2021年リリース、オフィシャルなのに本人未公認という、なんともグレーゾーンなオリジナル・アルバム。生前にほぼ完成して、アルバム・タイトルを冠したツアーまで行なったのにもかかわらず、何らかの理由でお蔵入りとなったため、ファンの間では幻のアイテムとされていた。
幻と言ったら普通レアなものだけど、殿下の場合、これまでも『Black Album』やら『Crystal Ball』やら、完パケしたのに未発表となったアルバムが数多いため、実はそんなに珍しいものではない。全編ファルセットで歌った『Camille』やら3枚組大作『Dream Factory』やら、まだまだレジェンド級が控えており、この『Welcome 2 America』がその口火を切ってくれれば、さらにファンは歓喜することと思われる。俺は歓喜するよ。
没後7年を経て、ほぼ毎年のようにリリースされている発掘アイテムだけど、今回の『Welcome 2 America』のような「存在は知ってたけど、全貌が明らかになっていないアルバム」のリリースは、俺が知ってる限りでは初めてである。殿下の場合、そりゃもう太っ腹だったものだから、ネット限定や新聞のおまけ、またはファッションショー限定で配布されたCDなんて代物もあるわけで、一応、既発表ではあるんだけど、入手しづらいったらこの上なかった。
そんな事情もあって、殿下のファンの多くはネット関係に詳しくならざるを得なく、大きな声では言えないけど、その勢いで様々なブートに手を出しちゃったりするわけであって。かの昔だったら、通販で粗悪なCD-Rをつかまされて泣き寝入りすることも多かったけど、今世紀に入ってからは、そんなに手間もかけず、めちゃめちゃ簡単に聴けるようになってしまった。あんまり勧められないけどね。
何やかやで正式リリースはされたけど、その後も「別ミックス」やら「決定盤」やら「曲順違い」やら、ブートが量産されている『Black Album』同様、『Welcome 2 America』も様々なヴァージョンが存在する。何しろ作った本人がもういないのだから、後付けなんてし放題。言ったモン勝ちなんだよな、あの世界って。
さんざんダビングされまくって音も潰れ、もはや誰が歌ってるかわからない、そんな粗悪ブートにボラれ続けているはずなのに、つい入手しちゃうんだよな、コンプ目指して。しかも手に入ったらそれで満足しちゃって、聴かずじまいの音源の多いこと。
いま現在も鋭意進行中のリイッシュー・プロジェクトは、公認アーカイヴィスト:マイケル・ハウ主導のもと、執り行われている。初めて聞く肩書きだけど、要は遺産管理団体から委託された、音源テープの整理や再発企画の監督責任者。
スタジオ作業の経験がない遺族や弁護士に代わり、元ワーナー重役の経歴を持つ彼が現場を取り仕切ることで、プロジェクトは粛々と進められている。延々続く冗長なリズム・トラックから、サウンド・チェック程度の短い音源まで、膨大な未発表テイクを保存状態や重要度に応じてランク付けし、時系列でファイリングする作業は、考古学レベルのめんどくささと察せられる。生半可な興味や好き嫌いという主観ではなく、ひとつの学問に殉ずる覚悟で挑まなければ成し得ないー、ちょっと大げさだけど、そんな大事業である。
そんなマイケル、現場A&Rから役員クラスにまで登りつめたくらいだから、メインの音楽制作だけではなく、関係各所とのやり取りやリリース→プロモーションの段取りなど、政治的な調整にも長けている。総合的な見地から適任と思われるマイケルだけど、その調整の不備なのかセンスなのか、正直、企画には当たりはずれがあったりもする。
没後間もなくリリースされた『Purple Rain』のデラックス・エディションは、おおよそ殿下主導で構成済だったため、本人こだわりのトータル・コンセプトとファン垂涎のレア・テイクとが絶妙のバランスで共存しており、各方面から好評を得た。本編デジタル・リマスターとアウトテイク、発売当時のライブ・フルセットというラインナップは、その後のデラックス・エディション・シリーズの基本指針となっている。
その他のプロジェクトとして、一般発売されなかった『The VERSACE Experience』や、単発契約でバラバラのレーベルからリリースされていた『Emancipation』以降のアルバムの再リリースなど、ワーナーと決裂してからのカオス状態を、改めてクロノジカルに仕切り直している。リリース計画としては真っ当な仕事だ。
ただそれ以外の独立した発掘音源。未発表アルバムではなく、ひとつのテーマに基づいて編まれた未発表曲のアンソロジーとなると、なんて言うか格落ち感がにじみ出ている。はっきり言っちゃうと『Originals』なんだけど。
先行リリースされた殿下ヴォーカルの「Nothing Compares 2 U」には、世界中のファンが狂喜乱舞した。それまではこの曲、『One Nite Alone』のライブ・ヴァージョンでしか聴くことができず、それはそれで充分だったのだけど、未発表スタジオ・ヴァージョンの存在は、昔から知られてはいた。センチでエモーショナルに歌われる「Nothing Compares 2 U」は、タイミング的にも彼のスワン・ソングとして受け止られ、世界中のファンはしんみりと喪に服したのだった。
他のわかりやすいセールス・ポイントとして、バングルスでヒットした「Manic Monday」やシーラ・Eに書き下ろした曲も含まれており、内容的には悪くない。もともと発表用にレコーディングされたわけではないため、バックトラックがチープだったりヴォーカルもそこまで練れていない曲もあるけど、アルバム単位だけでは追いきれないサイド・ストーリーとして、『Originals』は充分な役割を果たしている。内容は。
多くのファンが不満に思っているのは、アートワーク全般である。なんだこのショボいフロント。なんでこんな下世話な、初期アウトテイクのブートから借用してきたような写真を、わざわざ選んだのか。
マイケル・ハウが抱く、何がしかの悪意がそうさせたのか、または遺族、それともワーナーの意向が絡んだのか。どちらにせよ、殿下なら即却下してしまうショットなので、大きく損しているアルバムなのだ『Originals』って。
本題に戻って『Welcome 2 America』、レコーディングの大半は2010年後半に行なわれた。殿下のレコーディング・セッションといえば、お抱えのNew Power Generationか、ほぼ全部の楽器を自分で演奏してしまうセルフ・レコーディングのどちらかだったのだけど、ここではドラム・ベースを迎えたトリオ・セッションを中心としている。
1人は、若干22歳ながら、ジェフ・ベックのレギュラー・メンバーとして名を挙げたベーシスト:タル・ウィルケンフェルド。彼女のプレイに興味を持った殿下は、自ら連絡を取り、「ジャック・ディジョネットのドラム・ロールは好きか?」と開口一番で聞いたらしい。メイクラブだけじゃなく、音楽の話もするんだな、殿下。
この時期の殿下、どうやらジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスにかぶれていたらしく、「パワー・トリオでギターを弾きまくりたい」欲に取り憑かれていた。せっかく顔を突き合わせるのなら、若い女の子と組んだ方がテンション上がるのは、男なら当然のことで、なんかすごく同感できてしまう。
「仲の良い子、もう1人連れておいで」というのは、もしかして下心も多少あったかもしれないけど、まだギャルの面影があったタルに殿下、「相性が良いドラマーを探すよう」追加オファーした。その言葉を真剣に受け止め、真剣に吟味を重ねた彼女がパートナーとして選んだのが、チャカ・カーンやクリティーナ・アギレラらとのセッション経験を持つクリス・コールマンだった。
ギャルの「ギャ」の字もない、骨太マッチョ。ちょっと残念だったと思ったかどうかはさておき、グルーヴ感よりもパワー/スピードを優先し、それでいて繊細なタイム感を刻む彼のビートは、NPGとはまた違うインスピレーションを喚起させた。
最低限の指示以外、ほぼ自由に演奏させたリズム・トラックをもとに、キーボードや女性ヴォーカルを追加し、その他もろもろのオーバーダブによって、『Welcome 2 America』は完成、その後、シングル・リリースやYouTube配信を小出しに行ない、大々的にツアーを行なう段取りだった。で、突然の発売取りやめ。
一体、何がどうして、どうなっちゃったのか。
その理由として、「リズム隊2人のスケジュールが合わず、ツアーに帯同できなかったことで予定が狂い、殿下がスネてしまったため」、「制作当時、やたら政治に社会に怒りを感じていたため、辛辣な歌詞が多く、完パケしてからちょっと後悔して差し戻した」など、他にもいろいろな説があるのだけど、今となっては不明である。殿下が存命だったとしても、多分言うはずないだろうから、その辺は掘り下げないままでいいんじゃないかと思う。どれも正解っちゃ正解だろうし。
時系列で追ってゆくと、リリース撤回後もツアーは続けられるのだけど、その後、殿下の動向は急速にフェードアウトしてゆく。ほぼ毎年、何らかのアイテムをリリースしていたワーカホリック振りは鳴りを潜め、足取りは途絶えてしまう。
そのブランクの間、当然だけど殿下、何もしていなかったわけではない。さすがに若い頃のようなワーカホリック振りは薄れたけど、浮かんでは消えるアイディアをいろいろ模索していた。
どうやら殿下、「女性を交えたパワー・トリオ」のアイディアはまだ捨ててなかったっぽい。若い頃のようなダンス・パフォーマンス中心のソウル・ショウを続けるには、そろそろ体力的にキツくなってきたこともあって、違うスタイルのトライ&エラーを試行錯誤していた。
濃厚だったファンク・テイストも、年を追うごとにコンテンポラリー色が強まり、ピアノ一本で成立するバラードも多くなった。人は自然と自分の限界を感じ、知らず知らずのうちに現状に適応してゆく。
とはいえ、それでも人は運命に抗う。日和らずエモーショナルなステージングを続けてゆくため、最も効率的なスタイルというのが、スタンドマイクを使うヴォーカル&ギターという選択肢だったのではないか、と。
さらに付け加えると、すでに殿下の体は満身創痍だった。あふれまくるアイディアを実現させるべく、時に強いケミカルの助けを借りながら、身体に鞭打ってステージに立ち、空いた時間はスタジオワークをこなした。
それは誰のためでもない。「やり残したことを終えるため」。それが、天才の宿命だったのだ。
本来なら、メインでフロントに立つつもりだった殿下だったけど、もうスタミナは限界だった。ギター・トリオの構想は3RDEYEGIRLらに委ね、勝手気ままで態度の大きいサポートに徹するしかなかった。
そんな差し迫った現状でも、最期までガールズ・トリオにこだわった殿下であった。そういう業だったのだ。
1. Welcome 2 America
殿下の曲にはほぼなかった、全編モノローグのスローなナンバー。メロディは女性コーラスが担い、不穏なコーラスやスキャット、群衆のエフェクトが点在する。
高度に成長しすぎて行き詰まった経済資本主義にこだわり続けるアメリカへの痛烈な皮肉に、中途半端な泣きメロやシャウトは必要ない。ネットやマスメディア、教育や人種差別の現状を淡々と、ジャーナリスティックにつぶやく。
ここでの殿下は時代の傍観者なのか、それとも当事者として、この曲を書いたのか。メロディやサウンドではなく、メッセージを純化させると、こんなスタイルにならざるを得ない。新聞の社説や投書欄のボヤキに陥るところを、跳ねるリズム・セクションが救っている。
2. Running Game (Son of a Slave Master)
ここでも殿下、存在感は薄め。やはり歌っているのは女性コーラス陣。やはりラップ・パートは彼女らの方がうまい。正直殿下、ラップはド下手だし。
ジャジーなグルーヴ感で彩られたサウンドは心地良く、主張し過ぎない殿下のギター・カッティングもツボを得てるんだけど、基本は軽め。濃厚なファンクを求めるファンには、ちょっと物足りないかもしれない。やはりシフト・チェンジは着々と進行していたのだ。
3. Born 2 Die
カーティス・メイフィールドにインスパイアを受けて書かれた曲、ということで、確かにカーティスそのまんま。タイトルもそれっぽい。
BPMもユルめでしっとり、クワイエット・ストームな大人のR&Bはクオリティ高め。そりゃ殿下独自のオリジナリティは薄いけど、鉄壁のリズムに的確なオブリガードを入れるギター・スタイルは、カーティスの上を行っている。
4. 1000 Light Years from Here
2016年のアルバム『HITnRUN Phase Two』に収録された「Black Muse」の原曲という位置づけの、ちょっとエンジンがあったまってきた様子のロッカバラード。ミックスのせいもあるのか、向こうの方がハードに聴こえるんだけど、アンサンブル自体はこちらもホットなプレイ。こういうポップな曲調はもう少し練った方がキラキラ感が増すんだけど、セッションの勢いを重視したのか、追加ダビングが少ない。
5. Hot Summer
2010年に先行公開されたポップ・チューン。やはり殿下、女性とのダブル・ヴォーカルになるとテンションがちょっと上がっている。基本、能天気なパーティ・チューンのはずなんだけど、エコー少なめのデッド気味なサウンドは、ちょっとダークめ。モノクロの享楽と形容すればいいのか、スライへのオマージュが窺える。
6. Stand Up and B Strong
グランジ系のロック・バンド:ソウル・アサイラムのカバーなんだけど、メロウなデュエット・バラードに仕上げている。生音リズムなので、軽薄なR&Bにはなっていないし、当然、クオリティは高いんだけど、2011年のコンテンポラリー・ミュージックというには、ちょっと感覚がずれている。終盤のギター・ソロなんかは、殿下のキレっぷりが炸裂しているのだけど、時代はそれを求めていなかった。それは殿下自身が痛感していることでもあった。
7. Check the Record
なるほど、ファンキーなジミヘンだな。ロック・テイストが強く、ライブでも展開しやすいシンプルなナンバー。かつてこういう曲だったら殿下、もっとエロティックなアプローチの歌詞だったりしたものだけど、ここではあっさりした歌詞に仕上げている。
8. Same Page, Different Book
2013年1月、「3rdeyegirl」のYouTubeチャンネルにて、静止動画で公開されたらしいけど、ゴメン、当時はチェックしてなかった。なんで突然、コレだけ発表したんだろうか。
確かに殿下のソロというより、3rdeyegirlとのコラボ・トラックという印象が強く、もしかしてシングルリリースも考えていたのかもしれないけど、そこまで騒がれなかったせいか、結局、フィジカルでリリースされることはなかった。
サウンドとしては決して新しくはなく、殿下名義でリリースしても並の評価しかなかっただろうけど、彼女らメインだったらアリって読んだんだろうかね。ファンとしては手放しで絶賛なんだけど、まぁマスへの波及効果としては、ちょっと薄い。
9. When She Comes
「1000 Light Years from Here」同様、『HITnRUN Phase Two』でリメイクされたスロー・チューン。あまり手を加えていない、ライブ・セッションっぽい音の響きといい曲調と言い、デビュー作『For You』のような70年代テイスト。ドラマティックスみたいだよな。
10. 1010 (Rin Tin Tin)
すべてのパートを殿下自身で演奏した、完全宅録濃厚ファンク。名犬リンチンチンから取ったサブ・タイトルや適当なナンバリング・タイトルから察せられるように、あんまり意味のないテーマで曲は進行する。こういったノン・テーマで曲調展開するのは、殿下の真骨頂。深刻なメッセージは理解できるんだけど、無意味やエロに振り切った時、殿下のインスピレーションはキレまくる。
11. Yes
冒頭から「ワイ!イー!エス!」って…。またバカ・ソング。YMCAだって、もうちょっとマジメだぞ。
ラス前の目立たない配置だけど、冒頭のシリアスなメッセージを全部チャラにしてしまう、そんな豪快なバカさ加減が炸裂している。3分弱でサラッと締める、そんな潔さにヤラれてしまう。
12. One Day We Will All B Free
とはいえ、ラストはきちんと締める殿下。タイトルが示すように、黒人側から訴える、自由についてのプロテスト・ソング。近年のBlack Lives Matterにも通ずる、「合衆国建国から連綿と続く人種差別」へのはっきりしたスタンス表明を、軽くなり過ぎずにポップに、そして明快でわかりやすい言葉で伝えている。
コンセプトの象徴として「Welcome 2 America」は必要なのだろうけど、楽曲単体としては、こっちの方がスッと身体になじむ。