folder 先日、マイルス・デイヴィス『Amandla』のレビューを書くにあたり、その前後の流れもつかもうと、久しぶりに『Doo Bop』を聴いてみた。いわば確認作業的な聴き方だったのだけど、1回聴くとハマってしまい、2度3度リピートして聴いてしまった。いつもそうなんだよな、このアルバム。
 マイルスのアルバムの中では異質中の異質で、いわゆる名盤という扱いには程遠いのだけど、こうやって何かの折りに集中的に聴き返してしまう。案外こういう人は世に多いのか、このブログでも『Doo Bop』のレビューのアクセス数は、安定して高めである。
 トラックメイカーとしてはそんなに評判のよろしくないイージー・モ・ビーが手がけた、ジャズとヒップホップとのハイブリッド・サウンドは、ジャズ本流やラッパー系ユーザーよりはむしろ、基本ロック・ユーザーではあるけれど、雑食的に多ジャンルを好む俺のような層が最も食いついていた。そうだよロキノン信者だよ。
 わかりやすく噛み砕かれたラップ・パートやライム、スクラッチやサンプリング・ビートは、ヒップホップ・ビギナーにとっては取っつきやすいものだった。コアなヒップホップ・ユーザーからすれば、あんまり目新しさもなく、むしろダサい部類に入るらしいのだけど、素人にもわかりやすくデフォルメされたバック・トラックは、間口の広いものだった。
 ハービー・ハンコック「rockit」から数年、帝王マイルスが手を付けたことによって、やっとジャズとヒップホップとの本格的なコラボレーションが始まりそうになっていた。

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 だったのだけど、その『Doo Bop』完成前にマイルスが亡くなってしまい、わずかなリンクは途切れてしまう。結局マイルス以降、ヒップホップのエッセンスを導入しようと試みるジャズ・ミュージシャンは、なかなかあらわれなかった。
 以前レビューしたブランフォード・マルサリスのように、単発的に若手ラッパーとコラボしていたり、インディーズ・レベルで同様の試みは行なわれていたのかもしれないけど、大きく注目されたり、シーンを揺るがすほどのムーヴメントは起こらなかった。
 トライブ・コールド・クエストやジャジー・ラップなど、ヒップホップからジャズへのアプローチは、90年代に盛んに行なわれていた。US3による1993年の大ヒット「Cantaloop」は、ハービーの同名曲を大々的にフィーチャー、っていうか、ほぼそのまんまバック・トラックに流用したものだった。
 クールか、クールじゃないか。そんな価値基準で動く彼らにとって、まだ多くが手つかずで残っていたジャズのアーカイブは、宝の山だった。
 で、ジャズの方はといえば、これが90年代以降長らく、新たな動きは見られなかった。80年代初頭の新伝承派の残り香か、はたまた単なるテク自慢と最新楽器のショーケースと化したフュージョン、大まかでそんな流れだった。雰囲気BGMと割り切ったケニーGはまだ潔い方だったけど、ニューエイジ界隈に漂うスピリチュアル臭は、もはやジャズとは別モノだった。
 そんな按配だったため、90年代のジャズ・ユーザーは、停滞する現在進行形よりむしろ、過去の名盤のリイッシューやデラックス・エディション、ボックス・セットに惹かれていた。音の割れまくった未発表ライブ・テイクや、明らかに出来の悪い未発表スタジオ・テイクで水増しされ、かさばるパッケージや二度見することのないライナーノーツで飾り立てることを「付加価値」と言いくるめ、後ろ向きな熟年ジャズ・ユーザーに売りつけていた。
 また入れ物が豪華であればあるほど、ありがたがっちゃうんだよな、この頃の音楽ファンって。

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 俺個人として、90年代以降のジャズは、ほぼ聴いていないに等しい。で、2010年代に入るまでは、ほぼマイルスとコルトレーン、ハービーとビル・エヴァンスくらいしか聴いてなかった。もちろんこれだけじゃなく、単発的にいろいろ聴いてはいるのだけれど、継続的に聴くのは、ごく限られたものだった。
 それなりに目ぼしい新人なんかも出ていたかもしれないけど、所詮、内輪の盛り上がりに過ぎなかった。ジャズ・ユーザー以外の関心を引き寄せるほどのキャラクターは、網訪れないんじゃないかと思っていた矢先―。
 それが、ロバート・グラスパーとの出会いだった。
 多ジャンルのアーティストやらクリエイターやらの総力戦となった『Black Radio』は、現在進行形ジャズに関心のなかった俺でさえ、ちょっと興味が沸いた。世間的にも、やっとジャズ・サイドからヒップホップへ本格的なアプローチを行なうアーティストが現れた、ということで、救世主として持てはやされた。
 とはいえ、興味はあった俺だけど、すぐ飛びついたわけではない。ていうかグラスパー本人というより『Black Radio』、「要は有名アーティストのネーム・バリューに頼ってるだけじゃね?」という先入観が長いこと拭えなかったのだ。
 ザッと聴いてみた『Black Radio』シリーズから受ける印象は、あまり良いものではなかった。知名度が高く、キャラも強い豪華ゲスト陣の引き立て役として、雰囲気重視のフュージョン的なオケでお茶を濁している、といった具合。
 メディアがそこまで騒ぐほどの新鮮さは感じられなかった。豪華ゲストとのコラボレーションなんてのは、ハービーやエルトン・ジョンもやってたし、さして珍しいものではない。歌伴に徹してセッション感の薄いトラックは、グラスパーの必然性が感じられない。

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 マイルス音源リミックスの『Everything's Beautiful』も、エリカ・バドゥの歌とPVは良かったけど、これもほぼエリカ様がメインのトラックであって、オケ自体はオーソドックスにまとめられている。いやいいんだよ、細かな技は持ってるし、ジャンル全体、また帝王マイルスの門戸を広げたということで、、充分意義のある仕事だったことも理解できる。
 でも、やはりここにも「グラスパーじゃないと」という必然性は感じられなかった。言ってしまえば、その器用さとフットワークの軽さがゆえ、使い勝手の良い便利屋扱いされてるんじゃないかと勘ぐってしまう。
 せっかくジャズもヒップホップも等価で受け止め、どちらも無理なくプレイできる世代の代表にもかかわらず、ロートルやポップ・シンガーの箔付け程度の仕事しかやらせてもらってないんだもの。

 ただ好意的に見れば、そんなグラスパーの動向も、ある確信を持っての振る舞いだったことは察せられる。どれだけ彼が無闇に吠えたとしても、雄大なジャズの歴史の流れからすれば、ほんのさざ波程度でしかない。
 コップの中で嵐を起こしても、ちょっとやそっとでは揺るがない。メジャーのキャリアとしてはヒヨっ子に過ぎない彼が注目されるには、レイラ・ハサウェイやノラ・ジョーンズなど、外から揺らしてくれる力を利用しなければならなかったのだ。
 実績を積み上げることで信用ができ、ポジションも堅牢となる。そして、名実ともにジャズ界のオピニオン・リーダーとなった彼が満を持してリリースしたのが、この『artscience』 だった。
 やっと辿り着いたぜ。

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 ここではゲスト・ヴォーカルも外部ミュージシャンも使わず、ほぼ固定メンバー4人だけですべてのサウンドをまかなっている。ヴォーカル・パートも、ヴォコーダーを使ってグラスパー自身が担当している。そりゃうまさをどうこういうレベルではないけど、少なくとも、ハービーのヴォーカルよりはちゃんとしている。
 『Black Radio』シリーズよりもBGM感は減衰し、ほどよいジャジー感が通底音となっている。絶妙なリミックス・ワークによって、ベテランにありがちな、取ってつけたヒップホップ感とは無縁のものとして仕上げられている。クリスティーナ・アギレラのようなインパクトの強いゲストがいないため、以前のようなジャジーなR&Bは回避され、グラスパー・オリジナルのDIYジャズが展開されている。
 ドル箱となった『Black Radio』シリーズは、いわばクリエイターとしての成功に過ぎなかった。勘違いして第3・第4と続けていたら、しまいに飽きられて、そこまでのキャリアで終わっていたかもしれない。
 原点はミュージシャンであり、肩書き的にはジャズの人であるけれど、それも彼を形成する要素のひとつに過ぎない。最終的には「ロバート・グラスパー」そのものがジャンルであることを確立するのが、彼の目標だと思うのだ、外部から見れば。
 そういえば、マイルスも同じこと言ってたよな。やっぱ似た者同士か。


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1. This Is Not Fear
 50年代ハード・バップを彷彿させる、いわゆるジャズ・マナーに則ったオープニング。あまり注目されることはなかったけど、リズムにきっちり角が立っており、単なるグラスパーの一枚岩バンドではないことが証明されている。考えてみれば当たり前か。
 このまま続くかと思ってたら、来日公演にもくっついてきて、ほぼ準メンバー扱いのDJジャヒ・サンダンスが後半から参戦、きっちりNu-Jazz感を添えている。俺的には前半だけで充分なんだけど、そんな予定調和をやりたいわけじゃないんだろうな。

2. Thinkin Bout You
 エクスペリメンタルなオケをバックに歌われる、ストレートなラブ・ソング。サンダーキャットもそうだけど、こういった浮遊感を演出した新しい切り口のAORがこの時期、大量に出現していた。ジャズの人がプレイヤビリティを引っ込めて、敢えてメロディ感を追及すると、大抵こんな感じになるといった見本のようなもの。俺的には『Black Radio』シリーズよりはオケが立っているので好きだけど。

3. Day To Day
 さらに親しみやすいメロディ、そして彼らの誰もが通過してきたディスコ/ファンク風味を加えると、こんなにポップなナンバーになる。普段はサックス・プレイヤーのケーシー・ベンジャミンがヴォーカルを取っており、グラスパーはここではフェンダー・ローズをプレイ。
 あくまで歌モノなので、そこまで前面に出ているわけではないけど、フレーズの選び方にジャズの源流が見て取れる。上っ面のフュージョンだけでは決して出せない、基礎体力の高さよ。



4. No One Like You
 再びベンジャミンのナンバー。今度はもうちょっとクラブ寄り、序盤は音響感をフィーチャーしたR&Bなのだけど、間奏部は熱くブロウしまくるサックス・プレイ、続いてカクテル・ジャズ臭の強いグラスパーのピアノ・ソロ。これだけだったらユルいトラックなのだけど、マーク・コレンバーグ(ds)が放つ硬めのビートが、サウンド全体を引き締めている。

5. You And Me
 メンバー4人の共作とクレジットされている、メロウなバラード。『Black Radio』テイスト濃いナンバーなので、もっとうまいゲスト・ヴォーカルでも良かったんじゃね?という声も聞こえてきそうだけど、これを4人で創り上げたことに、大きな意味があるのだ。

6. Tell Me A Bedtime Story
 ハービー・ハンコックの1969年リリース『Fat Albert Rotunda』収録曲のカバー。お子様向けのTVアニメ番組の体で制作されたにもかかわらず、まったく子供に聴かせる気のないアプローチのオリジナルは、その後のレア・グルーヴ~クラブ・ジャズにも大きく影響を与えている。
 そんなハービーのアクが強すぎるのか、それともリスペクトが強すぎるのか、メロディをヴォーカルに置き換えただけで、基本はそんなにいじっていない。まぁいいんだけど、もうちょっと暴れてもいいんじゃないの?と余計なお世話も焼きたくなってしまう。アルバム・トータルを考えてのバランス感覚もいいんだけどね。

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7. Find You
 エレクトロ風味の強いジャズ、と言いたいところだけど、転換しまくる構成の変幻自在振りは、むしろプログレ。今のロバート・フリップが若手コンポーザーをたらしこんで別ユニットを組んだら、こんなサウンドになるんじゃないか、と一瞬思ったけど、今さらやるわけないか、あの親父。

8. In My Mind
 メンバー同士のトークから始まる、スタジオ・セッション風のNu-Jazzナンバー。多分、このレベルのプレイならいくらでもできるだろうし、充分高レベルなのだけど、アルバム通してコレだと、きっとつまらない。わざわざグラスパーがやる音楽じゃないのだ。
 なので、ブレイク後にスタートする、ループ仕様(生演奏?)の未完成テイクの方にこそ、彼らの本気度が窺える。

9. Hurry Slowly
 ビル・ウィザースっぽさを全開にした、ベンジャミン・ヴォーカルによるジャジー・バラード。日本ではあまり知られてないけど、グラスパー世代にとってビル・ウィザースというのは相当リスペクトされているらしく、調べてみるとホセ・ジェイムスという同世代シンガーによる、トリビュート・アルバムが去年、リリースされている。
 極端に甘くなく、ジャズの影響濃いコード進行が、多分にシンパシーを寄せてるんじゃないかと思われ。

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10. Written In Stone
 ポリスの「Roxane」を歌いたくなってしまう、シンプルなギター・リフ主導のナンバー。なので、このアルバムの中では異色のロック・チューン。まぁジャズもロックもヒップホップも同じ目線で聴いてきた世代なので、こういうのがあっても不思議ではない。こういったバックボーンも含めてのジャズというのが、今後のシーンの流れ。

11. Let's Fall In Love
 グラスパーのヴォコーダーを抜けば、オケは『Black Radio』風。他のメンバーと比べて自分の声に照れがあるのか、オケと比べて引っ込めたミックス具合になっている。自分の声はあくまで楽器の一部、という認識なんだろうな。正直、この中で一番うまいのはベンジャミンだし。
 エクスペリメンタルなフワッとしたサウンドは、正直俺の好みではないのだけど、「これまでとは違うジャズ」を通り越して、「これが俺のジャズ」という気概は見えてくる。

12. Human
 「俺がやれば、なんでもジャズ」という心持ちであれば、これもジャズだけど、「まさかそう来るとは」というヒューマン・リーグ1986年の大ヒット・ポップ・チューン。思えばマイルスも現役時、「Human Nature」や「Time After Time」もやってたわけだし、そのメソッドは間違ってはいないのだけど、でもそれならやっぱり四半世紀も前の曲じゃなくて、せめて21世紀に入ってからの曲でやって欲しかったな。
 もっとはっきり言っちゃえば、こういった雰囲気AORにしちゃえば誰でもこんな風にできちゃうわけで、グラスパーならではの必然性はない。彼の適性はもっとアクティブな、暴力的なカットアップやリミックスじゃないのかな、と思うのだけど。
 他のアルバムもちゃんと聴かないとな。それはまた次回。





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