復すると、シャロンは短期集中でライブとレコーディングを繰り返した。長期のセッションやリハーサルで曲を練り上げるには、時間もスタミナも残されていなかった。レコーディングは一気呵成に、1、2テイクを録って切り上げなければならなかった。
ステージの上では、病身とは思えぬパフォーマンスを披露していたけれど、一歩ステージを降りて気を抜いてしまうと、もはやまともに歩く体力さえ残らなかった。
そんな最期の1年のセッション音源を中心にまとめたのが、この『Soul of a Woman』。前作に引き続き、ますますレトロ感が増している。「60年代初期ノーザン・ソウルの泡沫グループの発掘音源」ってコメント付けたら、きっとみんな信じちゃうんじゃないかと思われる。
なので、基本はいつも通り、通常営業のシャロン・ジョーンズのサウンドである。その次も、またその次も、彼女の歌は変わらない。きっと、いつも同じ、安定したワンパターンを続けていてくれたことだろう。
でも、もう彼女はいない。新たな歌を聴くことはなくなった。
そして、ダップ・キングス。彼らは再び、歌うカナリアを失った。
SOUL OF A WOMAN [CD]
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SHARON JONES & THE DAP-KINGS
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1. Matter of Time
野太いコール&レスポンスが印象的なオープニング。ドラム・ベース・ギター・ホーンそれぞれに見せ場があり、束になってかかっていきながらも、強烈なヴォーカルとギリギリの戦いを迫られている。
そう、彼らにとってステージとは生きる場所であり、そして取るか取られるかだ。そこまで真剣じゃないと、このグルーヴ感は生まれない。もうほとんどHPも残されていなかったシャロン、鬼気迫るものがある。
2. Sail On!
シンプルな編成でファンクを追及してゆくと、やっぱりJBになってしまう。冒頭のシャウトは、バンドを制圧する。ソウル・クイーンに従うしかないのだ。次は歌えなくなるかもしれない、という思いに駆られながらのプレイは、刹那的であるがゆえ美しい。
これから盛り上がる展開と思わせるサックス・ソロが、そのままフェードアウトしてゆくのが、ちょっと切ない。
3. Just Give Me Your Time
ちょっとひと息つくように、テンポを落としたバラード。JB直系の女性シンガーと言えばマーサ・ハイやリン・コリンズが有名だけど、彼女らとの違いはバラードの表現力。緩急の使い分けはシャロンの方が上手だと思う。まぁ全盛期JB’sとは、バンドの性格もだいぶ違うし。
4. Come and Be a Winner
山下達郎っぽいギター・カッティングが印象的な、軽めのファンク・チューン。「What’s Going On」にもちょっと雰囲気が似てる。ただここでのシャロンのヴォーカル、ちょっと苦しそう。録音時期は不明だけど、体調の不具合が窺える。
5. Rumors
トーンを変えて、ラテン・フレーバーを足したダンス・チューン。ていうかほとんどラテンだよな、リズムが。バンドもなんだか楽しそう。
6. Pass Me By
オールド・ソウル好きにはたまらないソウル・バラード。ギターの音色、ハモンドの加減、サザン・ソウル風味のコーラスも絶品。もし活動していたら、シングル候補は間違いなかったと思うし、今後の代表曲となる可能性もあったはず。アッパー系リズムだけじゃなく、ドメスティックなバラードもこなせるシンガーとして。
7. Searching for a New Day
初期マーヴィン・ゲイを彷彿させる冒頭のコーラスと、重層的なギター・フレーズが、そこはかとないレア・グルーヴ感を漂わせている。リリースされたばかりなのに、すでに懐かしい。そんなミドル・バラード。
彼らとしてはめずらしく、ストリングスを入れることによって、ほんの少しコンテンポラリー感が増している。一般向けに、こういった楽曲が紹介されても良かったよな。
8. These Tears (No Longer for You)
ヴォーカル・キーが高めに設定された、7.よりさらにストリングスを多くフィーチャーしたバラード。コーラスの入れかたといい、ソウルというよりは、ミュージカルや映画音楽のようなグレード感がある。
ショーン・コネリー時代の007シリーズのタイトルバック、そんなイメージ。
9. When I Saw Your Face
なぜかヴォーカル・トラックを右に、ホーンとストリングスを左に配した、大昔のステレオっぽさを再現したような、こちらもソウル・テイストの薄いナンバー。発売されたばかりの初期ビートルズのCDって、たしかこんなだったよな。
こういったジャズ・スタンダード的なナンバーは、バリエーションのひとつだったのか、それともこういった方向性も考慮されていたのだろうか。古株のファンからすれば素直に喜べないところだけど、今後のグローバル展開としては、それもアリだったのかも。
10. Girl! (You Got to Forgive Him)
疾風怒濤のストリングスと重厚なホーン・セクション、やけにドラマティックなコーラス。ダップ・キングスは完全にわき役に徹し、ここではゴージャスなサウンドに単身拮抗するシャロンの姿がある。
ここまで重厚なサウンドになると、逆にシャロンのヴォーカルが映えてくる。あと一歩でベタになり過ぎるところを、さらに情緒的なストリングスがうまく打ち消している。ライブハウスではなく、それなりの設備を持ったホール・ツアーという可能性が、このトラックに凝縮されている。
11. Call on God
グルーヴィーなハモンドに導かれ、朗々と歌い上げられるゴスペル・バラード。確かなバッキングから醸し出されるスケール感、そしてほっこりしてしまうシャロンのヴォーカル。声の圧こそ相変わらずだけど、そこに無理やり感はなく、崇高ささえ感じられる。
Miss Sharon Jones! (Ost)
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Sharon Jones & the Dap-K
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