folder 1982年リリース、オリジナルとしては8枚目でラスト・アルバム。UK最高1位は有終の美としてうなずけるところだけど、アメリカでは最高53位というのは、これ以上はない(More Than This)と言わしめた最高傑作にしては、ちょっと低い扱い。爬虫類的な奇抜さを醸し出していた新世代ロックンロール(敢えてグラム・ロックとは言わない)からスタートした彼らが、キャリアを重ねるにつれてエキセントリックな猥雑さを捨て、次第に大人世代のロックとしての洗練を獲得した最終形は、リアルタイムで体験した人にとってはさぞドラスティックな変遷だったことだろう。

 考えてみれば、フュージョンの形骸化と取って代わるように、アダルト・オリエンテッドなロック/ポップスというのは、当時ロックの喧騒から足を洗いつつあった30代へ向けての音楽だったわけで、そのプレイヤー自身もそういった潜在的なニーズを察知して、互いがwin-winの関係で市場シェアを拡大していたはず。70年代ロックのシリアスなメッセージをほどよく希釈し、ソウルやファンクのエッセンスをちょっぴり添加した口ずさみやすいメロディは、疲弊しきったミドル層の癒しとして機能した。
 当時の日本で言えば、社会人になったと同時に長い髪を切り、それまで愛聴していたロックやフォークを捨てて演歌に走ることが、いわゆる「大人への通過儀礼」だったのだけど、アメリカでもまた、ロックを卒業した後の進路としてのカントリー・ミュージックが控えていたのだけど、そこへ向かうのに抵抗を感じていた世代にとって、AORというのは便利なジャンルとして位置付けられていた。
 なので、再結成後3部作のRoxyの音楽は、Steely DanやBoz Scaggsらがチャートを席巻していた当時、クオリティの高さとBryan Ferryのダンディズムを前面に出したキャラクターと相まって、もっと好評を期していてもおかしくないのだけど、いまいちヨーロッパ以外ではパッとしなかった。彼の耽美主義が強く出過ぎてしまうとゴシック色が強くなって食傷気味になるはずなのだけど、その辺のさじ加減、ほど良いデカダン振りは日本では好評だった。同じくEU周辺でも地道なバック・オーダーは続いているらしく、少なくとも廃盤とは無縁の優良コンテンツになっている。いるのだけれど、アメリカでは相変わらず再評価は進んでいない。明快さを好むアメリカ人にとって、Roxyのような不安定なコード進行・メロディは、彼らの感性に馴染まないのだろう。

Roxy-Music

 ついでなので、Roxyのアメリカでのチャート・アクションを見てみると、最も売れたのが実は『Avalon』。順位こそ低いけど、ロングテール型のセールスを記録したためか、プラチナを獲得している。ずっとカタログに残ってるせいもあるのか、名盤というのはやパリ強い。で、チャート的に最高順位にあったのが『Manifesto』の23位。復活第1弾ということもあって、初動が良かったと思われる。次が復活第2弾の『Fresh & Blood』の35位と続く。ちなみにアメリカ市場で100位圏外をうろうろしていたRoxy、一躍名が知れ渡ったのは『Country Life』からである。でもこれは妖艶なジャケットが物議を醸した経緯も含んでいるので、純粋な音楽的な評価とは言いがたい。まぁひとつの契機となっただろうけど。
 近年のロック史観で言えば彼ら、グラム・ロックのパイオニアとして、ノン・ミュージシャンらによる新世代ロックンロールとしての旗手といった位置づけだけど、初期の彼らはあくまでドメスティックな存在、英国の中のみで通用するエキセントリックなキャラクターを演じている。はっきり言って、初期の宣材写真を見るとほとんどイロモノ的扱いである。若気の至りって、こういうことを言うんだろうな。

 『Avalon』リリース後の世界ツアーを終えてRoxyは解散、その後、21世紀に入ってから解散時のメンバー3名が再結集、世界ツアーを敢行することになる。伝説のバンドだっただけあって、各地でチケットはソールドアウトを記録するほどの盛況だったのだけど、遂に最後まで新たなアルバムを作ることはなく、ツアー後は再び沈黙、各々ソロ活動に戻っていった。
 ぶっちゃけて言ってしまうと、往年のバンドの再結成と言えば大抵、金目当てと相場が決まっている。一時は同じ釜の飯を食った仲間だから、久しく顔を合わせなかったとしても、動向はやっぱり気になるもの。解散するのも金か女がらみであるのは昔からで、当時は軋轢はあっただろうけど、冷却期間を置くことで各自寛容になり、ちょっとぐらいはまた一緒にやってみてもいいか、という流れになる。まぁたいていはレーベル側からの要請・打診によるものがほとんどなのだけど。
 ZEPやPoliceもそうだけど、近年の再結成バンドの特徴として、フル・アルバムを作らない傾向が強い。かつてはツアーとレコード発売とがセットで考えられていたので、再結成するには何かしら新しい音源を作らなければならない、という不文律が残っていた。これがRoxyやFreeのように、70年代のうちに再結成したグループは解散前以上の結果を残している場合もあり、そういった前例がうまく作用していたのだけど、80年代に入ってからはバンド・メンバーの自由意志というよりはむしろ、エージェントやレーベルのコーディネートによって再結集するケースが頻発するようになる。
 前者2組のように、まぁもちろん金もあるだろうけど、純粋に音楽的な意義があって顔を合わせるのではなく、そこにあるのは純然たるビジネスでしかない。そうなると、アーティスティックなクオリティより先に、商品としてのパッケージ、「オリジナル・メンバーが集結」やら「再結成に至るまでのドラマ性」が重要視されることになり、正直、中身はどうでもよくなる。体裁を整えるため、過去のボツテイクやメンバーのソロの寄せ集めで構成されたアルバムは、まぁモダンなサウンドにはなっているけど、過去の名作とは比べるべくもない。当時の輝きはすでに喰い尽くされてしまったのだ。

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 先人のそういった前例から教訓を得たのか、今では誰も新アイテムの話など、おくびにも出さない。せいぜいご挨拶程度にシングルを1枚リリースするくらいで、ガッツリ顔を合わせて長期レコーディングすることはなくなっている。そんなことをしても、誰も得しないからだ。
 そもそもは、多かれ少なかれ諍いやトラブルがあったから袂を分かったのであって、長年に渡る軋轢が簡単に解消されるはずがない。軋轢を蒸し返すとこじれるのはわかっているので、極力距離を置いての付き合いになる。直接顔を合わせてのミーティングを減らし、第三者を介しての意思伝達が多くなる。かつては始終顔を突き合わせ、互いに納得行くまで意見を戦わせていたというのに。今ではもう、そんなエネルギーも残っちゃいない。もしあったとしても、ここで使うものじゃないことは、メンバー誰もがわかっていることだ。
 大抵、こういったプロジェクト進行中の場合、「久しぶりに会ったけど、まるで昨日別れたばかりのように、息がぴったり合った」とかなんとか、ファン向けに微笑ましいエピソードが報道されたりするけど、話半分で聴いておいた方がよい。
 大してやる気もないんだから。

 そう考えると、Roxyが『Avalon』を締めとした3部作を残すことができたのは、かなりのレアケース、奇跡である。ヴァージンの意向もあるにはあったと思うけど、70年代に活躍中だったアーティストは誰もがアクが強く、そうそうレーベルの言いなりになるものではない。なので、メンバーらの総意によってプロジェクトが進行した、と考えた方が自然だ。
 ソングライターではないPhil Manzanera(g)とAndy Mackay(sax)がRoxy Musicとしてのサウンド・メイキングにどれだけ貢献したのかは分かりかねるけど、まぁそういったものでもないのだろう。バンド・マジックとは、突出したスター・プレイヤーやカリスマティックなヴォーカリストだけが誘発するのではない。どちらかといえばもっと人間的、泥臭い信頼関係あっての賜物だ。この2人との相性が良かったからこそ、Ferryも声をかけたのだろう。
 FerryがEnoにも声をかけていたのかどうか-。多分、かけてないだろうな、きっと。当時、Talking HeadsだNo New Yorkだと引っ張りだこだった彼にオファーしても断られるだろうし、さぞ恩着せがましく慇懃無礼に屁理屈をこねた挙句、「今回はちょっと」とお祈りポーズを取るのだろう。見たことはないけど、多分そんな気がする。

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 コンセプトを創り上げたのはFerryだけど、その実務作業ともいうべきサウンド・メイキングにおいて、主役だったのはバンド本体ではなく、むしろミックスを担当したBob Clearmountainである。サウンドというのがバンドのポテンシャルだけでなく、デコレーションのセンスひとつでこんなに変わるんだ、と知らしめたのが、この時代のエンジニアである。Steve LillywhiteやHugh Padgham、Neil Dorfsmanなど、エンジニアのクレジットでレコードが売れた時代である。今なら中田ヤスタカやヒャダインになるのかな。
 そんな彼がいま、何をしてるのか。調べてみると、まだ現役でやっていた。とは言っても、最近ではStonesのライブ・アーカイブやBob Marleyのベストのリマスターなど、過去へ向けた仕事が多いのが実情。最近手掛けた新譜というのがWaterboysとBryan Wilsonという、まぁニュー・アイテムも後ろ向き。
 今のDTM隆盛の音楽シーンの中で、彼の創り出すサウンドは決してトレンドではない。最先端のものではないけど、多様化した状況下において、ニッチなニーズは確実にある。ただ、そのニッチの幅がとてつもなくデカいのが、アーカイヴ・ビジネスの妙でもある。少なくとも、ある程度以上のビッグネームからの信頼は厚く、またそのファン層の裾野も広い。レストアとは後ろ向き主体の作業ではあるけれど、懐古厨はいつの時代でも一定の層があるので、彼の仕事が途切れることはない。

 そんなご時世なので、ある意味、Bobの創り出した栄光は古びることがなく、定期的に新たな息吹を吹き込まれている。逆に考えれば、2016年に生み出された数多の音楽が、果たして『Avalon』のクオリティにまでどれだけたどり着いているかといえば、それはちょっと疑問。クオリティの基準は人それぞれだけど、ここで展開される音場は安易に作られたDTMを軽く凌駕している。
 彼らがこのサウンドを創出した80年代というのは、アナログ・レコーディングの技術が極限に達していた時代である。膨大な時間と経費とミュージシャンに贅を尽くしたSteely Danのようなアーティストがヒット・チャートに入ることによって、スタジオでの作業や、そこで編み出されたレコーディング・テクニックは研ぎ澄まされ、Bobの時代には芸術とも言えるレベルにまで昇華していた。前例がないほどのコストをかけたとしても、充分それに見合うリターンが見込めた幸福な時代の話である。
 レコーディング機材の急激な進化によって、次第にデジタル・レコーディングやプレDTMともいえる時代が取って代わるようになり、作業コストも劇的に短縮かつ安価で済ませられるようになる。前時代的な職人によるレコーディング・スタイルのアンチとして、ニューウェイブやらヒップホップやら、もう少し時代が下がるとグランジが出てくるわけだけど、これらのジャンルは結局、前の世代へのアンチという立場でしか音を鳴らすことができなかった、と言い切っちゃうのは極論過ぎるか。


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1. More than This
 先行シングルとしてリリースされ、UK6位にチャートイン。冒頭から「これ以上はない」と宣言してしまうのは、よほど作品に自信があったのか。それだけ会心の出来だったということなのだろう。
 ほんと、これ以上はないというくらい研ぎ澄まされ洗練された音が、ここにある。音数は決して多くない。タイトな基本のリズム、上質なヴェルヴェットを連想させるFerryのヴォーカル、薄く被さるシンセの響き。たったそれだけだ。なのに、どの音からも伝わってくるのは、強烈な自己主張。それらが絶妙なバランスで融合され、不可侵の空間を演出している。
 これ以上はない。足すこともなく、引くこともなく。
 外界から完全に閉じられた迷宮、その奥深くで鳴り響く音は、彼らが鳴らしているものなのか、それとも。



2. The Space Between
 再結成後のRoxyが志向していた「大人のダンス・ミュージック」、ディスコのビート感とフュージョン的なテクニカルな演奏とのハイブリット。ギターのカッティングが大胆なレベルでミックスされており、間奏でドキッとさせられる。ManzaneraとMackayのプレイが大きくフィーチャーされており、バンド・サウンド的な構成になっている。多分、別録りだとは思うけどね。

3. Avalon
 2枚目のシングルとして、UK13位まで上昇。確かにシングル・ヒット狙いの曲調ではないな。
「ケルト神話で、アーサー王が死後に赴いたとされる伝説の極楽島「アヴァロン」をモチーフ」というwikiの丸写しだけど、単なる女性の名前という説もある。原詞・訳詞ともに目を通した俺的には、前者の説を信じたい。
 まだワールド・ミュージックという概念が定着していなかった頃、また使用されているパーツはどれも今までのRoxyのものなのに、Ferryのコンセプト・ワークとBobの組み合わせの妙によって、新たな世界観が想像されている。
 ひとつひとつ聴けば従来型のはずなのに、すべてが組み合わさると、そこは遠い南国の桃源郷。
 -いや、そんなものはない、と言ってるのか。



4. India
 空間を広く使い、残響音すらパーツの一部となっている、オリエンタリズムな郷愁を掻き立てるインスト。1分程度の小品だけど、緻密に構成されたアルバム・コンセプトを象徴している。

5. While My Heart Is Still Beating
 邦題が「我が胸のときめきを」。レコードで言えばB面で、ここから曲調は少し地味になってゆく。ほとんどFerryのソロ的なヴォーカル主導のメロウ・チューンだけど、この時期のRoxy = Ferryのようなものだから、その色を強く押し出している。
 アウトロのポリリズムが余韻を引いて、大人のダンス・ミュージックを想起させる。

6. The Main Thing
 イントロのシモンズが、いま聴くと脱力してしまうのだけど、当時は最先端だったんだよな。
 俺がこのアルバムを聴いたのは高校生の頃、駅前の貸しレコード屋でレンタルしたのが最初だった。盤の保存状態が悪かったせいなのか、この曲のイントロでひどく針飛びを起こしていた。なので、シモンズがえらくインダストリアルなリズムで鳴っていたのだけど、当時はそういう曲だと思って聴いていた。「Roxyって、リズム面も結構冒険してたんだな」って。
 後年、CDで聴いてやっと、それが針飛びだと気づいた次第。まぁ、それだけなんだけど。

7. Take a Chance with Me
 4分足らずのナンバーなのだけど、イントロに1分半を費やしている。かなり凝縮したプログレ調のインストが続き、一転して幕を開けるのは、ダンサブルなバラード。後年のFerryの作風である、ナチュラル・トーンのギター・リフとブルース・タッチのオブリガード、ボトムを強調したドラム・ビートが、ここで一旦完成している。
 この後はリズムがもっと細かくなり、Ferryのナルシシズム全開ヴォーカルも強くなる。なので、ここはあくまでプロトタイプと考えた方が良い。俺はこの時期も好きだけどね。

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8. To Turn You On
 Ferryソロとも言える、正統派バラード。こうして『Avalon』も後半に入ってくると、Ferryがロックの文脈で語られることへの違和感が強まってくる。あくまでシンガー・ソングライターであり、初期のグラム期が特異だったんだな、と思えてならない。
 Bobによる最新テクノロジーのサウンドを獲得し、自らの方向性を確信したFerryにとって、Roxyとしての音楽は完成の域を見た。これ以上は、崩すしかないものね。

9. True to Life
 Roxyの歴史に実質的に幕を下ろす、フェアウェル感を演出する大団円的バラード。一度は目にしたはずの桃源郷は、再び霧の彼方に消えてゆく。音楽と同じで、音源としての「記録」は残るけど、空気感や時代感覚など、「記憶」は二度と手に入れることはできない。

10. Tara
 最後はMackayによる、エピローグ的サックス・インスト。思えば、ほぼ素人レベルのミュージシャンの集まりだったRoxyが、最終到達点として『Avalon』を残すに至ったわけだけど、この世界感を最後に創り出せたのは、当時のメンバーのスペック以上の力が作用していたと思われる。どうひいき目に見ても、テクニカル面を売りにしたメンツじゃないし。
 やはりこの時期、Roxyには短期間ではあるけれど音楽の女神が宿り、強烈なバンド・マジックが起こっていたのだろう。
 そして、それは一瞬で終わってしまった。
 失われた輝きは、記憶の中にしか存在しない。
 




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